第346話 リニューアル! 宿ジゼリィ=アゼリィ 4 誰にも真似の出来ない俺の存在様


「これはすごいなぁ、あはは」



 宿ジゼリィ=アゼリィがリニューアルオープンしてから一週間が過ぎた夜、七日間の売り上げデータが書かれた紙を見たローエンさんが唸る。



「なんだかおっそろしい数字だね、これは。よくやったよみんな」


 奥様であられるジゼリィさんも、今まででは考えられない数字が書かれた紙を見て笑う。


 さすがに人口の差か、王都のカフェほどではなかったが、それでも相当の売り上げとなった。


 

「すごいですわね、さすがです師匠。この数字はソルートンでも五本の指に入る一流企業の仲間入りです」


 商売人アンリーナもそのデータを見て俺に握手を求めて来る。


 俺は一応差し出されたアンリーナの右手の中を見て、何もないのを確認してから安心して握手に応じた。


「いや、これはアンリーナが助けてくれたからだよ。ありがとうな、アンリーナ」


 実際アンリーナの手助けがなければここまで出来なかった。


 建物の設計から建築ノウハウ、足湯や魅せるステージなどの俺の突発の思い付きにも柔軟に対応してくれ、その上で素晴らしい完成度で仕上げてくれた。


 ここソルートンは港街なので、海運・漁業関係の会社が相当儲けているそうだ。続いて不動産関係。上位を名だたる一流企業が占める中、この宿屋ジゼリィ=アゼリィが突如ランクイン。


「いえいえ、これは師匠の実力です。これで一気に宿屋ジゼリィ=アゼリィの名前はソルートンどころか、世界に広まったことでしょう。見ていましたが、お客さんに混じって様子を見に来たと思われる国内外の企業の方が多数いましたわ」


 そういや冒険者や地元民、観光客以外に、何やらスーツでビシっと決めた集団が何組か来ていたな。あれがそうだったのだろうか。



「い、一流企業……他社の視察……! あああ、ま、まずいよジゼリィ、ど、どうしたら……!」


 アンリーナの言葉を聞いたオーナーであられるローエンさんが、急に慌てふためき出した。


「落ち着きなローエン。確かにうちに来て、見て、食べて、それを覚えて真似事は出来るだろうけど、それを担う人材はそうそういないさ」


 奥様ジゼリィさんがローエンさんの肩をガツンと叩き落ち着かせる。



「その通りですわ」



 それを聞いたアンリーナが自信満々の顔で演説を始めた。


「確かにこのお店の真似事は出来ると思います。食べて覚えて、似たような味は再現出来るでしょう。しかしそれを全てのメニューに反映させるのに、どれほどの時間と手間がかかるでしょうか」


 この異世界にはネット含む通信技術がないからな。


 真似事をしようと思ったら、実際に出向いて覚えて帰らなければならない。


 今まで出来ていなかった人がその再現法を覚えようとしても、身につけるまでにかなり時間がかかる。


 そしてそれを一つではなく、お店のメニュー全てに導入するのは、とてつもない時間がかかるだろう。


「一つ二つは出来るでしょう。しかしお店で出す一つ二つが美味しくても、他が美味しくなければお客さんの反応は悪くなってしまいます。一点特化の商売も確かにありますが、それは自分で生み出した技術だからこそ出来ることです。他人の真似事では知識や技術、発想が足りず、長続きはしないかと」


 なるほど、例えばうちのスープを再現したスープ屋さんが出来ても、一緒に欲しいパンが美味しくなければ評価は減点になるからな。


 そしてそこからメニューを増やそうとスープを改良しようにも、この味を生み出した元の技術がなければどうしたらいいかも分からないだろう。


 基本がなければ応用は出来ないんだよな。



「このお店の全てを再現しようと思ったら、このお店の全てのスタッフを揃えなければ出来ません。それは到底無理なこと。そして他社が真似事しているあいだにも、このジゼリィ=アゼリィは次々と前へ突き進んでいきます。優秀なシェフにスタッフ、柔軟なオーナー夫妻。そして天才的な発想力と交渉力を持つブレイン、そう、師匠がいなければ宿ジゼリィ=アゼリィは完成いたしません」


 みんなが一斉に俺の方を向く。


 な、なんだ?


