第6話 母からの授かりもの




「ロイエ!」


僅かに緊迫したトレネの声が甲板に響いた。

その声にリヒトとグランツは急いで顔を向けると、丁度甲板に降り立ったロイエが居た。


彼に纏わりつく付く濃い血の臭いが、直前まで彼が戦場に居たことを生々と感じさせる。彼の気配はいつもの冷静さを取り戻していたが、纏う空気はいつにも増して冷ややかだ。

けれどもグランツはそれを気にする事もなく、片手を上げてロイエに歩み寄る。

トレネもまた痺れを切らした様子でロイエに駆け寄っていた。


「おーロイエ!怪我は無いか?」

「まったく・・・っアンタまた無茶して!勝手に飛び出すなんて・・・!!」


グランツの明るい声とトレネの怒りの声が同時に響いた。

リヒトもじっとロイエの様子を伺う。

彼は返り血は酷いが、怪我をした様子がないことに安堵した。

そうして心配しながら皆が向ける視線を受け、ロイエは溜息混じりに目を伏せ静かに答えた。


「・・・私が怪我などするはずが無いだろう。騒がしい・・・」


―あ、いつものロイエだ。


そのそっけなくて淡々とした口調に、いつもの彼だと認識して。

リヒトは自分でもよく解らないがほっとしていた。


「まぁとにかく皆無事で良かったぜ。

 後はイルの追手が来る前に、俺達はさっさとここを離れるのが無難だが・・・その前に」


コホンと一つ咳払いをして、ラインテートと共に立つカイトの方に向き直る。


「お前さん達はどうする?

 このまま俺達と一緒に来るか?」

「・・・・・・」


カイトの顔に一瞬戸惑いが浮かぶ。

しかしちらりと隣のラインテートを見、グランツを見ると、真剣な表情でその目をキッと見据えた。


「一緒に・・・行く」

「・・・そうか。だが・・・」


グランツもカイトの漆黒の瞳を見据える。


「俺達と行くんなら、お前さん達も自由賊にならないと駄目だ。

 カイト、お前さんは自由賊がどんな存在か知ってるんだな?」

「ああ」


カイトが頷く。


「なら分かってるだろうが・・・自由賊にはイルとの戦いがつきものだ。

 その為に自由賊は存在してるんだしな。

 イルとの戦いは・・・生半可なものじゃない。時に命を落とす。

 カイト、お前はラインテートをその危険に晒す事になっても・・・構わないと誓えるか?」

「・・・・・・」


カイトはまたラインテートを見る。

ラインテートは黙ってその視線を受け止めていた。

白く華奢な手が、カイトの手をきゅっと強く握る。


「・・・地上には、もうおれとお嬢サマの居場所はねーよ。

 おれは・・・お嬢サマを守る。何があっても。

 そう、誓う」


カイトはラインテートの手を握り返し、力強く応えた。


「・・・了解!」


途端グランツは笑みを見せる。


「上等だぜ。精一杯守ってやんな。

 さーて、それじゃあ恒例の・・・」


皆を見回し手を叩く。


「名付けだ!」

「“名付け”?」


聞き慣れない言葉だったのだろう、カイトが怪訝そうな顔で眉を潜めてグランツを見上げた。隣でラインテートも不思議そうな表情を浮かべてグランツを見る。

そこでグランツはちょっと考えると、リヒトの方を向いてちょいちょいと手招きした。


「あーリヒト、説明してやれ」


―まーたオレに押し付ける!!


悪びれる様子もなく笑うグランツに、「もーしょうがないな」とリヒトは小さく肩を竦めた。グランツは偶にこうしためんどくさがりが顔を出すのだ。


「んーと、“名付け”は自由賊になる時に必ず通る儀式のようなものかな。

 船長が、自由賊になる人間に新しく名前をあげることで、その人間は過去の自身を捨てて新しく生まれ変わることになるの。

 でも、元の名前も“母からの授かりもの”として尊重して残すから、自由賊は名前が二つ有るんだよ」

「リヒト、二つ?」


小首を傾げてラインテートが問う。


「うん。オレも二つ有るよ。“リヒト”と“ヴィレ”」

「ってーことはリヒトの場合“ヴィレ”が元の名前なのか?」

「そうだよ。普通の・・・地上で生活している人たちが持つ名前はみんな1つだけ。

 でも自由賊は2つ持つことになるんだ」


“母からの授かりもの”は、自由賊になるまでの人生の証。地上で生きてきた証。


自由賊になるまでの地上での日々がどんなに苦しくとも、辛くとも、自由賊達はそれを完全に手放したりはしない。

空で戦う事を選んだ彼らにとって、何よりも愛しい地上との絆だから。


自分という存在が、確かに地上に・・・此処に居た証だから。


そしてリヒトがカイトとラインテートにひとしきり説明を終えると、内容を聴いていたグランツがのんびりと顎に手を当て徐に言った。


「今の説明は80点ってとこだな」

「・・・人に押し付けたクセにー!」


―てゆーか、残りの20点って何?


