第283話 ゼロから始める俺の魔法の書様


「うーん」


 今日は朝から天気が悪く、ずっと雨が降っている。



 俺は宿ジゼリィ=アゼリィの一階にある食堂のいつもの席に座り、たっぷり水分を蓄えた重そうな雨雲を眺めながら唸っていた。



「気のせいか、最近俺の下半身が露出することが多くないだろうか」


 こう、異世界に来た主人公ってのは、もっと美女のエッローんな場面に遭遇するはず。


 なのに逆に俺が脱がされる誰向けサービスだよ、な展開が多いような。


「まぁいいや、気にしたら負けだな」




 本日は特に予定がないので雨の中かったるいが、買い物に行こうと思う。


 最近、なぜか俺の貴重な日本産ジャージが真っ二つになる可能性が出てきたからな。


 ズボンを買いに行くんだ。


 雨で汚れた足で店内には入れないので、愛犬ベスは部屋でおとなしくしていてもらおう。


 ベスの好物のリンゴを食堂の厨房で一個分けてもらい、ご機嫌取り。


 軽くベスの頭を撫で、雨の日はカウンターで販売している水を弾く布が張られた手に持つ雨具、傘を買い出かける。



「つーかこっちでも傘売ってんのな」


 まぁ雨の対策考えたら、どこの世界でもこの発想になるんだろう。





 時刻は午前十時過ぎ、もうほとんどのお店が開いている時間だ。


 俺は雨で人通りが少ない街道をのんびり歩き、雨粒が傘に当たる音を楽しみながら商店街へ向かう。


 なんか一人でこうして歩くのは久しぶりな感じ。



 街道でジゼリィ=アゼリィの食堂でたむろしている世紀末覇者軍団の何人かとすれ違い、お互い軽く手を上げ無言で挨拶。



 このソルートンには、まともなお店もあれば怪しいお店もある。


 特に魔法系のアイテムを扱うお店は結構まがい物が多い。


 俺は興味半分で商店街の端っこにある、いかにも怪しいお店に入ってみた。



「おーあるある」


 薄暗い狭い店内には乱雑に商品が置かれ、もはや店員さんもどこに何があるか把握していないんじゃないか、という状況。


 でかい木箱になにやら玩具のようなものが多量に詰まっている。


 子供が親に片付けろと言われ、嫌々詰め込みました、みたいな感じだろうか。



 適当に一個取り出してみるが、何やら筒にボタンがついていて、押すと火の魔法が出ます、と書いてある。あはは、花火みたいなものか?


 お次は鉄製の棒で、取っ手に布が乱暴に巻かれた物。説明には振動を与えると雷の魔法が至近距離で発動、とある。多分スタンガンだな、これ。



「なんかどれもこれも、ラビコが鼻で笑いそうな物ばかりだな」


 そういや以前、宿の娘ロゼリィが相手がメロメロがどうのとかいう怪しい水着を買ってきたことがあったが、こういうところで買ったんだろうか。


 どう見てもなんじゃこりゃ、なアイテムが結構あるが、買う人いるんだなぁ。


 まぁネットが無く、情報が雑誌か人づてで伝わりにくい世界だから、こういう騙してぼったくるみたいな商売が普通に成り立つんだろか。


 実際使っていないから、本当はすごく使えるアイテムかもしれないけど。



 適当にぐるっと見て、もう出ようかと思ったとき、カウンターの奥になにやら豪華な箱に入ったちょっとお高そうな物が目についた。



「本、ま……魔法の本、と書いてあるか」


「おや、お目が高い。さすがソルートンを救った英雄様だ。どうだい、これは大昔にとある有名な大魔法使いが作ったという魔法の書さ。かつてはあの魔法の国、セレスティアでも使われた物らしいぞ」


 お店の奥から出てきた黒いフードをかぶった、いかにも魔法使いみたいな女性が話しかけてきた。俺を知っているのか。


 フードの奥にチラと顔が見えたが、普通にかわいい女性っぽい。


 声もとてもかわいらしい。同い年か、一個上ぐらいだろうか。



「とある有名な魔法使い、ですか。それは誰なんですか?」


「さぁね、なにせ大昔のアイテムだからね。噂ではあのマリア=セレスティアと言われているよ」


 マリア=セレスティア? 


