第347話 俺の求める異世界様
──異世界──そう、そこは皆の夢や希望が詰まった憧れの世界。
異世界……よく聞く言葉だが、では異世界とは何なのか。
解釈は色々あるだろう。
地球から遥か遠くの星かもしれないし、平行世界のお話かもしれないし、誰かが何かの目的の為に作った箱庭なのかもしれない。
答えなんて俺には分からないし、実際に異世界に来ているのだから、もはやどうでもいい議論である。知りたければ来ればいい。外で何か想像で言われても俺の心には響かない。
俺はこれから実際に見て、触り、感じ、この異世界の全てを巡って、その答えを探してみようと思う。
頭悪いから導き出す式は意味不明でおかしいかもしれんが、誰かから借りた言葉ではなく、答えは間違いなく俺の言葉で、俺が直に感じた言葉で発しよう。
その時はだいぶ先になるだろうが、気長に待ってほしい。
では、これから来るであろう紳士諸君は異世界に何を求めるのだろうか。
現実離れしたゲームのような世界を、剣や魔法を使い冒険することだろうか。
金銀財宝の眠る、底深きダンジョン。空に浮かぶお城に眠る伝説の武具。
仲間と共に苦難の道を歩み、死と隣り合わせの戦いの果てにドラゴンを討ち果たし手に入れる聖剣。
勇者として、英雄として名を馳せ、皆に讃えられ、その冒険は伝説として語り継がれていく。
憧れるよな、紳士なら。
……でもそれは、異世界に来る時にエロい女神やらにチートな能力を貰ったからこそ出来る偉業。
残念ながら俺は女神には会わなかった。
高校生活最初の夏休みを控え、わくわくして寝たらこの異世界の街の真ん中の橋に斜めに立っていた。
紳士諸君のときは女神様に出会えることを祈っているよ。
俺の異世界転生パターンは、何やら普通こういうときに貰える女神様の祝福は、一緒に来た愛犬ベスにフルチャージされた模様。
「ベスッ!」
その、俺のかわいい愛犬ベスがぶるる、と体を震わせ水分を飛ばす。
「こら、周りにお客さんがいるんだからダメだろ。ほら、タオルだ」
俺は慌ててベスをバスタオルで包み、わしわしと水分を拭き取る。
今俺がいる場所は、この異世界に来てからずっとお世話になっている宿屋ジゼリィ=アゼリィ。
最近、色々あって俺がレースで稼いだお金やらをブッ込み、施設を増築した。
宿の一番の収益を上げている一階食堂の面積を広げ混雑に対応させ、魅せるステージを作り、直に料理が出来上がっていく過程をショーとして楽しんでもらえるようにリニューアルをした。
お店入り口には足湯も作り、無料で利用してもらうことで宿の雰囲気を味わってもらい、あわよくば中に入って安価で美味しい料理と温泉施設をどうぞ、と。
これがかなり好評で、足湯経由でお店に来る人も多く、いい呼び水になったと思う。
まぁ、その足湯は今こうしてベスの遊び場になっているようだが。
時刻は午前十時過ぎ。
そろそろというか、もう食堂が大混雑してきたので、これ以上は迷惑になるのでベスを足湯から撤退させる。
ちなみにこの足湯の名前は「ベスの湯」という。命名は宿の一人娘ロゼリィ。
ベスはお風呂が好きだからなぁ、ロゼリィもお風呂好きとしてシンパシーが通じるものがあったのだろう。
この足湯が出来て以来、ベスはここは自分の場所なんだと思っているらしく、混雑していようが我が物顔で足湯に飛び込んで来る。
なので、一応看板に「ベス飛び込み注意」と書いてはある。
だが心配とは裏腹に、ベスのダイブに居合わせられるのは「運がいい=幸運を授かれる」と噂が広まり、女性客が足湯に行列を作ることも。
異世界ってのは、何が流行るか分からんものだ。
ベスを引き連れお店入り口の行列に並び、入店。
「はい、いらっしゃいませ! ……って隊長じゃないですか。並ばなくても隊長の席はいつも空けてありますよ?」
