Recipe4 冒険者ギルドとギルド定食(1)



 窓から射しこむ光で、ソランは目を覚ました。

 遠くから森鳥たちのさえずりが聞こえる。何事もない、静かな聖棲森の朝。

 柘榴色の瞳が、ぼんやりと天井の白さを捉えた。ふあ、と欠伸をすると、朝日の白さが目に染みた。



おはようグースト、エージュ――」

 着替えて階下におりてきたソランは、ダイニングで従者の影従エージュがオロオロしている姿を見つけた。

「どうした?」

 エージュは、ソランが創作魔法で生み出した存在で、まるで影のような姿かたちをしている。

 表情はないようなものだが、感情は豊かだ。少なくとも、ソランには彼の感情が伝わってくる。

 創造者のソランに似ず、素直な性格だ。

 しかし、万事有能な彼が狼狽えているのは珍しい。

 どうしたのかと思っていると、エージュはおそるおそると、1通の手紙を差し出してきた。

「……手紙?」

 ソランは途端に怪訝な顔になる。

 差出人の名前は、きちんと裏に記されていた。

 しかし、その名前を見た瞬間、ソランの眉間に峻厳な山々の峰のごときシワが寄った。

「――〝最悪の招待状〟だ……」


   ***


 同じ職の者たちをとりまとめる職業集団を、一般に「ギルド」と呼ぶ。

 商人のための商人ギルド、各種職人のための職人ギルド、魔導士のための魔導ギルドなどその種類は多岐にわたるが、冒険者ギルドは、そうしたギルドの中で最大の規模を誇っている。

 ヴェルト大陸は、魔界と繋がりやすい土地柄、魔法や魔物に作用する魔素の濃度も濃く、動物が魔物化しやすい、表界に魔物が根づきやすい、といった問題がある。冒険者の需要は世界屈指だ。

 能力があり犯罪歴がなければ(あるいは刑期を終えていれば)身分を問わない、というギルドの方針が立身出世の光となり、冒険者の数は年々増加。冒険者ギルドの力も増している。

 ソランの住み処から最も近い大都市・カルブロッツは、冒険者ギルド有数の支部も構えている。

 ソランの元に届いたのは、その冒険者ギルド・カルブロッツ支部のギルドマスターからの招待状だった。



「こちらでお待ちください」

 受付で取次ぎを頼むと、ソランは2階の来賓室に通された。

 室内は品のいい調度品でまとめられている。そう無骨な相手ではないようだ。

 招待状と言っても、パーティーの招待状のようなものではない。高名なソラン・ヴェル=アーガスト氏に是非お目にかかりたい、という旨の手紙だった。

 本来なら、返信の手紙を書いて断った。

 冒険者ギルドとは、関わりあいになりたくない。

(冒険者ギルドは常に高ランクの依頼に困ってる。下手に関わりあいになったら、使い倒されるに決まってる!)

 しかし、断るわけにもいかなかった。

〝こんな届き方〟をした以上は。

「――お待たせしました」

 しばらくすると、ひとりの女性が来賓室へやってきた。

「初めまして。ギルドマスターを務めております、ガレット・フォン・ノワゼルと申します。ソラン・ヴェル=アーガスト氏ですわね?」

 凜々しさと華やかさを併せ持った、美しい女性だった。背がスラリと高い。ひと目でオーダーメイドだとわかる、王都流行りのスーツ調のパンツルックに眼鏡をかけていた。

 頭の少し高いところで髪をひとつに縛り、残りを緩く肩に流している。アイボリーカラーのウェーブがかった髪が、きっちりと化粧を施した彼女にリボンのような彩りを与えていた。

「……そうだ」

 ガレットがソランの前に立ち、目を細めて微笑む。そして、握手を求めてきた。

 ソランは、差し出された手を握り返しながら、皮肉っぽく返した。

「こんな子供のような相手で、興醒めしたのじゃないか?」

「とんでもない。ソラン様の偉業は誰もが知るところ。お会いできて光栄ですわ」

「光栄、ね……」

 ソランは勧められて、沈みそうなほどふっかりとしたソファーに腰を下ろした。

 しかし、座るなり、ガレットからの手紙をテーブルの上に出した。

「その割には、〝ふざけた届け方〟をしてくれたようだが?」

「あら……、なんのことでしょうか」

 とぼけた言い方をしつつも、ガレットの目は面白そうに笑っている。

「……僕の住んでいる聖棲森には、一定の範囲に感知魔法を張り巡らせている。未登録の人間が入れば、感知される仕組みだ。なのに、この手紙を届けた人間は感知されなかった。……〝何〟を使ったんだ?」

