第203話 入浴ベスと奇抜な食材達様


「ベスー準備出来たぞー」



「ベスッ!」


 用意した桶にベスが勢い良く飛び込んでくる。


 うっはっ、俺のズボンがびしょ濡れに。しかもちょうど股間部分……これ漏らしたみたいに見えないか? まぁ、いいか。


「ベスッ!」


 ベスが目を細め、うっとりし始めた。うん、かわいいぞ。



 宿屋のお風呂からお湯をせっせと運び、大きな桶にためていく。温度は人肌ぐらいか。


 宿の入口横の場所を借りベスを入浴させていると、通行人がチラチラ見てきてたまに立ち止まって話しかけてくる。


 この宿屋に犬がいるって認知度が結構広まったらしく、ベス目当てで立ち寄ってくれる人もいるのだ。ご主人としては愛犬が人気なのは気分がいい。


 たまに知り合いの男、ハーメルが笛を吹きながら動物大行進をやるが、あれは体長五メートルを超えるクマのメロ子の存在感がすごすぎて、通行人が皆逃げるからな……。メロ子は優しくてかわいいんだぞ。共に街を守った戦友だし。




「ししょー! 師匠ー! 注文していた物が届きましたわー!」


 ベスの体をタオルで拭いていると、元気な声が近づいてきた。



 背が低めで、大きなキャスケット帽子をかぶった女の子。何やら大きな箱を持っているが……。


「おぅアンリーナ。ちょうどベスのお風呂が終わったところだ。アンリーナも風呂入るか?」


「え……こ、ここでですか!? し、師匠がどうしてもというのなら……」


 箱を地面に置き、アンリーナがモジモジし始めた。いや、この桶じゃなくて宿の、な。



「で、なんだこの箱は」

 

「……師匠の大きな手が私の体を滑るように撫で、優しく微笑んだ師匠はそのまま手を膨らみに……!」


 アンリーナが卑猥な文章を真っ昼間の宿の入口で朗読していて営業妨害なんだが。


 つうかアンリーナってそっち系の行動力すごいよな。船でも夜中に俺の部屋にマスターキー持って来たりとか。


 商売人ってストレス溜まって大変なのかな。いや、この行動力こそが商売人として成功する秘訣なのかもしれない。


「し、師匠! 大変……ズボンが濡れていますね! これは早く私とお風呂に入らないとお風邪を召されてしまいますわ。さぁ、さぁ……!」


 目がギラリと光り、俺の手を引っ張る。


 あー……違うな、私欲だ。




「とりあえず中にこの箱運ぶぞ」


「……混浴……ハッ。も、申し訳ありません師匠! 写真じゃない生師匠に興奮して向こう側に行ってしまいました……」


 アンリーナが正気に戻り、小走りで俺の後ろをついてくる。どうやら向こう側の俺はアンリーナと混浴していたらしい。




 いつも陣取っている食堂の一角に箱を置き、飲み物を注文する。


「ありがとうございます師匠。そういうさりげない優しさがとても素敵ですわ……」


 出てきた紅茶ポットセットをテーブルに並べ、カップに注ぐ。小瓶に入ったミルクを指すとアンリーナが笑顔で頷いたので、カップにミルクも少々注ぐ。俺はストレートな。


「……さっき言っていた写真じゃないって、アンリーナは俺の写真でも持っているのかよ」


「はい。ケルシィに行く間にクルーにいっぱい写真を頼んでおきました。寝ている姿ももちろん撮りましたよ。アプティさんの妨害がひどくて一枚しか撮れなかったのが悔しかったですね」


 悪気なく笑顔でアンリーナが答えた。紅茶を吹きそうになったぞ……。


 ケルシィからの帰り道の最終日に繰り広げられたという、アプティの無限ブロックのことだろうか。



「師匠、こちらの食材を御覧ください」


 床に置いた箱を開け、中から何かを取り出す。見慣れない形の食材……あ、これペルセフォス王都でチラチラ見かけたやつか。


 ソルートンではあまり見かけない食材。ピンクで丸いトマトみたいなやつや、黄色い大根的な物など俺には全く分からない物だ。


「これらの食材は王都ではよく売っている物なのですが、ソルートンでは珍しい食材ですわね。内陸産や、王都から西の地方の食材なので、魔晶列車が通っていないソルートンにはあまり入ってきません」


 なるほど、やはり列車が通っていないってのは痛いなぁ。魔晶列車の駅がある街からソルートンまで馬車で半日かかるからなぁ。


「王都でお店をやるのでしたら、王都でよく手に入る食材を多く使うことになります。なのでコラボ商品もこれらを使ったもので開発しようと思っています」


 しかし……奇抜な色の食材だなぁ。


「王都のジゼリィ=アゼリィとのコラボメニューは美容や健康にいい、というコンセプトで進めていこうかと思っています。というわけでこちらの食材をサンプルとして仕入れてみました」


「分かった、それでこの食材はどういう物なんだ?」


 なんか真っ赤なごぼうみたいのまであるぞ。


「こちらのピンクの物がローゼオルといい、お肌に潤いを。黄色い物がアロンジョーヌ、髪に艶を与えます。赤い物がグルナロ、全身の血行をよくすると言われています。これらを含めた食材を使って、健康に良く、美容効果もあるメニューの開発を行いたいです」


 聞いたこと無い名前がいっぱい出てきたぞ。この異世界に来たばっかりで知識の少ない俺が知らないだけだろうが、料理人であるシュレドは知っているだろう。



 シュレドを調理場から呼んで食材を見てもらった。


「なんすか旦那、これ。随分と奇抜な色だぜ?」


 不思議な物を見つけた少年の目で食材を見るシュレド。あれ……俺と同じ感想を持ったようだぞ。


 聞くと、基本ケルシィで活動していたのでペルセフォス独自の食材はあまり知らないとのこと。


「なんかピンクのトマトってエロいな! わはは!」



 爆笑しながら自分の分厚い胸板に二個のピンクのトマトを持ち、小躍りするシュレド。

 ちょっと……不安になってきたぞ。










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