第372話 砂漠の夜の千年幻2 千年の幻様
「待て!」
俺は走れる限界の速度で、何度も前のめりで転びそうになりながらも男達を追う。
ゴツイ鎧に大きな剣、斧。
五人の高レベル冒険者と思われる男達がロゼリィを抱え音もなく走っていく。
くそ……! 全然追いつけねぇ……あんな重装備の奴等にすら追いつけないって、俺どんだけ貧弱なんだ。
湯上がりラビコに描いてもらった地図だと、あいつ等は街の北側に向かっているようだ。
深夜とはいえ人口の多そうな王都デゼルケーノ。何人かの冒険者や街の人とすれ違うが、皆見るのは俺のほうばかり。俺じゃなくて前を走っている、ロゼリィ抱えている冒険者を止めてくれよ。
しばらく走ると街の出口が見えてきた。
なにやら今までにないクラスの厳重な警備。さすがにロゼリィをさらった冒険者達を止めてくれるだろ……と思ったが、ロゼリィを抱えた男達はすでに街の外をさらに北に向けて走っている。
マジかよ……止めろよお前等! どう考えても人さらいだろ!
街の出入口を、この国のマークと思われる紋章が入った鎧や武器を持った多くの騎士が固めている。
こんだけいて、あいつ等素通りさせたのかよ。無能集団か!
「どけぇ! ロゼリィがさらわれたんだ!」
俺は叫び、出入り口を封鎖している騎士に突っ込んでいく。
「な、なんだお前!」
「捕らえろ、絶対にここを通すな! 子供……? 武器は使うなよ!」
騎士たちが俺を見て武器を構えず、素手で捕らえようとしてくる。バカかこいつ等、人さらい素通しで俺を捕まえようとするとか。
「おとなしくしろ!」
騎士の一人が俺が背中に付けているマントを掴み、バランスを崩した俺を地面に押し倒してくる。
くそっ……さすがに鍛えられた騎士と、引きこもり高校生じゃ話にならんか。
だからって……ロゼリィを助けるのを諦めるものかよ!
俺は肩の留め具を外し、掴まれているマントを切り離す。すぐさま身体をひねり、俺を地面に押し付けていた騎士の足を蹴り転ばせる。
「こいつ……! 子供くせに……!」
すぐに立ち上がり走ろうとするが、騎士が二人前を塞いだ。
「やめろ! この先は危険だ! 誰も通すな、と王の命だ!」
騎士の一人が右手を伸ばしてくるが、俺はその手首を掴み、引っ張る。騎士がバランスを崩した瞬間に彼を抜き去り、走り出す。
もう一人が飛びかかってきたが、なぜかその動きがゆっくりに見え、次にどうやって手が動くか予測が出来た。
予測通り、騎士の右手が俺の足をつかもうとしてきたが、俺は足を浮かせ避ける。さらに死角の後ろから騎士が捕捉用の縄を投げてくるが、飛びかかってきた騎士に体当たりをし、その縄に絡ませる。
「な、なんだこいつ……後ろに目でもあるのか!?」
「どうした! 何があった!」
ヤバイ、向こうから騎士の援軍が来た。
「!? 君はさきほどの……ラビコ様の旦那様では」
騒ぎに駆けつけてきたのは、この火の国デゼルケーノの騎士テインゲルナイトのジュリオルさん。俺を見て驚いている。
さすがに国を代表するらしいテインゲルナイト様には俺の素人格闘術は通じなそう。
そしてこれ以上時間は使えない。
「ラビコを呼んでくれ! ロゼリィがさらわれたんだ!」
俺はそう叫び、残りの騎士の動きを予測し、捕まらないように隙間を走り抜ける。
申し訳ないが、早くロゼリィの元へ行かないとならないんだ!
「に、二十人の騎士を突破するとは……あなたは何者なんだ……」
「はぁっ……はぁっ……! くそ! どこ行ったアイツ等!」
王都デゼルケーノを抜け、俺はひたすら北を目指す。
行けども行けども砂漠。
もはや方向すら分からなくなってきた。
街ではあれほどあった噴き上がる白炎はほとんどなく、靴に入る砂を気にしながらとにかく前へ進む。
深夜だが、明るく照らされた紅い月のおかげでじゅうぶん辺りは見える。
少し小高い場所に登り確認するが、周囲には誰もいない。
まずいな、来る方向間違えたか? つうかあいつ等、なんで砂漠にまっすぐきたんだ。アジトでもあんのか?
しかし砂漠はモンスターがうろついているとか聞くし、
運良く徘徊しているモンスターは見当たらず、本当に静かな夜の砂漠。
先程より濃い色の紅い月だけが煌々と夜空に輝いている。
「……!?」
さすがに疲れ腰を下ろすと、砂漠の底から重い音が響き振動し始めた。
細かな振動で砂と砂の間に隙間ができ、近くにあった大きな岩がずるずると砂に飲み込まれ沈んでいく。
「やばい……これ……流砂か!?」
俺はすぐさま立ち上がり走る。
岩が沈み込んでいない場所を目指し、ひたすらダッシュ。こんなのに飲み込まれたら生きて帰れねぇって。
なんとか安全圏まで走り、大きな岩の上に飛び乗る。
さっきいた場所の砂が泡立つようにボコボコと音を出し、水蒸気のような靄が一気に吹き出した。
急速に辺りが靄で覆われ、視界が狭まる。
なんだ、これ。
「…………」
背後にボワっとした紅い光が見え、驚き振り返ると、そこにはさっきさらわれたはずのロゼリィが立っていた。
「ろ、ロゼリィ! よかった、無事だったんだな!」
靄で覆われ表情は見えないが、特にケガはしていなそうだ。
「触るな! 腕が焼け飛ぶぞ!」
俺がロゼリィに手を伸ばした途端、上空から声が聞こえ、紫の光が俺を照らす。
え、な、なんだって? 俺が慌てて手を引っ込めると、ロゼリィだった物が溶け始め、紅い光の塊に変わっていった。
「な、なんだこれ! ろ、ロゼリィは!?」
「ちっ、説明不足だったよ! そういやウチの社長は恐ろしいほど見える人だったっけな!」
声と共に紫の光が俺を包み、身体が宙を舞う。
俺を抱え自在に空を飛ぶのは、我らが水着魔女ラビコ。おなじみのキャベツを刺した杖を持ち、紫の魔力を放つ大魔法使い様だ。
ゴアアアアアアアアア!
腹に響く重い叫び声が大地を揺らし、空気すら振動している。
見ると、先程俺がいた場所に巨大な黒い物が大口を開けて砂から顔を出していた。
うわっ、あのままあそこにいたら喰われてたのかよ……。
その大きな口は、大型トラックすら一飲みに出来そうなほど大きく、砂から出ている巨体は百メートルは越えていそう。砂に潜って見えていない部分足したらどれほどの大きさなのだろうか。
考えただけで震えが止まらない。
「あれが砂漠の
ラビコがその巨体を見下ろし、舌打ちをしながら言う。
蒸気モンスター……なるほど、千年生きているってのもいよいよ現実味が帯びてきた。
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