この恨み
潰れたトマト
この恨み
とある小さな村に可憐な女の子が住んでいました。彼女は幼い頃両親を亡くし村の孤児が集う小屋に身を預けていました。
貧しい彼女は昼間は村の農具作りを手伝い、夜は機織り機で民族衣装を織って生計をたてていました。得られる賃金は僅かなものでしたが、小屋の幼い孤児たちを養うのには何とか足りる収入でした。
村人たちは彼女を忌み嫌っていました。
男の子ではなかったからです。この村は農業で成り立っており、力仕事に向かない若い少女は役立たずと見なされていたからです。
その為、独り身でか弱い彼女を雇いこそするものの養おうとする者はひとりもいませんでした。
彼女は日を追うごとに段々と痩せ細ってゆきました。少ないお金で手に入れた食べ物は全て飢えや病気で苦しむ孤児たちに分け与え、自分は木の根っ子や腐った果実で飢えを凌いでいたのです。
栄養不足で倒れそうになることもありましたが、自分よりも幼い孤児たちが目の前で飢え死ぬのを見るくらいならこのくらい何てことないと自分に言い聞かせる毎日でした。
ある日のことでした。
その日は国に年貢を納めるため多くの兵隊さんたちが村にやって来ていました。毎年恒例の年貢納めです。
村人たちはみな不安げな表情を浮かべていました。今年は献上する農作物の量が規定の基準よりも大きく下回っていました。天候に恵まれないことが多く、凶作だったのです。
「………おい。これはどういうことだ?いつもよりも献上品が少なく見えるのは俺だけか?」
隊長と思わしき人物は村長に問いただしました。その額にはピクピクと青筋が立っていました。
「あ…これには訳が御座いまして!その…天気に恵まれず畑が殆どダメになってしまい…今年はこれだけでも精一杯で!」
村長はたどたどしい台詞回しで言い分を伝えましたが、これが許されることではないことは百も承知でした。
「ほぅそうか、不作だったのなら仕方がない。」
隊長はそう言って周囲を見回し始めました。そして村の後方にいる女たちを見つけ、値踏みをするかの如く女性たちをなめ回すように見続けました。
「……分かっているよな?我らが偉大なる王のご機嫌を損なうような不届き者共の集落如き、その気になればいつでも焼け野原にしてやることができるんだぞ?」
「そ、それだけは……ッ!」
村長がガタガタと震え出すのを無視して隊長はまた辺りをキョロキョロと見回し始めました。
「………まぁ、もし献上品に取って代わるような……我らが王が喜ばれそうな身体を持つ女がいたら話は別だが。」
そう言って隊長は品定めを終えたかのように村長の方に向き直しました。
「………だがどうやらそれも無理なようだ。この村の処分は決まった。」
隊長は冷たい表情のまま村長に村の終焉を伝えました。それを聞いた村長は青ざめ、村人たちもザワザワと騒ぎ始めました。自分らの命運が決まり、動揺が隠せなかったのです。
村の全員が絶望に打ちひしがれる中、村人のひとりが声を張り上げました。
「そうだ!アイツなら……あの娘なら王もきっとお喜びになるに違いない!」
その発言に村人たちはハッと気付いた表情で村のすみっこに佇む小屋を一斉に見詰めました。
小屋の中には孤児たちが身を寄せあって座っていました。しかし、良く見るとひとりを除いて全員が微動だにしていませんでした。
少女が面倒を看ていた孤児たちはみんな既に死んでいました。疫病でした。不幸なことに少女だけが生き残ってしまったのです。自分ひとりだけが労働をしていた為、自然に体力がついて免疫力が上がっていたのでした。
彼女は絶望していました。自分のやり方は間違っていた。みんなにも少しでいいから運動をさせて体力をつけさせていたら。もっと身を粉にして働いて栄養のあるものを与えることができていたら。
彼女は後悔の念に押し潰されそうになっていました。彼女の瞳に光はなく、涙は既に渇れていました。
「こいつがその女か………。」
ギィッと扉を開け隊長が小屋に入って来ました。そして周りの死体には目もくれず少女の顔を見詰めました。
死んだような目をしてはいるものの、外の女性たちとは比較にならない程の美しい少女でした。隊長はニヤリと笑い、部下に少女を運ぶよう命令しました。
「こんなちんけな村でまさかの掘り出し物だな。これは王も献上品の不足をお許しになるに違いない。………上手くいけば昇格もありうるな。フフ………。」