 ルージュを引いた唇が、笑った。

「個人的に使っている『なんでも屋』ですわ。使いを頼んだのですが、少々気配を消しすぎたようですわね。今後は、そのようなことがないよう、ソラン様にもご紹介しますわ」

 この手紙が魔法に感知されず届いたという事実は、相手がソランのセキュリティを掻い潜った、ということを示している。屈辱的だし、相手を確かめなければ気が済まない。

 ただの手紙1通で、ギルド嫌いのソランがギルドを訪れるように仕向けた。

 ギルマスだけあって、棘にしびれ薬を塗った薔薇のような女だ。

「用件が終わったのなら、帰らせてもらいたいんだが」

「せっかくいらっしゃったのですから、そうお急ぎにならないでください。すぐお茶の用意もできますわ」

「〝食べ物に釣られやすい〟とでも『なんでも屋』が言ったか? 回りくどいやり方は好きじゃない。用件はさっさと済ませてくれ」

「……では、そのようにいたしましょう」

 直後、来賓室の扉がノックされた。

「し……失礼いたします」

 控えめなノックの後に入室してきたのはギルド職員……ではなく、ひとりのシスターだった。

 ケーキとティーセットの乗ったトレイを手にしている。

 ソランは一瞬ここは修道院だったろうかと思ったが、すぐ、そのシスターが冒険者であることに気づいた。

 一定の修練をおさめ、治癒魔法を会得したシスターは、回復要因として冒険者になることができるのだ。

「彼女は、先日の魔導ゴーレム暴走の際にソラン様に助けていただいた冒険者です」

「あぁ、あのときの……」

 以前、カルブロッツの街中で魔導ゴーレムが暴走した際、確かに踏み潰されそうになった冒険者を助けた覚えがある。シスターだったことまでは覚えていないが、女の冒険者だった。おそらく彼女だろう。

 シスターの娘は、丁寧にソランに頭を下げてきた。

「冒険者パーティ【剣闘の花枝フラウンズ】に所属しています、シスター職のミレイナと申します。その際は、お助けいただき、ありがとうございました」

 可憐な、白百合のようなシスターだった。シスター職はおおよそ清純で楚々としているが、その見本のようにシスター服が似合っている。

「僕は僕にできることをしたまでだ。……じゃ、帰っていいか?」

「ソラン様ともあろうお方が、シスターが用意したお茶も飲まずにお帰りですの?」

 嫌な引き止め方をしてくれる。

「…………」

 ソランは、浮かせかけていた腰を渋々ソファーに戻した。

 腹立たしくも、香茶は上等なものだった。

「では、本題に入りましょう。率直に申し上げて……カルブロッツ支部にご協力いただけませんか?」

「断る」

 ソランが速攻で断ったので、ガレットの隣に座ったミレイナが驚いたように目を丸くした。

「ソラン様に名誉欲がなく、魔王討伐後の余生を勤勉に過ごされたいと願っていることは存じております。ですが、冒険者ギルドは常に人手不足なのです。ソラン様にご協力いただければ、千の兵を得たも同然。これ以上なく、助かるのですが……」

 丁寧に言っているが要するに、休んでいないで働け、能力のある人間は協力しろ、ということだろう。

 ソランは、クリームのたっぷり添えられた香茶シフォンケーキにフォークを刺しながら言った。

「僕が出張ったら、この支部の冒険者は、こぞって職をなくすかもしれないな」

「まあ、頼もしいお言葉。もちろん、すべての依頼をこなしてくださいというわけではありません。銀級以上で、支部だけでは対応が難しいものに関してだけですわ」

(……思っていた以上にふてぶてしいな、このギルマス)

 黄金級の魔物は、〝魔の巣窟〟と呼ばれる魔棲森でも、早々そうそう現れない。魔界の純粋種に近しい存在だ。

 それに対して銀級の魔物は、時々現れる。魔棲森の結界を突破して外へ出てきたものや、本来の棲み処から諸事情で移動してきた高位の魔物がこれにあたるが、これは王国の騎士団でも手を焼く存在だ。

