第258話 花の国フルフローラへ 9 赤き地龍と水龍様


 俺達は全力で展望台から逃げる。



 下る道の真横の木が倒され、紅く光る眼が俺達を捉えた。


 まずい……みつかった。この眼、どこかで覚えがあるぞ。


 木を倒し現れたのは大きな顎と牙を持ち、四足でのそのそと動く龍。鼻から大きく息を吸い込み、その巨大な口から大量の蒸気を吹き出す。


 こいつ、以前キャンプ場でラビコが消し去った奴と同タイプか。


 あれは建物の三階ぐらいの巨体だったが、これはその半分以下。たしか、アーレッドドラゴンとか言っただろうか。




「アンリーナ! 香水は持ってないか!? あったら貸してくれ!」


「こ、香水ですか!? あ、ありますけど……し、師匠? どうするおつもりなんですか!?」


 アンリーナが小さなカバンから高級そうな香水を取り出し、俺に渡してくれた。


 以前隣街からの帰り道に襲われた時、蒸気モンスターはロゼリィのシャンプーに反応していた。


 あれと同タイプならそのヒクヒク動く鼻が敏感なはず。


 みつかった以上、二人で同じ方向に逃げればホテルまでついてきてしまう。


 それでは被害が広がる。


 先にアンリーナを逃し、警備員さんなりに伝えラビコを呼んでもらうんだ。……ベスを部屋に置いてきたのは失敗だった。


 俺は香水を頭からかぶり、アーレッドドラゴンを引きつける。



「行けアンリーナ! 警備員さんに言って避難体制を取れ! あとはラビコを呼んでくるんだ!」


「し、師匠……! そんな……この私に師匠を置いて行けと……! いやですわ……私は師匠と共に!」


 アンリーナが恐怖に震えながらも足を止めてくれたが、その気持だけで十分だ。


「悪いがそんな長く時間稼ぎは出来ないんでな……アンリーナ、情報ってのはスピードが命なんだということが商売人なら分かるよな……行け!!」


 俺は叫び、香水を纏いアーレッドドラゴンの注意を引きつける。



 アンリーナが一瞬迷い、意を決した顔で道を下っていった。それでいい。




「ラビコさえ来てくれれば大丈夫……それまで耐えるんだ」


 アーレッドドラゴンが大きく息を吸い込み、蒸気の塊を口から吐き出した。速度は遅い。これなら俺でも避けれる。


 しかしすぐにまた息を吸い込み蒸気の塊を避けた俺の方へ向けてきた。


 塊の飛んでくる速度は遅いが、発射の間隔が早い……!



 数回なんとか避けるが、またすぐに蒸気の塊が飛んできて思考に余裕が持てない。


「俺、体力そんなにないんだって……! くそっ……」




 アーレッドドラゴンが当たらない遠距離攻撃を諦め、大口を開け突進してきた。


 これはまずい……背後は崖、バカでかい巨体の突進を避けるには、空に飛んで逃げるしか逃げ道は無し。


 つまり、詰み……だ。



 巨大な質量とベクトルが合わさり、衝撃となり俺の身体に突き刺さる。


 俺なんかの身体ではその巨大な衝撃を受け止めることなど出来るはずもなく、跳ね上げられた俺の身体は痛みと血と共に宙を舞う。


 


「おかしいな、こういう時の為に手を打ったんだけどな……踊れ水龍……ウォウルヴィオーネ」



 俺の身体が空中で受け止められ、静かな怒りのこもった声が聞こえた。


 綺麗な手がすっと伸び、それに応えるように龍の形を成した水の塊が吠える。


 ビリビリと空気が震え、轟音と共に水の龍の眼が輝き始めた。


「悪いが同族だろうが彼に手を出す者には容赦しないよ。僕の大事な彼を傷つけた報いは受けてもらう……カケラも残さず蒸発するがいい! くく……はははは!」



 視界が奪われるほどの蒸気を纏い、その男は狂気の顔で笑う。


 端正な顔に美しい手。おとぎ話に出てくるかのような色鮮やかな着物と長い髪を風にたなびかせ、長い狐の耳に吸い込まれそうなほど紅く綺麗な瞳を持つ男。


 そして口から吐く蒸気、銀色に輝く九本の狐の尻尾……こいつ……ソルートンを襲ってきた銀の妖狐! 


 なんでこんなところに……くそっ、痛みで身体が動かねぇ。


 アーレッドドラゴンですら対処出来てねぇってのに、蒸気モンスターがもう一匹増え……。



 耳が痛いほどの咆哮と共に力を得た水龍が巨大な口を開き、アーレッドドラゴンに噛みつき豪快に上空へと持ち上げる。


「はぐれが……! 彼に危害を加えなければ僕の島で優しくしてやったものを……くくく、ははははは! この世界のつまらない存在など消えてしまうがいい」


 銀の妖狐の言葉と共に水龍が輝きを増し、アーレッドドラゴンを嫌な音を出し食いちぎった。


 身体が二つに別れ、周囲の靄がさらに濃くなるほどの蒸気を放ちながらアーレッドドラゴンが消滅していく。


 ど、どういうことだ。蒸気モンスターが蒸気モンスターを消し去った……? 仲間割れか……?



「ああ、危なかったね。まさか君の周りに誰もいない状況は考えていなかったよ。痛かったろうに……ああ、僕の大事な人」


 銀の妖狐が優しく微笑み、俺の身体を抱きしめる。


 ぐわわっ……優しい表情で男に抱きつかれ、俺の背筋に冷や汗が流れ、身の危険信号ランプが脳内に激しく響き渡る。


 怪我をしていなくて、空中に浮いたままじゃなければ全力で暴れて逃げたい……。


 そして銀の妖狐の長く美しい髪からいい香り……。


 ってこれジゼリィ=アゼリィで売っているローズ=ハイドランジェ限定シャンプーの香りじゃねーか! 


 いつどこで手に入れたんだよ! 変装でもして普通に買いに来ていたのか!?




 危険だ、この男……とんでもなく危険だ……!








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