第284話 マリアリブラと不思議な少女様


「それでさ、社長~。それちょうだい(はぁと)」



 午後、宿ジゼリィ=アゼリィの二階に借りている客室で、愛犬ベスを膝の上に乗せクシでとかしていたら、今まで聞いたことがないかわいい声を出す魔女が入ってきた。


「だ、誰かと思ったらラビコかよ。なんだよその作り声は」


 


 絶対何か企んだ嫌な笑顔で水着魔女ラビコが部屋に入ってきて、後ろ手でドアを閉め鍵を掛けた。


 ちょっ、なんだよなんで鍵閉めるんだよ!



 ラビコがニヤニヤしながら足音を立てずに、ススーっと近づいてくる。


 な、なんか怖いぞ……。


「社長~。あのさ、こういう言葉を知っているかな。社長の物はラビコさんの物、ラビコさんの物もラビコさんの物」


 どこぞの土管の置いてある空き地のガキ大将かよ。

 

 エロい感じで言っているけど、なんで異世界でその言葉を聞かなきゃならないんだ。


「ね~社長~どうせ魔法使えないんだからさ~そういうのは専門家であるラビコさんに献上するのがいいと思うんだ~あっはは~」


 なんだよ、魔女が急に媚びてきたぞ。



 ソルートンの外れの骨董屋的な道具屋で買った古めかしい本。


 聞くとかの有名な魔法使いマリア=セレスティアが新人魔法使いに配ったというありがたい物らしい。


 しかしありがたいと言っても、中身真っ白。


 ようするにこれに自分の魔法の覚えを書き込み、日々精進しなさいとかいう物。


 メモ帳か自習ノートだな、うん。


 マリア=セレスティアという人がいつの時代の人か詳しくは知らないが、本の劣化具合から相当の年代物と見て取れる。結構な貴重品らしいぞ。




「それさ~魔法使いなら一度は憧れるマリア=セレスティアのアイテムで~別に魔法効果があるわけではないんだけど、ぜひ一度はその手にしたい魔法アイテムなのさ~」


 ふーん。ラビコは魔法使いだしな、過去の偉人である大魔法使いのアイテムならそりゃあ欲しがるわな。


「私も以前、それの模倣品買って書き込んだりしててさ~本物には憧れがあるんだよね~。しかも誰かが使った使用済ではなく~完全に真っ白の未使用品。これってたぶん国宝クラスの貴重品さ~」


 ぶっ、マジかよ。国宝……。


 これって本来は書き込んで使う物だからな、手に入れたら普通はそう使うだろうし。


 それが本の表紙がここまで色褪せるほどの長い時間、未使用の状態で保たれていたわけだ。俺が想像するだけでも、かなりの貴重品と納得出来る。



「これって何の魔法的な効果はないのか? ほら、いきなり魔法が使えるようになるとか」


「ないよ~。マリアリブラ、として有名なアイテムではあるけど~そういうのは聞いたことがないね~。実際見ても何の魔力も感じないし、あっはは~」


 マリアリブラと言うのか、これ。


 なんだよ、国宝クラスのありがたい物なのになんの効果もないのかよ。


 本を手に取り、じーっと表紙の模様を眺める。


 包丁のようなものが二本ついた杖、見ようによっては槍にも見える物が真ん中に描かれていて、その周囲を何本もの柱のようなものが天を貫いているような模様。




 ──柱が次々と地面から伸び、天を貫いていく。


 十、十一……二十……二十四。


 次々と柱が生まれ、二十四本もの強固な柱が天を覆う巨大な翼の生えた闇を突き刺していく。


 ダメージは無い。だが足止めには十分な効果がある。


 その魔法の使い手マリア=セレスティアさんか、すっごい美人さんじゃないか。


 そういや以前、魔法の国セレスティアで会ったサンディールン様に似ているな。


 そりゃそうか、子孫……。



「ラビコ! 俺の頬を叩け! 早く!」



 俺が突如真面目な顔で叫ぶと、ラビコが驚いたように見てくる。


「ど、どったのさ社長~。そういう趣味あったっけ~?」


 なんか変な映像が頭に流れこんでくるんだ……そういえばペルセフォス王都でも、大きな木を見たら何か映像が見えたような……。


「い、いいんだね? じゃあいくよ~!」


 俺がマジな顔なことに気付いたラビコが大きく振りかぶり、勢い良く俺の頬を平手打ちする。そ、そこまで振りかぶらんでも……。


バチーン!!