 そういや、魔法の国セレスティアで行われていたイベントの名前がマリアテアトロで、由来がマリア=セレスティアさんがどうとか……。



「これがあれば誰でも簡単に魔法が使えるようになるとか。どうだい英雄さん。お金ならあるんだろう? ならそのお金で仲間に頼らず、自分の手で誰かを守れる力を手に入れてみないかい?」


 ……うっ、仲間に頼らず自分の手で誰かを守れる力。


 戦闘力のない俺には、ぜひ欲しいところだが……。お金でみんなを守る力が手に入るなら……。




「毎度あり。この街を守ってくれた英雄だ、ちょっと値引いてやったよ」


 お値段千G。


 日本感覚で十万円、結構な金額だが、これでみんなを守る力が手に入るのなら安いもんだろ。ちょっと値引いてくれたようだし。






 俺は宿に帰り、さっそく買った魔法の書とやらを食堂のいつもの席に座り開く。


 入っていた豪華な箱はかなり年代物らしく、くすんだ色だったが、書かれている模様や残っている色の感じから、元はかなり色鮮やかな物だったと見れる。


 安物の感じはないな、うん、だって千Gもしたしな、本物だろう。



「うへへ、これで俺も念願の魔法様が使えるってもんだぜ」


 箱から分厚い、感触のいい紙が使われた本を丁寧に取り出し、いざ魔法の世界へ!



「……………………あれ、真っ白だぞ……?」


 あれれ、落丁本か? 最初から数ページ真っ白じゃん。


 まぁ、いい、最初なんて「この物語は……」的などうでもいい文章だろ、なくても問題はない。


 本編はよ。



「あれれれれ……ずっと真っ白だ、ぞ……あれれ?」


 パラパラとめくったが、最後まで真っ白。


 うん? どういうこった。


 もしかして魔法の素質がないと、読めもしないとかいうことか? それか魔法で書かれていて、何かの合図がないと読めないとか? うーん。




「うっわ~なっついな~これ! どこで手に入れたのこれ、社長~」


 水着魔女ラビコがサラダとスープを持って俺の横に座る。


 本にキラキラと子供のような目を向けてくるが……。なんだ、この反応。


「これさ~ペルセフォスでも魔法使いが欲しがる一品でさ~。かの有名なマリア=セレスティアが教え子達に配ったっていうとっても貴重な物なんだよ~。模倣品も結構出回っているけど、これ本物じゃない。どったの社長~」


 ラビコが結構驚いているぞ。どうも本当に本物のようだ。


 うひひ、じゃあこれで俺もついに魔法が使えるように……! 



「あ、ああ。とある骨董屋的なとこで買ったんだ。出ているオーラに本物を嗅ぎ取ってな、つい買ってしまったんだけど……なぁラビコ、これ中身真っ白なんだが……」


 真っ白に見えるんだ、と聞くのはちょっと迷った。


 え、書かれている文字が読めないの!? とか言われたら恥ずかしいな、と思ったが……。


 本当に真っ白に見えるし。せめて使い方を聞きたい。



「ん? いや、これ真っ白だよ~。これはマリア=セレスティアが新人魔法使い達に配った教えで~、この本に毎日魔法の覚えを書き込むことで精進しなさいっていう~とぉ~ってもありがたい本なのさ~。全て埋まるころにはあなたは一人前の魔法使いになっていることでしょう。ってやつさ~」



 知ってた。


 知っていたとも。



「だ、だよな。俺もそのありがたい教えに習おうと思って、さ、は、はは」


「えっらいな~社長~。魔法の才能がないのにやっても意味ないとは思うけど~あっはは~。いやいや、ラビコさんは応援しているよ~知識だけは手に入るし、無駄じゃない、そう、知識は無駄にはならないよ~あっはは~」


 ああ、もちろんさ。


 人間はそこまで手に入れた知識で人生を計るもんだしな。


 当然俺も豊かな知識を手に入れ、人間的成長をはかろうと……。



 なんだろう、自然と目に涙が溢れてきたんだが。


 ああ、あれだ、古い本だからホコリが目に入ったんだな。


 そうに決まっている。


 無駄じゃない、無駄じゃないさ。


 だって日本円で十万円するんだぞ、これ。きっと俺の糧になるさ。



「じゃ、じゃあ俺は部屋に戻るから……」


 精神的ショックで震える体を抑え、俺はフラフラと二階の客室へと歩く。





 部屋に戻り、俺は布団に顔を突っ込み、声が響かないようにして心の叫びを解き放つ。



「ああああああ! 単なるメモ帳じゃねーかよ、これ!! なにがありがたい教えだ! 自習ノート配ってんじゃねーぞ、このやr……! ────!!!」



 なんだかこもった大きな声が聞こえたようで、下からロゼリィがやってきて、部屋のドアを叩いている。ベスも不安そうにしている。



「ど、どうしたんですか!? なんか地鳴りのような声が……」




 なんでもない。なんでもないよロゼリィ、ベス。




 布団から顔を出し、俺は真理に気づいた。



「ズボン買うの忘れた」








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