第3話 二人の逃亡者
数日後。
リヒト達を乗せた船は、やがて大陸の傍に辿り着いた。
何日か前に“フォル”という名の地上の街に降り立ち、補給を済ませまた空へと飛び立ったリヒト達の船、エーデル・ロイバー。
地上にある街はその殆どがイルに支配されているが、この数年の内に自由賊の活躍で“解放された”街も多い。
自由賊の手により解放された街や住人達は、元の自由を取り戻すのだ。
そして自由を取り戻した街の人々は、大抵皆、自由賊に協力的だ。
そもそも再びイルに支配されることのないように定期的に自由賊が立ち寄っているし、場所によってはその街を自由賊が拠点とすることでイルから護る役割を負うこともある。
イルに支配された街や住民は、武器を全てイルに取り上げられる。刃向かえないようにするためだ。
けれども自由賊によって解放された住民達は、自分達の街を自分達の手で自衛できるよう、自由賊から武器を得たり闘い方を教わることもあったりする。
「あ!
陸だ・・・陸が見えるよ!」
甲板から身を乗り出し下を眺めて居たリヒトから歓喜の声が響く。
それを見て、見晴らしのいい甲板で舵を握っていたグランツは微笑んだ。
「あんまり騒いでいると落ちるぜ、リヒト!」
「平気だよー!」
口を尖らせてみせるリヒトに、グランツは声を立てて笑った。
だが次の瞬間、リヒトの声色が変わる。
「・・・ん?
な、なに・・・あれ!」
「・・・どうした」
リヒトの声にロイエが現れ、隣に立つ。
「・・・!」
途端ロイエも目を見張った。
「どうしたんだ?リヒト、ロイエ!」
「・・・フライア、船を降ろせ」
そう告げると、ロイエは着ていた上着を脱ぎ捨てる。
黒のロングコートがばさりと床に落ちた瞬間、ロイエを取り巻く雰囲気が一気に凍りついた。
「・・・っ」
その冷たさにリヒトは思わず息を呑み、数歩後ずさる。
「船を降ろせって・・・“トラーム”はまだ先だぜ?
この大陸は通り過ぎる予定だが・・・」
戸惑うグランツをロイエは一瞥した。
「・・・イルだ」
「!!」
グランツの表情が険しくなる。
彼はロイエに向けて頷くと、急いで船を下降させる。
「リヒト!どんな状況だ!?」
舵を操りながらのグランツの声に、リヒトは慌てて地上に目を走らせた。
「砂浜にイルの兵が沢山見える!
数は・・・20から30・・・あっ!」
突然あがる声。
「人が二人、追われてるんだ!
兵が追いかけてる!」
リヒトの視線の先には、懸命に走る二つの人影が在った。
一人は浅黒い肌をした黒髪の少年。
その左目が眼帯で隠されているのが見えた。
もう一人、手を引かれて走っているのは・・・
「え・・・白・・・?」
白に近い銀色の、長い髪をなびかせていた。
閃く白銀の光。
リヒトがその美しさと尋常でない色に唖然としていると、背後から突然トレネの声が響いた。
「ロイエ!待って・・・!!」
「!?」
リヒトが驚いて見やると、彼女の隣に佇んでいたロイエが服を翻し甲板から飛び降りていた。
「駄目よ・・・!
その二人はイルじゃ無いわ!」
必死で叫ぶトレネ。その言葉を聴いてリヒトも理解した。
仲間と認めた以外の存在は、たとえ子供だろうと女だろうと、目の前に立ち塞がる存在は全て薙ぎ倒すロイエ。
トレネはロイエが、追われる二人の少年達さえも殺してしまうことを恐れた。
リヒトは甲板の手すりに足を掛けた。
「ロイエ!くそっ止めなきゃ!」
「駄目だリヒト!
お前は降りるな!!」
後を追って船を降りようとしたリヒトをグランツが制す。
「でもグランツ!このままじゃロイエが・・・っ」
「お前は降りるな」
グランツは有無を言わせぬ強さで更に言うと、船を完全に地上に着地させた。
「船長!アタシが行くわ!」
操縦台から降りてくるグランツに、耐え切れないようにトレネが叫んだ。
しかしグランツはトレネに視線を向けると、彼女を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫さ。あいつは俺が止めてやるよ」
「え・・・?」
言うなりグランツは船を飛び降りる。
軽い身のこなしで砂地に降り立つと、甲板から身を乗り出すリヒトとトレネを見上げて言った。
「何度も言うが、お前さんらは降りんなよ」
そしてグランツは身を翻すとロイエを追って走り出した。
ロイエは既に少年達の目前まで迫っている。
まるで獲物を狙う飢えた獣のようなその眼光は、確実に少年達を捕らえていた。
「!!