「いってぇ……う、よし。消えたぞ変な映像……」



「映像? どったのさ、急に~。あ、でもこれ結構快感かも……」


 ヤメロ。変な性癖に目覚めるなよ、ラビコ。



「い、いや、なんでもないんだ。その、確認なんだが、セレスティアの王族の人はどういう魔法を使うのか教えてくれ」


「セレスティアの王族魔法かい~? あれは血のなせる魔法で、セレスティア一族しか使えないすっごいやつだね~。ティアンエンハンスっていう地面から十二本もの柱を生み出し、その上に乗ったり、並べて盾にしたり、そのまま対象を突き刺すとか、自由自在に操るやつだね~」


 ビンゴか。まさに俺が見た映像まんまだ。


 しかし柱の数は二十四本だったような。



「これ、本当に魔法効果ないのか? 俺にはそう思えないんだが……」


「ん~? どったのさ~さっきから映像が、とか~。これはマリア=セレスティアが新人魔法使い達に練習用に配った~って聞いたし、何の効果もないし、実際何の魔力も感じないけど~?」


 そうか、ラビコが言うんだ、本当に魔法効果は無いんだろう。


 では俺が見た映像は何なのか。


 魔法ではなく……想い? これは親が子に託した想いの輝き……。


 ちっ! だめだ、俺は慌てて頭を振り、正気に戻す。



「なんというか、これ……すごいマリア=セレスティアという人の想いが乗っている気がするんだ。この本だけ、これだけが特別な……」


「ふ~ん? さっきからどうしたのか知らないけど~気になるなら買ったお店で詳しく聞いてみたら~。こんなすごい物、安く売るとかちょっと信じられないし~何者なのさ、そのお店の人って~」






 夕方、話だけでも聞こうとそのお店へ向かう。


 それほど貴重な物なら返したほうがいいのかな、と言ったら、ラビコが大反対。


 返すぐらいなら寄こせ、だとさ。まぁ、俺が千Gも出して買った物はやらんけどな。




 商店街の端っこにあるどう見えても怪しい骨董屋さん。


「ここだ」


「う~わっ……社長~ここは結構紛い物扱いのお店だよ~? よく入ったね~」


 ラビコがしかめっ面。



「こんばんわ。あの、午前中に買ったこの本なんですけど……」


「いらっしゃい。午前? 何言っているんだ兄ちゃん。うちは夜営業のお店だよ。さっきお店開けたばっかりだよ」


 お店の奥から出てきたのは、腰が曲がったかなりのご高齢のおじいさん。


 さっき開けた? あれれ?


「あの、俺、午前中にこのお店で本を買ったんです。黒いフードをかぶった十七歳ぐらいの女の子が……」


「本? うちは発動型魔法アイテムが中心で、本は扱っていないよ」



 本を見せるも、おじいさんは首を振り、全く知らないご様子。






「おかしいな……たしかにここで黒いフードかぶった女の子に……」


 全く話が噛み合わなかったので、俺は諦めてお店を出る。


 本を売ってくれたあの女の子はいなく、見たことないおじいさんが出てきた。この本も女の子も一切知らないとのこと。


「よくわかんないけど~とりあえず買ったんだし~そのまま持っていればいいじゃない。あ、面倒ならこのラビコさんが大事に使うけど~あっはは~」


 いや、これ国宝クラスなんだろ。


 王都に行ったらサーズ姫様に相談してみるか。



 よく分からんが、国宝クラスのアイテムをもってしても、俺には魔法が使えないらしい。








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