隊長は手柄を手にしたと言わんばかりにひとり笑いをしました。その額にはもう先程まであった青筋は消えていました。
「出ていけ疫病神ぃ!天罰だぁ!」
「ようやく村の役に立つことができたな!これで本望だろう!」
「これでまた豊作の年を迎えられるってもんだよ、まったく。」
少女の耳に村人たちの嬉しそうな声が聞こえてきました。なにやら村人総出で見送ってくれているようでした。でも、少女は全く嬉しくありませんでした。
幼くして両親を亡くし自分の大切な仲間たちさえも満足に救うことができなかった自分が許せませんでした。しかしもうその痩せ細った身体は動くことすらもままならず、自分の首を絞めることさえもできませんでした。
少女は一切抵抗することもせず、兵隊さんたちによって王の待つお城へと運ばれていきました。
「………成る程。こやつがその女か。」
この国を治める最高位の人間である王様が、目の前に座り込んでいるボロボロな格好の少女をジロジロと見定めていました。ここは王様が暮らすお城の中、謁見の間という場所でした。
少女は廃人のようにその場にへたり込んでいました。もう動く気力も残っていませんでした。
殺すのなら早く殺して。彼女は心の中で速やかな死を願っていました。今さら生き長らえようとなどこれっぽっちも思っていませんでした。
「ふむ………確かに顔は悪くない。だが、身体がまるで骨のように痩せ細っておる。これでは満足に愉しめぬ。」
そう言って王様は家来にアイコンタクトを送り、ゆっくりと玉座に座りました。少女は二人の家来にお城の地下まで連れられていきました。
「もって二回……いや、一回か。」
王様はそう呟きながら玉座でふんぞり返りました。
少女はお城の地下深くにある不気味な部屋に連れてこられました。部屋の中には見たこともない位の大きなベッドと壁に繋がれたいくつもの手錠、そして何に使うのか分からない小道具が沢山置かれていました。
少女は自分がこれから何をされるのかようやく悟りましたが、それでも逃げ出すような真似はしませんでした。
もう自分がどうなろうがどうでもいい。どんな仕打ちを受けようが恨みもしない。だって、今この場で最も罪深き人間はこのわたしなのだから。
少女は心の中でそう思うと、そっと静かに目を閉じました。
しばらくして、王様がお供をつけながらやって来ました。その表情は普段の日課をこなすような淡々としたものでした。
王様がまたアイコンタクトをすると、お供と少女を連れてきた二人の家来が部屋から出ていきました。
王様は内側から鍵をかけると、少女を髪を乱暴に掴んでベッドに放り投げました。そしてマイペースに分厚いマントやきらびやかな洋服を脱ぎ出しました。やがて一糸纏わぬ姿になりベッドに伏せたままの少女の隣に寄り添いながら話しました。
「お前も早く脱げ。わしは忙しいのだ。」
少女は王様の声が聞こえましたが無視しました。気力も体力も尽きていました。
バシンッ!
「はようせんかッ!馬鹿者ッ!」
王様は苛立ち少女の顔を叩きましたが、それでも少女は動きませんでした。
「この…!憎たらしい小娘がッ!」
このままでは埒があかないと考えた王様は自らの手で少女の着ている穴だらけの布を破り捨てました。
下には何も履いていませんでした。少女が身に着けていたのは穴の空いた布切れ一枚だけだったのです。
「なんと憐れな娘よ。良い召し物を着ていればまだいくらか華があったものを。所詮は田舎者か」
王様は浮浪者を見るような目で少女を見下し、力任せに抱き付きました。そして一方的に接吻をしながら己の欲のままに少女を犯し始めたのです。
少女はされるがままでした。色んなものが強制的にわたしの中に入ってくる。苦しい。臭い。汚ならしい。気持ちが悪くて仕方がない。
そう考えながらも少女はその強姦行為を拒否せずに身を任せたままにしていました。その様はまるで感情のない人形そのものでした。
これでいい。自分に相応しい末路だ。むしろこの位してくれないと気がおさまらない。なんの罪もない幼くて病弱な孤児たちをひとりも救うことができなかった自分への、罰だ。
少女がそう思いながら自分の心のスイッチをオフにしようとしたまさにその時でした。
「それにしてもウィルス兵器とは恐ろしいものよ。未だにあの地にかのような病を残し続けているのだからな。あれが完成した暁には、我が国は神の如き力を手にすることができようぞ。」
………え?今、なんて………?
