第345話 リニューアル! 宿ジゼリィ=アゼリィ 3 メニュー改善と鍵職人探しから始まる異世界冒険記様


「はい完成です。出来たてをどうぞー」



 ジゼリィ=アゼリィ、リニューアルオープン二日目。



 食堂中央にある魅せるステージが相変わらず好評。


 食堂内にお客さんだけではなく、料理を作っている人がいるのが動きのある絵となり、注文した料理を待つ時間も気にならないとお客さんから意見をもらえた。




「やりましたわね師匠。料理人を中央に配置し、その工程を見せる方式はぜひともうちのホテルでも採用させていただきたいですわ」


 商売人アンリーナがうんうんと頷き、イケメンボイス兄さんの華麗な手さばきを見ている。


 アンリーナご自慢のカエルラスター島の豪華ホテル。


 あそこは色々トラブルがあってあまり満喫出来なかったからなぁ。今度行くときはたっぷり堪能したいものだ。


 もちろんビーチの水着様達を、な。


 

 お店は朝から晩まで行列は絶えず、売り上げも相当のものとなっている。


 オーナーであるローエンさんとジゼリィさんも終始ご機嫌だし、思い切って宿のリニューアルをして正解だったかな。



 今日も朝一番で来ていた世紀末覇者軍団にそっと近寄り、なにやら宣伝してくれていたようでありがとうとお礼を言ったが、がはは、なんのことか分からねぇな、と豪快に笑われた。


 じゃあこっちも分からないけどこれでも飲め、と俺のお金で覇者達にお酒を振る舞った。



 外の無料の足湯が呼び水となり、宿の温泉施設も混雑している。


 やはりバラの花を湯船に所狭しと浮かべたバラの湯、が好評だな。


 オレンジの湯もそこそこ好評なのだが、見た目の華やかさがあるバラの湯のほうが評判がいい感じ。


 あと愛犬ベスは今日も普通に新しく出来上がった足湯で元気に泳いでいる。


 ベスにとって、いい運動が出来るお気に入りの場所になったっぽい。


 足湯利用者の迷惑になっていないかたまに見に行っているが、女性客に大好評で、もはやこの宿のマスコットとしてアイドル扱いされているな。


 なんとも羨まし……いや、ここはぐっと我慢をしてベスのグッズでも作ってみようか。

 


 混雑する店内をうろうろと歩き周り、頑張って配膳をしている正社員五人娘の頭を軽く撫で厨房へ。


 手の空いていた厨房スタッフに今までの注文状況を聞く。



「ふーむ」


 厨房の端っこで邪魔にならないように紙に書かれたデータを読むと、どうやらお肉よりも魚系の料理の注文が多い。


 飲み物も紅茶の注文も多いのだが、やはりお酒の出ている数が多い。


 これはさっき店内を歩き回ってお客さんのテーブルを見た俺の感想と一致するか。


 王都では紅茶にデザート、夜にはお肉がよく出ていたが、ソルートンではまた違うデータになるな。

 

 港街という場所のせいもあるのだろうが、魚が、そして元々ここは酒場だったせいかお酒の注文数が半端ない。


 ソルートン以外から来ていると思われる観光客には紅茶やデザート、地元民にはお酒に魚系、か。



「兄さーん、明日からメニューの改善をお願いします」


「おや、また何か閃いたのかい? さすがだなぁうちの若旦那は」


 イケメンボイス兄さんに今までの注文の傾向と、今後の対策を伝える。



 まず、観光客の方に向けたセットメニューの提案。


 紅茶にデザートセットのお得なメニューを多く作り、女性向けにサービスを充実させていく。


 地元ソルートン民向けには魚とお酒のセットメニューを多く作り、毎日でも食べられる安心の定番メニューを充実させる。もちろんお酒が無い、ソフトドリンクにも対応させていくぞ。


 お店視線にはなるが、それぞれのお客さんに向けたセットメニューを分かりやすくすることで、注文のタイムラグを解消させようかと。



「了解、うまくメニューを分けてみるよ。しかしよく気がつくなぁ。僕なんて料理しか作れないから、君みたいな優秀なブレーンがいると安心するよ。もう早くロゼリィと結婚して、正式にこの宿の若旦那になって欲しいよ、ははは」


