Recipe5 魔物討伐と森の中のディナー(2)
翌朝、総勢400名を超える大隊が、白陽城を出発した。
第一魔棲森までは、馬車を使っても3日はかかる。1日ごとに街やその周辺に泊まり、徐々に距離を伸ばしていった。
最後の1日は、街を出てからどんどん景色が寂しくなっていった。この辺りは
草原を横断するように進んでいくと、鬱蒼と茂る巨大な森が見えてきた。
濃い魔素で、昼間でも空が暗く濁って見える。
ヴェルト大陸最大規模の魔棲森、第一魔棲森だ。
「ここに野営地を設置します! 各自、指示のとおりに天幕を張ってください!」
ステンドの号令で、騎士たちが慌ただしく野営地の準備に取りかかりはじめた。ソランは手持ち無沙汰なことこの上ない。
(ステンド・エイクと打ち合わせしておきたいが……とても無理そうだな。他にできることは……)
時間の経過とともに日が沈み、遮るもののない草原に冷たい風が吹きはじめた。
気温が下がりきる前に天幕の設営が終わり、野営地を囲むように
設営を終えたキースニーは、夕食をとるために炊き出し場に向かっていた。
その途中でダイスを見かけたので、声をかけた。
「お前も手があいたのか?」
「あぁ……。あとは食事をして、寝るだけだ」
「お前は団長の代理で来てるんだろう? もう上がれるのか」
「ウチは、それぞれ勝手にやる奴が多いからな」
黒翼騎士団は、黒翼馬や黒騎竜を操って戦う。戦闘に長けた精鋭揃いだが、優美な白翼馬を駆る白翼騎士団よりも荒くれ者が多く、命令には従うが個人主義者が多い。「代理」のダイスには敬意を払う気もない。
「言っちゃなんだが、そっちは楽そうだな」
「そっちは違うのか」
「5部隊連れてきてるからなぁ。統率をとるためにも打ち合わせが多くて……。夕食のあとはまた打ち合わせだ。せめて飯が美味いことを祈るよ」
炊き出しは、輸送隊と調理兵が中心になって行っている。設営地の一画に炊き出し場が設けられ、訪れた騎士たちで賑わっていた。
メニューは、堅めの丸パンと干し肉と野菜のスープ、合わせ肉の串焼き、それにゆで卵。人数が多いほど持参する物資も増え、輸送が難しくなるため、質素な食事にならざるを得ない。
それでも、王国主導の任務で魔導兵が参加している分、
ザワザワと混雑する中を進んでいくと、スープを配っている区画に着いた。
そこで思わぬ人物を見つけて、キースニーとダイスは揃って目を丸くした。
「……何故、ソラン殿が炊き出しを……?」
調理兵用のエプロンを着けたソランが、素知らぬ顔で鍋を混ぜていた。
「……他にやることがなくてな」
妙にエプロンが似合っていて、違和感がないのが可笑しかった。
どうやら名乗っていないようで、調理兵は普通に
「王命魔導士に煮炊きをさせていいものか……」
「魔物肉で料理を作ってくれと言った君がそれを言うか。スープはいるのかいらないのか」
「いただきます」
ふたりは夕食を手にすると、座る場所を求めて炊き出しの場から離れた。
寒さを凌ぐため、あちこちで火が焚かれている。その周辺には、丸太型の椅子もある。
どこも夕食をとる騎士で賑わっていたが、ちょうどあいている場所を見つけて座った。
「王配殿下の話に違わず、面倒見のいい方のようだな」
ふたりはソランの話を、主にフェイドから聞いていた。元勇者で今や王女の婚約者であるフェイドは、ともに戦った仲間たちを誇らしく思っており、ソランの話も楽し気に話してくれた。
〝面倒くさがりと言ってる割に面倒見がよくて、一度関わったことはやり遂げる、そういうヤツなんだ。だから余計に、面倒事に巻きこまれるんだけどね〟
「うん、美味い」
ソランが手がけたのだろうスープは、素材の味がしみていてコクがあった。下拵えの段階から手を抜かない、そういう実直な味がする。
「いい魔物が狩れることを祈ろう。ソラン殿なら最高の味に仕立ててくださる」
「……あぁ」
串焼きにかぶりつきながら、ダイスが同意した。
