Recipe5 魔物討伐と森の中のディナー(1)



 聖リュンヌ守護国が王城、白陽城。

 白亜の石で築いたその城は、生まれたての朝日が射すと託宣鳥リュミエールの羽のごとく純白に輝く。大陸屈指の名城だ。

 王城の前には政庁区が広がっている。政庁、議会、騎士団……国のあらゆる組織が内包されている。

 その政庁区の大会議室では今、錚々そうそうたる顔ぶれがひとつのテーブルに着いていた。

 進行役の青年が、どもりながら説明を終えた。

「いいいっ……、コホンッ! ……以上が、本『魔棲森ませいしん再封印および大討伐任務』の概要になります。ご質問のある方は……いらっしゃいますか?」

 誰からも質問が上がらない。進行役の青年は、ホッとした様子で息をついた。

「では、最後に、本作戦にご参加いただく皆様をご紹介したいと思います」

 そう音頭をとる青年は、王国魔導士団のローブを羽織っている。

 小柄で若そうに見える顔立ちで、目が悪いのか丸眼鏡をかけている。頼りなさそうな空気を漂わせているが、彼が揃えた資料は見事なものだった。

「統率は、僭越ながらわたくし、王国魔導士団副団長のステンド・エイクが務めさせていただきます。本来なら魔導士団長が務めるところですが……団長は別件で手が離せず……。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 次に、と、ステンドは白銀の制服をまとったふたりの騎士を示した。

「白翼騎士団から、ジルトマン団長、キースニー・フォン・ギオルバート副団長」

 呼ばれて席を立ったふたりが、軽く会釈をする。

 ジルトマンは歴戦の騎士で、威圧感のあるナイスミドル。キースニー・フォン・ギオルバートは、青い瞳と金の髪を持つ、白馬のような麗しい白騎士だった。

「黒翼騎士団からは、ダイス=・ゾレ=グレイル団長代理」

 次に立ち上がったのは、黒騎士だった。

 ジルトマンとは別の意味で威圧感がある。

 とにかく、目つきが悪い。何もしていないのに睨まれている感じがした。睡眠不足なのか目の下には薄っすらとクマがあり、若干猫背で、陰気。上等な騎士服を纏っていなければ、腕利きの傭兵を連れてきたと言われたほうがしっくりくる。

「次に、我が王国魔導士団からは――……」

 この事前会議には、部隊を預かったり物資を管理したりする中心格の面々が参加している。大会議室には入りきる人数だが、それでも全員を紹介するまでには時間がかかる。

 おそらく最後の紹介になるだろうソランは、なおのこと待ち時間が長かった。

「最後に……『王命魔導士』として、偉人のソラン・ヴェル=アーガスト様にもご参加いただくことになりました」

 それまでチラチラとソランを気にしていた者たちが、ゾロッと視線を向けてきた。

『やはりあの方が……』

『小さいとは聞いていたが……』

『ああ見えて桁外れの魔力の持ち主だそうだぞ……』

 白翼騎士団団長のジルトマンと、王国魔導士団副団長のステンド・エイクとは、魔王討伐の旅の折に顔を合わせている。しかし、ふたり以外とはほとんど面識がない。ソランをじかに見たことがない者ばかりなので、好奇の目には遠慮がなかった。

「ソラン・ヴェル=アーガスト様、よろしければひと言お願いいたします」

 王宮勤めの者から見たら、ソランはほぼ部外者だ。挨拶をしておく必要はあるだろう、と、ソランは席を立った。

「――できうる限り尽力させていただきます」

 愛想はないが、話は通じそうだと、安堵する者多数。

 面倒なことこのうえない、と、ソランは思った。



 ソランが住む聖棲森と対になる存在、「魔棲森」。

 魔界と繋がりやすいヴェルト大陸の中にあって、特に魔界との境界が薄いところに生まれる森だ。

 魔物が集まりやすく、人も手を入れにくいため、すぐさま森と化し魔性の棲み処となる。そうして生まれた数多の森を、総称して魔棲森と呼んだ。

 その中でも最大規模の「第一魔棲森」が、今回の対象だ。

 結界を張り直しても張り直しても、2年に1度は大討伐と森全体の再封印を行わなければ、魔物が溢れ出してくる。

 特に今年は、魔王がいた頃の影響で例年になく魔素が濃く、危険度も高い。宰相のヴェネルラウトが「王命」を使い、ソランに討伐任務への助力を命じるのは、当然の流れだった。

