第316話 二人に贈る感謝のアイテムとピンクの建物様
「それでだな、私なりに押すばかりではなく引く、という行動をとってみようと思うんだ」
翌朝七時。
お城の食堂で朝ごはんを終え、部屋に戻ろうとしたらサーズ姫様に呼び止められた。
「焦らず、じっくりとことを進めていけばいい。私は少し気が急いていたようだ、ははは」
「あ~? なんだよ、朝っぱらから~」
にこやかに笑うサーズ姫様を右隣にいる水着魔女ラビコが怪訝な顔で睨む。
午前十時、ほとんどのお店が開く時間。
「いいかド変態~お昼までだ。遅くても十四時までにはここのカフェに戻ってくるんだぞ~!」
不機嫌にサーズ姫様に文句を言うラビコを抑え、俺は駅に直結し建てられている大型商業施設へ向かうことに。
メンバーはサーズ姫様にハイラと俺。
「あ、その……変なことはしちゃダメですよ? 相手はこの国のお姫様なんですし、そのへんは分かっていますよね?」
ロゼリィもちょっと不満そうに俺の服を軽く引っ張ってくる。
しませんって。俺だってこれ以上王都で変な噂されるのはごめんなんで。
俺は愛犬ベスをロゼリィに預け、普通についてこようとしたアプティを抑え、お城前のカフェを出る。
「やりましたねサーズ様。ソルートン組の皆さんを引き離して、先生を独占出来ました」
「ははは、たまには引いてみる作戦が成功したようだな。そして引いたあとは反動で極限まで押してみようか。邪魔者はいない……分かるな、ハイライン」
俺の後ろでサーズ姫様とハイラがボソボソと話し、頷き合っている。
何言っているか聞こえないが、目的さえ果たせればそれでいいか。
「二人共、行きますよー」
「おっと、すまない。この王都は私の庭のようなものだ。どこだろうと案内してやるぞ。疲れたらご休憩出来る個室もあるそうだ」
「はいっ先生! 先生とならどこまでも!」
二人が慌てて俺の腕をつかんできた。
向かうは駅直結の大型商業施設。
俺の目的はソルートンのみんなのお土産を買うこと。
そして二人の目的は指輪に変わるアイテム。
サーズ姫様曰く「最終的に指輪に到達出来ればいいのであって、いきなり完成形を求めたのが間違いだった。なので押すのではなく、引くことにした。指輪はその意味が大きいからな、もっと気軽に贈れる物なら君も身構えまい」とのこと。
よーするに指輪以外の物でいいからくれってことだ。
全然引いていないと思うぞ。
まぁ、二人にはすごくお世話になっているし、感謝を込め何か買って贈ることにした。
ついでにお土産を買おうかな、と言ったら、サーズ姫様とハイラが王都なら任せて欲しいと案内してくれることに。
ただし、ソルートン組はカフェで待っていろ。が条件。
さすがに王都在住の二人に聞いたほうが流行りものとか詳しいだろうし、俺はその条件を飲んだ。
カフェを出て、数十分歩き駅に到着。
天気は快晴、気温も高い。
駅前は公園が真っ直ぐ伸びるように作られていて、多くの人が楽しそうに時間を過ごしている。
俺達は公園を抜け、駅直結の大型商業施設へ入っていく。
さすが王都、本当にびっくりするぐらいの混雑。
ソルートンに比べて何倍ぐらい人がいるんだろうか。お祭りか、と思うぐらい商業施設の中に多くの人がいる。
二人はいつもの国の制服ではなく私服。
さすがに二人は顔も知れているし目立つので、パッと見じゃ顔が分からないような恰好をしてもらった。
「ははは、一人で来るのとは違って君が一緒だと心に余裕が生まれるよ。む、あのお店はどうだろうか」
サーズ姫様が入ってすぐのところにある、アクセサリーが多く売っているお店を指した。
いつもは動きやすいように長い髪を上にまとめているが、今日は髪を下ろしている。
度無しのピンクのレンズのサングラスをかけ、服は白いヒラヒラのついた豪華なミニスカートに薄ピンクのピッチリと体のラインが分かるシャツ。それに青い長めのカーディガンを羽織っている。
