第315話 サーズ姫様のお誘いと若さ対策には鈴様


「いやーすまない。君に用事があって来てみたら、ちょうど女性陣がお風呂に行くところだったので、これはチャンスと隠れて見ていたのだが……」



 開け放たれていたドアからサーズ姫様が部屋に入ってくる。



「客室のお風呂に入る流れになったときは、思わずダッシュで参戦する直前までいったのだが、我慢してよかったよ。おかげで君の面白い話がいっぱい聞けたし、こうして君と二人きりになることが出来た。ははは」


 サーズ姫様が爽やかに笑い、俺の肩を叩いてくる。


 もうお勤めは終え、ヒラヒラがついた可愛らしいキャミソールっぽい薄い服に、豪華な刺繍が施されたスカート姿。


 いつもはビシっと騎士の制服を着ているので、こういう女性っぽい服を着られるとギャップでぐっとくるものがあるな。



「オツカレサマデス……ヒトリニ……」


 アカン、言葉にアクセントを付けられなくなっている。


「ははは、そう落ち込むな。誰にでもそういう欲はあるものだ。それを隠さず大っぴらに宣言するなんて、なかなか出来ないことだぞ」


 当たり前っす。


 普通言わねーっす。


 宣言したのは自己判断だったのだが、一人で楽しむあれをパーティーメンバーである女性に見られていたうえ、二回までにして下さい、とか制限かけられたんすよ。


 精神崩壊起こしてもおかしくないレベルなのに、ここからどうやって立ち直れと言うのか。


 くそぅ、完全強固な個室が欲しい。



「元気になるきっかけになるかは分からないが、君に朗報を持ってきたぞ。以前から言っていた、君に相応しい身分の内容が決定した」


 焦点の定まらない俺の目を、サーズ姫様がじーっと見てくる。


 ああ、相変わらず美人だなぁ、この人。


 なんだよ、王族ってのは立派な血筋がある上に実力も有り、見た目もいいとかチートだろ。


 そうか……ってことは王族ってのは全員異世界転生者なんだ! そうに決まっている、じゃないとおかしいって……。はぁ……。


 ん、身分? サーズ姫様がにっこり微笑んでいるが、なんのことだ。



「おや、覚えていないか? 君がこの間王都に着いたときに、そういう会話をしたのだが……ふむ、相当に心がやられてるな。どれ」


 俺がサーズ姫様の話にぼーっとしていたら、柔らかくいい香りに顔が包まれた。


「な……! なん……!?」


「ほら、どうだろうか。私も子供の頃、落ち込んでいるときに、母にこうして胸に抱かれ癒してもらったものだが。ははは、私では愛が足りないかもしれないがな」


 サーズ姫様が俺を抱き寄せ、暖かく柔らかい胸が顔全体に押し付けられる。


 甘く、優しい香りが俺を包み……なんだろう、すごい安心する……。




「……すいません。おかげで正気に戻れました。ありがとうございます」



 どのくらいそうしていたか分からないが、俺ははっと目を覚まし、サーズ姫様から離れる。


 やっべぇ、人肌って心持っていかれる。


「なんだ、もういいのか? 欲求不満なんだろう? 色々触ったりはしないのか?」


 ええ、俺ヘタレなんで。


「ふむ、いつもの君の目に戻ったな。さっきまで死んだ魚のような目だったので焦ったぞ。そうだ、君はその目がいい。熱く優しい、そして全てを見通すかのような真っ直ぐな目。それは周りの者に勇気を与え、人を奮い立たせる。それこそ世界を救う勇者の瞳」



 サーズ姫様が持ってきていたカバンから何やら取り出し、俺に見せてきた。


「我がペルセフォス王国は、君のような勇気ある者を高く評価する。ソルートンでの銀の妖狐の撃退。有史以来、誰も成すことの出来なかった上位蒸気モンスター、それを死者ゼロで成し遂げた君の功績は賞賛に値する。それを讃え、ペルセフォス国王であられるフォウティア=ペルセフォスより、君にオーステルフォーチュンリッターの称号を授ける」


 なんだか豪華な装飾がされた紙を差し出し、サーズ姫様がニッコリ笑う。


 オー……なんだって?


 そういや前、身分がどうのとか言っていたな。


「これにサインをしてくれないか。そうすれば君はペルセフォス王国特別騎士、オーステルフォーチュンリッターを名乗ることが出来るぞ。君は街の人を名乗るレベルではない。その実力と功績に見合った称号を名乗って欲しい。君は世界に名を馳せる、それほどの男だ」


 騎士かぁ。


 異世界に来たんだ、勇者とか騎士とかには、そりゃー憧れる。


 でも……俺にはそんな実力は無い。周りのみんなが頑張ってくれたから、愛犬ベスが頑張ってくれたから今の俺があるんだ。


 過信はしないよ。


 俺には、もったいない。


「……申し訳ありませんサーズ姫様。大変ありがたいし、すっごく嬉しいですけど、俺にそれは受け取れません。ソルートンを守れたのは俺一人の力じゃないし、みんなが必死に頑張った結果、奇跡が起きた。そこにたまたま俺がいた、そういうことです」