「――ソラン・ヴェル=アーガスト」

 大会議室を出たところで、ソランは硬質な声に呼び止められた。

 振り返った先にいた人物を見て、ソランはぎょっと目を丸くする。

「……ヴェネルラウト様」

 国の中枢のさらに中心にいる、宰相のヴェネルラウト。

 白髪と長い白髭が、隠居していてもおかしくない年齢であることを教えてくる。しかし、老いてなお矍鑠かくしゃくとした、威厳のある立ち姿だった。

「ご無沙汰しております。……こちらにいらっしゃるとは」

「そなたが到着していると聞いたのでな。会議は終わったのか」

「はい。今しがた」

 廊下で立ち話というのも味気ないが、忙しい方なのであまり時間が取れないのだろう。わざわざ顔を見にきた割に、落ち着いた場所に誘う様子はない。

「……頼んだぞ」

 それだけ言うと、ヴェネルラウトは来た道を引き返していった。

「――はい」

(これほど大規模な討伐戦は、魔王討伐戦以来だからな。宰相閣下も気にするか)

 次の魔王が誕生するまでの今後数百年は、魔棲森の魔物との戦いが主になる。その緒戦から負けるわけにはいかない。

(出立は明朝だったな。集合場所も時間も確認してあるし……部屋に戻るのもな。久しぶりに王城を見て回るか)

 そんなことを考えていると、再びソランを呼び止める者が現れた。

「ソラン・ヴェル=アーガスト様」

「ん?」

 振り返った先にいたのは、先ほど会議場で見た、白馬のごとき白騎士と目つきの鋭い黒騎士だった。


   ***


「お会いできて光栄です。偉人魔導士のソラン・ヴェル=アーガスト殿」

 ソランは、ふたりの騎士によって騎士団のガーデンテラスへと招かれた。

 騎士団のガーデンテラスは、白翼騎士団、黒翼騎士団、赤薔薇騎士団の3つの騎士団が管理し、使っている。

 役職にある者は予約をしておけば特別な客人をもてなす来賓室として使うことができる。白翼騎士団副団長のキースニーが予約したのだろう。

 つまり、最初からソランに声をかけるつもりだった、ということになる。

「『偉人』の呼び名は好きじゃない」

「では、ソラン殿とお呼びしましょう」

 キースニー・フォン・ギオルバート。ただ微笑むだけで、優雅さと気品が香水のように香る男だ。これほど、物語に出てくるような騎士らしい騎士も珍しい。

「会議場でお聞きおよびでしょうが、改めてご挨拶を。キースニー・フォン・ギオルバートと申します。右は黒翼騎士団所属の――」

「――ダイス・ゾレ=グレイルと申します」

(どちらも貴族か)

 ギオルバート家は、アーガスト家に勝るとも劣らない名家のひとつだ。グレイル家は聞き馴染みないが、「ゾレ」の中間名は、分家から本家に入った者につけられることが多い。ソランの「ヴェル」という中間名も、〝アーガスト家にお世話になっている者〟という意味合いがある。

 ソランは、饗された香茶に口をつけた。高級茶と名高いフォンタィンの花の香りがする。

 しかし、もてなしを受ける理由がわからない。

「討伐戦前の親交会か? 僕は、いざというときの予備の武器、というくらいの役割なんだが」

 キースニーが、笑みを深めた。

 こういう笑い方をする人間は、どちらかに分類される。裏があるか、ないか、だ。

「警戒なさる必要はありません。私もダイスも家こそ貴族ですが、騎士団に入った以上は一介の騎士です。ソラン様に〝厚かましいお願い〟をするつもりはありません」

「…………」

 にわかに違和感を抱き、ソランはカップを持つ手を止めた。

 このキースニーという騎士は、ソランのことを以前から知っているような口振りをする。

 魔王討伐後、ソランが王城から出ていくことを決めたのは、貴族から何かと面倒ごとを持ちこまれることが多かったからだ。

 彼らは、地位を笠に着て、ソランに厄介な魔導書の解読を依頼しようとしたり、自らの家の専属魔導士にしようとしたりして、群がってきた。それに嫌気がさして出ていくことを決めたのだが、その理由を知る者は少ない。