 そんなものが出る度に駆り出されたら、たまったものではない。

 ソランは、冒険者ではない。

 冒険者を志しているわけでもない。

『偉人様が、人々のために働くことを拒否なさるなんて……』と、脅してきたとしても、知ったことではない。冒険者ギルドの都合に振り回されるのは、御免だった。

「カルブロッツほど大きなギルドであれば、優秀な冒険者が揃ってるだろう。それに、ギルドのことはギルドでまかなう。職人ギルドであろうと魔導ギルドであろうと、それが不文律のはずだ。僕が魔導ギルドに所属していて、そこに派遣依頼を出すのならともかく、なんのギルドにも所属していない僕を駆り出すのはお門違いというものじゃないか」

 ガレットが、じっとソランを見つめてきた。

〝働きたくない〟という、ソランの(ろくでもない)意思は固い。

 そんじょそこらのものでは動かせない。

 ソランを納得させられるだけの『対価』がなければ――。

(……〝対価〟……)

 ふと脳裏に、その〝対価〟を取りに行ったまま戻ってこない黒竜の姿がぎった。

 ちらり、とガレットを見遣る。

(……この女、優秀な『暗躍者』を雇っているようだったな)

 暗躍者とは、貴族などの身分の高い人間が雇う、〝裏仕事〟を生業にする者たちの総称だ。

 闇に紛れて対象の屋敷に忍び込み雇い主が求める情報をとってきたり、相手に脅しをかけたり……まぁ、あまり、褒められたことはしていない者たちだ。

 ソランのコテージに手紙を届けた者をガレットは「なんでも屋」と呼んだが、おそらく彼女が雇っている暗躍者だろう。

 暗躍者を使えば、黒竜ベールの消えた先がわかるかもしれない。しかし、その条件を先に出したら、ガレットに弱みを掴まれることになる。

 彼女のほうから、もっと妥協できる提案をしてくれないだろうか、とソランは思った。

(そういえば……このシスターはどうしてずっと同席しているんだ?)

 シスターのミレイナは、場の雰囲気に圧されて戸惑っている様子だが、ガレットの隣に座ったまま退出しようとはしない。ソランへ礼を述べたことで彼女の用件は終わったと思っていたが、違うのだろうか。

「確かに、ギルド会員でもないソラン様にただ協力してください、というのは虫のいい話でしたわね。もちろん、謝礼は都度ご用意します。ギルド内でも、冒険者と同様の扱いをさせていただきます。ご希望があれば、ギルドの特別会員として身分証も発行しますわ」

「…………」

 それには、少し心を動かされた。

 冒険者ギルドの身分証があれば、街を移動する度にアーガスト家の身分証を出さなくて済む。あれは威力が強すぎるので、できれば使いたくない。

 それに、冒険者ギルドの身分証があれば、冒険者と同様にギルド内の施設を使ったり、提携している宿泊所に優先的に泊まれたりする。何かと便利だ。

「……魅力的な話だが、僕の力のほどは把握しているだろう」

「もちろんですわ。ソラン様ほどの力を持った魔導士は、このヴェルト大陸でも数えるほどしかおりません」

 ソランは、フードの下から、首からかけているペンダントを取り出した。

 聖金製のペンダントには、エルエルム王家の紋章が彫りこまれている。

「……!」

 ミレイナと、さすがにガレットも目を丸くした。

「これは……」

おおやけにはされていないが、僕は王家から『王命魔導士』の職を賜っている。僕に命じることができるのは、王家と王家に許可をうけた者だけだ。また、僕は魔力の一部を封印されている。これを解くことができるのも、基本的には王命だけだ。どんな条件を出されても、この力を王家の許しなしにおいそれと使うわけにはいかない」

 ガレットは、ペンダントに手を伸ばしはしなかった。見ただけで、本物だとわかる。王家の許しなくその紋章を彫りこむことは、それだけで罪に問われるからだ。

 ソランはペンダントを首にかけ直し、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「それとも、国王陛下にお願い申し上げるか?」

