Recipe4 冒険者ギルドとギルド定食(3)



 翌日。

 時間に合わせてギルドを訪れると、《フラウンズ》のメンバーが準備を整えて待っていた。

 戦闘系の任務のため、防具も剣もフル装備だ。

 対するソランが手ぶらなのを見て、サーヴィスがジロリと斜め上から見下ろしてきた。

「……手ぶらか?」

「僕は魔導具箱アイテムボックスを持ってる。荷物はそこに入れてある」

「フン……出しそびれて足手まといになってくれるなよ」

 それだけ言って、さっさとメインホールから出ていく。

「すみません、ソラン様」

「構わないさ。この程度でいちいち腹を立てていたら、キリがないからな」

 それに、ソランの魔力を当てにして面倒ごとを持ってくる連中に比べたら、可愛いものだ。

「ミレイナ、アタシらも行こう。サーヴィスを見失っちまうよ」

「そ、そうね」

 残りのメンバーもサーヴィスを追うようにギルドを出た。

 その道すがら、ソランはミレイナに訊ねた。

「今日は、ニーグの森での討伐任務だったな」

「はい。討伐する魔物の種類は問われません。ランクの高いものほど評価と報酬が上がる仕組みです」

「もしかして、幾つかのパーティが引き受けてるのか?」

「仰る通りです」

「できるだけ多くの魔物を狩るよう、ギルドがパーティ同士を競合させてるのさ。カルブロッツではよくあることだよ」

 とは、ダリカの言葉だ。

「なるほど。魔物の数を減らすには、効率のいいやり方かもしれないな」

 カルブロッツは、ソランがいる聖棲森以外にも、魔素の濃い魔棲森が近い。その影響で魔物が出やすいため、冒険者の需要が常にある。

(……嫌な感じだな)

 《フラウンズ》は、昇級が近いと言っていた。リーダーのサーヴィスは「ギフト」を得て、力には自信がある。できるだけ高ランクの魔物を狙うはずだ。

 けれど、今のパーティでそれに対応できるだろうか。

 追いついたサーヴィスはピリピリとして、毛を逆立てている狼のようだった。


   ***


 ソランは初めて訪れたが、ニーグの森は昼間でも薄暗く、陰気な気配が垂れこめていた。

 鬱蒼とした木々が日の光を遮っているということもあるが、独特の雰囲気の原因は、濃い魔素だ。

 魔素の影響を受けやすい森は、魔物も精霊も棲み着きやすい。特に精霊は闇属性のものが集まる。そのため、人間が本能的に避けたくなる鬱屈とした気配に包まれるものだった。

「はぁっ!」

「ギャウッ……!」

 そんな中でも、《フラウンズ》は順調に魔物を討伐していった。

 前衛は、剣士のサーヴィスと拳闘士のダリカ。

 中衛のフォルテは、攻撃魔法が必要にならない限り付与魔法や防御魔法に徹している。

 後衛のミレイナは、《祈りプレアー》を唱えていた。

 《プレアー》は、シスターと神官だけが使える範囲回復魔法だ。効果自体は微弱だが、祈りを捧げているあいだ、常時対象者を回復させ続ける。後衛の補助魔法の中でも特に重宝されている。

(バランスは問題ない。戦い方も堂に入ってる)

 役割分担がしっかり決まっているおかげで、戦いやすそうだ。

 だが、今戦っているフォレストウルフは、銅級の魔物の中でも上位に入る。また、最初は1体でもすぐ仲間が駆けつけてきて群れになり、連戦を強いられる。現に今も、次から次へと集まってきていた。

 サーヴィスにはまだ余裕がある。紙を切るように、鮮やかにフォレストウルフの喉を掻ききっていく。

 しかし、ダリカには疲労の色が見られた。

「ダリカ! お前はこれ以上前に出るな! あとはオレがやる!」

「何、言ってんだ! アタシとアンタで前衛だろ!」

「オレはまだ動ける! お前は回復魔法を受けて、休んでいろ!」

 ダリカは反射的に苦い表情になったが、疲労の蓄積は誤魔化しようがなく、仕方なく後方へ下がった。

 フォレストウルフは、群れの数が増えすぎた場合、銀級にも相当する。そのため、1体倒したらすぐその場から移動し、距離をとりながら少数のうちに叩くのがセオリーだ。群れの対応に特化したパーティもいると聞くが、現時点では《フラウンズ》にその能力はない。

