Recipe2 お姫様抱っこと苺のタルト(3)
空から騒ぎの中心へ向かっていく。
すると、遠目に、家屋の高さを
『オオォオォ――!』
土でできたような巨大な人形が、雄叫びを上げながら暴れている。
「――魔導ゴーレムか」
魔導ゴーレムとは、海を隔てた南の大陸で、建造物を造るなど大規模な作業の際に使われている魔導具だ。土人形をそのまま大きくしたような見た目で、実際封印を施しているあいだは人形くらいの大きさになる。しかし、封印が解かれた今、その大きさは三階建てのアパルトマンをも越えていた。
「何かの拍子に解印されたな。
少しずつ近づいていくと、冒険者ギルドの職員が声を張り上げているのが聞こえてきた。
「市民は早く避難を! 討伐に当たれる冒険者は参加してくれ!」
魔導ゴーレムは、とにかく大きい。下手をするとドラゴンよりもデカい。
それに、南の大陸の魔導具なので、見慣れない者も多いだろう。もたついて連携が遅れている。
「はああっ!」
その中で、群を抜いている者がいた。
アリッサ・ベルだ。
「やあっ!」
美しい女騎士が、細いレイピアで砂の壁を突き崩すようにゴーレムの肩をえぐる姿は、見惚れるほど勇壮で頼もしい。
(さすが王国騎士団。隙がない)
それに、いい武器を持っている。
最高の材料を使って最高の強化を施した武器は、細身の造りのレイピアであっても〝魔〟を砕く力がある。
王国騎士団のひとつである赤薔薇騎士団のアリッサには、一般の市場ではまず手に入らないレベルの武器が持たされている。身体強化も隙がないし、巨大な魔導ゴーレム相手に見事なものだ。
(下手に手出しせず、彼女を強化したほうが良さそうだな)
勇者パーティにいた頃も、必要なとき以外は後方支援に回っていた。そちらのほうが慣れている。
杖に足をかけ、力を入れた反動を使って水平から垂直に杖を構え直す。
魔力をこめると、ソランの思念に応じるように、魔法杖の頭部に据えられた
『赤薔薇の騎士に力を――
アリッサの四肢に、力が注ぎこまれた。
「!」
上空を見上げると、ソランが見守ってくれている。
「ソラン様……ありがとうございます!」
同時に、風の精霊がアリッサの耳に声を届けてきた。
【聞こえるか、アリッサ・ベル。そいつは魔導ゴーレムだ。見かけはデカいが、核を壊せば崩壊する。僕の持っている情報通りなら、核は右の脇腹にあるはずだ。そこを徹底的に狙えるか?】
魔導ゴーレムには、わずかながら目と口があり、前方と後方の区別がつく。どちらが右側かも、わかる。
「了解しました!」
アリッサが、勢いよく跳躍した。
(あとは被害が広がらないよう、周辺に結界を――)
「おいっ、大丈夫か!?」
焦った声が、地上で上がった。
何かと思って振り向くと、シスターがひとり、広場の一画で尻餅をついていた。
腰が抜けたのか、どこかを打ったのか、立ち上がろうとしているのに上手く立ち上がれず、蒼白になっている。
仲間と思われる冒険者が肩を貸しているが、周囲の混乱もあって上手くいかない。
そうこうしているうちに、アリッサにおされて後じさるゴーレムの足が彼らの頭上に迫ってきた。
「きゃあぁああっ!」
「《
覚悟していた衝撃がいつまでたっても来ないので、シスターの娘は恐る恐る目を開ける。
すると、ゴーレムの足の裏が、まるで天井のように、自分たちの頭の上で止まっていた。
「……ッ!!」
こんなものに踏み潰されたら――という恐怖がシスターを凍りつかせたが、土の天井が落ちてくる気配はない。
「……?」
見ると、ゴーレムの足に、何かが絡みついていた。
それは、この広場のあちこちにある街路樹の〝根〟だった。物理法則を無視して地中から張り出した根が、鎖のようにゴーレムの足に巻きついて放さない。
「すごい……植物そのものを従わせるなんて……」
「――今のうちに、そこから離れろ!」
