第4話 無機質な兵士達


グランツ達が走り去った後。


押し寄せるイル軍の前に独り立ちはだかるロイエ。数は3、40程度とはいえその兵達は人間ではない。灰色の肌に赤い瞳。

人工生命体、シェルトで構成されたシェルト兵達。


イル軍は戦闘部隊には人間の兵も使うが、地上を支配してからはよくシェルト兵を使った。

シェルトには感情は無い。痛覚もない。画一的な判断力はあるが、与えられた命令をこなすことしかできない。

姿形を生き物に模した機械のような存在。

けれども感情や痛覚がない分、シェルト兵達は厄介だった。

攻撃を受けても、機能を停止し動けなくなるまで止まらない。恐怖や痛みも感じないため怯まない。

だからイルはシェルト兵を使う。

イルにとってはシェルト兵は強靭で、使い勝手のいい捨て駒。

けれども敵としては人間より厄介な存在。


しかしグランツはそんなシェルト兵達が脇目も振らず突進してくる中、ロイエを置いてさっさと船に戻る。

残されたロイエはというと・・・迫り来るシェルト兵達を見つめたまま、不意に、その端正な顔に冷ややかな笑みが浮かべた。


「・・・久々に、“これ”を使うとするか」


淡々とした口調に、彼にしては珍しくどこか楽しげな様子をに滲ませて。左手を己に向けて掲げる。

薬指に嵌められた指輪・・・リュセルが淡く鼓動した。


「・・・【攻撃強化】イアン・・・」


戦闘力を高める補助属性のセラス。ロイエの口から発動合図の呪文が紡がれた直後。


バンッ


ロイエを中心に上がる赤い光の柱。

しかしそれは一瞬で消え、後には禍々しい殺気を渦巻かせ佇むロイエの姿があった。

全身に漲る力の渦。

身体の中心から押し上げられるかのような感覚に、彼の中にある闘いへの渇望がいつも以上に騒いだ。


「・・・行くぞ」


殺気に満ちた眼差しで、迫りくる兵達を射抜く。

次の瞬間、ロイエの姿は掻き消えていた。






「なーなーグランツ!

 あのロイエってヤツ一人に任せてホントに平気なのか!?」


船に向かって走りながら、カイトという名の少年は先を走るグランツに尋ねる。

途端グランツは可笑しそうに大声で笑い出した。

まさかの大爆笑だ。


「何がおかしーんだよ!」


その反応に一瞬目を点にしながらも、些かムッとしたようにカイトが怒鳴る。

片目を覆う隻眼越しにキッとグランツを睨んだ。

そんな彼の反応をよそに、グランツは走りながら苦笑した。


「あぁすまんな・・・ロイエに至っては全く大丈夫だ。むしろ邪魔したら後でヤバイ」

「は?ちょ、ヤバイってなんだよそれ・・・」

「ま、俺たちは船の上からのんびり鑑賞してようぜ」

「・・・そこまで言うんなら、ま、あいつはヘーキそうだな」

「カイト、ボクたち、・・・どうなるの?」


隣を走る不安そうな銀髪の子供。

カイトは元気付ける様にその子供に笑顔を向け、明るく答えた。


「ヘーキだ!おれを信じろよ!」


銀髪の子はカイトの笑顔に安心したのか、ふわりと小さく微笑んだ。

眩いばかりの笑み。


「・・・っ」


途端にカイトは慌てて顔を逸らす。

が、直ぐに耐えきれないとばかりにわなわなと身悶え、走りながらバッと空を仰ぐなり叫んだ。


「あー!!

