第333話 ジゼリィ=アゼリィ本店増築 5 絶対不可侵の鍵と輝きのエロ本様


 俺の部屋の場所も決まり、あとは安心して完成を待つばかり。



 基本アンリーナに任せておけば最高の物を作ってくれるのは、王都でのカフェの建物を見れば一目瞭然。質、デザインと、こちらが何も指示しなくても文句の付けようのない仕上がりにしてくれる。


 まぁ、その分ちょっと費用はかかるが、良い物が出来るのなら惜しむ必要はない。



 ああ、ちゃんと買い取る部屋は一室のみだ、とアンリーナに言っておいたぞ。


 ロゼリィが言う白い化粧台も、ラビコが言うバーカウンターも、アンリーナが言う巨大なベッドも全部内装候補から除外しておいた。


 当たり前だろ、俺の俺による俺だけの部屋で、同居していいのは愛犬ベスだけだ。


 アプティが言う、洗濯物をいっぱい干せるスペースはちょっと思案中。最悪、出来上がった部屋に物干し竿的な物をつけりゃいいだろう。




「その……アンリーナ、相談があるんだが」


 俺は『甘美なる新婚計画』とか題名が書かれている五部屋連結設計図を、しょんぼり眺めているアンリーナに小声で耳打ちをする。


 ロゼリィとラビコに聞かれないように、二人から少し距離を置く。


「ヌッフォ……! 相談……! もしや一度否定し、落としたところで持ち上げる高度なテクニックなのですか!? 分かりました、やはり子供は四人以上……! ──!」


 よく分からんがアンリーナが大興奮。


 いや、部屋の話はもう終わったぞ。一部屋、だ。


 自分で落として持ち上げるマッチポンプとかではなくて、部屋のセキュリティのお話がしたいんだ。


 そして妄想新婚話、数分で子供が一人増えているじゃねーか。



「落ち着けアンリーナ。そうじゃなくてだな、部屋の鍵についてなんだが」


「鍵……ですか? ああ! そうですわね、そうでしたわ! 鍵は二人にとって愛の証……その部屋に入れる二人の通行証。それを持つ者は信頼で結ばれ、決して消えることのない愛の光に溢れた夜の営み……」


 アカン。まともに話が出来ない状態だ。


 愛の光に溢れた夜の営み、とはなんぞ。



「そうじゃなくてだな、俺の部屋の鍵を絶対にアプティが開けれないような頑丈なやつにしたいんだ」


 興奮するアンリーナを抑え、小声で要望を伝える。


「あ、師匠……もうちょっと下のほうを触って欲し……え、アプティさんが入れない? ……ああ、そういえばいつも師匠の部屋に無断で入ってきますわね、あのお方」


 アンリーナの肩を抑えていたら、何か思い出したように手を打つ。


 そう、あれ。あれをなんとか抑えられないものだろうか。


「この私を差し置いて師匠の部屋に入るなど許しがたき悪行……! そうですわね、私と師匠の新婚生活を邪魔されたらたまったものではありません! 早急に対策を……と言いたいところなのですが……」


 握りこぶしを作り、怒りの表情になるが、すぐにアンリーナが冷静な顔に戻る。


「以前、私の船グラナロトソナスⅡ号に乗ったとき、アプティさんが普通に師匠のお部屋に入ってきていましたわ。私の船の個室の鍵は、常に最新の物にしています。あの方はそれをいとも簡単に突破されました」


 ああ、そういやアンリーナの船でもアプティは普通に俺の部屋に入ってきたな。


 確かにあの船の鍵は、かなり頑丈そうだった。



「……あれ以上の鍵は現時点でこの世には存在しない……です。つまり、私と師匠の愛の巣は、あの憎き無表情女に荒らされてしまう……ああああああ! 嫌ですわ……憎い、あの女が憎いぃぃ!」


 アンリーナがボツになった甘美なる新婚計画の書類を、怒りのままに引きちぎる。


 うむ、それはもう必要のない書類だから、どうぞシュレッダーがごとく細かくしていただいて構わないぞ。



 つーかアプティはどうやって鍵を開けているのだろう。


 この世界の最新の鍵ですら彼女には無意味なのか。


 うーむ……しかしアプティ対策が出来ないと、俺の部屋は本当の意味での完成とはならないんだ。



「ああああ……鍵が、とても頑丈な鍵が欲しい……!」


 俺は嘆くように天に祈る。


 神よ、今こそ転生者である俺にその素晴らしき能力を授けて下さい。突然異世界に来てしまい、疲れ傷ついた俺の心を癒やすには、どうしてもプライベートな空間が必要なのです。


