第335話 ジゼリィ=アゼリィ本店増築 7 ビフォア兄さんと足湯計画様


 ジゼリィ=アゼリィ増築工事が始まり、調理場は当初の予定から変更することにした。



 工事で調理場が半分使えないので、コンロなどを食堂に出し、お客さんの目の前で臨時で調理していたら、それが思わず好評を得た。


 そこで俺が工事の変更をアンリーナに伝え、調理場を食堂までせり出させることに。


 一部派手な調理はそこで行い、魅せる料理ってのをやってみようかと。




「なるほど……本来調理というものは、見せないように奥で仕上げ、出来上がった物を運ぶものと思っていましたが……あえて見せるスタイルで展開するのですか。確かに目の前で出来上がった物は、それだけで美味しそうに思えます」



 俺のイメージ図をマジマジと見たこの宿の一人娘ロゼリィが、感嘆の声を上げる。


「ああ、奥の見えない調理場から、誰が作ったかも分からない料理を出されるより、目の前でこの人が作ってくれたんだってほうが安心だし美味しく思えるんじゃないかな」


 よくマグロ解体ショーとか日本であったが、ああいうパフォーマンスも集客に繋がっていた。


 それに素材が目の前にあって、それが料理になって出てくるのは安心感が段違いだと思う。



「ふぅ~ん。すごいね、これ~。火を使うところはガラスで壁を作って安全を確保しつつ、その迫力だけ伝えるってやつか~。目の前で焼きあがる肉にしたたる油……あっはは~想像だけでヨダレが出るよ~。世界を股にかける商売人アンリーナを唸らせるとか~社長って商才スキル高いな~」


 水着魔女ラビコもやって来て、ロゼリィが持っている俺の絵を覗き込んでいる。


「この宿の料理人はレベルが高いからさ、手際よく料理を仕上げていく作業だけでもお金を取れるクラスだと思うんだ。出来上がった料理だけじゃなくて、その過程すらパフォーマンスとして見せて、総合で楽しんで欲しいってことかな」


 俺が絵の説明をしていると、それを興味津々で覗き込んで来る大きな人影が。


「へぇー料理の過程を見せるのかぁ。確かにそれはいいアイデアだね。だって屋台の料理って美味しそうに見えるだろ? あれって目の前で見た味の想像と、その美味しそうな香りが混ざって人の食欲が刺激されるんだよ。さすが若旦那だなー僕もそのスタイルを支持するよ」


 腕組みをしながらうんうん頷いているのは、この宿の神、イケメンボイス兄さん。


「あ、すいません……本来こういうのは兄さんに許可を取ってからやるべきことなのに、俺が勝手に……」


「いやいやいや、いいよいいよ。僕は君のアイデアにはいつも感心しているんだ。実際、君が来てからのこの宿の売り上げはすごいからね。僕は料理しか出来ないし、こういう外向けの行動は、いつも君に任せてしまって申し訳ないな、と思っているんだ。あはは」


 実際それを担当する兄さんに許可を取っていなかった、と俺が謝ると、イケメンボイス兄さんが笑いながら肩を叩いてきた。


「やろうじゃないか。このスタイル、かなり派手でいいと思うんだ。でも一つ気になるのが……その、見た目に気をつけないといけなくなるね、はは。いや、身だしなみも料理人には必要なことだし、意識しないといけないんだけど……もう寝癖のついた髪のまま作業は出来なくなるなぁ、あはは」


 イケメンボイス兄さんが、自分の寝癖のついた髪を撫でながら苦笑い。


 いや、まぁイケボ兄さんはかなり深い彫りの顔立ちで、見た目を気にしない性格なのか、いつも適当な髪型なんだよなぁ。


 でもすっごい美声。


 弟であるシュレドはすっごいイケメンなのだが、それは見た目に気を使っていたからなのだろうか。


 兄さんはよく見るとさすが兄弟って感じで、細かな顔のパーツはシュレドとそっくりなんだよな。


 これあれか、きちんと美容師さんが仕上げたら濃い顔系の昔の映画俳優みたいなイケメンになるのだろうか、イケボ兄さん。ビフォーアフターとかやってみたい気が……。



 とりあえずイケメンボイス兄さんにもしっかり工事の変更を伝え、了承を得た。




「あと出来る集客は……うーん」


 俺が唸っていると愛犬ベスが宿の外の入口横で丸くなり、日光浴をしている。


 たまに宿の温泉施設からお湯を運んできて、ここでベスをお風呂に入れ体を洗ってあげたりしていたら、この場所にいればお風呂に入れてもらえると覚えたようだ。


「なんだベス、お風呂に入りたいのか? よし、待ってろ今準備……」


 大きな桶を借りて来るか、と一歩踏み出したところで俺が思いついた。



「……ここにお風呂施設からお湯引いて、足湯を作ったらどうだろうか」



 お店の前って何にもなくて殺風景なんだよな。


 ここに無料の足湯作って、あわよくばお店の中で肩まで入れるお風呂はどうでしょう。


 さらに、お風呂上がりには美味しいご飯もどうでしょう……ふむ。


 うん、いいんじゃないかな。


 お店の前に常に人がいれば、それが目について、人が人を呼ぶ現象になるんじゃないだろうか。


 さらにここにオープンテラスなんか作って、天気のいいときはここでも食べられますとか……よし、アンリーナに相談だ。




「お店の入り口横に温泉……ですか?」



 俺がさっきの思いつきを伝えると、アンリーナが不思議そうな顔になる。


 あ、そうか……こっちの世界に足湯とかいうワードはないのか。


「ああ違うんだ。温泉じゃなくて、足湯って言って座って足だけお湯につかって温まるスタイルなんだ。無料で展開すれば、人が人を呼ぶ集客につながると思うんだ」


 俺が例のごとく絵を描いて説明。


 この世界に無いものは分からないよな。


「はぁーなるほど……こういう物ですか。足湯、と言うスタイル……と。へぇ……こんなの初めて見ましたわ。これもよさそうですわね……気軽に座り足を温める。そしてそこから見えるお店の中の活気に、美味しそうなご飯。お肉の焼けるいい香りも漂ってきて、食欲も刺激。思わずお店へ……というわけですね」


 それを見たアンリーナが唸る。


 そうだな、そういう動線が出来れば素晴らしいと思う。



「分かりましたわ、師匠。これもすぐに設計をしてみます。それにしてもさすがですわね、師匠。あの手この手の展開の速さに、どんどん出てくる奇抜なアイデア。本当に師匠は冒険者じゃなく、商売人に向いていると思いますわ。そして師匠の横にいるのはこの私、ローズ=ハイドランジェ次期当主、アンリーナ=ハイドランジェ。二人が組めば、この世界すら手中に……! 世界は二人の為に動き、二人の為に回る……! そして二人の愛の結晶、かわいい子供たちが六人──」


 俺のアイデアを理解してくれ、乗ってくれたのはいいんだが、後半のなっがいお話は聞き流していいやつだよな?



 子供の数また増えてるし。





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