第257話 花の国フルフローラへ 8 展望台の紅い夕陽と紅い眼様
「すごいな、プールってもいろんな種類のがあるのか」
忍者ホテルスタッフが用意してくれた椅子とテーブルで、オレンジジュースをいただきながらホテル裏にあるプール施設を眺める。
楕円の形の巨大なプールから二十五メートルタイプ、噴水が上がっているアトラクションタイプなど多種多様。
「多くの要望に応えられるよう多くのタイプをご用意してありますわ。向こうにはトレーニングなどに使える、手すりがついた歩行用タイプもあります」
水の中を歩くって結構いいトレーニングになるんだよな。
見ると、テニスコートの外周を回るぐらいの大きさの歩行用プールが用意されていた。
さすがにこういうのはジゼリィ=アゼリィでは無理だなぁ。高級ホテルならではのサービスか。
しかし……なんと女性のお客さんが多いことか。
満足度の高いホテルには水着美女がいつでも常備されているのか。素晴らしい……。
「……師匠、もう行きましょう。混雑がすごいですし、これでは二人の愛の空間が作れませんわ」
俺が水着様のグループをぼーっと見ていることに気がついたアンリーナが、俺を引っ張る。
あ、あれ……まだプールを楽しんでいないんだが。
「……やはりスタイルで比べられたら勝率が下がります……なら、二人だけの空間で……ヌフ、ヌッフフ……」
アンリーナがブツブツつぶやき、最後にニヤァと不気味な笑顔になる。
何言っているか聞こえなかったが、嫌な予感がすごいんだが。
水着に服を羽織り、プール施設から直結の温泉施設に到着。
「こちらはプールと一緒に楽しめる温泉施設になります。ホテル内には他にもしっかりと温泉を満喫出来る施設はございますが、こちらは主にご家族やカップルの方に向けた施設でして……なんと混浴です」
……今、なんと?
今とても耳心地のいい天上の音楽のようなフレーズが聞こえましたが。
「さぁ師匠、二人の愛の時間を過ごしましょう」
アンリーナが合図をすると、ホテルスタッフがざざざっと並び、道を作る。
その先にはホテルスタッフが『予約』と書かれた紙を持ち、混雑する温泉施設の中立っている。
「他のお客様には申し訳ありませんが、今回は特権を使わせていただきます。混浴温泉の一つをキープしておきましたわ」
まじか。
そして混浴と聞いて期待したが、他のお客さんは全員水着。
なんだ……期待したのに。まぁ、プール直結ってことで水着のまま気軽にご家族やカップルでどうぞ、ってことか。
混浴と言えばエロ、という思想は異世界では通用しないのか。
「ふぅ、暑い中入る温泉ってのもいいもんだな。……しかし水着を着ていると変な感じだ」
ホテルスタッフによるスキル『人間の壁』に囲まれた温泉に水着のまま入る。
水着もそうだが、人に囲まれた状況で落ち着けるわけがない。
「いいお湯です。ここの温泉は美容効果や冷え性の方にも効果があるのです」
アンリーナが俺の腕に抱きつき、効能を説明してくれる。
落ち着くことは出来ないが、アンリーナが楽しそうだし……いいか。そして胸が腕に当たって幸せだし。
「水着を使わない混浴はお部屋で……あとでゆっくり楽しみましょう」
上目遣いで色っぽくアンリーナが耳元で囁く。うっへ、吐息がくすぐったい。
しっかし美人だよなぁ、アンリーナ。
多分俺より年下だと思うが、これで二十代とかになったらどんな美貌を手にするのやら。
そして混浴と言えばエロ、はやはり異世界でも通用するのか……さっき焦って損したぜ。
あー、でもアンリーナと裸混浴やったらロゼリィに怒られそう……。
ラビコは爆笑していそう。アプティは……無表情でじーっと見ているんだろうな。愛犬ベスは気にせず寝ていそう。
……みんな、今どうしているんだろうか。
それからアンリーナとホテル内を巡り、おいしいデザートをカフェでいただいたり、お土産売り場で記念品を買ったりした。
時刻は夕方、空がオレンジに染まり、美しい海が傾いた太陽の光を反射する。
「師匠、外に出ましょう」
アンリーナがヒラヒラのついた可愛い服に着替え、ニッコリ笑う。