 中衛のフォルテも、捕縛魔法は会得していないようだ。サーヴィスが全面に出て、他のメンバーを守る形になっている。

 ――これを、〝パーティ〟とは、少なくともソランは呼ばない。

 仲間の血の臭いを嗅ぎつけて、フォレストウルフが次々と湧いてくる。

 既にかなりの戦闘を行ったサーヴィスの前に、眼をギラつかせたフォレストウルフが8体、現れた。

「ッ……!!」

「《――魔麻痺ナーム》」

 ビシリ、と、フォレストウルフの群れが凍りついた。

 まるで痺れ薬を飲まされたかのように、ブルブルと震えてそれ以上は動かない。

 驚いてサーヴィスが振り返ると、ソランが軽く手を掲げていた。その周囲には濃い魔力が漂っている。状態異常を与える闇魔法を使っているのだ。

「今のうちにこの場から離れるぞ」

 彼らはしばらく走って、高い崖に面した河原に出た。大きな川が流れている。

 空気が清らかな水辺は、基本的に負の魔素が薄い。

 清浄な空気を嫌って魔物は深追いしてこないはずなので、ここまで来れば追撃はないと思っていいだろう。

 サーヴィスもミレイナもダリカもフォルテも、肩で息をしている。

 ソランは、何も言わなかった。

「……礼は言わないぞ」

「もちろんだ。見かねて手を出しただけだからな」

「――見かねて、だと?」

「あぁ。僕がいなかったらどうなっていたか……わかるだろう? それとも、『今日は調子が悪かった』とか言うつもりか? それとも『運が悪かった』、かな」

 小馬鹿にしたような言い方にカッときて、サーヴィスがソランのローブの胸ぐらを掴む。

「このッ……!」

「サーヴィス!」

 ミレイナの制止の声でハッとしたように、振り下ろされようとしていた拳が止まった。

「くそッ……!」

 サーヴィスは、河原から離れるように、森へと戻っていった。

「大丈夫ですか、ソラン様」

 ミレイナが申し訳なさそうな顔で、ソランに駆け寄る。

 ソランは彼女の、今にも涙が零れそうに赤みを帯びた眼を見て、痛ましげに眉根を寄せた。

「……君よりは大丈夫さ」



 落ち着いたら、腹が減ってきた。

 昼も近くなり、ダリカとフォルテが川で魚を釣ってくると言うので、ソランとミレイナは火をおこす準備をすることにした。

「サーヴィスは、突然の力に戸惑っているんだと思います。だから、振り回すように力を使って……」

「まぁ、それも理由のひとつかもしれないが……」

 ソランも、任務を見るまではそんなところだろうと思っていた。

 しかし、それにしては無茶をし過ぎている気がした。昇級のためにパーティメンバーを危険にさらすような愚かなリーダーにも見えないのに。

 それに、戦うサーヴィスの横顔から感じ取れたものは、〝戸惑い〟よりも〝焦燥感〟のほうが強かったように思える。

(何に焦っているんだろうな。さっきだって、彼ひとりなら対処できたはずだ)

 『剣王』のギフトは、伊達ではない。今は、あまり鍛錬をしていないせいか十分に威力が発揮されていないようだが、それでさえ、ミレイナたちを守りながらではなくがむしゃらにやれば、フォレストウルフの群れくらいは討伐できたはずだ。

(それだけの力を得たのなら、焦る必要はないはずだ。なんならパーティを解散して、王都本部の冒険者になったっていい。本部なら同じギフト持ちのパーティやクランがあるだろうし、ソロで黄金級を目指したって――)

 ……ん?