 イケボ兄さんが俺の提案を笑いながら了承してくれた。


 まぁ、この辺がイケメンボイス兄さんの強みなんだよな。


 普通は、俺みたいな子供からメニュー改善なんて大掛かりなこと提案されたら怒るだろ。


 でも兄さんは温和な性格のせいもあるんだろうが、抵抗なく話を聞いてくれ、対応してくれる。


 自身のプライドではなく、少しでもおいしい料理を、少しでもお客さんに笑顔を、という素晴らしい料理に対する魂をお持ちのイケメンボイス兄さん。


 この宿の神、である。


 ……でも以前ラビコが、ここが酒場だった頃の兄さんは生肉を手で引きちぎる豪腕料理人だったとか言っていたな。


 確かに出会った初期の頃、俺も数度見たが、最近はあれやらなくなったな、兄さん。


 今なら魅せるステージがあるので、パフォーマンスとして披露してもらってもいいのだが。



「…………」


 にこやかにイケボ兄さんが作業に戻ると、なにやら俺の視界の端にこちらの様子を伺っている人物が見えた。


 とても大きなお胸様をお持ちの、この宿の一人娘ロゼリィさんがチラッチラこちらを見てくる。


 どうやらイケボ兄さんとの話を聞いていたらしい。


 ご両親であられるローエンさんにジゼリィさんにも、早く娘と結婚しろと脅されているが、申し訳ないが今は勘弁して欲しい。


 俺は二十歳まではこの異世界を冒険して、この世界の全てを見ると決めているのだ。


 それまでは自由気ままな身分でいたい。


 つーか十六歳で結婚とか早すぎだろ。



「あ、あの……! で、出来ましたらずっとこの宿にいて欲しいです……そしてそのあの……わ、私とけ、けっこ……ん」


 ロゼリィが鼻息荒く、決意した顔で俺に迫ってくる。


 その後ろにはジゼリィさんがニヤァと嫌な笑顔で俺を睨んでいる……。


 くそっ、あの人ロゼリィをけしかけやがったな。



「ま、待てロゼリィ! お店は今、大変混雑しているんだ。分かるな、人が多くいる。なので妙な噂が立つような行動はちょっと控えて……」


 俺が慌てて荒ぶるロゼリィの肩を掴み説得。


「あっはは~そうだぞ~ロゼリィ。抜け駆けとか協定に反するだろ~? それに残念ながら社長の持つ目の力は世界を舞台に戦える逸材なんだ~。悪いけどこんな片田舎の宿で終わるような人物じゃないんだよね~。だから~田舎娘は引っ込んでてもらいたいね~あっはは~」


 ロゼリィと揉めていたら背後から水着魔女ラビコが現れ、背中から抱きついてきた。


 背中から乗っかられたその反動でバランスを崩し、俺は慌てて壁に手をつく。


 分かりやすく言うと、俺がロゼリィに壁ドン体勢。


「はぅ……きゅ、急に迫られると……でもその、こういうシチュエーション……憧れでした!」


 ロゼリィの顔が目の前に。


 あっぶね、もうちょっとでロゼリィの唇を突然奪う通り魔になるところだったぞ。憧れってなんだよ、こっちの異世界にも壁ドンってあるのかよ。


「あ~! 何どさくさでキスしようとしてんだ~! この変態社長~!」


 背後から抱きついてきたラビコが怒っているが、体重乗っけてきたのはお前だろうが。俺は何も悪くねぇ。


 そして抜け駆けの協定ってなんだよ、条約でも締結してんのかよ。



「うわー突然修羅場なのです、修羅場。隊長は紳士っぽいですが、気を抜くとこういうことをしてくるのです。あ、でも今なら私が混乱に乗じて混ざっても大丈夫そうなのです。えーいっと、ほらセレサも早く来るのです」


 その様子を見ていた正社員五人娘の一人、ロゼリィに匹敵するお胸様をお持ちのオリーブが右側から突進してきた。


「あ、待って下さい! 今行きます! せーのっと!」


 オリーブに手招きされた正社員五人娘の、ポニーテールがとてもかわいいセレサまでもが腰にダイレクトアタックをかましてきた。



「あ、ちょ……! だめですわ! 師匠は私と愛の翼で世界に羽ばたく商売人なのです! いつか二人でローズ=ハイドランジェランドという巨大な遊技場を作る計画があるのです! ローズ=ハイドランジェ・シーも数年後には……!」


 騒ぎに気付いた商売人アンリーナまでもが突っ込んできて、右足に絡んできた。


 待て、なんだよそのどこぞから文句が出そうなネーミングのランドは。


 そんな計画初めて聞いたぞ。


 いや待てよ……この異世界にはあの会社はないよな。ならいいのか?


「……」


 いつのまにかバニー娘、アプティも俺のお尻を掴んでくる。いつ来たんだよ……。



 はっ! そうだ、こういうときの為に俺は避難所を作ったんだ。とても強固な扉に最新式の鍵。川を見下ろすリバーサイドの素敵な俺の部屋。


「くそ……! 俺は逃げる! そう、俺には身を粉にして手に入れた我が家が……」


 俺がなんとか抱きついてくる女性陣を振り払い、宿二階の我が家に逃げ込もうとすると、指輪組の三人が胸元からネックレス状の鍵を取り出す。


 ん、なんか見慣れた形状の鍵だが……。


「ざんね~ん社長~。部屋に逃げ込んでも~鍵は私達が複製してあるから無駄なんだよね~あっはは~逃げ場なし! さぁ混雑したお客さんがこっちを見ているぞ~っと……あっはは~」


 ラビコが心底面白そうに笑う。


 くそ……そういや鍵、複製されていたっけ。そしてこの状況、お客さんに丸見え……か……。



 俺って何のために部屋を作ったんだっけか。


 そうだ、既製品ではなく世界に一つだけの鍵を作ればいいんだ。


 ──そう、俺は鍵職人を求め冒険に旅立つ。


 こんな始まりの異世界冒険譚が書かれた小説を見かけたら、紳士諸君は買ってくれよな。



 それ、俺だから。








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