ここにいる誰もが、この任務が上手くいくことを願っている。
最高の成果を上げ、最高の達成感を味わうために。
***
明朝、第一魔棲森の周辺は物々しい空気に包まれた。
1日目の先遣隊となる部隊が魔棲森を取り囲んでいる。緊迫し、張りすぎた弓の
「――先遣隊、前へ!」
ステンドの号令で、騎士たちが一歩前に出る。
「突撃――っ!!」
高いホルンの音とともに、数百名の騎士たちが雄叫びを上げながら魔棲森に突撃していった。
彼らは、先立って森へ入り、内部の状況を把握してくる役割も担っている。
本任務の目的は、大きく分けてふたつ。第一魔棲森の魔物討伐と、魔棲森自体の再封印――封印の張り替えだ。
森の内部には、24の祠がある。そのすべてが十全に機能して初めて、魔棲森全体を封印している。
しかしこの祠は、強い魔素に曝されるほど劣化が早まり、機能が落ちる。他の魔棲森では5年耐えられても、第一魔棲森だけは2年に1度、祠の機能を張り替えなければならない。
魔物を討伐しながら、白翼騎士団と黒翼騎士団の騎士、そして王国魔導士団の魔導士たちは、24の封印を張り替える必要があった。
初日の今日は、内部の調査も兼ねている。
2鐘刻後に一度戻る予定だ。その報告次第で、今後の流れが変わる。
しかし、およそ1鐘刻後、先遣隊は次々と魔棲森から戻ってきた。
その多くが、治癒魔法を必要とするほどの怪我を負っていた。
「っ……予想以上に、魔物の数が多く、凶暴化しています。なんとか第一の祠の張り替えはできましたが、それ以上は……」
「思っていた以上に、危険な状態のようですね……」
作戦室でもある司令官用の天幕で報告を聞いたステンドの表情は、硬い。
「負傷した者には治癒の魔法を。それでも間に合わない者は、クレイルの街の病院へ運びます。あと、ソラン・ヴェル=アーガスト様を呼んできてください」
ソランは即刻、司令官用の天幕に呼ばれた。
「先遣隊が早くに戻ってきたようだな」
「はい。第一魔棲森の内部は、予想以上に荒れているようです」
「それで……どうするつもりだ?」
ステンドは強く唇を引き結んだ。
「……魔物の数を減らすことが先決だと思います。白翼騎士団、黒翼騎士団の精鋭を投入し、一気に殲滅させます。ソラン様にも出ていただきたいのですが……」
「こちらはそれが役目だ。否はない」
それを聞くと、ステンドの目元はホッとしたように緩んだ。
「よろしくお願いいたします」
可能なら、ソランの力を借りず騎士団と魔導士団だけで任務を終えたかったのだろう。ソランが毎回手を貸せる確証はない。
しかし、状況がそれを許さないのなら、自らが頭を下げてでも必要な戦力を引っ張り出してくる。そういう人間だから、今回の司令官に選ばれた。
天幕から出てきたソランは、ボソリと呟いた。
「こちらとしても、外から見ているだけというのは、歯痒いからな」
急ぎ、精鋭隊が編成され、時間をおいて再突入することになった。
準備を終えた者には、王国魔導士が防護の魔法をかけていく。これは肉体以上に精神を護る。魔棲森の内部は魔素が濃く、魔法適正の高い者でも精神を害することがあるからだ。
「防護魔法を……」
王国魔導士の申し出を、ソランは断った。
「僕は自分でできるから大丈夫だ。他の者にかけてやってくれ」
魔導士の魔力も重要な資源だ。自分で賄えるソランにわざわざ使うことはない。
「……【闇よ、
高密度の闇の魔力が、ソランの身体を包みこみ、同化した。
「ソラン殿!」
遠くから、キースニーとダイスが向かってくるのが見えた。
一見軽装に見える騎士服だが、鋳鉄の鎧よりも固い防御魔法をかけられている。
「なんだ」
「ステンド副団長より、ソラン殿の補佐をするよう仰せつかりました。白翼騎士団の第一部隊と第二部隊、黒翼騎士団の第一部隊も同行します」
ソランは一瞬でげんなりとなった。
「……〝一番たくさん魔物を倒してきてください。よろしくお願いします〟というステンドの声が聞こえてくるようだな……」