 はた、とソランは気づいた。

「……まさか」

「おーい、大漁だぞ~!」

 川魚を手に、ダリカとフォルテが戻ってきた。

「早速、調理してしまいましょうか」

 ソランは客人だからと、手伝いをやんわりと断られた。仕方ないので、少し離れたところにある座り心地のよさそうな石に座り、ぼんやりと川面の綾を眺める。

 ややあって、砂利を踏む音が背後から聞こえてきた。

「意外と早く戻ってきたな」

 サーヴィスが、渋い表情でだが、戻ってきていた。

「やっぱり一応、礼を言っておこうと思ってな。……さっきは助かった」

「ギルマスはこういうときのためにも僕をつけたのだろうから、気にする必要はないさ。しかし、君なら無茶をすれば切り抜けられたかもしれないが、危ないことに違いはない。彼女たちのためにも・・・・・・・・・、無理はしないことだ」

 サーヴィスが強く唇を引き結んだ。ミレイナたちの存在は、彼にとって大きいのだろう。

「『ギフト』を」

 言いたくない言葉を無理に押し出したように、変なところで言葉が途切れた。

「……『ギフト』を、取り除く方法はあるのか?」

「〝返したい〟のか? 冒険者なら……いや、剣士なら、願ってもない贈り物だろうに」

 冒険者を名乗る者にとっては、あって困るどころか、金で手に入るものならいくらでも稼いで手に入れたい恩恵だ。それがあれば、最上級の黄金級冒険者になって、名声をほしいままにできる。――自ら捨てるなど、ありえない。なんとか言い出せたのは、ソランが冒険者でもギルドの人間でもないからかもしれない。

「少なくとも、僕は知らない。魔法が一度会得したら忘れられないのと同じように、取り除けるものではないと考えるのが妥当だろうな」

「…………」

 無念の感情が、サーヴィスの眉間に深い皺を刻ませた。同業者たちに罵倒されたとしても、本当に「贈り物」を突き返したいようだ。

 だから、ソランは言った。

「いいじゃないか。あって困るものじゃないだろう? 真面目に能力を伸ばせば、黄金級の冒険者だって夢じゃない。いっそカルブロッツを出て、王都にある本部に移籍したっていい。君の実力なら、どんなパーティもクランも喜んで受け入れてくれるだろう」

 本人が拒んでも、ギルドがそうさせるかもしれない。銀級に昇格させる時点で、サーヴィスの能力を遊ばせておくつもりは、ギルドには、ない。

「――もっともその場合、ミレイナたちとは別れなければいけないけれどね」

 ふたりのあいだに流れる静寂が、川面から吹く秋風に冷やされていく。

 サーヴィスの無言は、肯定と同じだった。

「……やっぱり、君の懸念はそれか」

「今のパーティで、黄金級は無理だ」

「銀級も怪しいだろうな。そのランクに達してるのは君だけだ。今のまま銀級に上がったら、いずれ彼女たちは危険にさらされる」

「その分オレが動けばいい! 真面目に力を伸ばして、あいつらに負担をかけないようにすれば、このパーティでも……!」

「そうかもしれないな。……でもそれで、彼女たちは喜ぶかな」

「っ……」

 そんなはずはない。今でさえ、サーヴィスの変化に心を痛めているのだ。自分たちが〝お荷物〟であることを自覚したら、彼女たちは自ら去っていくだろう。彼は、それがつらいのだ。

「彼女たちが大事なんだな」

「……なりゆきでできたパーティだ。ハーレムパーティだなんだと揶揄されることも多いが、それでも……」

 ソランは少し笑ってしまった。彼の気持ちが、わかるから。

「これ以上なく気の合ったパーティは、忘れがたいものだからね……」

 ソランにとっての「勇者パーティ」が、サーヴィスにとっての《フラウンズ》なのだ。

「だけどそのために、君ひとりがつらい役目を負うのはフェアじゃないだろう。彼女たちは守らなければいけない君の子供でも、部下でもない。『仲間』なんだ。リーダーとパーティメンバーという違いはあっても、仲間は平等でなければいけない。君ひとりが背負うのは間違ってるし、そんなことは彼女たちも望んでいないだろう」

 彼女たちもまた、パーティの力になりたいと思っている。

 抱く想いが同じなら、人は仲間になれる。

「パーティ内で話すことだ。僕がさっき銀級も怪しいと言ったのは、今のままなら、という意味で、無理だということじゃない。各自の能力を上げて、パーティとして連携を整えれば、君たちは十分銀級でやっていける。そのあとのことは、そうなってから考えればいいさ」