「そのような恥知らずなことはできませんわ」

 ガレットが苦笑する。ソランの「正規な」勧誘は諦めたようだった。

「ですが、やはりソラン様の存在は魅力的です。ギルドの名誉顧問として、運営にご協力願えませんか?」

「僕にできるのは主に破壊と防衛だぞ」

「とんでもない。勇者パーティの一員として、並の冒険者より遥かに多くの経験をなさっておいでのはずです。その知見をご教授いただくだけでも、年若い冒険者には得難い経験となります」

(口の上手い女だな)

 名前から見て貴族だろう。高価な油でもしているのか、よく口が回る。

「忙しいわけじゃないが、暇をしているわけでもないんだが」

「ギルドも恥知らずではありません。滅多なことでなければ、ソラン様のお手は煩わせませんわ」

「ということは……今〝滅多なこと〟が起きている、ということか」

 ガレットの薄茶色の瞳が見開かれ、喜ぶように細められた。

「さすがは、『偉人』と呼ばれる御方ですわね」

「ついでに言うと、それには〝彼女〟が関係しているんじゃないか?」

 ソランがミレイナを見つつ指摘すると、ミレイナは困ったように、けれど肯定するように小さく肯いた。

 ガレットが話を切り出した。

「ソラン様は、『ギフト』をご存知ですわね?」

「知っているが……」

「ギフト」。それは、人知を超えた〝何か〟からの贈り物。

 数多あまたあるギフトのいずれもが、授けられた者に常人外の力を与える。

 勇者フェイドに与えられた光の加護も、ソランの常人離れした魔力も、見ようによってはギフトに値するだろう。

 生得的に授かっているケースは稀で、多くは青年期に授かる。「贈り物」というだけあって、弛まぬ修練を積んできた者や優秀な冒険者に授けられることが多かった。

「それと彼女に関係が?」

「正確には、ミレイナではありません。彼女が所属している冒険者パーティ【剣闘の花枝フラウンズ】のリーダーに、ギフトが発現したのです」

 概要はこうだった。

 冒険者パーティ《フラウンズ》は、サーヴィスという男の剣士をリーダーに、シスターのミレイナ、拳闘士のダリカ、女魔導士のフォルテで構成されている4人パーティだ。

 サーヴィスは、ぶっきらぼうなところはあるものの剣に正直な男で、冒険者としても周囲から一目置かれる存在だった。

 そして、ある日「ギフト」を得た。

 彼が得たギフトは『剣王けんおう』。

〝剣の王〟にも至れるという、剣士にとっては王冠クラウンのようなギフトだ。

 サーヴィスは、ギフトに驕ることなく日々の修練と任務を続けた。

 しかし、『剣王』のギフトは、彼が想像していた以上の力を持っていた。

 どんなに剣を振っても疲れなかったり、それまで苦戦していた高ランクの魔物を紙を切るように倒したり……これまでの修練を嘲笑あざわらうかのように、ギフトは強大な力を彼にもたらした。

 サーヴィスは、剣にまつわることから熱意を失っていった。どんな高ランクの魔物も自分ひとりであっさり倒せてしまうので、得た報酬であまり好きではない酒を飲みはじめた。ミレイナたちが心配しても聞く耳を持たず、溝をつくりはじめた。

「リーダーのサーヴィスは、当支部にとっても大事な冒険者です。このまま廃れていくのを放っておけません」

「僕になんとかできる問題でもないだろう」

「ソラン様も、常人離れした魔力の持ち主とお聞きしています。『力を持て余す者』の気持ちは、わたくしたちよりもご存知のはずですわ」

「…………」

 ガレットが立ち上がり、深々と頭を下げてきた。

「ギルマスとして、お願いいたします。《フラウンズ》と行動をともにし、彼を導いてあげてください」

 ミレイナも立ち上がり、必死の顔で頭を下げてきた。

「――お願いします! サーヴィスを……元の彼に戻してあげてください……。私たちの言葉は、もう……、……っ」

 膝元で強く握られたミレイナの手は震えていた。声も。

 涙の落ちる音まで聞こえてきそうで、ソランは居た堪れなくなった。

 面倒くさい以前の問題だ。

「……成功は保証しないぞ」

 ガレットとミレイナが同時に顔を上げる。

 ソランも男なのでわかる。

 女の涙と笑顔は、卑怯だ。








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