第5話 戒めの鎖




「トレネ。ロイエなら大丈夫だよ。

 あいつの強さ並じゃないもん」


リヒトはそう言って安心させるようにトレネの隣に並び、遠く独り戦うロイエに視線を送った。

グランツがロイエに今回の戦場を任せたのには意味がある。


例えシェルト兵とはいえ、この数ならロイエ1人で倒せると解っているのだ。


けれどもトレネが心配になるのも無理はない。

戦場では何が起きるか分からないから。

だから彼女を安心させつつ、リヒトもまた固唾を呑んでロイエを見つめたのだった。


彼の手からはいつの間にか黒い鎖が伸びていた。

その先端に光る鋭い刃。

ロイエの固有セラス、【戒めの鎖】ラングザム

彼の右手に嵌められたリュセルから生じるその鎖は、どこまでも伸び相手を拘束し、先端の刃が喉笛を切り裂く。


一同が見守る中、セラスを発動したロイエと迫り来る兵士達が接触する。

ロイエの手にした重量感のある鎖が一瞬閃き・・・


「!?」

「な・・・速い・・・」


同じように固唾を呑んで戦場を見つめていたカイトが、驚愕の声を漏らした。

ロイエが手を振り下ろした後には兵士の屍が転がっていた・・・しかし、彼が兵士を打ち倒す瞬間は誰の目にも収められる事は無かった。

その驚異的な速さと強さで、ロイエはその場を跳び立ち迫り来る兵士達を次々と切り捨てていく。舞う砂と兵士達から上がる血飛沫。

人工生命体であるシェルト達の血は、赤黒く澱んだ血をしている。

飛び散る赤黒い液体と、宙を舞う鎖の残像だけがかろうじて皆の目に映っている中。


「・・・“ロイエ”・・・か。

 まさか・・・それにあの鎖の剣・・・」


成り行きをじっと見ていたカイトがふと呟く。

ロイエの周りを生き物のように舞う鎖を、彼の隻眼が追っていた。

ロイエの右手のリュセルから際限なく生じている鎖を見つめる。


「・・・あのセラス」


真剣な眼差しでロイエを観察していたカイト。

ぽつり呟かれた言葉に、ラインテートが不思議そうに小首を傾げた。


「カイト、何?」

「!」


その言葉にハッとするカイト。

彼は直ぐに傍のラインテートを見下ろし何でも無いという風に笑った。

が、急に「ってお嬢サマ!!」と叫ぶと途端にあたふたと慌てだした。


「アンタなんでこんなトコで・・・ッあ゛ぁぁあおれはバカだ!!

 お嬢サマに戦いなんて見せちゃいけねーってのに!!」


ガシガシと自身の黒髪を掻きむしる勢いで吠え、ひとしきり頭を抱えて喚いた末。

カイトはガシッとラインテートの腕を掴むと、疑問詞を大量に浮かべる彼女を戦いの見えない所まで引っ張って行った。


「すげぇ溺愛っぷりだな、ありゃあ・・・・・・」


カイトが叫んでからずっとその一部始終を眺めていたグランツは、少し呆れたように呟き、遠くで言い合う二人を見つめた。此処へ来るまでの大絶叫といい、彼が常にラインテートを中心に考えている・・・いや、彼女以外目に入っていないことは一目瞭然だ。

