Recipe4 冒険者ギルドとギルド定食(2)



   ***


 支部の1階は、冒険者たちで賑わっていた。依頼票を見にきた者、パーティメンバーと話に花を咲かせている者、ギルド受付嬢を口説いている者など、様々だ。

 カルブロッツ支部の規模は、聖リュンヌ守護国の冒険者ギルドの中で五指に入る。

 王都ソルフロールや三大都市の支部には負けるものの、施設は充実し、冒険者の出入りは途切れることがない。

 1階のメインホールに入るとすぐに、太い木造柱をぐるりと囲むように観葉植物やプランターを飾りつけた円形のベンチがある。それを過ぎたところにあるカウンターで、ギルドの受付嬢たちが冒険者の応対をしている。

 壁に備えつけられた大掲示板には、依頼票が貼り出されている。冒険者たちは、ここから目ぼしい依頼票を持っていき、受付をするのだ。

 ソランは、ミレイナに連れられて、サロンルームへ向かった。

 サロンは、冒険者が思い思いに寛げるよう、ゆったりとした空間になっている。どこかの土産物か変わった置き物が洒落た棚に飾られていたり、ソファーやテーブルが複数用意されたり。

 そのサロンで、ミレイナのパーティメンバーが待っていた。

「ミレイナ。ギルマスとの話は終わったのかい?」

 ソファーで寛いでいた赤毛の女冒険者が、ミレイナが戻ってきたことに気づいて訊ねてきた。

 日焼けした肌に、毛先がツンと尖るほど短く切り揃えられた髪。ソファーの上で組んだ脚は引き締まっている。身軽そうな服と防具。拳闘士のダリカだ。

「えぇ。……サーヴィスは?」

 ダリカが、一緒に待っていたもうひとりのパーティメンバーと顔を見合わせた。杖を持ち、黒いとんがり帽子を被り、いかにも魔導士、という格好の小柄な女冒険者が答えた。

「まだみたい。この時間にここで、って、伝えたんだけどねぇ~」

 妙に間延びした話し方をするこの女魔導士は、フォルテという。

「せっかくソラン様に来ていただいたのに……」

「ソラン……様?」

 フォルテがフードの下で、キランと目を光らせた。

「ソラン様って、あの・・ソラン様? 元勇者パーティの花形魔導士で『偉人様』の? ドコドコドコ?」

 心なし早口になりながら、ミーハーにキョロキョロと辺りを見回す。魔導士にとって、「ソラン・ヴェル=アーガスト」は、生きた伝説だ。

「こちらよ。この方がソラン様」

 ミレイナの後ろにいたソランを見て、ダリカとフォルテは同時に目を丸くした。

「……この子供がかい?」

 半信半疑という顔で指をさしてくるダリカに、ソランはムッとなった。

「……見たところ、君たちは10代だろう。僕は23だ」

「「えっ!?」」

 これにはミレイナも同時に驚いた。

「あっ、魔法で若返ってるとか、そういう話かい?」

「生まれつきだ」

「……そりゃ失礼を、先生ティーチ

 ダリカはソファーの腕に手をかけると、タンッ、と音を立たせながら立ち上がった。

 身軽そうな防具で包んだ肢体はスラリとして引き締まり、ソランの前に立つと大人と子供くらいに背が違う。

 唇の端を上げて笑うと、美しい獣とも花とも見まごう華やかさが加わった。

「アタシは拳闘士のダリカ。サーヴィスと一緒に前衛を任されてる。よろしく、偉人様」

 ソランは、差し出された手を握り返しながら言った。

「その呼び方は好きじゃない。ソランでいい」

「了解」

 次に、女魔導士の娘が、落ち着かない様子でソランの前に来た。

 そわそわしそうになる手を落ち着かせるように、魔法杖をギュッと握っている。

「魔導士のフォルテといいます~。お会いできて光栄こーえーです、ソラン様~」

 こちらは、背にさほどの差がない。親近感の持てるサイズだった。

「よろしく」

 ソランはフォルテとも握手を交わした。

 ミレイナが申し訳なさそうに声をかけてくる。

「本当はサーヴィスも同席するはずだったのですが……申し訳ありません。まずはこの3人でお話をさせてください」

 サロンで話すのは意外と目立つ。

 4人は、食堂へと向かった。



 冒険者ギルド カルブロッツ支部の名物は、食堂と言えるかもしれない。

 山の幸も海の幸も手に入りやすく、料理でしのぎを削るカルブロッツという街に構えている支部だけあって、冒険者ギルドといえども食堂で提供する料理はどれもおいしいと評判だ。