 それを受け取るべきは、街を守ったみんな。そうだろう。



「ふむ、人は一人では弱いものだ。だが人は弱いながらも集まり、その力を結集させることで蒸気モンスターと戦ってきた。だが結集させたとて、ただ集まっただけの群衆では何も成さん。だが力を束ねる者、集まった力を適材適所で使い、例えどんな劣勢であっても先頭に立ち、勇気を示す存在がいれば、集まった力は光となり暗闇を打ち払う。人の心は弱い、だがその者は誰よりも早く立ち、人々に光を与える。弱き心の支えとなり、力を集め戦う。我々はその者を勇者という。ソルートンでの君の働きはまさにそれだった」


 ベッドで寝ていた愛犬ベスがトコトコ歩いてきて、俺に擦り寄る。おうベス、お前のこの情けないご主人様が勇者だってよ。ありえねーよな。



「奇跡、か。確かに銀の妖狐を撃退出来たのは奇跡と言えるかもしれない。だがその奇跡が起こるよう動いたのは君だ。元ルナリアの勇者のパーティーメンバーと知り合い、再び彼等を集め、指示し、街を守った。誰にでも出来ることではない。あの奇跡は君が起こした、私はそう思う」



「……サーズ姫様、俺はこの世界を見たいんです。今までペルセフォス、ケルシィ、フルフローラと行きましたが、行ったのはごく一部。このペルセフォスですら国の全部なんてまだ見ていないんです。もっと見たい、まだまだ足りない、もっとたくさんこの世界の知識が欲しい。多分その騎士を名乗ってしまうと、何かしら制限が生まれるんでしょう。そうしたら、自由に世界を見て回れないような気がするんです」


 確かラビコが言っていたよな。


 銀の妖狐を撃退出来る戦力がよそに流れないように、社長も私のようにペルセフォスで飼おうってのかい~とか。


 俺はソルートンが好きだ。


 ペルセフォスが好きだ。


 だから、他の国に定住とかはないと思う。


 でも何かしら制限がかかるのはちょっと嫌かな。



「世界を見たい、か。やはり君は面白いことを言う。その視野の広さが君の力なのだろうな。察しの通り、特別騎士には大きな報酬に対し、制限がある。この称号を持つ者は、ペルセフォス王国にいる限り、毎月報奨金が支払われる。結構な額だぞ。そして細かな話だがお城の出入りが自由に出来、お城の食堂での飲食は無料となる」


 結構な額のお金に、お城での飲食フリーパスかい。そらすげぇな。


「ただし、王都に年間三ヶ月以上滞在、重要なイベントには出席してもらい、有事には戦力として参戦してもらう。国外に出るときには申請が必要となり、国を離れる期間は一ヶ月以内でなければならない……と他にもあるがな。でもまぁ、これよりもっと制限のあるラビィコールは全く守らないが……はは。あのワガママ魔女が……」


 ああ、やっぱ結構制限あるなぁ。


 たしかにラビコは王都に全く滞在していないみたいだし、大丈夫なんかね、あいつ。



「サーズ姫様、俺はまだ十六歳の小僧っす。制限には意味もなく反発したい年頃なんですよ。多分約束守れないと思います。ペルセフォス王族から称号を得たラビコと俺が、二人揃って約束守らないとか国の面子が潰れちゃいますよ。それに俺には騎士より宿屋、カフェ経営のほうが合っていると思います」


 有事の際に戦力で参加とか、俺じゃなく、愛犬ベスの負担になってしまう。


 もらえるお金はすごそうだけど、俺、お金は結構持っているんですよ。



「そうか、分かった。この話は保留にしよう。ああ、悪いが諦めたわけじゃないぞ。君は絶対私の物になってもらう。ジゼリィ殿も娘であるロゼリィ殿に言っているようだが、こういうのは早いほうがいいんだ。チャンスは逃さず、さっさと子供を作りたい。私はこのペルセフォスという国を守らねばならん。その為ならば手段を選ばず戦力を集めるし、この国を背負える力を持つ男は、追い詰めてでも捕まえる」


 よかった、諦めてくれたか……と思ったら全然諦めてないのね……。


「君は生涯出会えないクラスの逸材。見た目も性格も心根も私の好みで、その力は銀の妖狐すら上回る。あの言うこと聞かないワガママ魔女、ラビィコールを自在に操り、元ルナリアの勇者パーティーメンバーともつながっている。さらには世界的魔晶石メーカーであるローズ=ハイドランジェの一人娘アンリーナ殿とも信頼関係で結ばれている。魔晶石は大規模戦闘の情勢を左右するほど大事な物。それを……」



「そこまでさ~変態姫。な~にうちの社長を国事に巻き込もうとしているのさ~。悪いけど社長はそういう人じゃないんだ~」



 あれ、ラビコ。お風呂行ったんじゃなかったのか?