冒険者たちは思わず声の主を探したが、そんな場合ではないことに気づいて、慌ててその場から離脱していった。
それを見届けて、一瞬、気が緩んだのだろうか。
『ゴォオオオォオオ――!!』
束縛を嫌がるゴーレムが力任せに《根の鎖》を引き千切る。
引き千切られた根は、
「ッ!!」
咄嗟に防壁を張ったが、それごと横に弾かれ――ソランの小さな身体が宙に舞った。
「ソラン様!!」
(しまった、衝撃で平衡感覚が――)
天と地もわからなくなると、飛行魔法は安定性を失う。どこに向けて浮けばいいのか、精霊への依頼が曖昧になるからだ。
(仕方がない、身体を保護して、衝撃をやり過ごすか)
自分の張る保護壁があれば、地面に叩きつけられたところで死にはしない。魔王戦のお墨つきだ。
そのため、ソランは、悠々と落下を覚悟した。
しかし、その身体は――途中でふわりと浮かび上がった。
「!?」
「大丈夫ですか、ソラン様!?」
目を開けると、アリッサの心配そうな顔が間近にあった。
頭の中が、一瞬、真っ白になる。
身体全体を、がっちりと支えられている感覚がする。身体は横に。足は軽く畳まれ、胸元は小動物のように丸まって。
え……っと、これはいわゆる女の子が憧れると言われるお姫様抱っ――
途端に、複雑になった。
――知ってたが! 知ってたが! 自分が女性より背が低くて軽くてミニマムなことは! 対してアリッサは女性にしては背が高くて、凜々しくて、女性でさえも憧れる立派な騎士だということも!
しかし、だからといって、年下(多分)のアリッサにお姫様抱っこされるというのは……複雑にもほどがある!!
「………………感謝する、アリッサ・ベル。どこか適当なところで降ろしてくれないか?」
「申し訳ありませんソラン様、丁度いい足場がなくて。もう少し我慢してください!」
(あと何秒だ!!)
一刻も早くこの状態から抜け出したいが、そのために魔導ゴーレムに巨大魔法を打ちこむわけにもいかない。
アリッサがソラン救出のためにわずかに戦線を離れているあいだ、魔導ゴーレムは〝刃〟に翻弄されていた。
見えない漆黒の刃が、巨大な体を足止めしている。
目を凝らすと、執事のような燕尾服を着た男が、2本の黒いナイフで魔導ゴーレムと対峙していた。
そこへすかさず、アリッサが帰還する。
「はああぁああ――っ!!」
結局、ソランを抱えたまま、赤薔薇騎士団のアリッサ・ベルが見事なレイピア捌きで魔導ゴーレムを破壊したのだった――。
***
キュイジーヌ・エリア一番の大通り、キュイジーヌ
「カフェ・ミルクテラス」。白を基調にした爽やかな印象のカフェで、緑と花に囲まれた庭にはテラス席が用意されている。晴れた日の庭では、淑女たちの笑い声が絶えない。
ソランとアリッサは、そのカフェに来ていた。運良く日当たりのいい席が確保できたので、向かい合ってテラス席に座っている。
デートというよりは、弟が姉と遊びに来ているような見た目だけれど。
ソランはいつもと変わらない黒ずくめのローブ姿だが、アリッサは私服姿だった。上品なフリルを胸元にあしらったミルク色のブラウスに、春の花柄の赤いスカート。こうしていると、レイピアを振るう騎士にはとても見えない。
「あの……いいんでしょうか。ソラン様にお茶をごちそうになるなんて……」
恐縮しているのか、落ち着かない様子でいる。
ソランは先に届いたコーヒーのカップに悠々と口をつけた。
「助けてもらった礼だ。高級店のフルコースというわけじゃないんだ、そう気構えないでくれ」
「しかし、助けられたのは私のほうのような気も……」
「気にするな。ほら、来たようだぞ」
「――お待たせいたしました」
朗らかな女性の声とともに、デセールの皿が差し出される。
華やかな皿を覗きこんで、アリッサの瞳が輝いた。
「まあ、素敵な苺のタルト!」
直径7