 やっぱかわいーぜお嬢サマは!!」

「ん?・・・急に叫んでどうしたんだお前さん」


唐突なカイトの絶叫に驚いて振り返るグランツ。急に思いっきり空に向かって叫ばれたのだ、ギョッとするのも無理はない。

けれどもカイトは我に返るように数回頭を振って、ふうと息を吐くとヒラヒラとグランツに手を振ってみせる。


「何でもねーよ!ただ堪えきれなくて叫んだだけだって!」

「そ、そうか・・・」


ならいいが・・・と、あっけらかんとしたカイトの様子にぽかんとしつつ。

言いかけたグランツの言葉は遮られた。


「グランツ!大丈夫!?」


一同が目を上げると、もはや間近に在る船の甲板で必死にこちらに手を振るリヒトの姿。グランツも手を上げて応じる。

そしてカイト達を振り返ると、少し考えるように視線を止めた。


「?なんだグランツ?」

「・・・お前さん達、自由賊って知ってるか?」


カイトは一瞬目を見開く。しかしすぐに何事もなかったように頷いた。

そのまま三人は無事船に辿り着き足を止める。


「あー、知ってるぜ・・・」

「・・・そうか、ならいいんだ。

 よし、船に上がりな」


言うが早いか、グランツは甲板の手すりから下がる丈夫な縄梯子を手に取り二人を促した。


「先に行きなよ、お嬢サマ」

「うん」


頷いて、銀髪の子が梯子をスルスルと登っていく。運動神経が良いのか、無事に登れるかちょっと心配して見ていたグランツが拍子抜けするスムーズさだ。

それに直ぐにカイトも続いた。


「あっ!」


トンっと甲板に降り立った銀髪の子に気が付き、リヒトが声を上げる。

急いでぱたぱたとその子とカイトの元へ走り寄ると、顔を覗き込んで嬉しそうに笑いかけた。人懐っこいその仕草に、銀髪の子は目を丸くする。


「大丈夫?怪我とか、無い?」


リヒトに話しかけられて一瞬戸惑う銀髪の子。


「う・・・うん、ボク、平気」

「そっか、良かった」


ほっとしたように答えながら。

リヒトの視線は自然とその美しく長い銀髪に向けられた。

途端に彼女の瞳が感嘆の色を浮かべる。


―うわぁ・・・綺麗だな。こんな綺麗な色の髪、オレ初めて見た・・・。


リヒトの視線に気が付き僅かに俯く銀髪の子を見て、彼女は慌てて言った。


「えと!オレ、リヒト!

 リヒト=ヴィレっていうんだ。よろしくね!」


明るく言いながら手を差し出す。

けれども差し出された手にただキョトンとする銀髪の子。

食い入るようにリヒトの手を見つめ、曇りないその翡翠の瞳を瞬かせる。

するとその背後からひょいとカイトが顔を出し、頭に疑問符を浮かべているその子の代わりに答えた。


「お嬢サマ〜、手を差し出された時は握り返すんだ。ヨシ、それでいーぜ。

 リヒト、だよな?おれはカイト。

 で、コイツがラインテート。ヨロシクな!」


ニカッとリヒトに友好的な笑みを見せ、銀髪の子・・・ラインテートの手の上からリヒトの手を握るカイトに、リヒトも嬉しそうに笑い返した。

色白で華奢なラインテートの手は、リヒトの手よりも小さかった。

・・・そこでリヒトは気が付いた。


「あれ?ラインテートって・・・女の子?」

「・・・・・・おいおい、まーさか今更気付いたなんて言うんじゃねーだろーな!?」


カイトが呆れたように声を荒げる。

慌てて手を振り否定するリヒト。


「いやっそんなこと無いよ!!」


―なんて・・・実は今気付いたんだけどね・・・。だって『ボク』って言ってたし。

 てっきり華奢な男の子かと思った・・・!

 でもそんなこと言え・・・・・・ない。


ラインテートの手を握ったまま内心狼狽えるリヒト。

そんなリヒトにカイトは肩をすくめて、ひょいとラインテートを覗き込む。


「ま、別にいーけどよ。お嬢サマが気にしてねーなら」

「ボク?ううん、平気。気にして、ない」

「そーか、ならいーんだ。ということでリヒトもな!」


そう言ってカイトは僅かに青ざめたリヒトの方を見ると、直ぐに安心させるようにまたニッと笑った。

屈託のない笑顔。

片目しか見えないのだろう、彼の片目を覆う黒い眼帯が少し物々しいながらもこちらを見る漆黒の瞳は明朗で。

向けられた敵意の無い気配に、リヒトはほっとする。


―なんか・・・なつっこい子だなぁ・・・。


そのままトレネとも挨拶を交わすカイト達を横目にリヒトがそんなことを思っていると、最後に梯子を登ってきていたグランツが軽やかに甲板に降り立ち、皆に話しかけた。


「おらおら、挨拶はその辺にして・・・ロイエの方はどうだー?

 まだ生きてるか?」

「船長!」


途端にトレネから非難の声が上がる。


「いくらロイエが簡単には殺されないって分かっていたとしても、そんな言い方無いわ・・・!」

「冗談だよ冗談!そうすぐに怒りなさんなトレネ!」


苦笑して、グランツはトレネに弁解する。

トレネはロイエの身が気が気でないのか、先程から船の手すりを握り締めて見守っていたのだった。

でもリヒトは解っていた。

グランツが甲板に登ってくる前に・・・ちゃんとロイエの戦況を遠目に確認していたことに。



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