少女の耳がピクッと動きました。とてつもなく大事なことを聞いてしまったと思ったのです。
ウィルス……?
病………?
それってもしかして………?
「だが、所詮は試作品。時が経てば急激に効果が弱体化し成人には効かなくなってしまう………。今では身体の弱い子供位にしか発症せぬとは、とんだ欠陥品よ」
王様は笑いながらそう喋り、まもなく絶頂を迎えようと身体をより激しく動かしました。
少女の心は激しく揺れ動きました。今まで静止していた感情が溢れんばかりに沸き上がり、脈が波打つように感じられました。
少女の両親は彼女がまだ幼い頃に何の前触れもなく亡くなりました。病死でした。当時は原因も分からず、村のあちこちで流行り病によって亡くなる者が後を絶たなかったのです。
しかし流行り病は時間と共に収まり、今では栄養不足の子供がたまに発症する程度まで落ち着いていたのです。
この流行り病が村を襲う最中、少女は都市へ買い物に出かけていたのです。
父のくれた金貨で母のネックレスを買いに。
「うわああぁぁあああッ!!!」
突然ベッドから飛び起きた少女は、おもむろに王様の首を絞め始めました。いきなりの出来事に、流石の王様も動揺を隠せませんでした。
「ぐっ………!貴様……何をする……!?」
王様は驚きました。つい先程まで死んだように動かなかった少女が突然起き上がり、そのか細い腕からは想像もできない程の力で自分の首を絞め始めたのです。
王様は完全に油断していました。
「お前かああぁぁあ!!全部お前がぁぁああ!!」
少女は本能に身を任せて王様の首を絞め続けました。その目は先程までの死んだ魚のような目とはうって変わって怒りに満ち溢れていました。
自分の大切な両親と孤児の子供たちの命を、この男は何の罪悪感も感じないまま奪いとり今日までのうのうと生きていたのです。その男が今、目の前で自分を犯しているのです。
生きることを諦めていた少女は今、目の前にいる全ての元凶である王様を殺すことに必死でした。
しかし無念にも少女は王様に対してか弱すぎました。火事場の馬鹿力も成人男性の本気の力には敵わず、首にかけていた両手を力ずくで外されてしまいました。
そしてそのまま馬乗りにされ、今度は自分が王様の太い腕で首を絞められてしまったのです。
「この!小汚ない田舎者の分際で!この国の王であるわしに!なんと無礼な真似を!貴様などもう要らん!わし自らの手で!惨たらしく殺してくれるわ!」
王様の握る手が少女の細い首をみしみしと締め付けます。必死にその手を爪を立たせながら離そうとしますが、力及ばずその手を退かすことはできませんでした。
少女の中で意識が途絶えようとしていました。さっきまであんなにも死にたがっていたのに、今は死ぬのが悔しくて悔しくて堪りませんでした。
憎き相手が目前にいるのに。親と仲間たちの仇がそこにいるのに。復讐を果たすこともできずに死んでいくなんて。神はなんと薄情なのだろうか。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
はらわたが煮えくり返りそうになる程憎々しい。
この上なく憎たらしくて堪らない。
この恨みはらさでおくべきか 。
この恨みはらさでおくべきか。
この恨みはらさでおくべきか。
少女は死ぬ間際まで呪い続けました。
そして薄れゆく意識の中、少女は最後にひとつだけ願いました。
神よ。もし本当にいるのなら。薄情者でないのなら。この願い聞き入れたまえ。
記憶を失っても構わない。
自分じゃなくなっても構わない。
見た目も性格も性別も、なんだって構わない。
人間さえやめても構わない。
だから、どうか
どうか、生まれ変わったら
わたしにーーーーーーーーーーーー。
復讐する力を与えて欲しい。
この恨み 潰れたトマト @ma-tyokusen
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