第321話 聖地に貢げない俺様


 とりあえず宿の増築はアンリーナがいないと話にならないので、妄想俺の部屋話は逃げるように切り上げ、ベスの散歩に行くことに。




 時刻は午後一時過ぎ、愛犬ベスにリードをつけ、宿を出る。



「おお、これこれ。この土の道路の感じ、ソルートンだぜ」


 このソルートンは基本道路は土のままで、舗装などはあまりされていない。


 さすがに商店街付近や、高級店がある街の中心部あたりは石で舗装されているがね。


 宿ジゼリィ=アゼリィは中心街からは外れのほうにあるので、辺りは土のまま。


 硬い石の道路よりは足の負担は少ないかね、雨降ったら大変だけど。



「王都は土の場所なんて公園とかごく一部だったなぁ」


 こないだまでいた王都のことを思い出しながらゆっくりと歩く。




 ベスも久しぶりにソルートンの土地を踏みしめ、ちょっと嬉しそうだ。しかしベスと二人きりってのも久しぶりか。



「…………」


 俺は周囲を確認。


 急に走り出し、狭い路地に入って様子をうかがってみるが、大丈夫そう。



「よし、アプティもつけてきていないっぽいぞ。追跡者、ゼロ。ならば行こう、久しぶりの聖地へ」


 こんなチャンス滅多にない。


 俺はニッコニコで例の場所を目指す。ベスはいるが、喋れないし大丈夫だろ。



 俺がいつになく上機嫌なことに気が付いた愛犬ベスが、足にフンフンと鼻息荒く絡みついてくる。おお、ベスも興奮しているのか。分かる、分かるぞ、その想い。



 ソルートンに帰って来たからにはあのお店へ行かねばならん。 


 無事帰ってきました、と伝えるんだ。


 っても結局一回も入ったことないんだけどね、あの店。


「今度こそ……!」


 金ならあるんだ。ならば掴め、栄光への道を。


 もう手当たり次第に買ってやるぜ。




 ソルートン中心部にある高級商店街。


 そこの手前あたりにある道を右折。


 ほっそい路地で昼間なのに薄暗く人も居ない。まぁ、あやしい雰囲気の場所。


 だが俺は恐れること無く勇気を持って突き進む。


 なぜなら、この道の果てには男達の楽園があるのだから。




「確かこの辺……お、あったあった」


 目的のお店に到着。


 お店の開店は結構アバウトで、お昼過ぎから店主の気分の時間で開くらしい。


 以前宿の食堂でたむろしていた歴戦の勇者にそう聞いた。



 勇者によると、ソルートンの男児でこのお店のお世話になっていない奴はいない、とまで言われた名店らしい。


 ならばソルートンをホームタウンとしている俺もぜひ行かねばならん。

 

 お店に行き、金を払い、ソルートン男児の一員としてお店に貢ぎ、義務を果たす。


 それだけだ。


 それ以外のやましい気持ちなど無い。


 俺は潔白である。



「えーと……カーテン閉じてるな」


 お店入口のガラス戸にカーテンがかけられ、中が暗い。


 まだ開いていないのか……ちょっと早く来すぎたのか。


 その辺座ってベスの毛づくろいでもしながら待つか。


 側にあった花壇の縁に腰掛け、ベスを膝の上に乗せて待つことに。





「いい天気だなぁ」


 空を見上げると抜けるような青空。


 気温も高く、日が当たる背中が熱い。


 ソルートンは王都と違ってそれほど背の高い建物が無いので、空がとても広く見える。



 太陽が眩しい……まるでお店に入ったあとの俺の未来のように輝かしい。


「早く開かないかなぁ、エロ本や……」


「あれれ、隊長がいるのです。しかもお一人。セレサ、これはチャンスなのです」

「うわ、本当だ隊長だー。一人でいるなんて珍しい、ってそうか、これチャンスだねオリーブ」



「!?」



 夏の太陽の輝きを眩しそうに見上げていたら、聞き覚えのある声が。


 薄着で可愛らしい、露出多めの服を着た女性が二人走り寄ってくる。


 えーと、セレサにオリーブ。


 二人共、宿ジゼリィ=アゼリィの正社員になった優秀な人材だ。


 ちょ、なんでこんな裏道のエロの聖地に二人が通りかかるんだよ。



「どうしたんですか隊長。こんなところに座り込んで。あ、ベスちゃんのお散歩ですか」


 冷や汗かきながら驚いていると、セレサが右隣に体を密着させ座り、俺の膝の上でウトウトしていた愛犬ベスの頭を撫でる。


「隊長、こんにちはなのです。私達は今日は遅番なので、お店に行く前に買い物に来たのです」


 オリーブも左隣に体を密着させて座ってくる。


 なるほど、お店に出勤する前に二人で買い物に来たのか。しかしタイミングの悪い……。



 シャシャ……



 あ、お店のカーテンが開けられた……。


 うう、今すぐに入りたい。あの聖地へ。


 

「ふ、二人共。この道はあまり使わないほうがいいぞ。ほら、薄暗いし雰囲気も悪いしな」


 セレサとオリーブに挟まれながらも心は聖地の俺が二人に苦言。


 実際ここって女性が通って安全な場所とは言い難い。


「この道って中心街に行くのにちょうどいい近道なんですよー。まぁ、確かにちょっと暗いし、安全ではないかも。でも今は隊長がいますし!」


 セレサがぐいっと俺の右腕に抱きついてくる。


 うう……セレサ、薄い生地の服だもんだから、結構腕に伝わってくるものがある。


「そうなのです。今は頼もしい隊長がいるので、なんともないのです」


 オリーブも左腕に抱きついてくる。


 ぐうう……オリーブはその持てるボディがロゼリィクラスなので、伝わってくるものが半端ない。圧倒的である。



 ササッ……キィ、パタン……


 お店が開いた途端、物陰から男達が現れ、音もたてずに獣のような柔軟なステップで次々とお店へ吸い込まれていく。


 くそ、ベテラン達が先に待っていたのか。気付かなかった。

 

 俺も混ざりたいっす、先輩……!



「隊長! よかったら一緒に買い物に行きませんか?」


「おお、それは最高なのです。行きましょう隊長」


 二人がぐいぐいと俺を引っ張るが、お店が……。


 しかしこんなかわいい二人の女性と買い物とか、童貞にはたまらん状況。


 行くべきか……しかし聖地への貢ぎ物が……。



「それで、隊長はエロ本屋さんの前で何をしていたのですか……」



「さぁ行こう。よし、俺が何か買ってあげようじゃないか、ははは」


 オリーブが真顔で強烈な言葉を発してきたので、俺は慌てて立ち上がり二人を引っ張る。



「え、いいんですか!? 嬉しいです隊長! やった!」

「おお、さすが隊長なのです。エロ本にぶっ込む予定のお金を私達に回してくれるのですか」


 セレサが満面の笑み。


 お、オリーブさんは少し黙ってくれないですか。


 真実とは心にそっと秘めておくものなのですよ。




 そういや二人共ソルートン出身だっけ。


 地元っ子だから、このお店のことも知っている……と。









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