「とは言っても、『お願いごと』しようとしていることは、確かなんですがね」

 ニッ!と、キースニーは朗らかな笑顔を浮かべた。

 取り澄ました騎士の顔ではなく、年相応の青年といった笑い方だ。

(ふぅん)

 ソランはひとまず警戒を解いた。

 こちらの事情を知っているようだし、腹を割って話すためには外面が邪魔だということも知っているようだ。

「お願い、というのは?」

「ソラン様は、魔物肉の処理がお得意だそうですね」

「得意……と言えるかどうか。『魔素除去』の資格は、持ってるが」

 魔物にはヒト族が食べても問題のないものがあるが、いずれも解体前に「魔素」を除かなければならない。

 高位の魔物ほど魔素の含有量が多く、除去が難しい。

 ソランの魔素除去の腕は、国内でもトップクラスだ。

(魔界では、食料は現地調達が当たり前だったからな……)

 魔王城までの道中、すべてを携帯食で賄うのは難しい。できないことはないが、味気ない。なら魔物肉を食べるしかないだろうということになって、ほぼ強制的にソランが魔素除去の技術を身につけさせられたのだった。

「ラジェンナが、肉が食べられなければ戦えないだのとうるさかったからな……」

 そのときのことを思い出して、ぶつくさ言ってしまう。

 突然、ずいっ!と、キースニーがテーブルの上に身を乗り出してきた。

「では、魔物肉の調理もできますよね!?」

「…………」

 子供のように期待に目を輝かせている。

 なんとなく読めてきた。

「…………食べたいのか?」

 キースニーとダイスが、揃って肯いた。

「私とダイスは、狩猟が趣味なんです。秋の休暇には領地に戻って狩りをします。ですが、森に出没した魔物は退治後、冒険者ギルドに引き渡さなければならないので、魔物肉を食べたことがないんです。今回の討伐戦では、野宿もあるでしょう。ステンド副団長の許可が取れれば、討伐した魔物を使って調理できます。魔素の除去から調理まで、ソラン様にお願いしたいのです」

「……何故、僕に?」

 なんとなく答えは見えているが敢えて訊くと、思っていたとおりの答えが返ってきた。

「『ソランの魔物肉料理は絶品だった』と、フェイド王配殿下にお聞きしまして!」

(どこで何を言いふらしているんだ、あの男は――!)

 こんな事情を知っているのは、王女マリアンヌの婚約者となった元勇者のフェイドしかいない。

 当人は、僻地の視察で王城を留守にしているようだが、居たら止めさせに行くところだ。

「魔物肉の料理なら、カルブロッツに出す店があるが……」

「とんでもない、自分で狩った魔物でなければ意味がありません」

「今回の任務は、国としても大事なものだぞ」

「だからこそ、仕留めたものを功績として最高の形で食したいのです」

 キースニーの瞳は、空のようなアザーブルーだった。純粋という光でキラキラと輝いているその青い瞳からは、嘘偽りは感じられない。彼は本心から、自分で狩った魔物を食したいのだろう。

 酔狂な、と思うけれど、気持ちはわからないでもない。

 ソランも食べることは好きだし、魔素除去の技術も、いろいろな魔物肉を食べてみたいと思ったからこそ、会得したのだから。

 他に思惑があったり裏があったりするわけではないのなら、断る理由はない。

「機会があれば、ということなら。毒しかない魔物ばかりだったら、無理だからな」

 ふたりの騎士は、嬉しそうな顔になった。

「――ありがとうございます!」

 そのあと、ソランとふたりの騎士は統率役のステンド・エイクの元へ行き、事情を話して許可を願った。

 ステンドは、快諾してくれた。

 魔棲森周辺での野宿は必ずしなければいけない。その際、食材を現地調達で済ませることができ、かつそれが美味びみなら兵の士気も上がる。むしろぜひお願いしたいとのことだった。

 美味かどうかはわからないぞ、とソランは言ったが、喜ぶ騎士たちの耳には入っていないようだった。







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