第320話 我が家ジゼリィ=アゼリィ計画の真実様



「まったく、お母さんったら……」



 お昼、宿一階の食堂にてイケメンボイス兄さん特製ランチをいただく。



 王都ではイケボ兄さんの弟であるシュレドのご飯をいただいていたので、ソルートンの兄さんの味付けは久しぶり。


 相変わらず美味い。ただのパンすら美味い。


 夢中でパンを頬張っていたら、左隣りにこの宿の一人娘ロゼリィがプンスカ怒りながら座る。




 朝の騒動。


 お母様であられるジゼリィさんが俺を抱え、さっさと娘を抱けと引きずられていたら、ラビコと睨み合いになったアレ。


 騒ぎに気付いたロゼリィが駆けつけ、真っ赤な顔でジゼリィさんを抑え、俺を解放してくれた。



「こういうのは人から言われて抱くとか、そういうことじゃないです。お互いが求め合うからこそ愛というものです。……でも、最近は本当にあなたを狙っている人がたくさんいるし、待つばかりでは先を越されて……ううう、それは嫌です……でも自分から露骨に行くのも恥ずかしいし……」


 ロゼリィも本日のランチセットである、焼きたてパンとごろっと野菜のクリームシチューを食べながら独り言を言っている。


 ちょっと声のボリュームが大きく、全部聞こえているけど。



「いやぁ~朝からお盛んでしたな~社長~。あっはは~」


 聞こえないフリをしてシチューを吸い込んでいたら、同じくランチセットを持ったラビコが笑いながら俺の右隣りに座る。


 いつもの水着にロングコートを羽織るスタイル。


 一見露出狂の人だが、これでも彼女は元勇者パーティーの大魔法使い。


 王都では国王と同等の権力を持つ権力者なんだぞ。


 全くそうは見えないけどな。



「お盛んって、俺は何もしていないぞ」


 実際俺は変なことはしていないんだって。


 普通に王都でのカフェの売上報告に行ったのと、宿の増築の話をローエンさんにしただけだ。


 その後の騒動はジゼリィさんとラビコ、この二人のことだろ。


「あっはは~帰ってきて早々これだもんな~社長は~。一緒にいて面白すぎ~あっはは~」


 爆笑しながらラビコがシチューをすするが、俺はなんにも面白くないぞ。


 トラブルなんて無いに越したことはないだろ。



「……マスター、お洗濯が終わりました……」


 そこへ空になった洗濯カゴを抱えたアプティがやってきた。


 俺の部屋に洗濯物を干し終えたらしいが、カゴに何枚か洗濯物が見える。


「……マスターの下着に穴が開いてしまいました。あと私のも力加減を間違えて破いてしまいました。どうしますか……?」


 そう言ってアプティが穴の開いた俺の下着と、自分の下着を広げて見せてくる。なんというか、アプティは洗濯物を俺の部屋に干すのだが、俺のだけでなくアプティの物も干すんだよな。


 しかも、なぜかベッドに横たわるとちょうどアプティの縞パンが見える配置。


 なにかのこだわりなのだろうか。


 なので俺はアプティの下着は見慣れてしまい、なんとも思わなくなってしまった。


 ああ、大丈夫。ナウ履いている状態の物にはそりゃー興奮する……が履いている下着と、干されている下着は別物。


 分かるだろう? 紳士諸君。



 左隣りのロゼリィは真っ赤な顔で慌てて手で顔を隠すが、隙間からじーっと見ているな。男の下着なんて何の価値もないだろ……。



 そういや以前も俺の下着が穴開いていたが、あれってアプティが洗っているときに腕力でやった物だったのか……? いや、洗濯してもらっている分際で何の文句もないんだがね。


「あ、ありがとうアプティ。そういうのは相談なしに捨てていいからな。あと今はお食事中だ、周りの迷惑になるから下着を広げるのはやめような。よし、ほらアプティもご飯にしよう」