と、意味不明なグランツの採点にリヒトは不服そうに小さく頬を膨らませた。

だがグランツが冗談を言ってると分かるから、本気で怒ったりはしない。

とはいえ。


―次はグランツ自身にちゃんと説明させてやる・・・!そして今度はオレが採点するもんね!


そう、負けず嫌いの彼女が内心リベンジを誓い意気込んでるとは露知らず。


「ふーん、ナルホドな。だから自由賊は名前が2つあったのか。

 んで、おれ達の新しい名前って何になるんだ?」


楽しそうに笑っているグランツにカイトが尋ねる。その顔は興味津々だ。

彼の隣ではラインテートもじっとグランツを見上げている。

2人の期待に満ちた眼差しを受け、グランツはちょっと真面目な顔になった。


「ああ、お前さん達の名前はもう決まってるんだ」

「?」

「“シュバルツ”に・・・」


グランツはカイトからラインテートに視線を移す。


「“ワイス”だ」

「“シュバルツ”と“ワイス”・・・」


呟くカイトにグランツは穏やかに笑いかける。


「自由賊はな、名前の意味を重んじる。

 “シュバルツ”は“黒”、“ワイス”は“白”。

 カイトとラインテートは、こうして見てると見事に黒と白だ!

 髪の色とか見た目もそうだが、黒と白は対になる言葉だ。

 真逆の存在だが、互いに切っても切り離せないのさ。

 な、お前さんらに合ってるだろ?」

「“互いに切っても切り離せない”・・・」


どこか優しい眼差しで二人を見下ろし告げたグランツの言葉を、カイトがぽつりと反芻する。

不意にその顔が嬉しそうに輝いて。傍のラインテートの手を握る力がぎゅっと強まった。


「あぁ・・・そうだな。な、お嬢サマ!」

「シュ、バルツ・・・。

 ね、名前、呼んで。ちゃんと」


同じようにグランツの言葉を聴いていたワイスは、傍のシュバルツを見上げて。

澄んだ翡翠の瞳でじっと彼の漆黒の目を見た。真っ直ぐに。


「もう、ボク、“お嬢サマ”、違うの。

 ボク、自由賊。名前、呼んで。

 ・・・ちゃんと、呼んで」


はっきりと告げるワイスの言葉にシュバルツは目を丸くする。

その眼差しがあまりにも真剣だったから。

彼女もまた覚悟を決めていたのだ・・・地上で生きてきた“お嬢様”と呼ばれる自分ではなく、自由賊として生きると。

その姿にシュバルツはすぐに微笑むと、嬉しそうに頷いた。

彼女と一緒なら、生き抜いていける気がした。


「だな!ワイス!!」

「おっし!と、いう訳でエーデル・ロイバーに新たな自由賊の誕生だ」

「エーデル、ロイバー?」


聴きなれない言葉に、ワイスがまた首を傾げる。


「エーデル・ロイバーってのはな、ワイス」


グランツはワイスに笑いかけ、船の中央の柱の先端を指差した。

そこには群青色の旗が掛けられていた。


「この船の名前だ。

 自由賊はそれぞれ集団に分かれて活動をする。

 その集団ごとに船長がいて、船がある。そして名前がある。

 俺達の船の名はエーデル・ロイバー。“偉大な義賊”って意味さ」


誇らしげにそう言うと、グランツは目を細めて旗を眺めた。

白く描かれた紋章が見える。抽象的な紋章。


「旗に描かれてるのは、光だ。

 “意志の光”」


そう言うとグランツはリヒトを見た。

リヒトもまたシュバルツとワイスと一緒にじっと旗を見つめている。

旗をなびかせる風が、リヒトの金色の髪も揺らした。

グランツは小さく笑みを浮かべると、視線をシュバルツとワイスに戻す。


「さて、と。シュバルツ=カイト、ワイス=ラインテート。

 お前さん達はもうこの船の乗組員だ。

 この船には他にメンバーが4人・・・リヒト=ヴィレ、トレネ=ルーイヒ、ロイエ=ゲベート、そして俺が船長のグランツ=フライア。

 互いに仲良くするんだぞ!」


「「了解!!」」


腕組みをしたグランツの言葉に、皆も力強く頷く。


新しく増えた仲間達。

リヒトは嬉しさを感じながら、新しい仲間・・・シュバルツとワイスを見つめていた。

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