リヒトもそんな二人を見て思わず苦笑する。

けどロイエが気がかりで、直ぐにまた戦場に視線を戻した。


戦場では変わらずロイエが戦う音が遠くで聴こえ、砂埃の合間に倒れ伏すイル兵達の姿が見える。

リヒトの隣でトレネもまた悲しげに息を漏らした。


「・・・ロイエ・・・」


その瞳は憂いを帯びていた。

リヒトも思わず顔を曇らせる。


―確かに・・・今のロイエ・・・人形みたい・・・。


ぎゅっと手すりを握る手に力を込めて。リヒトは遠く砂埃の中独り闘うロイエを見やった。

まるで機械のように次々と敵を切り裂いていくロイエ。

端正な顔に返り血が飛ぼうとも、その表情は決して変わらない。無表情だ。

ただ瞳に宿る殺意だけが、戦いの中のロイエが意思をもつ人であるという事を示していた。


―ロイエって・・・やっぱり少し、怖いかも。


その姿を見つめながら思わず小さく身震いする。

それに気が付いたのか、いつの間にか隣に立っていたグランツがゆっくりと口を開いた。


「・・・あいつはな、ある意味あれが本当の姿なのさ」

「グランツ・・・?」


グランツは穏やかな瞳でリヒトを見下ろした。

陽の光に閃く明るい灰色の瞳。


「でもな、それがあいつの全てじゃ無い。

 あいつだけじゃない、誰もが色んな事を考え・・・生きてんのさ」

「・・・・・・」


グランツの言葉にリヒトは俯く。

それでもロイエへの畏怖は拭えない。小さい頃からそうだった。


いつも黙っていて冷たい印象を与えるロイエは・・・リヒトにとってずっと、恐怖を感じる存在だった。


不意に視界の端に、グランツの日に焼けた逞しい手が映った。

手すりを握るその手に光る、彼の赤銅色のリュセル。


「怖がるなとは言わないさ。脅威を感じて本能的に恐れることはある。

 ただ・・・アレがロイエの全てじゃ無い。

 それを理解してやってくれ」

「・・・うん」


どこか優しいグランツの声色。ロイエの身を案じる想いが滲む。

グランツはいつもそうだった。

仲間達のことを、常に信頼し見守るその暖かさ。

だからこそグランツの言葉にリヒトは頷いた。

けれどもその心にはまだ・・・掴みきれないロイエへの戸惑いが、重くのしかかっていた。


ーグランツの言葉は、信じる。

 でも・・・あれがロイエの全てじゃないなんて、ほんとなのかな・・・。


リヒトから見ると、今目の前で繰り広げられている光景こそがロイエの本質に見えた。

冷たく、無機質で、氷のように情を欠いたこの姿。


「・・・・・・」


トレネも同じようなことを思っているのだろうか。キュッと口を結ぶと、どこか不安げな眼差しでじっとロイエを見つめる。

暫く異様な静けさのまま時が過ぎ・・・


ドォンッ


最後の兵士がロイエの至近距離からの銃弾に倒れ、後には静寂が残った。


「・・・ふぅ」


ずっと見守っていた皆の口から溜息が漏れる。やはり戦いは見ていても楽なものじゃ無い。

一部始終を固唾を呑んで見守っていたトレネもホッと息をついて胸を撫で下ろしていた。

ぎゅっと握られたままの彼女の手は、かすかに震えているようにも見えた。


「・・・さて、ロイエも無事だしとりあえず一安心だ。

 でもこれからがちっと厄介だぜ」


ロイエが無事に船に戻ってくる姿を確認し、腕組みをして唸るグランツ。


「厄介?」

「・・・カイトとラインテートさ」


グランツは甲板の向こう側に並んで立って居る二人を目で示した。

ラインテートに戦場を見せたくないカイトが、彼女を甲板の端に引っ張って行ったのだ。その二人を眺めながら、グランツは肩を竦める。


「・・・どんな事情があったか知らんが、あいつらをこのまま地上に降ろすわけにはいかないだろう」

「じゃあ・・・」


リヒトの言葉にグランツは難しい顔で頷く。


「船に乗せるしかないな。ただ・・・」


言いながらまたカイトとラインテートに視線を戻すと、二人は何やら楽しげに話していた。

カイトはラインテートを不安にさせまいとしているようだった。


「船にあいつらを乗せるということは、あいつらを自由賊にさせるということだ。

 自由賊には・・・今回のような戦いがつきものだからな、カイトがそれを承知するかどうか・・・」

「そっか・・・カイトはラインテートを凄く大事にしてるみたいだもんね。

 ラインテートが危険な目に遭うのは・・・」


言いかけてリヒトは口をつぐんだ。

自分が自由賊になる前の光景がふと脳裏をよぎる。


―あの時も・・・グランツは迷ってた。オレが自由賊になりたいっていくら言っても、グランツはなかなか許してくれなかったな・・・。


 あれ?じゃあグランツは・・・・・・そっか、オレを心配して・・・くれてたんだ。


「ん?どうしたリヒト?」


リヒトが急に黙り込んだので、グランツが心配そうに言った。

そんなグランツを見上げてにっこり微笑む。


「オレ?大丈夫だよ。・・・ありがとグランツ!」

「・・・?」


グランツは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になりリヒトの頭をポンッと撫でた。

暖かく大きなその掌。


―グランツは優しい・・・。

 あんま表に出さないけど、いっつもオレ達を心配してくれてるって・・・解るよ。


そしてそれが、リヒトには嬉しかった。


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