 静かに俺の部屋に入ってきたラビコが、お風呂セットのシャンプーの容器でサーズ姫様の頬を軽く突いた。


「む、魔女か。お風呂に行ったのではなかったのか」


 サーズ姫様がシャンプーの容器を払い、ラビコのほうを向く。


「行こうとしたけど~変態が物陰に潜んでいたからさ~行ったフリして戻ってきたのさ~ロゼリィとアプティには忘れ物~って言って、先に行ってもらったけど~」


「ち、気付いていたのか。せっかく二人きりになれたというのに……」


 ラビコとサーズ姫様がにらみ合い。うーん、逃げたい。



「ま~お姫様っていう立場があるし~国を守りたいって気持ちは分かったけど~うちの社長を国事に利用しようってんなら~ラビコさん本気で怒るよ~」


 体から微量の紫の光が漏れ、サーズ姫様に強めの視線を向ける。


 うわ、ラビコすでに怒ってんじゃん……。


「おっと……いやすまない。魔女を怒らせるつもりは無かった。私も言い方が悪かったな、どうしても国の為……となると熱くなってしまってな。今回はこれで引いておくが、君が好きだというのは本当だぞ。国の為でもない、私サーズ=ペルセフォス個人の想いだ。心に留めていてもらえると嬉しい」


 サーズ姫様がすぐに謝り、いつもの笑顔に戻ってくれた。



 お姫様、だしな。


 国を守るという仕事があるんだろうし、本当にこのペルセフォスという国が好きみたいだし、その気持ちがたまにこうして強めに出てしまうんだろう。


 本人に自覚あるのか無いのか分からないが、相当ストレス溜まっているんだろうなぁ。


 サーズ姫様には本当にお世話になっているし、俺が何か手助け出来ないだろうか。


 うーん、軽く流れで好きだと言われたが、童貞の俺にはそこ対処出来ないんで、スルーさせてもらいます。


「すいませんサーズ姫様。どっちしても今の俺には荷が重いです。もう少し大人になったら考えが変わるかもしれませんので、今は子供のワガママとして辞退させて下さい」


 俺は頭を下げ、サーズ姫様に謝る。


 本当にありがたい申し出なんだが、俺には宿でのんびりが性に合っているだろ。


 そりゃぁペルセフォスの危機とかになったら、全力で立ち向かうけど。



「分かった。いや、すまなかったな。少し押しが強すぎたようだ。先程ラビィコールも言っていたが、君には押すだけではなく、引いてみるのも大事なのかもしれないな。しかし……こういうことで引く、とは具体的にどうするんだ? なぁ、魔女」


 サーズ姫様がついっとラビコを見るが、その視線をド無視で魔女が抱きついてくる。


「だ~れが教えるもんか。てめぇで考えな~。私だって上手くいっていないんだし……出来るならとっくにやってるっての……」


 後半下を向いてブツブツ呟いているが、全部聞こえたぞ。



「はい、そこまでだ。ほら、ラビコは風呂行って来い、ロゼリィとアプティが待っているだろ。サーズ姫様も疲れていらっしゃるでしょうし、もうお休み下さい」


 俺は二人の頭を優しく撫で、場を収める。



「ん~これこれ~。たまんないね~あっはは~」


「おお……この私の頭を撫でることの出来る男はなかなかいないんだぞ。少しはそれを自覚して欲しいものだ。あ、もうちょっと力を入れてもいいんだぞ」



 ふぅ、なんとか乗り切った……かな。


 騎士とか、俺には無用の地位だろ。


 俺はこの異世界の全てが見たいんであって、勇者や騎士になるのが目的ではないしな。







 夜、俺は広い部屋に置いてあるベッドに潜り込み、寝ようとする。


 ……が、うーん。


 思い出されるラビコとロゼリィの柔き物。



「どれ、寝る前に……」


 ハッ。


 そういやアプティに見られていたらしいな。


 つーか彼女はいつぐらいに部屋に勝手に来るんだろうか。


 少し寝たふりして待ってみるか。






「……」


「…………」




 一時間ほど経っただろうか。


 アプティはいまだに来ない。


 ふぁ……あかん、眠さマックス……寝るか……。


「おやすみ……」

「……はい、マスター」


 っ……!!! 


 小声で誰に向けたわけでもないおやすみ、に返事が返ってきた。


 心臓飛び出るくらい驚いたぞ……。


 いつの間にか、アプティさんが俺の後ろで横になっている。お風呂上がりのいい香り。



 それで、アプティはいつ入ってきていたんだ? 紳士諸君、誰か気付いたかね? 俺は全く、ですわ。


 こりゃぁ……怖くて、おちおち感謝の儀式も出来ねーな……。



 これもう、アプティに鈴でも付けねーと俺の若さが見られ放題だ。








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