第2話 秘められた魔法の力
あの頃のオレは、まだ何も解っていなかったんだ。
この世界の危機も、地上の闘いも。
貴方が独り抱いていた・・・胸を締め付けるような哀しみも。
―アイファのヤツ・・・今度会ったらゼッタイ文句言ってやるっ!!
バンッ
肩を怒らせながらリヒトは勢いよくダイニングのドアを開ける。
中からは料理の支度をするリズミカルな音が聴こえてきた。
ダイニングの奥の、厨房へと続くドアをカチャリと開け中を覗き込む。
「トレネ!トーレネ!!」
厨房の奥に立つ背に向けて声を掛ける。
「あらリヒト!」
すぐにハキハキとした返事が返り、厨房から一人の女性が現れた。
ウェーブした美しい山吹色の髪が揺れる。
彼女の名前はトレネ=ルーイヒ。
優しい薄紫の瞳が、にっこりとリヒトに笑いかけた。
「ん?どうしたのかしら。お腹でも減ったの?」
顔を覗き込むようにして明るく訊いてくれる彼女に、リヒトもまた笑顔で答えた。
「ちょっとお茶を一杯ほどもらえない?」
「お茶?珍しいわねぇ、リヒトがお茶飲みたいだなんて」
少し意外そうな顔をするトレネに、リヒトは肩を竦め苦笑する。
「オレが飲むんじゃないよ。
グランツが・・・あーえっと・・・」
そこでふと思い至って。
突然リヒトの声が尻すぼみになり、ごにょごにょと言葉を濁し始める。
不思議そうな顔を見せるトレネにリヒトは更に小さい声で続けた。
「・・・あー・・・ロイエに持ってけっていうから・・・・・・」
「ロイエに!?」
リヒトの話が終わらぬうちに、案の定ダイニングにトレネの声が響き渡った。
彼女は手にしていたポットを壊さんばかりに握り締めると、いつもは優しい紫の瞳に瞬く間に怒りを滲ませる。
「あんな男に持っていく必要なんて無いわ!!」
そう早口で言い放ちお湯の入ったポットを振れば、勢いよく振られた熱い湯が湯気を立てた。その様を横目にリヒトが僅かに青ざめ一歩後ずさる。
「船長も船長よ・・・リヒトを使いっぱしりみたいに!しかもロイエにお茶を持って行けですって!?
“あの”ロイエに!!」
ぷんぷんと怒りながらも手際よくお茶を入れるトレネ。ポットの中の沸騰したお湯のごとく怒りに燃えるその様子を、思わず背筋を正しつつ、固唾を呑んでリヒトは眺めていた。
トレネのこの反応は予想はしてた。
予想はしてた、けど。
―相変わらず仲悪いなぁトレネとロイエは・・・。
「あっ」
今度は突然トレネがリヒトを見る。
少し慌てて。
「あ・・・あのねリヒト、アタシ別に船長のこと悪く言ってる訳じゃないのよ。
だからその・・・怒って・・・」
躊躇いがちにリヒトの顔を覗き込み表情を伺うトレネに、リヒトはほっとして苦笑する。
いつの間にかその様子はいつもの優しい彼女に戻っていた。
「だーいじょうぶ!オレ、怒ってないから」
「・・・え?ほ、本当に?」
きょとんとするトレネ。
「ホントホント、安心してよ!」
―今回ばかりは、オレもグランツに文句言いたいから。
いつもとは明らかに違うリヒトの反応に戸惑いを隠せないのか、トレネはピタッとリヒトの額に手を当てる。
「リヒト・・・熱でもあるの?」
「・・・トレネ?」
「だって・・・リヒトが船長の悪口・・・今のはそんなつもりは無かったのよ、でも普段のリヒトだったら絶対怒るのに」
―う・・・そんな風に見られてたのか、オレ・・・?
「と、とにかくオレ怒ってないし!
