第416話 ロゼリィとデートで想い出話様




「今日は私です! やりました! 王都であなたとデートなんて夢のようです」




 クロとデート翌日朝九時。


 二番目の権利を得たのは宿の娘ロゼリィか。


 今日は心穏やか平和に過ごせそう。




「事前に本屋さん行ったりナルアージュさんに色々聞いて、よ、予習してきました! 王都にはソルートンには無い素晴らしいところがありまして……」


 お城の前に作ったカフェジゼリィ=アゼリィからスタート。


 例によって出る前に水着魔女ラビコから約束事項の確認をしつこくされたが、ようするに夕飯までに戻って来いってこと。


 一応ボディガードと散歩を兼ねて愛犬ベスも連れて行こう。




 鼻息荒くロゼリィが熱弁しているが、小脇には本屋で買ったと思われる「王都のパワースポット巡り&恋が叶う七つの掟」なる本を抱えている。本には各ページの目印となる付箋みたいのがいっぱい貼り付けてあるな……相当本を読み込んだご様子。


 パワースポットなぁ……。


 以前俺の街の人の職業レベル上げクエストで行ったペルセフォス聖光樹。そこでハイラが言った恋が叶うパワースポットだのって言葉をまともに受け、変な存在とチャネリングしてたよな。ああならなきゃいいが……。



「お、ロゼリィ今日化粧に気合い入ってんな。昨日のクロのを参考にしたのか。黄色がポイントで入っていていつもと違う雰囲気だ。すげぇ似合ってるぜ」


 ロゼリィは化粧とか大好きだからな。


 昨日のクロが美容院でやってもらった化粧に興味津々で、色々メモっていたし。それをもう今日生かしてきたか。さすがロゼリィ。


「は、はい! 昨日のクロの化粧がソルートンではないタイプのまとめかたで、さすが王都だなぁとマネてみました……ふふ。細かなことなのにすぐ気が付いてくれるのは、とても嬉しいです」


 今までロゼリィは黄色なんて化粧で使っていなかったし、クロと似た感じで入れてあったからすぐ分かったよ。


「ナルアージュさんが持っていたのでお借りしたのですが、今王都ではポイントで黄色を入れるのが流行っているそうです。普通は血色良く見せる赤とかピンクに頼りがちですが、あえて黄色を入れるというのが驚きですね」


 ロゼリィが楽しそうに化粧を語る。うん、とてもいい笑顔だ。俺まで楽しい気分になれる。


「あと……やはりあなたとお出かけのときは気合いが入ってしまいます。あなたに見合う女に見えるように頑張らないと……」


 十六歳の童貞君になんぞ、どんな恰好だろうが大丈夫だろ。


 逆に俺がロゼリィの隣歩いていいのか不安になる。



 ロゼリィはまぁ美人さんで、しかも童貞男子……いや世界の男の憧れであるとても大きなお胸様の持ち主。スタイルも抜群。


 今日はどうやら王都で買ったらしい膝までのヒラヒラの白いスカートに、お胸様の谷間が見える白い豪華なシャツ。いつもは足首ぐらいまでの長いスカートとかで、あまり肌を露出する恰好はしないのだが……今日はサービス満点か。


 ひひ、じっくり見てやるぜ。



「大丈夫だって。俺の姿見ろよ。全身オレンジ服にマントだぜ? 俺がロゼリィに見合ってなくて申し訳ないよ」


 デートに全身オレンジジャージで来る男は俺ぐらいだろ。怒られても何も文句言えないレベル。


「その服、素敵だと思いますよ? 最初は驚きましたが、よくよく見てみたらすごい質のいい素材が使われていますし。通気性と伸縮性が高く運動に適したもので、体の熱も効率よく外へ出す仕組みになっています。これほど考えられた服は他に見たことがないです」


 異世界には日本産ジャージは無いからな。


 一応高校で採用しているレベルの一流メーカー品だし、作りは一級品だ。


 今までの激しい蒸気モンスターとの戦いでも全損することなく、ちょっとの補修で復活する素晴らしきオレンジジャージ。紳士諸君、異世界に来る時の恰好はジャージを強くお勧めする。



 その後ロゼリィが行ってみたかった化粧品のお店を何店か巡り、ロゼリィが気に入った黄色のファンデーションがあったので記念に買ってあげた。すっげぇ喜んでくれて、俺も嬉しかったぞ。





「ほい、ロゼリィお待たせ。オレンジジュース」


 テイクアウト出来るお店があったので、飲み物を二つとベス用に水もお願いした。


「ありがとうございます。ふふ、あなたとこうして王都でデート出来るとか、出会ったときは思いもしませんでした」


 ちょっとした緑地にベンチがあったので、そこで並んで座ってジュースをいただく。


 うーん、かなり薄味だが……我慢。天気もいいし、最高の日和だ。ベスも楽しそうだし。


「そうだなぁ、まさか宿のお姉さんと一緒に旅が出来るぐらい仲良くなれるとは、俺も思わなかったよ。出会いってのは分からんもんだなぁ」


 異世界に来て、お金もほとんど無く行く宛もなかった俺に優しくしてくれた宿のお姉さん、ロゼリィ。本当に彼女がいなければ、今の俺はなかった。どれほど感謝しても足りないぐらい。