パッと見じゃサーズ姫様とは分からない、と思う。まぁ……サーズ姫様は身分抜いても、スタイルのいいすっげぇ美人というステータスが残るから、結構周りの男性の注目を集めている。
俺も通りすがりにいたら、絶対見る。胸とお尻を。
「あ、あのお店は最近お城の女性に人気のお店ですよ! 行きましょう先生!」
ぐいぐいと俺を引っ張るハイラ。
彼女にも軽く変装をしてもらっている。
ブカっとした大きめの帽子に伊達メガネ。服は最近ここの大型商業施設の流行りのお店で買ったという、お尻のラインがモロに分かる長めのタイトスカートに、屈むと柔き物が見えそうなぐらい大きく胸元が開いたトップス。花柄が入っていて、とてもかわいい。
まぁ、ハイラもはっきり言ってかわいい外見なので、変装しても目立つ。
あと二人共、普段の仕事用とは違う化粧をしているな。それがまた魅力的で、気を抜いたらぼーっと見てしまう。
そしてその美人二人といる俺に、容赦なく向けられる男達の敵意の視線。
ああ、ナンパはやめたほうがいいぞ。
この二人、キレたら病院送りじゃすまないから。
俺もベスがいないと、この二人は抑えられん。
「しかし、おかしいな。変装しているというのに、なぜか注目を集めているようだ」
サーズ姫様が不思議そうに周りを見る。
「ですね。あ、なんかあの男の人達、先生を睨んでいます! 敵ですね! どうしますか、先制攻撃で物言わぬ人形にしちゃいます?」
ハイラが身構え走り出そうとしたので、俺は慌てて手をつかむ。
やめい、あれは敵じゃない。
君達が普段守っている、善良な王都民様だ。
二人を連れ、お店へ。
最近王都で人気のアクセサリーのお店とのことで、店内は多くの女性で混雑している。
並んでいる商品を見てみると、どちらかと言うと、手頃な価格でそこそこの質の物を、という雰囲気。おしゃれで、かわいい物が多いかな。
うーん、感謝の気持ちを表す物だから、ちょっとここは違うだろうか。
その後何店舗か見て歩き、俺は結局宝石を扱っている、ちょっとお高めのお店で買うことに決めた。
サーズ姫様が値段を見て「いいのか?」と聞いてきたが、お金ならあるんで。大丈夫っす。
ざっと店内を見ていたら、ハイラが興奮してガラスケースに入っているアクセサリーを指してきた。
「これ最高じゃないですか!? 指輪じゃないけど指輪なんです!」
何言ってんだ、とその商品を見てみたら、二連のシルバーの指輪に紐が通されネックレスになった物。確かに指輪じゃないけど指輪だ。
「ほうほう、素晴らしい物を見つけたな、お手柄だぞハイライン。見ろ、これは指輪が二つ付いている。つまり数ではこちらの勝ち、我らの大勝利ネックレスだ」
よく分からんが、気に入ったというならこれにしようか。
そこそこのお値段だが、感謝を表す物だ、これぐらいは誠意を示さねばならん。
「ではお二人には感謝を込め、こちらを贈らせていただきます。本当にいつもありがとうございます。これからも俺と仲良くしていただけると嬉しいです」
精算後、豪華なケースに入った二連リングネックレスを二人に手渡す。
「ありがとう。はは、社交辞令じゃない物は初めてもらったよ。最終的な物につながる第一歩として、ありがたく使わせてもらうよ」
サーズ姫様が嬉しそうに微笑む。
「やった……! ついに先生から贈り物をいただけました! 大事にします、とっても大事にします!」
ハイラも嬉しそうにジャンプし、すぐにケースを開けネックレスを首につけた。
それを見たサーズ姫様も、ケースを開け首につける。
なにやら満足気な二人に案内してもらい、ソルートンのみんなへのお土産を選ぶ。
「先生、これかわいいと思います!」
カラフルな物が多く並んでいる雑貨屋で、ハイラがカウンター近くに並んでいたアクセサリーを指す。