じゃ!お茶ありがと!」
奪うようにしてトレネの手からカップを取ると、リヒトは慌ててダイニングを後にした。
―グランツは、オレの“大切な人”だ。
いままでも、これからもずっと、オレの“唯一”・・・。
廊下を歩いていたリヒトはふと立ち止まり、自分の腰に下がる銃を見つめた。
白銀に輝く大振りの装飾銃。
自由賊になる時に、グランツがくれたもの。
リヒトはもともとは父親と共に生きていた。自由賊だった父。
やがてグランツと出会い、数年の後に自分も自由賊になった。
それ以来ずっと、リヒトはグランツの傍らに居る。
片時も離れずに。
―そう、誓ったから・・・“あの時”に。
空色の瞳に固い決意を秘め、リヒトは再び歩き出した。
「・・・・・・いやだなぁ」
また一つ、リヒトの口から漏れるため息。
今リヒトはカップ片手に、とあるドアの前に立っている。
その向こうには・・・
―ロイエ・・・オレ、あいつ苦手なんだよね・・・。
だってなんか怖いし・・・
あいつ、ロイエ=ゲベートがリヒトは大の苦手だ。
今にも泣きそうな心地で、リヒトは静かにドアに手を伸ばす。
コンコンッ
・・・・・・。
―思った通り、返事は無し。
じゃあ仕方ない・・・。
ゴクリと唾を飲み込むと、今度は音も無くドアノブに手を伸ばす。
ノブを握り締める手が、心なしか微かに震えた。
―ビビリ過ぎ、オレ!
「・・・あぁもうっ!!」
ガチャ
ドス
意を決しドアを開けたその時。
リヒトの視界に飛び込んできたのは・・・
自分に向かって飛んでくる刃。
今はリヒトの顔から数センチ、壁に突き刺さって揺れている。
「・・・っロイエ!!危ないじゃ・・・」
ドスッ
「・・・・・・ロイエさんゴメンナサイ・・・」
有無を言わさぬ勢いで刺さる音。
壁に刺さるナイフが増えているのを見て、顔面蒼白で声を漏らすリヒト。
―殺す気だ・・・こいつオレを殺す気だ・・・ッ!!
もう当初の目的(お茶運び)なんてやってる場合じゃないよ!!
すぐにでも逃げ出さんばかりのリヒトに、部屋の奥から静かな声が掛かる。
「・・・妙に五月蝿いと思えば・・・ヴィレか」
「・・・!!」
薄暗闇で僅かに影が動いた。
「・・・何の用だ?」
思わず背筋が凍るような、冷たい声。
寒くないはずなのにぞくりと背筋に悪寒が走ってリヒトは身震いした。
「グ、グランツが・・・ロイエにお茶、持って行けって」
恐る恐るリヒトが答えると、返事の変わりに小さなため息返ってきた。
「・・・ろくな事を考えんな、あいつは」
―むかッ
「グランツはロイエの為に言ったのに!それをそんな」
ドスドスッ
「~っ!!」
―こんのぉ・・・グランツを悪く言うヤツはゆるさない!!これオレの信条!!
ナイフの数が更に二本追加されたことに冷や汗を流しながらも、リヒトは果敢にも踏みとどまった。
とはいえその両足は微かに震えていたが。
そんなリヒトなどどうでもいいかのように、相変わらず見向きもせず机に向かうロイエ。
「・・・そこに置いて行け」
ビクッ
突然話しかけられやはりビビリまくるりリヒトに、ロイエは再度そっけなく言う。
「・・・置いてさっさと出て行け。何度も言わせるな」
「・・・・・・」
―む~・・・言いたい事は山ほどあるけど・・・次は・・・確実に殺される・・・。
仕方なしにカップをコトリと床に置くと、リヒトは後ずさるようにして部屋を出た。
ドアをゆっくりと閉め・・・・・・
はー・・・
―こ、怖かった!!
ぐったりと肩を落とす。
「今日のロイエはいつにも増して怖かったよ・・・」
―冷気20%UP?