 ソランは岩椅子から立ち上がると、汚れをはたいて歩き出した。

「そろそろ魚が焼けたかな」

「あ……」

 サーヴィスは引き止めるように出してしまった手をはっとして戻して、気まずそうに頭を掻く。

 ――次の瞬間、突風が巻き起こった。

「きゃあっ!」

 河原でくべていた火が一瞬で消し飛ばされ、道具や魚も吹き飛ばされた。人さえも飛ばされそうな勢いに、ダリカが咄嗟にミレイナとフォルテを抱き寄せた。

「キア――ッ!!」

 驚き空を仰ぎ見ると、視界を覆うほどの巨大な怪鳥が、高い嘶き声を響かせながら空に躍り出ていた。体長は約3mメーツ。漆黒の羽がはばたくたび、激しい風がソランたちを襲う。

「まさか……ビッグイヴィルバード……!?」

 サーヴィスは、その姿を初めて目にした。

 表界種イヴィルバードの中でも、特に大きく獰猛な種類をビッグイヴィルバードと呼称する。剣よりも鋭く巨大なそのくちばしは熊をもひと呑みする。1羽だけでもその破壊力は驚異。通常は王国騎士団か特別編制のクランが相手取る、銀ランク相当の魔物だ。

「なんだってこんなとこに! ビッグイヴィルバードのねぐらは岩山だ。森まで来ることなんてないのに……!」

 ダリカが驚愕するのも無理はなかった。

 人前に現れた、という情報が出ただけでもギルドが大騒ぎになる魔物だ。

「……僕のせいかもしれないな」

 苦い表情でソランが呟いた。

「どういうことだ?」

「ビッグイヴィルバードは強大な魔力を持つ魔物だが、同時に強い魔力を好む。魔物が頻出して濃くなった森の魔素を食べに山から下りてきて、より強い僕の魔力を感知したから、寄ってきたのかもしれない」

 ソランの言葉を肯定するように、ビッグイヴィルバードの眼はまっすぐソランに注がれていた。

 深い森に棲む苔のような深緑色の瞳で。

「すぐギルドに連絡を!」

 ミレイナの言葉に、ソランは同意しなかった。

「……まぁ、僕のせいなら、僕が対処するべきだろう。今から連絡しても、到着まで時間がかかる。ギルドに無駄足をさせることはないさ」

「お前、何を……」

「君たちは下がっていろ」

 ビッグイヴィルバードは川向こうの岸壁に止まり、ソランが歩いてくるのをじっと見つめていた。ソランは臆すことなく前へ進む。

「《魔法杖ロッド》」

 身の丈ほどもある魔法杖が、音もなく現れた。

「キァ――ッ!」

 ビッグイヴィルバードが、威嚇するようにいなないた。巨大な羽を広げ、崖から飛び上がる。

「諦めてねぐらに帰ってくれるなら、手荒な真似をしないですむんだが」

「キゥ、ア――!」

「無理みたいだね」

 魔素の流れが変わりはじめた。その変化を、同じ魔導士のフォルテがいち早く感じ取った。

「! サーヴィス、ミレイナ、ダリカ、わたしのところに集まって。一応、結界を張る」

 3人はその言葉に従って、フォルテの背後に回った。しかし、あまり魔法に詳しくないサーヴィスは、ソランが何をしようとしているのかわからない。

「アイツは何をしようとしてるんだ」

「わからない。でも、かなり強力な魔法を使おうとしてることはわかる。ビッグイヴィルバードを倒せる魔法なんて、そうはないけど、魔王と戦ったこともあるソラン様なら、もしかして……」

「サーヴィス!」

「!」

 ソランがサーヴィスに向けて叫んだ。

「君がもてあましている力の一端を見せてやろう。強大な力の恐ろしさと使い方をな」

「何を――」

「【闇の精霊 光の精霊 表裏をなすことわりの力よ】」

 魔素の奔流が、空に暗雲を呼びはじめた。

「【親交の楽を奏で 歓びの舞を踊れ わが魂を堂に 地界につどえよ】」

 あたりが急激に暗くなっていく。森が鳴動する。雷鳴らいめいにも似た白い光が、暗雲の切れ間から踊るようにほとばしる。

「なんだこりゃ……っ! 魔力の弱いアタシでも頭が痛くなってくる……!」

「きゃあぁっ!」

「すっごぉおお~い! こんな魔法見たことない~! ソラン様の創作魔法かなぁ~!?」

「知るか! こんな状況で目を輝かせるな、フォルテ!」

 闇の力と光の力が交錯し、うねり、咆吼をあげ、わらう。愉しげに輪舞ロンドを踊っているようにも見えるが、そう表するには恐ろしい。

 ――これが「選ばれた者の力」? オレの「ギフト」も、鍛え上げればここまで恐ろしいものに変化するのか?

