第371話 砂漠の夜の千年幻1 暗闇に浮かぶ砂漠の紅い月様


 俺達は馬車で半日、魔晶列車で四日かけて火の国デゼルケーノに到着。



 しかし運悪く、この王都デゼルケーノに一番近い砂漠にぬしが現れたとかで、街は慌ただしい状況。


 雰囲気としては高レベル冒険者が多く集められ、この火の国の騎士の一人、ジュリオルさんが夜も二十二時過ぎまで駅で警備している感じ。


 それってペルセフォスで言うと、ハイラやサーズ姫様が深夜に駅で厳戒態勢ってことだよな。





「まぁ~なんにせよ、この王都から出なければ基本大丈夫さ~。ついでに湧いている小物モンスターは集められた冒険者でなんとかなるだろうし~」


 水着魔女ラビコがそう言うんなら、街中は大丈夫なんだろう。


 格好は水着にロングコートとかいういつでも色気振りまきウーマンだが、過去に元勇者パーティーの一員として世界を巡り、各地で蒸気モンスター討伐をして名を馳せた大魔法使いらしいからな、ラビコは。



「な、なんだか大変なときに来てしまいましたね……ちょっと怖いです」


 話を聞いていた宿の娘ロゼリィが震えながら俺の左腕を強く抱く。


「大丈夫だ、ロゼリィ。なんかあったらラビコもアプティもいる。そして君の側には俺がいる。俺が必ずロゼリィを守ってみせるさ」


「……はいっ! それなら安心です」


 俺の言葉を聞いたロゼリィが、不安そうだった顔からいつもの笑顔に戻った。


 まぁ格好いいこと言ったが、俺には何の力もないんだがね。心の平静を保つ言葉を言うのが精一杯だわ。



「はいはい~。社長には王の眼があるだけで、本人はクッソ弱だけどね~あっはは~」


 だからそれ言うな、ラビコ。


 こういう時はウソだって必要だろうが。



 なんか俺にはラビコ曰く王の眼というものがあるらしいぞ。つっても濃い靄の先を普通に見通すことが出来るとかその程度だが。


 せっかく奇蹟の確率を越えて異世界に来れたっていうのに、俺が手に入れた特典は混浴でしか使い道がなさそうなしょぼい……いや、これこそ俺にとって最高の能力。誰がくれたか知らないがマジでありがとうございます!


 火の国デゼルケーノは温泉の本場。


 ついに俺の目の力がフルで発揮出来る場所にきた、というわけさ。そう、デゼルケーノこそ俺の運命の地。


 あとはカメラ片手に美しい女性陣を混浴温泉に誘う勇気だけだな、俺に足りないのは。うん。


 犯罪? 知るか。


 若さゆえの大勝利だよ。





 風呂上がりに豪華なロビーでデゼルケーノで起きている状況を聞き、俺達はすぐに部屋に戻った。


 長時間列車での移動で、さすがに全員疲れが限界にきている。とりあえずラビコがホテルの店主に聞いてきてくれたが、詳しくはまた明日探ってみるとのこと。



 豪華なベッドに潜り込んだ瞬間一気に眠気が襲ってきて、俺達は泥のように眠った。








「…………トイレ」




 何時間寝たのか知らないが、俺はふっと目が覚め部屋の外にあるトイレへ。



 みんなぐっすり寝ているので、起こさないように静かに廊下へ出る。


 豪華なホテルなんだが、なぜかトイレは個別にはなく、共用廊下にある。お高いホテルなんだから各部屋に作れよな、トイレ。


 床は豪華な大理石っぽいもので出来ていて、油断して歩くと靴音がカツンカツン響いてしまう。深夜なんだから気をつけないとな……。




 用も済まし、廊下にほんのり灯った魔晶石ランプと窓から入ってくる月明かりを頼りに部屋へと静かに歩く。



「月が綺麗だ」



 砂漠の都市で見る月、か。なんかゲームの世界みたいだ。


 鮮やかな紅い月。


 なんだろう、見ていると、とても目が冴えてくる。紅い月……?



 まぁいいや、と窓の月から廊下に視線を戻すと、廊下の先に人が立っているのが見えた。


 女性だな、ってあのグラマラスなボディは見間違うはずもない、ロゼリィか。彼女もトイレか。



「…………」



 俺は部屋に帰る道、ロゼリィはトイレへと行く道。なのですれ違うはずなのだが、一向にロゼリィが近づいてこない。


 おかしいな、とロゼリィを見ると、彼女は音も立てず外へ歩いて行く。


 外の空気でも吸いたいのだろうか。


 なんにせよ、異国の地で深夜に女性が一人は危ない。囲いはしてあるが、白炎とかいうものが噴き上がっている場所も多いし。


 俺は急いでロゼリィを追いかける。



「……あれ? ロゼリィ?」


 ホテルの出入り口から外に出るが、今さっき出たロゼリィの姿がない。


 深夜の暗闇に紅い月で照らされた街中に視線を向けると、ロゼリィが石造りの酒場らしきところで消えてしまった。


「なっ……なにやってんだロゼリィ! 深夜に一人はだめだ!」


 慌てて走り、酒場の建物へ。道は左右に別れているが……いた、ロゼリィ。


 左の道の先にロゼリィがいて、なにやらゴツイ冒険者みたいな男達に絡まれている……くそ! 待ってろロゼリィ、今行くぞ!



 しかし俺が追いつく前に五人の男達がロゼリィを抱え、音も無く走っていく。


「お前ら……!」


 周りに他の冒険者もいるが酔っていてロゼリィ達に気づきもしない。


 目の前で連れ去り事件が起きたってのに……使えねーなデゼルケーノ冒険者! なにが高レベルだよ……!



 くそっ、足が早い! あんな重装備の奴らなのに、全然追いつけない。俺はロゼリィを見失わないように、すっかり冴えた目に力を込める。



「待ってろ、ロゼリィ……君は必ず俺が守る!」









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