第376話 砂漠の夜の千年幻6 千年幻撃破と家出猫の正体様


 神獣化したベスの三分身シールドアタック。


 その一撃で砂漠の主である千年幻ヴェルファントムの頭部を吹き飛ばし、撃破。


 巨体から激しい蒸気が吹き上がり、砂漠の夜空に消えていく。





「こ、これは……ま、まさか本当に……あの千年幻ヴェルファントムを……すごい、すごいです! さすがラビコ様の旦那様となられるお方だ! なんと……こんな日が来るとは……もう千年幻に怯える生活をしなくてもいいのか……! ああああああ! この喜びを、感動をどう言葉にすればいいのか!」


 背後から最終決戦にでも向かうようなごっつい装備に身を固めたこの火の国の騎士、ジュリオルさんが現れ、ブルブルと震え尻もちをついてしまった。



「あれからすぐに志願兵を募り、なんとか騎士、冒険者含め二百の兵をかき集めたのですが……まさかデゼルケーノ千年の幻、ヴェルファントムが倒されているとは……」


 ジュリオルさんの後方を見ると、確かに多くの兵がこちらに向かっているのが見える。


 撃破され、蒸気を吹き出し消えていく千年幻ヴェルファントムを指差し、大歓声で喜び合っている。


 そうか、こんな深夜にも関わらずジュリオルさんは街中を走り周り、兵を集めてくれていたのか。


 ましてや相手は千年このデゼルケーノで人間や獣を食い漁っていた千年幻ヴェルファントム。


 国が総力を上げて討伐しようと万単位の兵を投入したが、一瞬で全滅した歴史があるのを俺なんかよりずっと知っているだろうし、高レベル冒険者なら余計にこの千年幻のヤバさは分かるだろう。


 それなのに俺とラビコを救おうと、深夜にこれほどの人数を集めてくれたのか……説得して回ったであろうジュリオルさんもすごいが、この状況で集まってくれた騎士さんや冒険者の人に感謝だ。


 幻見せられて走っているとき、無能とか思ってごめんなさい……。




「ジュリオル。見たのかい」


 笑顔無く水着魔女ラビコがジュリオルさんを睨む。


 え、ちょ、超怖い……ど、どうしたんだ。


「え? は、はい。それはもうすごかったです! さすがラビコ様の旦那様、まさか犬が光に覆われて……」


 興奮して喋るジュリオルさんの口元に魔力の込められた杖をかざし、俺だったらチビリそうなほど鋭い視線を送る。


「今見たことは口外するんじゃないよ。社長の力とベスの神獣化は長い人間の歴史上、初めてだろうと思われる規格外の力。我々人間には『対上位蒸気モンスター戦』の救世主となる存在だ。だが得体の知れない飛び抜けた強い力は、同時に人の心に不安も産む。奪って自分の物にしてやろうと考える輩も出るだろう」


 後半、ラビコが少し悲しそうに夜空を見上げ、言う。



 そういえば以前、元勇者パーティーの回復魔法が使える女の子の話をラビコから聞いたな。


 世界で唯一使える回復魔法。


 人のケガを、死を待つしか無いほどの状態から一瞬で全快まで持っていったとか。


 しかしそれを見た村の人がその力を独占しようと争い、殺戮が起き、村が燃え上がった。その時勇者が現れ、その女の子を一時気まぐれに舞い降りた神だとし、神はもう帰られた、また千年後に現れるだろうと、わざとおとぎ話風に言って誤魔化したんだっけか。




「すまないが約束してくれ。今ジュリオルが見たのは、この大魔法使いラビコ様が千年幻ヴェルファントムを倒した瞬間だった。いいね? 守ってくれるなら、この私が友人であるジュリオルの依頼を受け、それを実行した、と自慢してくれて構わない」


 ラビコが厳しい顔からふっと笑顔を見せ、ジュリオルさんにウインクをする。


「わ、分かりました……! 旦那様の力はとっておきの内緒の切り札である、と。それでは仕切り直して……私が見たのは、大魔法使いラビコ様が友人である私の依頼で千年幻ヴェルファントムを倒してくれた瞬間でした! すごい! さすがラビコ様です!!」


 ジュリオルさんがラビコの意図を理解してくれ、言い直して歓喜の声を上げてくれた。


 そのまま後方から来た兵に「ラビコ様が倒してくれたぞ!」と大声で興奮して言い回る。



 そうか、やっぱ外部から来た俺達の規格外の力は、この世界の混乱を産む可能性もあるもんな。


 ここはラビコの考えに従おう。


「まさかあの女ったらし勇者の気持ちが分かる日がくるとはね……。はぁ……ま、そういうことだ。今は従ってくれ」


 ラビコが何とも言えない溜息を吐き俺を見てくる。こっくりとうなずき、アプティ、ロゼリィにも目配せをする。


 まぁこの二人は大丈夫だろ。今まで俺の横で秘密を守り共有していてくれたんだ。



「そういうことだ、理解してほしい。それにそっちも協力者として名前が出ないほうが都合がいいんだろ、家出猫」


 ラビコが砂地に座り込み、だらしなくあぐらをかいていた猫耳フードの女性に話をふる。


 そうだ、依頼を受けて倒したとなると、かなりの高額報酬が期待出来る。俺は名前出せないが、この女性は強力な柱の魔法で俺を助けてくれ、あの巨体の動きを拘束したからこそラビコの高位魔法がヒットしたんだしな。


 当然彼女には権利があるし、名乗れば冒険者としての知名度を一気に上げることが出来るはずだ。



「あぁ? ついでにぱっぱとアタシを捕まえて通報でもすりゃもっとお金もらえるかもしれねーぞ。ニッハハ」


 猫耳フードの女性はニヤァと笑い、ラビコを睨む。


 え、通報って……この人、犯罪者か何かなのか?


「そうしてやってもいいが、公式には『勉学の為、諸国を旅行中』の家出娘捕まえたって少額しか貰えないだろ? 悪いが私も社長も金ならあるのさ。命を救われた恩もあるし、通報はしない。それに王女様に手荒なマネはしたくないしな」


 ラビコが笑い返すが、え、王女様? なんか二人知り合いっぽいし、どういうことなんだよ。



「ま、ここにいる連中にはいいだろう。紹介しよう。こいつはクロックリム=セレスティア、あの魔法の国の現女王サンディールンの妹で、セレスティア王国第二王女様だ」


 お、王女様……俺とロゼリィがポカンと口開けて驚く。


 アプティは興味なし、いつのもサイズに戻ったベスとボソボソ喋っている。いつかその会話の内容教えてくれ。




 そうか、セレスティア。


 あの柱の魔法、どこかで見たことがあると思ったら、オウセントマリアリブラを触った時に見た映像に出ていた女性が使っていたものだ。


 確か彼女の名前がマリア=セレスティアだったか。










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