 特に、魔物肉を使うことの多い「ギルド定食」は、カルブロッツ支部に来たなら頼まなければ損、と言われる。冒険者登録をしている者にしか提供されない。

 また、食堂はやたら広い。ひと気の少ない端のほうに座ると、周囲に話を聞かれる心配はなかった。

「……というわけで、ソラン様が私たちの任務クエストに同行してくださることになったの」

「現状がわからなければ、どうしようもないからな」

 《フラウンズ》がどんなパーティなのか、ソランは知らない。パーティとしての任務を見せてもらったほうが早いだろう、と思っての提案だった。

「ソラン様の魔法も、拝見したいです~」

 フォルテが瞳を期待で輝かせていた。魔導士は好奇心旺盛な者が多いが、彼女も例に漏れないらしい。

「機会があったらね」

 ソランは、ミレイナたちが用意してくれた香茶に口をつけた。木の器に個包装の焼き菓子も用意されているのだが、さすがにこれに手を出すのは厚かましいだろうと遠慮する。食べたいけれど。

 逆にダリカは遠慮なく器に手を伸ばしている。食べカスのついた指をぺろり、と舐めた。

「アタシたち、銀級への昇格が近いんだ。サーヴィスが『ギフト』を授かって、戦力が上がったから。でも……パーティとしての統率力は、むしろ下がってるとアタシは思う。これをなんとかしないまま銀級に上がったりしたら、何が起こるかわからないよ」

 ギルマスがソランの手を借りたいほど焦っていたのには、そういう理由があったのか、とソランは得心した。

「……そういう大事な話のときに、リーダーが不在とはね」

 ソランは何気なく言っただけだったが、ミレイナには刺さったようで、顔が強張った。

「も、申し訳ありません! 必ず来てほしいと、言ったんですけど……」

「あ、いや……君のせいじゃないだろう」

 ソランにとって「リーダー」といえば、勇者だったフェイドの顔が思い浮かぶ。

 リーダーと呼ばれる人間は、それに相応しい責任感や行動が問われる。少なくとも、パーティに関することはすべて把握しているべきだ。

 とはいえ、一概にくくれるものでもない。思わず比べてしまい、ソランのほうが申し訳なくなった。

「……そういえば、男のリーダーひとりに女性のメンバー3人というのは、結構偏った配分だな」

 前衛に剣士と拳闘士、中衛に魔導士、後方支援にシスターというのは理想的な形だが、男女比がここまで偏っているのは珍しい。

 そういう編成は「ハーレムパーティ」などと呼ばれ、揶揄されることが多い。

「……サーヴィスは、最初はソロひとりで活動していたんです」

 ミレイナが、ぽつりとこぼした。

「院での修練を終え、治癒魔法を修めたシスターは、冒険者になることができます。私は、その登録のためにカルブロッツ支部を訪れたのですが……パーティメンバーを探していると勘違いした冒険者の方に強引に勧誘されて……困っていたところを、サーヴィスが助けてくれたんです」

 勘違いをして声をかけてきたのは、強面でしつこい、男の冒険者だった。

 そのときのミレイナは知る由もなかったが、パーティメンバーは全員が似たような男ばかり。ミレイナを初心者と見て、何も知らないうちに若い女を引きこむ腹積もりだった。

 サーヴィスは、ミレイナの知人を装い、彼女をその場から離してくれた。

『冒険者にはああいう奴らも多いからな。気をつけろよ』

 そう、言って。

 シスターは、その特性上、治癒魔法か付与魔法しか会得することができない。冒険者になってもひとりで活動することは難しいため、誰かと組む必要があった。

 ミレイナも、冒険者の資格を得たあとはどこかのパーティに加えてもらうつもりだった。

 けれど、最初の強引な勧誘で萎縮してしまったミレイナは、なかなかパーティを探すことができないでいた。

 そんな折、サーヴィスと再会した。

 話を聞いた彼は、なら慣れるまで自分と組んでみるか?と、提案してくれた。

 そうしてサーヴィスと任務をこなしているうちに、ダリカが加わり、フォルテが加わり、【剣闘の花枝フラウンズ】というパーティが出来上がった。

「ふぅん……。『ギフト』は、〝神々の気紛れ〟とも呼ばれるが、〝精霊王の祝福〟とも呼ばれる。それに相応しい義侠心の持ち主のようだな」

「優しい人なんです。……だからこそ、今の彼を見ているのが忍びなくて……」

 この場で一番そのことを知っているミレイナが、愁眉になる。

「ミレイナ……」

 慰めるように、ダリカがその肩を抱いた。場は静まり返った。

 そこへ、カチャリ、と剣の留め具と金具が擦れる音と、硬質な靴音が近づいてきた。

「――ここにいたのか」

 若い男剣士が、ミレイナたちを見つけて険しい表情を浮かべた。

 まだ10代のようだが、恵まれた体躯で背も高い。

 籠手や防具は使いこまれている。若いながら、経験豊富な冒険者のようだ。

 伸びがちな髪を無造作に遊ばせ、眼光鋭く――というより、眼は剣呑としてピリピリしている。周囲を威嚇する獣みたいだ。

「サーヴィス!」

 ミレイナがガタンと席から立ち上がった。

「どこに行っていたの、この時間に必ず来てと伝えておいたのに」

 サーヴィスは適当な席に着くと、持っていたエールの入った木コップをぐいっとあおった。

(昼っ間から酒……)