「あ~そりゃ俺が仕事押し付けたせいだな、うん」
ビクビクッ
「?どうかしたか、リヒト」
「・・・グランツかぁ」
突然背後に現れたのがグランツと知り、恐怖に思い切り跳び上がったリヒトはホッと安堵の息を漏らす。
「ロイエかと思った」
「・・・私がどうした、ヴィレ」
「!!!」
グランツの方を向いて居たリヒトは、背後からの恐ろしい声に硬直する。
「あーらあら、フリーズしちまったぞ。どうしてくれんだロイエ?」
背後の威圧感に振り返ることも出来ないでいるリヒトを見兼ね、グランツはロイエに苦笑してみせる。
凍りつくリヒトの後ろに、いつの間にかロイエが立っていた。
恐る恐る振り返れば、無表情でありながらあまりにも端正な顔立ちが目に入る。
青みを帯びた黒髪から覗くのは、波打つことを忘れた深海のような―決して靡かない深い深い闇色の瞳。
ただ佇むだけで、見る者の魂を奪う―畏怖にも似た感覚を与える存在。
静かな宵の瞳がグランツの視線に気付くと、飽きれたようにため息をついた。
「・・・厄介なことだ」
―だ・・・誰のせいだよ誰の!!
内心激しくツッコムものの未だ身動き一つ取れないリヒト。
それを尻目に静かにリヒトの脇を抜け、ロイエはグランツに近づく。
「・・・もうじき地上に着くだろう、フライア」
「ん?あぁそうだな。あと一時間もすれば“フォル”にご到着だ」
「・・・私は甲板に居る。何かあれば呼べ。・・・それからこれだ」
そう言ってグランツの前に一枚の紙切れを差し出す。
「・・・次は手伝わんぞ」
冷ややかな笑みと共に投げられた言葉は、一瞬でその場の空気を凍りつかせた。
流石のグランツの額にも冷や汗が滲む。
「あ゛ー・・・・・・すまんな、ホント」
「・・・この借りは後で返せ」
「・・・・・・」
頭を掻く仕草のまま固まるグランツ。
等の本人は気にも留めず、廊下を歩き去って行った。
『・・・はぁ~・・・』
気が付くと二人同時に溜息を着いていた・・・。
「ほんっと、ロイエには極力近づかないようにしよっと」
げっそりと疲れ果てたリヒトはよろめきながら自室に戻った。
「まぁ・・・セラス使われなかっただけマシかな・・・」
思わずぞくりと背筋に悪寒が走る。
どさっとベッドに寝転がり、リヒトは今日何度目かの溜息を吐いた。
“セラス”というのは、“魔法”のようなもの。
エヴィカイトの人間は生まれながらに皆、“特殊な力”を宿している。
それは様々な属性があり、誰しも自分の“主属性の力”を生まれながらにひとつ持っているのだ。
属性には三つのタイプがある。
主属性と呼ばれる二タイプ―主に攻撃を中心とした前衛属性、防御や治癒を中心とした後衛属性。
そして上記の主属性を補助する補助属性。
これらの属性には相性が在る。
主属性は誰もがひとつだけ持っており、補助属性は上記二タイプの主属性どちらとも併用して使用することができる。
―オレの属性は“風”。
これは前衛属性だから・・・攻撃に特化したセラス。
でも主属性はひとつしか持てないっていうのは、仕方ないけどちょっと残念。
リヒトは口を尖らせた。
―攻撃も出来て回復も出来たら最強なのになぁ・・・。
補助属性のセラスでカバーするしかないか。
このようにして、誰しもひとつの主属性を持っている。人によっては更に補助属性をプラスして、2つのセラスを使いこなす。
しかしセラスは内に秘められた力のため何も無い状態では発動できない。
秘められた力を発動する鍵が必要となる。
その鍵というのが・・・
「・・・“リュセル”、かぁ」
呟くリヒトの視線の先は、開かれた右手。その人差し指に嵌められている銀製の指輪。
“リュセル”と呼ばれるこの特殊な指輪こそが、セラスを引き出す鍵となる。
この指輪を嵌めていれば、人は様々なセラスを使いこなすことができるのだ。
「オレも何か補助属性を持とっかな」
目の前に掲げた両手を眺めるリヒト。
今彼女の手には、右手と左手の人差し指にそれぞれリュセルが嵌められていた。
空色の瞳がちらりと左手のリュセルを移し、不意に翳る。
―“こっち”は、あんま使えないんだよね・・・。
左手に嵌められたリュセルは、補助属性のリュセルではなかった。
開いていた両手をぎゅっと握り締め、リヒトは静かに両目を覆った。
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