「なんと言いますか、あなたを見た途端、これが運命の出会いなんだと心にドキンと来たのを今でも鮮明に覚えています」


 ロゼリィがちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめ、優しい笑顔で俺を見てくる。うーわ、すっげぇ美人。



「絵本や物語でよく聞く素敵な人との出会い……そしてそこから一気に人生が変わっていく……。憧れでした。でも子供から大人へと成長してしまうと、それらは作られた物語の設定で、そうしないとお話が進まないから、とも理解していました」


 まぁ……そういうもんだ。いつまでも夢は見ていられないからな。



 いつか、覚める。


 いつか、叶う。


 そのどちらかになるだろう。だから、夢って言うんだ。



「でも私、諦めが悪くて……十五歳過ぎてもまだ夢見て……ずっと星に願って……。いつかこの辛い時間が終わる、いつか誰かが助けに来てくれる、いつか私も幸せになれる、いつかその人と二人で笑える……そう夢見てずっと下を向いて……。矛盾していますよね、何もしないで願うときだけ上を見て、普段はずっと下を見て……」


 星に願う、か。


 異世界だろうがそういうのは共通であるんだなぁ。手の届かない物に願うって行動は人間の習性なのかね。


 心配や不安とか、今のどうしようもない想いを星に願うことで気持ちを落ち着ける、区切りをつけるってのが目的の行動だろうけど。


 俺も魔法使いへの転職試験前夜、猛烈に祈ったし。……実力不足で無事落ちたけど。



 そういや以前ラビコが星願い橋のことを言っていたな。ロゼリィもそこで願ったのだろうか。


 偶然にも俺が異世界に現れた場所がそこだが、まぁ偶然なんだろう。



「でもあなたと出会ったとき思ったんです。これだ、これこそ願った出会いなんだと。あなたに声をかけられ迷いました……怖い……でも、怖がっていてはまたチャンスを逃してしまう。今まで私はずっと下を向き、心配してくれていた宿のみんなの声も聞かず狭い世界に逃げていた……。願っていてばかりでは何も変えられない、自分で動かなければ何も変わらない……そう思い、自分を勇気付けて顔を上に向けたんです」


 そういや宿の受付にいたお姉さん、最初暗い顔で下を向いていたが……そんな葛藤があったのか。


「ベスちゃんがいたから話しかけやすかったのもあります。あと、あなたのすごく優しそうな雰囲気……初対面なのに心が吸い込まれていくような感覚でした。これが運命の出会いなんだと自分を鼓舞し、頑張って積極的にいきました」


 ちょっと強引なぐらい積極的だったのはそういうことかい。


「それからの私は本当に毎日が楽しくて……朝起きるのが待ち遠しく、起きたらすぐにあなたを探していました。楽しい、眩しい、これが世界……これが私がいる世界。それまで足元の世界しか見ていなかった私には広い……不安なぐらい広い世界。でも大丈夫、私にはあなたがいる。あなたがいればどんなに広い世界でも一緒に歩いていける。生きている、私は今生きているんだ……と笑うことが出来たんです」


 なんか……すまない。


 そのときの俺ってお金なくて、ベスの分のお金浮かせられないか……しか考えていなかったです……。


「こんな俺でもロゼリィの助けになれたのなら嬉しいよ。でもそれは俺も同じかな。途方に暮れていた俺とベスを宿に受け入れてくれたお姉さん、ロゼリィ。君がいたからこそ俺はここまでこれた。ロゼリィがいたから世界が広がり、多くの友人と知り合うことが出来た」


 そう言いながら俺はロゼリィの頭を優しく撫でる。俺、感謝の方法ってこれしか知らないんだよな。


「昔のことは分からないが、俺の知っているロゼリィっていつも楽しそうに笑っているロゼリィなんだよな。その笑顔に何度も救われたし、これからも俺の横で微笑んでいて欲しい。なれるかどうか分からないが、ロゼリィというお姫様を守る王子様目指して頑張るからさ」


「え、あ、その……は、はい! 私なんかでよろしければ……!」


 ロゼリィが真っ赤な顔で驚いたように返事をするが、変なこと言ったか?



「ふふ、これからの私の人生が決まるすごいことを告白されましたが、自覚はありますか? いえ、答えは聞きません……あなたってこういう人ですし、その素直さが多くの人を惹き付けるのですから」


 告白? 俺はロゼリィが言うように、素直に感謝を述べたまでだが。


「私が知っている物語では、この後はこういう展開になるんですよ? 王子様に助けられたお姫様は恋に落ち、想いが結ばれ結婚して幸せに暮らしましたとさ……って」


 ベンチの隣に座っていたロゼリィが身を乗り出し、俺の目の前に顔を近付けてくる。え、な、何?


