第374話 砂漠の夜の千年幻4 勝てない戦いと新たな力様




 火の国デゼルケーノの砂漠で出会ってしまった蒸気モンスター。



 それはヘビのような外観で、全身が固い鱗に覆われている。


 その巨体は砂から出ている部分だけでも体長百メートルは越えているようだ。砂で見えない部分を含めたら、いったいどのぐらいの大きさなのだろうか。


 額のあたりにひょろっとアンコウの疑似餌のような紅く光る発光体が付いていて、どうにもあれを使って生き物に幻を見せて餌をおびき寄せるらしい。




 ゴアアアアアアア!!



 千年生きているという蒸気モンスター、千年幻ヴェルファントムが吠える。


 その声を聞くだけで身体が恐怖ですくんでしまい、正直今すぐ放って帰りたい。でも餌を食いっぱぐれたコイツが怒り狂って街にでも来た日には、まんまと幻に騙された俺のせいみたいで寝覚めが悪い。



「きた! ラビコ、右に飛べ!」


 大口を開けた千年幻が空に浮いている俺とラビコをロックオン。コンビニぐらいの大きさの蒸気の塊を吐き出してきた。


「あっはは! こんな巨大な奴と戦うのは久しぶりだ! 例え勝てない戦いでもお前と一緒なら最後まで心折れずにいけそうだぞ。蒸気モンスター相手に逃げるなんて絶対に嫌だし、お前の前で格好悪い姿は見せられないしな」


 水着魔女ラビコが紫の輝きを放ち宙を自在に舞い、巨大な蒸気の塊を避ける。


「それに私の男を無断で喰おうとした報いは受けてもらうぞ。魔女の怒りをその身に刻め!!」


 キャベツ刺した杖片手にラビコが狂喜の笑顔。



 この大魔法使いラビコを持ってしても勝てない、と言わせてしまう相手なのか。


 戦力はラビコと俺のみ。どう考えても勝ち目はなさそうか。


 俺? 濃い靄でも周囲が見える以外に才能ないぞ。


 頼りになるのはラビコの魔法のみ。しかしラビコがお得意とする二種の魔法はすでに効果なし。



 雷を呼び出し目標を撃つ魔法、オロラエドベル。おそらく威力は低めだが、詠唱と発生の速さ、コントロールの正確さでラビコがよく放つ魔法。


 七つの光の柱を呼び出し、その光を一点に収束させ目標を焼く魔法ウラノスイスベル。その七つの光が収束するのに時間がかかり、即効性はないが、威力は強烈。



 他にも魔法は使えるのだろうが、ラビコを象徴するこの二つの魔法がほぼ効果なしだと、ちょっと厳しいかもしれん。


 この二つ以上の高威力魔法は長い詠唱時間という足かせが有るので、使い所を間違えたら終わりか。



 さぁどうするか。



 眼下では千年幻ヴェルファントムがその百メートルは越える巨体を激しく動かし、砂と蒸気を撒き散らしている。地面は相当の振動が起きているらしく、岩などがガックガク揺れているのが見える。


 こんな状況で地上戦なんてどうやってやれっていうんだ。


 こんな奴に襲われたら、地上を行くしか無い冒険者は手も足も出ずにその大口に喰われそうだ。


 しかしさっきラビコがこれ以上の高位魔法は地に足を付けてしか撃てない、と言っていたし……。


「これ、空飛べなきゃひとたまりもねーな。こいつ相手に地上戦挑むとか無理だろ」


 今はラビコの魔法で空を飛んでいるからいいが、この状況で地に足付けるとか無理ゲー。


「過去に何度もコイツを倒そうと、多くの戦力が投入されたんだ。しかしどれもこちらに多大な犠牲者が出ただけで、傷ひとつ負わせられなかったってな」


 ラビコが強気な笑顔ながらも、冷や汗を垂らす。


「千から万単位の戦力が一瞬で消し飛ぶんだぞ。人の無力さを痛感するだけの結果さ」


 どうにも想像以上の激しい戦いの歴史がありそうだぞ、人間と千年幻ヴェルファントムとの生き残り戦争。


 一体どれだけの人間を喰ったのか、こいつは。



「話し合えるならそうしたいが、今はそんな余裕もない。向こうの砂漠に追い返す加減なんかしてる暇もなさそうだし、俺達は全力で抵抗するぞ。いくぞラビコ……やるからには千年幻ヴェルファントムを撃破する!」