「そうか、暑いとはいえ夕方は少しはマシになるのか」
まだまだ暑くはあるが、昼間よりは幾分楽。
観光客の数も少し減り、もう少しでカエルラスター島に夜が訪れる。
「ホテルの裏は我がローズ=ハイドランジェの私有地になっていますわ。あちらの山の中腹に見えます展望台、あそこが私のとっておきの場所なんです」
ホテルから少し歩いたところにある山。
ここもホテルローズ=ハイドランジェの所有地なんだと。
本物の金持ちってのは半端ねぇな……庶民の俺はへぇーと頷くしか出来ない。
確かに山の中腹に木の生えていないそれらしい空間が見える。
ホテルを出て山に続く道を歩く。
途中警備員がいて、アンリーナが手を挙げるとささっと横に消えていく。
……お疲れ様です。
十分ほど登ると、開けた空間が見えてくる。
山道だがきちんと石畳が敷かれ手すりがあったりと、整備されていたのでかなり楽だった。
「ご覧下さい、師匠。これがカエルラスター島の美しい夕日になります」
見ると、ちょうど太陽が水平線に沈みかけている。
南国のリゾート地の夕日か、滅多に見れる景色じゃないなぁ。
ロゼリィやラビコ、アプティにも見せたかった。ベスは……興味なさそうかも。
「すごいな……世界ってのは広いんだなぁと思える景色だよ」
「そうですね……世界はとても広いです。そして人が一生のうちに見れる景色は、世界のほんの一部……。そう思うとせつないです」
アンリーナが水平線に沈む夕日を見ながら悲しい顔になる。
「……そうかもしれんが、今俺達は二人で世界を見ている。これって世界が二倍見えているってことにならないかな」
何事も一人より二人、三人四人……多くの人と想いを共有したほうが幸せだと思う。
楽しいことならなおさらだ。
「……ふふ、さすがですね師匠。その前向きな思考が師匠の素晴らしい魅力です。私はカエルラスター島に来ると、いつも一人でここに来ては物悲しい想いを感じていました」
くるっと俺の方を向き、アンリーナが色っぽく笑う。
「私がなぜいつも悲しい想いを感じていたか、今わかりました。それは一人で世界を見ようとしていたから……なんですね。師匠が言うように一人ではなく、誰かと、想いを共に出来る大事な人が側にいれば世界は何倍にも広がる……」
夕日に照らされ優しく微笑むアンリーナは、俺が間違いを起こしてしまいそうなぐらいの美人。
「アンリーナ、俺はこの世界の全てを見たいと思っている。出来ればみんなと。そうすれば世界は二倍にも三倍にも広くなって、美しい景色を見て悲しい想いを感じている暇なんて無いんじゃないかな。この世界はとても希望に溢れていると思うんだ」
俺はロゼリィがいてラビコがいてアンリーナ、アプティ……今まで出会った大切な人達がいるこの異世界が大好きなんだ。
確かにこの世界には蒸気モンスターという脅威はあるけど、今までなんとかやってきた。皆の知恵と勇気を集めれば光は見えると思うんだ。
「ああ……師匠……素敵です、やはり師匠は素晴らしいお方ですわ。その迷わず未来を見据えた真っ直ぐな瞳……私の心の奥まで師匠が入ってくるようです」
アンリーナが恍惚の顔で唇を寄せてくる。
「師匠……きゃっ……! あ、あああ」
バリバリと俺の後方で木の割れる音が鳴りアンリーナが驚き、恐怖の表情になる。
震えた手で俺に抱きついてくるが……なんだ、忍者ホテルスタッフの最後の演出か? お化け屋敷的な。
「どうしたアンリーナ……!」
木が割れる音の付近には不自然な靄。
紅く光るものが見え、こちらに向かってきているのが分かる。
あれは……蒸気モンスター……。
この展望台から逃げるには木が割れ、蒸気が漂っている真横を抜けていかなければならない。
走れば間に合うか……ここにいたら背後は崖、迷う時間などないか。
「走るぞアンリーナ! 戻って警備員さんに住民の避難を、あとはラビコを呼ぶ!」
「は、はい! こ、怖いです師匠……!」
俺達は全力で展望台を下る道を走る。
真横で木が割れ、一層蒸気が濃くなる。
まずいか……。
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