「そしてその物語の最後のページにはこういう絵が必ず描いてあるんです。私の憧れ……これが私の物語……」


 ロゼリィがほぅっと溶けたような顔になり、俺の頬に口付けをしてきた。


 うわわっ……結構周りに人がいる状況なんですが……頬が……あ、あったけぇ。



「……ちょっとずるかったですね。あなたなら抵抗しないと踏んで、雰囲気で押し込んでみました。本当にキスをしたらラビコがすっごい怒るでしょうし、今は頬で我慢しておきます。でも、いつかあなたから本当の口付けをしてもらえたら嬉しいです。ふふ」


 俺から顔を離し、ロゼリィが舌をペロッとだし笑う。


 あの、ロゼリィは俺の方しか見ていないから分からないだろうが、俺達が座っているベンチの前は普通に緑地の散歩道になっていて、結構な数の王都民さんが足を止めて俺達を見ているんです……。


 くっそ……こういうとき童貞ってどうしたらいいか分からなくて固まるのみだぜ。


 ああ、下のほうも。あ? 下品? うっせーよ生理現象だ。台無し? それはスマン。



「ベッス! ベッス!」


 顔を寄せ合い固まっていたら、愛犬ベスが「ロゼリィが頬を舐めた! 自分も!」モードにスイッチが入ったらしく、勢いよく俺の体を駆け上りベロベロと俺の頬を舐めてくる。


 しかもロゼリィがキスしてくれた左頬をベロベロと。


「や、やめろベスゥ! ロゼリィの感触が上書きされんだろ! ああああ……! 消えていくぅ……」






 その後、お昼にちょっと小洒落た外観のカフェに入ったが、中身スカスカのパンに海鮮の具は豪華なのだが水っぽくて辛いスープに二人無言。


 デザートで出てきた、ただ剥いただけのオレンジやらの果物が一番美味しかったです。



 パワースポットも何箇所か巡ったが、心配していたチャネリングは起こらず、恋のパワーを放つという石柱にロゼリィが抱きついておしまいでした。


 




「ただいまー。美味いパンにスープを食わせてくれ」


「ふふ、私も夕飯はパンにスープにしますね」


 夕方、時間通りカフェジゼリィ=アゼリィに帰還。



「あ、胸元くーんおかえりー! もうみなさん三階に集まってるよー」


「パンにスープ……ご注文を承りました。ディナーメニューがまさに海鮮ゴロゴロスープに焼き立てパンになりますよ」


 お店三階に行こうとしたら、新しくアルバイトさんで入ってきたアリーシャにロージがいた。


 もう接客やってんのか。早いな。


「おう、ありがとう二人共。それ頼むぜ」





「はいおかえり~……まぁロゼリィと社長はお互い一歩退く奥手タイプだからなんにもなかったでしょ~。ね~なかったよね~?」


 三階の予約部屋に入った途端、水着魔女ラビコがのそっと席を立ち、ちょっと不機嫌そうに俺の右腕に絡んでくる。


 悪かったな奥手タイプで。慎重派って言ってくれると印象違うんだがね。


「ふふ、楽しかったです」


「ん~? なになにその勝ち誇ったような余裕の笑み~。ロゼリィ~?」


 ロゼリィが優しく微笑むと、ラビコが因縁つけて突っかかってきたぞ。ただ笑っただけで……。


「なぁキング。化粧してくれよ。アタシ出来ねぇんだよこういうの」


 昨日美容院で髪型を変えた猫耳フード装備のクロが、その美容院で買った化粧品を持って来るが、俺が出来るわけねぇだろ。


 化粧しなくてもクロは相当美人さんで通用すると思うが……まぁ出来るに越したことはないか。


「それはロゼリィに頼む。クロを実験台に色んな化粧試してみてもいいぞロゼリィ」


「分かりました。ふふ、ではまずお化粧の歴史からですね。いいですか、女性の必需品とも言えるお化粧ですが、ローズ=ハイドランジェが世界で最初に製品化し流通させたのが始まりで……」


 クロが青い顔で逃げようとしたが、ロゼリィに素早く肩を捕まれ授業スタート。頑張れ……クロ。



「……マスター、無事……。……頬……」


 バニー姿のアプティが無表情で背後に現れ、俺の全身をチェック。


 じーっと俺の頬を見てくるが、なんか痕跡でも残ってたか? あったとしたら、それはベスのやつだ。残しておきたかったロゼリィの柔き想い出は、ザラっとしたお犬様ベロで上書きされたよ。


「……マスター……」


「お、どうしたアプティ。今日はやけにくっついてくるな」


 すぐ離れるかと思ったら、アプティが無表情に俺の背後にピッタリくっつく。



「……明日は私……です……今日の夜は我慢して下さい……明日ドーン、と……」


 なにか手を上下させながらアプティが言うが、ドーンってなんだよ。


 三番目はアプティになるのか……ってアプティとデートってすっげぇ不安要素しかないんだが……。



 今日のロゼリィとはまさにデートだったが……大丈夫か、明日の俺。









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