 勝てなくても勝つんだよ。もうそう思ってやるしかねーだろ。


「あっはは……こいつ相手に負ける気なしか。いいじゃないか、それでこそ我が夫だ。何万の戦力がいるより、お前が一人側にいてくれたほうが勝てる気がするよ。その何者にも負けない勇気、それを糧に私は戦おう。でも……最後のその時は私を抱いてほしい」


 ラビコがそう言いながら俺の頬に唇を軽くつけてくる。


 俺はラビコの頭を優しく撫で、下で怒り狂っている砂漠の主に視線を送る。



 千年幻の大口が開かれ、喉の奥から大量の蒸気が放たれる。


「上へ飛べ!」


「あいよ!」


 ラビコが俺を抱え急上昇。蒸気の塊を避け、相手の動きを見る。


 千年幻の額あたりから出ている紅く光る発光体がぴょんと動き、眩しく光る。


 次の瞬間細めた口から細かな砂の塊、といっても一個一個がボーリングの玉ほどの大きさの砂を連続で吐いてきた。


「こりゃ地に足つけている暇なんてありゃしねーな。持久戦は出来ねーってのに」

 

 ラビコが紫の魔力を放ち、砂弾を必死に避ける。


 飛んでいるだけでも結構な魔力の消費になっているな……まずいぞ、これ。



 しかし今のアイツの動き、なんだろうか。


 まるであの発光体が俺達を探していたような。


「ラビコ、あいつの弱点は!」


「ねーよ! 遥か遠くにある白炎燃え盛る火の海にでも放り込めればなんとかなるかもな!」


 そういやこいつらは白炎が苦手なのか。しかし火の海って遠くに見える火の山の麓だろ。それこそ無理だろ。



「……ラビコ、あいつの目はどこにある」


「目ぇ? さぁ知らないね」


 千年幻ヴェルファントムの巨体を改めて見るが、目がない。


 もしかして……額の発光体、アレが目なのか?



「ラビコ、あの発光体を狙い撃て! あれが目なら当たれば動きを止められるはず」


「任せな、オロラエド……ベル!」


 キャベツ杖を構え、ラビコが短時間詠唱で雷を放つ。



 ゴアアアアア!!