な・・・んだアイツ!?敵かよ!?」
ロイエの殺気に気付いた黒髪の少年が急いで立ち止まり、銀髪の子供を庇うように立った。
その手には大型の漆黒の銃。
「おれの後ろにちゃんと隠れてろよ!お嬢サマ!!」
「うん・・・っ」
「まったく・・・ロイエも無茶なヤツだからなぁ」
苦笑しながらグランツは手早くホルスターから銃を抜き取る。
右手に握られているのは白銀の銃。大振りの銃は銃身を精巧な彫刻が覆っていた。
彫刻にはめ込まれた白い輝石が、太陽を受けて強い光を放つ。
「世話が焼けるぜ」
ぼやきつつ足を止めた瞬間、銀鼠の瞳が一点を見据える。
彼の足元で砂が舞った。
ドンッ
「!?」
ロイエがハッと身を翻す。
グランツの銃が放った銃弾は、ロイエの左頬を掠めて行った。
「おっしゃ上出来!」
ガッツポーズをすると、グランツはその場に佇んだままのロイエに向かい小走りで近寄る。
「おいおいロイエ!よーく聞け!!」
走りながら大声でロイエに呼びかける。
「その二人は敵じゃ無い!!」
「・・・・・・」
ロイエは立ち止ったまま、静かにグランツに視線を送った。
氷のような冷ややかな目。
「敵・じゃ・無・い!分かるだろ!?」
そう怒鳴ると一呼吸置き、グランツも足を止めた。そのまま小さく息を漏らしロイエに歩み寄る。
「まったく・・・お前さんの我を忘れる猪突猛進なところ、どうにかならんのか?」
「・・・そうだな」
心底呆れた様にグランツが肩を竦めて見せるが、平然とした様子でロイエは前髪を掻きあげた。
その瞳にはもはや殺意は無く、いつもの冷静さが戻っていた。
「・・・生憎と、これが私の本質でな」
「・・・・・・ったく」
しれっと答えたロイエにグランツはガックリと肩を落とし深いため息を漏らした。
普段は冷静なロイエなのだが、いざ戦闘となると目の前の敵しか見えなくなる。
流石に仲間は攻撃しないが、うっかりすると巻き込まれそうな勢いなのだ。
「お前さんのマイペースさは・・・よく存じてますよ」
「・・・・・・」
項垂れた身をゆっくり起こし一瞬半目になったグランツだったが、直ぐに真面目な表情になると、顔を上げてロイエの肩越しに少年達を見た。
二人の少年は突然の出来事に身構えたまま立ち竦んでいる。
「お前さんら、イルに追われてんのか?」
黒髪の少年が険しい表情のまま静かに頷く。
その間も彼の黒い瞳は鋭い警戒を湛えロイエを見ていた。
「あーこいつはもうお前さん達を襲わないから安心しな。
それよか、イルが迫って来てるぜ」
言いながらグランツは迫り来るイルの大軍を顎で示す。
「げっ・・・うわやっべー!」
振り返りイルの軍が間近に迫っているのを見て、黒髪の少年が焦りの声を上げる。
そのまま少年はくるりとグランツの方を向くと、突然パンッと手を合わせた。
「アンタらに頼みがあんだ!
コイツを・・・匿ってやってくんねーか?」
「えっ」
そう言って黒髪の少年は、今まで背後からおずおずと顔を覗かせていた銀髪の子供の腕を引きグランツに向けさせた。
突然の言葉に彼は抗議する。
「ボクだけ、イヤ。
カイトも一緒じゃなきゃ、イヤ!」
「駄々こねんじゃねーよ!お嬢サマ!」
カイトと呼ばれた黒髪の少年は、銀髪の少年の肩を掴みじっとその澄んだ緑の瞳を見つめた。
「おれの役目はアンタを守ることなんだよ。分かったらとっとと・・・」
「お前さんも一緒に来るといい」
「!?」
カイトの言葉を遮り、グランツが声を掛ける。
突然のその言葉にきょとんとする少年達に、グランツは満面の笑みを見せた。
「ここはこのロイエに任せて二人は逃げな。
あー勿論、俺と一緒に」
「・・・人任せか、フライア」
「馬鹿言うなよ。さっきの貸しが有るだろうが、ロイエ」
「・・・・・・」
真顔で交わされるグランツとロイエのやり取りを見ていたカイトだったが、一瞬考え込んだ後。
「なら・・・頼む」
その言葉を聴いたグランツは、少年に向かってニッと笑みを見せた。
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