これはいわゆるチャームってやつか。キーホルダーみたいな感じの作りで、カバンやお財布とかに付けて見た目にアクセントをつけるやつ。
ハイラが選んでくれたのは、花柄の飾りにカラフルなガラス球がついたおしゃれな物。うん、これなら男女共用で使えるし、これにしよう。青系が男性用で、ピンク系が女性用に人数分購入。
「私はこれだろうか。色が実にペルセフォスっぽくて好みだ」
サーズ姫様が選んでくれたのは、ペルセフォスカラーである鮮やかな青と白でデザインされた大きなハンカチ。よし、これも買おう。
ハイラにサーズ姫様が選んでくれた物、と言えばソルートンのみんな、驚くだろうなぁ。
買い物も終わり、大型商業施設を出る。
するとサーズ姫様が、駅の反対側の雑多な商店街が並んでいるほうへ行こうと言ってきた。
「へぇ、こっち側ってちょっとソルートンっぽい雰囲気だな」
背の低い建物が並び、お店がたくさんある。
なんとなく下町の商店街っぽい感じで、それがなんとなくソルートンを彷彿とさせる。
お値段安めの商品が並ぶ商店街。なんだ、王都にもちゃんとこういうお店があるんだな。
「あっちだ」
サーズ姫様がぐいぐい俺の腕を引っ張り、混雑する道を進んでいく。
はて、どこに向かっているのだろうか。
商店街から離れ、なんだか不思議な建物が並ぶ地域に到着。
建物が随分とカラフルに装飾され、なんだか王都っぽくないな。
なんだ、ここ。人も少ないし。
「何度か飛車輪で飛んでいる時に見つけた場所でな。とても興味深い施設があるんだ。君とならぜひ行ってみたいと思い、今回来てみた」
どうやら目的の場所に着いたらしく、サーズ姫様がとある建物を指す。
ピンクの四階建ての建物で、何やらお城っぽい雰囲気。
やけに派手な感じだなぁ、なんだこれ。
「うわ、こ、ここって……サ、サーズ様……もしやご休憩……」
ハイラが何か察したらしく、震える声でサーズ姫様に話しかけている。
ご休憩?
「そうだ。時間はお昼、約束の十四時まではじゅうぶん時間がある。ここにご休憩二時間コースというのがあるだろう? これがちょうどいいと思うんだ」
サーズ姫様がニコニコと、ピンクの建物の入口に掛けられた看板の料金表を指す。
料金表があるってことは、ここは何かのお店なのか。
どれ、何のお店かな……。
「……!!!!」
俺は看板を見て凍りつく。
ここは男女が個室を借りて、大きなかわいらしいベッドでエッローんなことをする場所。
そこの短時間二時間コース、ってのをサーズ姫様が指していたようだ。
「さぁ、行こう。いざ、子孫繁栄。強い子が生まれることを願って」
「うわっ……うわわ、で、でも、こういうのは勢いが大事って本に書いてあったし……い、行きましょう先生! わ、私頑張ります……!」
二人が両側から俺の腕を掴み、ぐいぐいとお店に入ろうとする。
ちょ、待て! あ、思い出したぞ……そういや、初めて王都に行こうとしたとき、ラビコがロゼリィからかう為にピンクのお城があるとか言っていたな。
これか。
ぐぬぅ、二人共騎士だから、ひ弱な俺の力じゃ振り払えない……。
俺は必死に抵抗しながらお店の名前を見る。
ローゼドローム、それがこのお店の名前。
俺の初めての場所になるのか……いやいや俺は最後まで抵抗するぞ!
こうなったら彼女にかけるしかない。人間離れした彼女になら、きっと俺の声が届くはず……。
「カムヒアーアプティ! た、頼むアプティ……俺を助けてくれぇ!」
「……承知いたしました……マスター」
俺が空に向かって叫ぶと、背後に土煙とともに蒸気を纏ったバニー娘アプティが着地。
す、すげぇ、さすが俺のアプティだ!
「……お二人をマスターの敵と判断します。お覚悟を……」
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