 雷の直撃を受け、たまらずその巨体をうねらせる千年幻ヴェルファントム。ダメージはほぼなさそうだが、目くらましにはなりそうだ。



 一瞬視界が奪われたことに混乱した巨体が砂を打ち、四方八方に蒸気弾を放つ。


「不規則なのはやっかいだ……高度を下げて下からの被弾を減らす」


 デタラメに蒸気弾を放つ千年幻ヴェルファントムに舌打ちをしたラビコが高度を下げ、真下からの被弾を受けないように地面すれすれを飛ぶ。



 怒りと混乱で周囲に砂と蒸気を撒き散らすので、視界がどんどんと狭くなっていく。


 くそ、蒸気弾避けるので手一杯だってのに……たしかにラビコの作戦は当たり。


 上空に浮いていたら、三百六十度あちこちから蒸気の塊が飛んできて避けきれない。しかし高度を下げれば下からの被弾はなく、正面、上だけ気をつけていればいい。



「暴れて四方八方に撃っているのは、私達が見えていない証拠。今のうちに地面に降りて高位魔法詠唱を……」


 ラビコがなんとか降りれる場所をと視線を横に振った瞬間、真下の砂がぼこっと盛り上がり黒い大きな物が跳ね上がってきた。



「まず……がはっ……!」


 黒い物が俺を抱えて飛んでいたラビコの背中を直撃。


 血を吐き、ラビコが力なくうなだれていく。


「おい! ラビコ……ラビコ!」


 ラビコの放つ紫の輝きが失われていき、浮力を失った俺達は砂地に落下。



 慌ててラビコの頭を俺の腹に抱え込むと、背中から呼吸が出来なくなるほどの衝撃が俺を襲う。


「ごはっ……ぐ、熱……ぐ、ぐぅぅ……」


 飛んでいた速度分、砂地を数十メートルえぐり、やっと体が止まる。


 痛みで体が全く動かない……生きているだけマシだが。


 掠れる視界で千年幻ヴェルファントムを見ると、尻尾らしきものが見える。そうか……さっきのは地面に隠れていた尻尾ってことかよ。



「ラビコ、ラビコ!」


「…………」


 腹に抱えたラビコに声をかけるが、口元から血が漏れ、反応がない。


 息はあるが……くそ! 俺は痛みに耐えがばっと起き上がる。


 ラビコを背負い、視界が戻ったらしい千年幻ヴェルファントムを睨む。



「……いいことを教えてやるデカヘビ。人間を上手く騙したかったら、最上級にエロい幻を見せるんだな。そうすりゃ今よりもっと効率が上がるだろうよ!」



 俺は背中のラビコの体温を感じながら精一杯吼える。


 もはやどうしようもない。


 俺には何の攻撃手段もなければ、ラビコのような移動方法もない。



 ゴアアアアアアア!!



 千年幻ヴェルファントムがその大口を開け、吼える。


 おそらく餌がもうすぐ食える喜びの、歓喜の叫びだろう。



 その大口を開けたまま、千年幻ヴェルファントムが飛びかかってきた。


 俺はしっかりと目を開き、その動きを見る。


 腹を空かせたアイツはまっすぐ向かってくるが、目であろう発光体はその開いた大口で視界が遮ら見えていない様子。


 俺はラビコを背負い、足が壊れようが構わない限界の力を出し左方向にダッシュ。



 轟音と共に砂と蒸気が舞い上がり、俺達がいた場所の砂地が大きく喰いえぐられた。


 俺はしっかり足を踏ん張り、睨む。


 おそらく奴は頭から突っ込んだのですぐには方向転換出来ず、次は尻尾を振り払う。



 予測した通り千年幻の尻尾が動くが、俺はもうその地点から走り安全圏に移動している。



 奴の次の行動は上体を起こし、蒸気弾がくるはず。


 着弾点は周囲五十五箇所。その中で一番着弾間隔が広い安全圏へ移動。


 撃っている時間予測は五秒……三、二、一……次はまた地面からの尻尾攻撃。



 真下から振動が近づいてくるが、俺は着弾点の合間をするすると移動し尻尾が来る前に退避完了。


 さっきいた場所に黒い巨大な尻尾が蒸気と共に吹き出し、地面を突き抜け何もない空を刺す。



 ゴアアアア!



 いつまでも餌が食えずに怒り狂った千年幻ヴェルファントムが更なる大口を開け、魔力を込めた光を放とうとしてくる。


 その光は触れるだけで人間なんて一瞬で溶けてしまう。


 俺達溶かしたら食えないだろうに、もはや怒りで頭がいっているようだ。



 俺は着弾点を予測で見るが、その範囲は広く、安全圏まで全力ダッシュでギリギリ間に合うかどうか。


「着弾時間まで三、二……くそっ……!!」


 放つ前の溜めの時間でなんとかラビコを抱え必死に走るが、すでに俺の足が限界にきているらしく、安全圏まであと三メートルほど届かなかった。


 砂地なうえ、自分の体力不足は予測を上回れなかったか……。



「……一! 目を覚ませ……逃げろラビコぉ!」


 俺は背負ったラビコを抱え、安全圏である三メートル向こうへ放り投げる。


 


 さらば、異世界。


 いい夢見れたぜ。



 

「ティアン……エンハンス!!」



 遠くの小高い岩から声が聞こえたと思ったら、千年幻ヴェルファントムの真下から巨大な光る柱が何本も出現。


 その柱が大口の顎を勢い良く持ち上げ、無理矢理空へと向けさせた。


 そのまま千年幻ヴェルファントムの口から上空へ光が放たれ、その光は空へと消えていく。



「ニッヒヒ……すっげぇなお前等。たったの二人で千年幻に戦い挑むとかよ、正気の沙汰じゃねぇって」



 た、助かった……のか。



 顔に付けたゴーグルを持ち上げ、女性が心底楽しそうに笑う。










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