 ええ、主に深夜にどうしても必要なので、なんとかお願いしたい所存なのです。あーもうマジでなんとかせいや、神。




「ああ、その相談乗らなくていいよ~アンリーナ」


 俺が腰の重い神に祈っていたら、背後から水着魔女が抱きついてきた。


 ぐぬ……聞かれていたのかよ……ってアンリーナが結構大きな声で喋っていたか……。



「社長ってばさ、エロ本を手に入れたもんだから~一人で思う存分したいんだってさ~あっはは~」



 ラビコが爆笑しながら、少年の傷つきやすい心を粉砕する話を暴露。



「え、エロ……? ……!」


 アンリーナが最初意味が分からず首をかしげるが、くるっと勢い良く俺の方を向き、ぐいぐいと体を寄せてくる。


「し、師匠! ひどいです……! いくらこの私が、その、胸の膨らみがそれほど無いとは言え、浮気とかとんでもない話ですわ!」


 た、確かにアンリーナはロゼリィ達に比べたら控えめな体付きだが……。


 それでも十分柔らかい……つか、エロ本は人じゃねーって。エロ本持っていたら浮気ってなんだよ。



「え……まさか紐を解いたのですか? それはちょっと聞いていないです。あの、詳しいお話を聞かせてもらえます……か?」


 ラビコの後ろから黒いオーラが天井まで一気に吹き上がり、その黒き闇を纏った鬼がゆっくりと俺に歩みを進めてくる。


 や、やべぇ……! ロゼリィ落ち着け。俺はまだあの本の封印は解いていない! 


 いつか緊急時には仕方ないかと思っていたが、まだ使っていないって!




「……皆さん、マスターを信じて下さい……ほらこの通り……」



 腰にまとわりつくアンリーナを抑えつつ、床にヒビが入る勢いで近付いてくる黒き鬼にどう対処しようか考えていたら、颯爽と救世主が現れた。


 そういやいないな、と思っていたバニー娘アプティさん。


 その彼女が両手で大事そうに、俺には輝いて見える本を掲げてくる。


 その光はとても優しく、暖かく俺達童貞を包んでくれる。その慈悲深き光に、どれほどの男達が救われてきたことか。



 だが待って欲しい。


 ここは真っ昼間の混雑する食堂である。



 そこに紐で巻かれたエロ本を掲げるとか、勇者ですら出来ない偉業である。


 小物である俺には真似すら出来ない……いや、したくない。


 一番やっちゃダメなやつじゃんか、それ!



「……マスターは毎日優しくこの本に語りかけ、とても大事に扱ってくれています。乱暴に紐を解くことなどしていません……」


 アプティが無表情ながらも、俺を助けたいという強い想いで語る。



「ぶっ……! 毎日優しく語りかけるとか……あっはは! どんだけ大事なのさ、それ……あっはは……あーお腹いた~い! そうだね~アプティから貰った、とっても大事な物だもんね~」


 ラビコが腹抱えて爆笑。


「あ、も、もちろん信じていました……よ。でもここ食堂なのと、毎日語りかけているというのは……?」


 ロゼリィは解かれていない紐を見て放つオーラを控え、なんとも言えない顔になる。


「し、師匠……アプティさんから貰った? エロ本をプレゼントされるってどういう……はっ! もしや毎晩あまりに激しく求められ過ぎて、さすがに耐えきれず、エロ本で一人でなさって下さいとかいう妻の風上にも置けないような扱いを受けているのでは……!」


 真顔でエロ本を見つめ困惑の顔だったアンリーナが、とんでもない方向に舵を切りだした。


「大丈夫です師匠! 私はいつどんなときでもどんな激しい愛だろうが受け入れる覚悟はとうに出来ていますわ! さぁ、憎き女なんて捨てて私と愛と痛みの逃避行を……!」


 エロ本を貰った、の一言だけの情報でなんでここまで豊かな空想が広がるんだよアンリーナ。しかも結構悲しい扱いじゃねーか、その空想の俺。



 その様子を見ていた店内のお客さんがざわつきだす。


「わっはは、なんだよオレンジのあんちゃん。やることはきっちりやっていたってワケかい!」


「あのバニーちゃんと毎晩……! やるねぇ兄ちゃん!」


「紐で巻かれたエロ本……」

「えっちな本とお話するんだって、あの人……」

「妻や愛人じゃ物足りず、エロ本と変なプレイを……」



 まずい、俺の世間体がピンチだ。


 ここはガツンと言うしかあるまい……地の奥深くまでもぐった俺の世間体だ、もうどうにでもなれ。


 俺は大きく息を吸い込み叫ぶ。



「うるせー! 俺はまだ童貞だっての……!」



 その心の叫びは店内に響き渡り、ざわついていたお客さんが静まり返る。



 ──悲しい事実を再認識した俺の目には、軽く涙がにじんでいた。






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