「他社、他店さんがどう頑張ろうとも越えられない壁。それがこちらにはあるのです。まるでこの世界の全ての料理を知り尽くしたかのような知識、そして知っているがゆえに生まれてくる応用法。どこで覚えたのか、王族にさえ通用する巧みな交渉術。そしてお客さん視点で考えた施設や接客サービスの充実度」


 アンリーナ含め全員が俺を頷きながら見てくる。


「あっはは~、そうさ~社長ってすっごい不思議なんだよね~。世界を見たいとか言っているくせに、持っている知識は世界を十年かけて歩き見た私以上だし~。これ以上なんの知識を手に入れようとしているのかね~あっはは~」


 水着魔女ラビコが背後から抱きついてくる。


 まぁ、俺はこっちに来る前にネットやらで家にいながら世界の知識を得ていたからなぁ。


 異世界に来て本当に思うが、ネットってのはチートな技術だよ。



「そうだね、やはり君がいるからこそのジゼリィ=アゼリィだ。僕も君が来てからの厨房のお仕事がもう毎日楽しくて仕方がないんだ。次はどんな新しい料理をひらめいてくれるのか、いつもワクワクしているよ」


 宿の神の料理人、イケメンボイス兄さんも笑顔で俺を見てくる。


 いや、俺は知っている知識を言っただけで、それを再現したのは兄さんっすよ。


「ふふ、そうですね、それは私もです。あなたがこの宿の来てくれてからというもの、本当に毎日が楽しいです。下を見て、ひたすら時間が過ぎるのを待つ……あの頃の私が嘘のようです。今はもうあなたの行動についていくことに手一杯で、下を見ている暇なんてなくなってしまいました」


 左側からロゼリィが笑顔で抱きついてくる。


 うん、俺に会う以前のロゼリィのことはあまり知らないが、君には今の笑顔がすごく似合うと思うよ。



「師匠、あなたは他人の、ここにいる多くの人の人生すら変えてしまう力があるのです。これまでつらい思いをしていた人もいると思います。でも師匠はそんな私達を包み込み、次々と笑顔に変えていった。これは誰にも真似することが出来ない、師匠だけが持つ、英雄の力」



 カサっという音が聞こえ、アンリーナが俺の手を優しく握ってくる。

 

 ロゼリィも周りに聞くと、引っ込み思案の性格に受付のお仕事が合わず、相当つらい思いをしたらしい。


 アンリーナも、俺に会う前はまだ子供なのに商売人として、ローズ=ハイドランジェの後継者として厳しい教育を受け、世界に自分は一人であると感じることがあったみたいだしな。


 ラビコは……孤児出身で、お師匠のお陰で魔法を覚え、そこからルナリアの勇者の一員になり、世界を飛び回り蒸気モンスターと戦ったとか。


 それは俺なんかじゃ想像も出来ないつらい旅だったんだろうしな。


 サーズ姫様曰く、今のラビコは以前のラビコとは別人ってぐらい笑うようになったそうだ。



 全てが俺の力ではないが、俺の助力で皆が笑顔になったというのなら、それでいいのではないだろうか。


「…………」


 バニー娘アプティが無表情で俺の尻を掴んでくるが、彼女はどうなのかね。


 俺といて楽しいのだろうか。正体は蒸気モンスターではあるが命の恩人でもあるし、楽しいのだとすれば、少しでも恩返しが出来た気がして嬉しいのだが。



「……というわけで、英雄である師匠にはまだまだ羽ばたくべき世界が待っているのです! 見返りを求めるようで嫌ですが、私も色々と師匠のお手伝いをしましたので、少し私のワガママも聞いて欲しいかなぁ、と」


 アンリーナがカサっという音を出し、その手を広げる。


「以前言いました巨大遊戯施設が私の構想にありまして、師匠には私の夫として支えていただきたいのです。そしてこれがその証の……」


「アプティ、回収だ」


 アンリーナの話の途中で俺は指を鳴らし、アプティに指示。


「……了解いたしました、マスター……」


 すぐさまアンリーナの手にある、何やら俺の拇印が押された紙をアプティが回収。


「あ……ちょっ……! まだ全部言っていな……こら離しなさい怪力無表情女! あああああああ……師匠と私の世界の翼が……! ローズ=ハイドランジェランドで師匠と豪華な結婚式の計画が……」



 アプティから紙を受け取ると、確かにローズ=ハイドランジェランドで挙式がどうとか書かれている。


 すぐさま破り、俺の拇印部分を回収。




 今回のでアンリーナと握手するのは最大限注意が必要だな、と俺は異世界の知識を学習した。








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