アリッサの反応を喜ぶように、給仕の女性がニコニコと微笑んでいる。ソランに声をかけてきた。
「ソラン様、今日は可愛らしい方とご一緒なんですね」
彼女は、このカフェを経営している夫妻の奥さんのほうだ。名前をセシルという。40代半ばで落ち着きがあり、おっとりとした話し方をする。
「あぁ」
「ソラン様、お店の方とお知り合いなのですか?」
人付き合いを嫌って森の奥で隠棲しているくらいなのに。意外な交友関係だ。
セシルが挨拶を交えながら答えた。
「初めまして。このカフェを経営しております、セシルと申します。ソラン様には、魔導コンロが不具合を起こしたときに助けていただいてから、交流させていただいているんですよ」
つい、いつもの癖で、アリッサは
「赤薔薇騎士団のアリッサ・ベルと申します」
私服姿なのに、キリリッとしている。
「まぁ、騎士団の方なんですか。とてもお似合いなので、てっきりソラン様の〝いい方〟かと……」
アリッサは何度か目を瞬かせ、次の瞬間、ボボッ!と頬を染めた。
「えっ……えっ!?」
「からかって遊ばないでくれ、セシルさん」
「うふふ、ごめんなさいね。ごゆっくりどうぞ~」
「君も座れ、アリッサ・ベル。……香茶が冷めるぞ」
「あっ! はい!」
アリッサは慌てて座り直し、照れ隠しのように「いただきます」と言うと、タルトにフォークを入れた。
「……おいしい……!」
お菓子では苺のタルトが一番好きだと、以前アリッサが言ったことをソランは覚えていた。期待通り、アリッサは幸せそうな顔でタルトを味わっている。
「私が苺のタルトを好きだということ……覚えていてくださったんですね」
「……まぁな」
ここ、「カフェ・ミルクテラス」は、セシルの夫のバルが作るデセールが有名だ。少し大通りから離れているため目立たないけれど、若い女の子たちを中心に名店認定されている。特に苺のタルトは春だけの限定品で、一番人気だ。
今日はコーヒーだけだが、アリッサがおいしそうに食べているのを見るだけでソランは満足だった。めったに浮かぶことのない笑みが小さく零れていたが、タルトに夢中のアリッサも、ソラン自身も気づいていない。
「ここの苺のタルト、いつか食べたいと思っていたんです。帰ったら、騎士団の友人に自慢しますね」
「フェイドには話さないでおいてもらえると助かる」
「え? は、はい、わかりました」
フェイドは、ソランが女の子とカフェに行った程度で邪推するほど下世話でも、言いふらすほど口も軽くない。しかし、それだけにひょんなことから悪意なく他の人間に話しかねない。ラジェンナなどに聞かれたら、10年くらいは話の種にされる。
「それともうひとつ、頼みたいことがあるんだが……」
言い難そうに切り出されて、アリッサはハッとした。
皿にフォークを置いて、居住まいを正す。
「はい。なんでしょうか」
ソランほどの人物が自分にお茶をご馳走するくらいだ、差し迫った用件に違いない。
お礼にご馳走したいというのは建前。実は他に頼みたいことがあるのだろう。密かにそう思っていたため、アリッサはにわかに緊張した。
その緊張が、ソランの沈痛な面持ちによって増していった。
大陸一とも謳われる偉人魔導士をこれほど悩ませることとは、一体なんなのか――。
「……の、件は、忘れてもらえると……、……る」
「……え? す、すみません。今なんと……」
やたらボソボソとした声で話すので上手く聞き取れず、アリッサは訊き返してしまった。
その耳に、悔しそうな、屈辱に耐えるような、絞り出すようなソランの声が届く。
「……お姫様抱っこの件は……忘れてくれると、助かる……」
記憶のうえでも口に出すのも、よほど恥ずかしかったらしく、ソランの耳は苺タルトのごとく真っ赤に染まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます