第210話 再び王都へ 6 何かの勝利者と笑顔のパン様


「みんな起きろーラビコは服着ろ」



 朝七時前、朝の眩しい日差しが列車の窓から入ってくる。


 そこに照らされたのはなぜか半裸で床に横たわるアンリーナ。


 隅っこに体育座りで微動だにしないロゼリィ。


 ベッドの上で裸で大の字のラビコ。


 アプティが俺の横で安らかにすやすや寝ている。多分、なにかの勝利者なのだろう。



 ラビコに布団をかけ、アンリーナに上着を着せる。




「ぅ、ううう……あれはきっと化け物です……。赤い目の残像する化け物なんです……!」


 アンリーナが何やら呻きながら起き上がり、俺の後ろを睨む。その後ろから櫛を持った手が出てきて、俺の髪をセットし始めるアプティ。なんだ、起きたのか。


「……肉付きがスマート様の執念がすごかったです……人の身であることがおしいほどです……」


 どうやらアンリーナが寝ている俺にちょっかい出そうとしたが、アプティがまた無限ブロックで防いでくれたようだ。頼りになるなぁアプティ。あと変な愛称でアンリーナを呼ばないように。



「ふあぁあ~。あはは~おっはよ~いやぁ昨日はお楽しみでしたね。アプティとマジでやりあっちゃったよ~いやぁ強い強い、接近戦は勝てないな~ボロ負けでこの通り裸にされちゃったよ~」


 ラビコごもそっと起き上がり、ゲラゲラ笑う。裸で。


 よく分からんが、なぜ負けると裸になるんだ。その勝負、今度じっくり見せてくれ。


「……無理……無理……」


 奥で体育座りのまま微動だにしなかったロゼリィが、寝不足の顔でぶつぶつ言っている。


「私には入り込めない世界でした……」


 顔を手で覆いガクガクと震えだしたぞ。


 この部屋監視カメラないの? 何があったか映像で見せてくれ。





 朝ご飯は宿から持ち込んだ紅茶とパン。


 ジャムを塗って噛じるパンがうめぇ。イケメンボイス兄さん特製のジャムはオレンジとりんご。オレンジは皮が入っていて苦味がたまらなく美味い。りんごはほとんどアプティ専用。りんごジャムを舐めては紅茶を美味しそうに飲んでいる。



「食べ物の持込み作戦成功だぜ。でもさすがに昼でなくなるな、パン」


 乗る前に食べた味のない鉄板焼きメニューの反動で、うまいパンを夜の分までモリモリ食ってしまった。


 着くのは今日の夜、二十二時予定。夕飯どうしようか。


 しかし特急って素晴らしいな、一日で着くんだもんな。車内泊はトラブルが多くて敵わんから、乗っている時間は短いに越したことはない。前回王都に行くときは、ロゼリィに説教されながら朝を迎えたっけ……。



 

 特急で止まるうち、一回目の停車。


 駅名を見ている暇はない。俺はダッシュで構内の売店へ行き、商品を見て愕然とする。


「キーホルダーとか……食い物無いのか……」


 お店に並んでいたのはよく分からない鳥のキーホルダー。


 この辺でよく見られる水色の綺麗な鳥らしい。ちぃっ……食えないのか? その鳥は食えないのか!? なら用は無い。



「……ただいま」


 見たこと無いピンクやら紫やら赤い豆を茹でた物がもっそり詰まった袋を抱え、無念の帰還。


「あっはは~あれ~綺麗な水色の鳥のキーホルダーは買ってこなかったのかい?」


 ラビコがニヤニヤ笑っているが知っていたのか、この駅の実情を。うまいパンは夕食に取っておいて、昼はこの茹でた豆を食うか……テンション上がらないな。


「ラビコ、車内の売店に行こうぜ」


「あらら~いいよ~。でも小さなパンしか無いと思うよ~?」




 列車最後尾にあるロイヤルな個室を出て、車内の狭い廊下をラビコと二人進む。


 少し行くと個室っぽい部屋のドアが並んでいる車両になっている。ああ、ここかハイグレードな個室は。


 ベッドが三個だけの狭い部屋、それでも千五百Gはするのか。


「なぁラビコ、一番安い席っていくらなんだ?」


「え~と、自由席ってのがあって、固くて狭い二人掛けの背もたれ直角椅子に各駅停車の二日間座っていられるなら百Gかな~。いや~きついよ~あれ」


 自由席か。百Gは安いかもしれんが、二日間狭い固い直角椅子はキツイな……。


 俺はいいが、女性陣にそんな思いはさせられん。特急の自由席は二百Gなんだと。これ、仕事とかでよくソルートンから王都に行く人がいたら大変だな。



 数両先にあった車内販売所に到着。


 売っている物は本当に小さなパン。あとはお菓子が少々。


 あ、そうだイケメンボイス兄さんとシュレドに作ってもらったクッキーがまだあるな。あとで紅茶と一緒に食べるか。甘さ控えめとか言っていたな。じゃあ兄さん特製ジャムつけてクッキーとか……ああ、もう想像でたまらん。


「何を呆けてるんだか。さてどうするんだい~パン買うかい?」


「あ、ああ。とりあえず買っておこうか、昼はこれに豆だな。あと食後はイケボ兄さん特製クッキーがあるぞ」


 俺がクッキーの存在を明らかにすると、ラビコがすっごい笑顔で俺の手を握ってきた。


「それすっごい楽しみ~じゃあパンは少なめにしようか~むしろクッキーがメインのお昼がいいかな~」


 いつも余裕ありげにニヤニヤしているラビコだが、時たまこういう素の笑顔を見せてくるので、経験値の低い少年は顔を赤くするばかり。



 結局パンは五個だけ一応買っておいた。手のひらで包めるぐらい小さいパン。多分なんの味もなさそう。




 お昼。特急二回目の停車ポイントだが、今回はスルー。


「うん、やっぱパンは味がねぇ……もそもそだし。豆は……豆だな」


「そ、そうですね……。でも、でも豆の本来の味は美味しいかと」


 車内販売で買った小さなパンに朝に駅で買った茹でた豆を、全員もそもそ食う。ロゼリィがフォローしてくれたが、楽しいご飯タイムではないな。



 食後、新しく紅茶を入れ、お昼のメイン食材クッキー様のご登場。さすがにイケメンボイス兄さんとシュレドが作った物。香ばしく、形も綺麗。見ているだけでヨダレものだ。


 味は控えめらしく、同じく兄さん特製のジャムをつけて食べてみようか。


 うん、やはりうまい。ジャムなくてもいいな、素材の味だけで美味しい。これをソルートンから持ち込んだ紅茶で流し込む……と。最高じゃんか。


「おいしいです、やはりこうでないとダメですね」

「うま~あっはは~アプティ~りんごジャム分けて~」

「……マスター。ジャム、つけました……どうぞ」

「おいしいですわー。毎日この味を楽しんでいる皆さんが羨ましいです」



 女性陣が皆いい笑顔でクッキーを食べている。うん、これだよこれ。この笑顔を王都でも見たいんだ。シュレドには頑張ってもらわないとな。 









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