受け付けをしてくれた、ポニーテールが大変可愛らしい正社員セレサにいつもの席に案内してもらう。
まぁ、オーナーであられるローエンさんにも、君達の席はオーナー特権で専用に用意してあるから、並ばずに座っていいとは許可されているが、時間に余裕のあるときはキチンと並ぼうかと。
「お待たせいたしました、紅茶ポットです隊長」
席に座ってすぐにセレサが、まだ頼んでいない紅茶ポットを持ってきてくれた。俺いつもこれ頼むし、覚えてくれたのか。
「ありがとう、セレサ。本日のデザートも貰おうかな」
「はーい。今日はフルーツ山盛り乗せアイスになりますよ」
アイスか、今日も暑いからありがたいな。
時刻はお昼近く。大混雑の店内を見渡しながら、ふと思う。
俺はこの異世界に何を求めているのだろうか。
せっかく来たからには冒険者となり、剣や魔法を駆使して活躍を……とも最初思ったが、俺はエロい女神には会わなかったし、冒険者センターで調べた結果、なんの能力もない「街の人」という始末。
そしてなぜか一緒に来た愛犬ベスが、本来俺が授かるべき勇者の力を得、大活躍。俺は側で見ているだけ。
俺に力はなかったが、それでも異世界を股にかけた冒険をと思っているが、いざというとき戦えるのはベスのみ。俺は家族であるベスを傷つけることはなるべくしたくない。
……確かに初期にお金を稼ぐためにベスに頑張ってもらったが、大金を得た今は危険なモンスター退治でお金を稼がなくてよくなったからな。
「ふわわ~……おっは~社長~。を、今日はアイスかぁ~私も私も~」
眠そうに宿二階の客室から降りてきたのは、水着にロングコートを羽織った魔女、ラビコ。
「寝起きにアイスは……大丈夫なのか」
「あっはは~余裕余裕~。こうやって社長にくっつけばお腹も冷やさないし~」
俺の右隣に座り、がっつりラビコが抱きついてくる。うへ、お胸様が……。
水着魔女ラビコ。
彼女はこう見えて、かつて名を馳せたルナリアの勇者の元パーティーメンバー。その持てる魔力は絶大で、世界で有数の大魔法使いとして認知されている。
実際その実力はすごいもので、雑魚なら一瞬で消し去る火力の魔法を使える。なんともうらやましい……異世界に来たからには、ラビコみたいにドカーンと魔法を使ってみたいものなんだが。
普通俺にあるべきだろ、そういう派手なやつがよ。
ラビコと出会ったおかげで、モンスターに対する対策が出来、あまりベスに戦ってもらわなくてもよくなった。ラビコは戦いの専門職だからな。本当に助かっている。とはいえラビコは女の子、そうそう頼りきりってのもな……。
俺にも何か才能があればなぁ。なんだか濃いぃ靄の先が見える目、とかが俺の才能らしいが、なんの戦闘能力にもならんからな。
王の目、千里眼、魔眼……呼び方は時代と種族で変わるようだが、蒸気モンスターである銀の妖狐曰く、あの魔王エリィすら恐れる力、だそうだ。
せいぜい女湯覗くときに役立つ程度のこの目に、何を恐れるっていうのかね。
まぁ蒸気モンスターである銀の妖狐の話を鵜呑みにするのもおかしな話か。
何かあったときには、一応うちのベスがいるからなんとかはなると思うが、俺自身にも何か戦力が欲しいものだ。十六歳の非力な日本人である俺にバッチリくる戦力が欲しいぜ。
え、鍛えろ? バカ言え、才能もないのに鍛えたって無駄だろ。
才能があってそこを伸ばすならまだしも、な。ああ、うん、だるいじゃん。もっとこうぱっと、さっくりさささーっと最強になれないものかね。
そういう異世界譚は良く聞くんだがなぁ、なんで俺には違うパターンなのか。
あ、簡単にチート異世界に行く用事のある紳士諸君。
行くときは是非とも俺を誘ってくれ。未来の勇者様の腰巾着としてついていく所存バリバリであります。
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