「実際、そうでしょうからね」
協力する、という言質を取った途端、目いっぱい働かせようとするとは、いい性格をしている。
「まだ初日だ。〝獲物〟の選別はあとにしてくれよ」
「もちろんです。今日やることはただひとつ」
魔棲森の前に、精鋭隊が並ぶ。
ソランはそのほぼ先頭で、亜空間から
「行くぞ――殲滅戦だ!」
***
森は薄色の霧に包まれていた。
飽和状態になって生まれた魔素の霧だ。魔物に力を与え、興奮させる。
おかげで、森の中は細長い木々の影から絶えず魔物が襲いかかってくる有様だった。
「はあっ!」
キースニーのロングソードが一閃し、ヘッド
魔棲森においては、小物の魔物は組織のほとんどが魔素に置き換わっている。そのため、絶命と同時に霧散する。血の臭いが充満しないことはありがたいが、斬っても斬っても減る様子がない。
「キキッ!」
ひと際大きなヘッドラットが、鋭い歯を剝き出しにしながら、ソランに向かって突進してきた。
ソランは、瞬時に後ろへ跳躍した。身の丈を遥かに越える高さまで跳び上がり、空中で数回回転してから、着地。
「――《
「ギャッ……!」
着地と同時に放った風の刃が、逃げる間も与えず、大きなヘッドラットを真っ二つにした。
「……魔導士とは、あんな動きもできるものだったか?」
自分も魔物をズバズバ斬りながら、ダイスが感心混じりに呟いた。そのすぐ傍にいたキースニーが、自分も余所見しつつ答える。
「身体強化してるんだろうなぁ。中には戦闘に特化した精霊もいるというから、契約しているのかもしれない。一度、手合わせ願いたいものだな」
「そこ、余計な仕事を増やさないでくれ――」
「耳もよろしいようだ」
この近辺は第二の祠が近く、先遣隊の話では最も魔物が多いエリアだったという。話に違わぬ魔物の量に腕に覚えのある騎士たちもいっぱいいっぱいのようだが、キースニーとダイスだけは余裕のようだ。
「これじゃキリがないな……」
祠の張り替えも重要だが、その前にこの魔物の数をなんとかしなければいけない。
「一気に行くか――」
ソランは、耳元に手を当てて意識を集中させた。
作戦に関わる全員と、魔法で念話できるようにしてある。
『ソラン・ヴェル=アーガストだ。ステンド・エイク、これから30数えたあとに、第二の祠を中心に魔滅の魔方陣を展開したい。許可をくれ』
即座に、ステンドから返答があった。
『許可します。周辺の者は、対応をお願いします』
ソランは、魔法杖をひと振りして地面に突き立てると、自身もしゃがみこんで、あいた左手を地面に突いた。
「……【『審判』の場を
ソランを中心に、魔方陣の展開が始まる。
紫水晶色の光が、精霊たちの手によって糸のように運ばれ、地面に複雑な陣を描いていく。その範囲は周辺に留まらず、遠く離れた騎士たちの足下にも届いた。通信で知っていたにも関わらず、騎士たちは驚きを隠せなかった。
その範囲は、広大な魔棲森の10分の1――。
「――【正しき路を示せ。《
まるで噴煙のように、魔棲森から白い光が噴き出した。
人の目には害のない聖なる光。しかしそれは、魔物をことごとく消滅させた。
作戦室から飛び出してきたステンドは、その光を見て思わず青ざめた。
……目に見える範囲で展開するだけでも、上級魔導士が立ち眩みを起こす魔法のはずなのに――。
光が去ると、目の前の魔物どころか、視界を遮っていた魔素の霧さえも綺麗に晴れていた。
呆然としてしまったキースニーだったが、ハッと気づくと慌ててソランの姿を探した。
「ソラン殿! 大丈夫ですか!?」
「――何がだ?」
ソランは、ケロッとしていた。
疲労の色も血色の悪さも、微塵もない。
キースニーは先ほど以上に、あっけに取られた。
「これで進みやすくなったな。祠へ向かうぞ」
それ以降、魔物の動きが鈍化し、第六の祠まで封印を張り直すことができた。
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