「【出逢いを祝福せよ――《光と闇の交誼シャドウ=ライト》!】」

「キシャ――――ッ!?」

 強固に編みこまれた光と闇が、槍による強襲のごとくビッグイヴィルバードに襲いかかった。

 直撃を受けた最長規模のビッグイヴィルバードは墜落し、音を立てて川岸に倒れこんだ。火傷や傷は負っていないようだが、動けないのか、ぐったりと長い首を川岸の河原に横たえている。

 興奮したフォルテが、ソランに駆け寄った。

「すごいすごーい! 今のはなんの魔法ですかぁ!?」

「僕の創作魔法のひとつだ。本来、相反する光と闇の力をかけあわせたもので――」

「おい、説明はいい! ビッグイヴィルバードは……倒したのか?」

 あれだけの大物を冒険者でもないソランが勝手に倒したら、大事おおごとになるのではないだろうか、とサーヴィスは思った。

 他の冒険者はいい顔をしないだろうし、素材の買い取り額とか、そもそも処理とか……。倒したら倒したで面倒な魔物だったことも確かだ。

 ソランはあっさりと言った。

「いいや?」

「何?」

 見ると、川岸でぐったりしていたビッグイヴィルバードが、目を覚ましてよろよろと起き上がった。

 昏倒していたのか、ふるりと頭を振り、目をしばたたかせている。覚めてきた眼でふとソランを見て、鳥なのにビクリッ!とした。

「キゥゥー……」

 ビッグイヴィルバードは羽を広げると、少しフラついてはいたけれど、険しい岩山のほうへと帰っていった。

「直撃だったのに……」

 ミレイナが驚きながら呟く。ソランは滔々と説明しはじめた。

「《光と闇の交誼シャドウ=ライト》は、魔力の塊のような魔法だけれど、殺傷能力は低いんだ。そもそも光と闇は特殊な属性で、攻撃用に編むこともそれ以外のものに編むことも比較的容易だ。四大属性のように実体のあるものではないからね。随分腹を空かせていたようだけど、あれだけ魔力を浴びれば、しばらくは腹を空かせて山を下りてくることはないだろう」

 強大なだけではない。なんの魔法があの魔物に相応しいのか、考えた上での選択だったのか。

「どんな力も、使い方を誤らなければ、悪いものにはならない」

 ソランが、サーヴィスを見て言った。

「使う者が使い方さえ誤らなければ、悪い方向には行かない。それに、間違えそうになっても、君なら大丈夫だ」

「な――」

 何を根拠に、と言いかけた言葉を、ソランの続きの言葉が奪う。

「君には、頼りになる仲間がいるのだから」

 ハッとして見ると、ダリカもミレイナもフォルテも、安心させるような笑顔で肯いてくれた。

 彼女たちを守るためではなく。

 ともに歩んでいくために、ともに歩んでいきながら、力をつけていけばいい。

「魚は食べ損ねたが……そろそろ引き返したほうがよさそうだな」

 川岸は、散乱した道具やら魚の残骸やらで酷い有様だ。ミレイナが先に立つ。

「では、片付けてしまいましょう。お魚も、肥料に引き取ってもらいましょうね」

 またしても手伝わせてはもらえないらしく、ソランはやんわりとその場から追い出されてしまった。

「……アンタには」

 同じような理由で手伝わせてもらえないらしいサーヴィスが、ソランに声をかけてきた。

「ん?」

「……そういう仲間は、いるのか?」

 今はもういない。勇者パーティは解散してしまった。けれど。

「そうだね。僕は『勇者パーティ』のソランだから」

 道は別れても、離れていても、今でもソランの仲間は〝彼ら〟だけ。

 ともに歩み、培ってきた絆が、立つ場所は変わっても自分たちを繋いでいる。《フラウンズ》もきっと同じように強い絆で結ばれたパーティになるだろう、とソランは思った。

「――そうか」

 サーヴィスがどこか残念そうな苦笑を浮かべたが、ソランは気づかなかった。








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