 広げてきた下着をカゴに戻させ、俺は正社員五人娘の男っぽい気質のヘルブラにランチを頼む。



「あいよ、兄貴! ランチ一丁!」


 相変わらず元気だなぁ、ヘルブラは。


 本当に正社員五人娘は優秀な人材だと思う。この宿と従業員のみんなにはお世話になっているし、何か恩返しが出来ないものか。


 宿増築でローエンさんジゼリィさんには多少返せるかもだが、従業員のみんなにはどうやったら恩返しになるのかな。



「……美味しいです、マスター」


 元気なヘルブラが持ってきてくれたランチセットを、正面の席で無表情ながらも美味しそうに食べるアプティ。


 俺の足元ではベスが兄さん特製犬用メニューにがっついているし、左には微笑むロゼリィ、右にはニヤニヤ笑うラビコ。


 なんかソルートンの宿でこうしていると落ち着くなぁ。


 いつもの光景、って感じがする。



「帰ってきたなぁ……ソルートン」



「え、なんです?」


 俺がボソっと呟くと、左のロゼリィが不思議そうな顔で覗き込んできた。


「い、いや、なんでもないんだ。帰ってきたんだなぁって実感してたとこ」


「ふふ、そうですよ。ここはあなたのお家なんです。そう思うのが当然です」


 俺の言葉にロゼリィが優しく微笑む。ああ、すっげぇ美人だなぁ……ロゼリィ。思わずぼーっと見てしまうレベル。



 家か。


 まぁ確かにここが俺の家だな。


 異世界に来て、右も左も分からない俺に優しく接してくれたロゼリィ。


 ここなら、この宿にいれば生きていける。そう思えた俺の始まりの場所。



「……やはりここに俺の部屋を作るか。うん、心を決めた。ローエンさんにも許可もらっているし、増築で出来た宿の客室の一室を買い取って俺の家にする」


 俺はランチセットを食べ終わり高らかに宣言。


「それずっと言っていましたけど、宣言したということは正式決定ですね? ふふ、やりました! これであなたのお家は本当にこの宿になるんですね、すごく嬉しいです」


 俺の宣言を聞いたロゼリィが笑顔で俺に抱きついてきた。おお、ジゼリィさんに負けず劣らずのグラマラス……。



「ん~? あれれ~本当にここにお家作っちゃうんだ~。てっきり近くに家借りるか作るかするかと思ってたけど~。じゃあ社長、部屋は半分こだね~あっはは~」


 右隣のラビコも抱きついてくるが、そういや以前、宿の隣の空き部屋見に行ったな。


 でもやっぱりここがいいわ。


 そしてラビコ変なこと言ったな。半分こ……? なんだよ、それ。



「あ、ちょ……ラビコはだめです! 私が一緒に住むんですから!」


 それを聞いたロゼリィが怒り出す。


 ……が、なんでロゼリィが一緒なんだよ。俺の一人部屋だっての。


「はぁ~? ロゼリィは宿に自分の部屋あんだろ~。いつまでも客室占拠も悪いから~気を利かせたラビコさんが宿の部屋空けてやるって言ってんだろ~? 社長の部屋なら誰にも迷惑かからないし~」


 いや、俺が迷惑。


 俺の部屋だぞ、思春期の少年には一人部屋が必要なのだ。



「……マスター、私も一緒……」


 待ってくれアプティ。君には俺出資で部屋を借りているだろ。


 なんでかほとんど俺の部屋にいるけど、アプティの部屋は宿内にちゃんと借りている。


「アプティがいいなら私も……」

「ずっこいぞ~私も一緒がいいって~……」



 あああ、ロゼリィとラビコがまた揉めだした。



 分かってくれ、淑女の皆様。俺にはどうしても一人部屋が必要なんだって……。


 


「みんな、部屋は俺の部屋であって、基本侵入不可となる。いいか? 俺専用だから俺の部屋であって、自由には入れない……」


「あ~……ラビコさん分かっちゃった~。社長~一人でしたいんだ~」



 俺の部屋というものの定義を説明していたら、ラビコがあっけらかんと一言。


 

 言うなよ、真実を。





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