 なるほど、やさぐれているようだ、とソランは思った。

「どこでもいいだろう。今日は任務もないんだ」

「ギルマスが紹介してくださった、講師の方がいらしてるの。リーダーとして、ご挨拶して」

「……講師? まさか、そこのガキじゃないだろうな」

「サーヴィス……!」

「ガ……っ!?」

 あまりの物言いにミレイナが青くなったので、ソランはキレそうになった自分を直前で抑えこんだ。

「――シスター・ミレイナ。自己紹介は自分でしよう」

 平生を装いながら、席から立ち上がる。

「ソラン・ヴェル=アーガストだ。『偉人』の呼び名もあるが、好きではないのでソランで構わない」

 サーヴィスの酒を飲む手が止まった。

「……ソラン・ヴェル=アーガスト? 元勇者パーティの? ……フン、少年のような、こびとのような姿の魔導士って噂は本当だったのか。魔導士ってことは、フォルテの講師か? なら、俺が挨拶する必要はないだろう」

「いいえ。ソラン様は、私たち《フラウンズ》の指導に来てくださったの」

「指導?」

 サーヴィスはタンッ!と、木コップをテーブルに打ちつけた。

「任務は問題なくこなしてる。指導の必要なんざない。冒険者としての経験も、俺たちには十分ある。そんなことのために休日に呼び出したのか。銀級昇格も近いんだ。くだらないことに時間を使わせるな」

 サーヴィスはそう言うと、席を立って、食堂から出ていこうとした。

「……くだらないこと、ね。今の君にとって、酒を飲むことよりも素振りをすることのほうがくだらない、というわけだ」

 ピタリ、と、サーヴィスの足が止まった。

「……なんだと?」

「まともな剣士なら、酒は仕事か鍛錬のあとに飲むものだ。なのに君は、素振りをしてきた気配もないな。休日こそ、鍛錬をするものじゃないのか? 少なくとも、僕の知っている剣士はそうだった」

 ソランとサーヴィスのあいだに見えない火花が散る。ミレイナたちは息を呑んでふたりを見守った。

「そいつは能力が低かったんだろ」

 あざけるような口調だった。

「俺は『ギフト』を授かったんだ。もう、鍛錬なんてする必要はない。この辺りの魔物だって、敵じゃないんだからな」

 神々の気紛れがもたらした、過度の自信。周囲には、彼がそれに浸っているように見えるかもしれない。

 けれど、その恩恵に鼻を高くしていると言うには、彼の目は沈んで見えた。

 突然降ってきた幸運に一番戸惑っているのは、彼自身なのかもしれない。

「…………」

「〝偉人様〟も忙しいだろ。帰ってもらえ」

 サーヴィスは再び、食堂から出ていこうとした。

 当の本人がそう言っているのだ。ソランは〝お言葉に甘えて〟退散させてもらうこともできる。ギルマスも、それ以上は頼みこんでこないだろう。

 けれど……。

 ミレイナも他のメンバーも、リーダーの説得に疲弊しているように見える。

 ソランは完全なる第三者だが、同性だし、一応先達せんだつに当たるので、物を言うことくらいはできる。

 あぁ、面倒。面倒。面倒だ。

 人間関係は、どんなことよりも面倒だ。

(僕は、面倒なことは嫌いだ)

 けれど。


――やるべきことをやらないこと・・・・・・・・・・・・・は、もっと嫌いだ。


「……僕は、面倒ごとは嫌いなんだ」

 サーヴィスの足が止まった。声をかけられたら、無視できない性格らしい。

「……だったら尚更、俺たちになんざ構わなけりゃいいだろ」

「そうしたいところだが、引き受けた手前、何もしないわけにもいかないんだよ。一度、君たちの任務を見せてもらえないか? それで問題なしとわかったら、それ以上は何も言わない」

「…………」

「それとも――自信がないか?」

 チリッ、と音の立つような視線をサーヴィスがソランに向けた。

 見かけは少年のようでも、見返すソランの瞳には抗い難い「力」があった。

「……次の任務は明日の正午だ。メインホールに来い」

 それだけ言い残すと、今度こそ食堂を出ていった。

 ミレイナが、代わりのように頭を下げてきた。

「ソラン様……ありがとうございます」

「何もしないわけにはいかないというのも、本当のことだからな」

 ソランは、もう誰の姿もない食堂の出入口を見つめた。







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