第263話クラウド侯爵家②

 クラウド侯爵家の応接室、ノックをして顔を出したのは屋敷の執事だった。


 客がいる中で声を掛けてくるという事は、執事では対応出来ない ”何か” があったのだろう。


 腐っても侯爵家の三男坊であるバーソロミューは、「申し訳ございません」と謝りながら執事に用件を聞きにいく婆やに、穏やかな笑みを浮かべ「気にしておりません」と返事をする。


「ミューさん、申し訳ありません。ただ今我が家は父が不在でして、火急の用件があった場合、私が対応しておりますの。今、この国はこんな状況ですので、申し訳ございませんが、ご了承下さいませ……」

「いえいえ、フィンレイ嬢、どうかお気になさらず。私も急に訪問させて頂いたのです。それに侯爵家なのですから色々とおありでしょう。よーく分かりますよ。我が家も国では重要視されておりますからねー。侯爵家というのは中々に大変な物ですよ」

「そう言って頂けると助かりますわ、ミューさん。そうですわ、お茶のお代わりはいかがですか? お菓子もどうぞ召し上がって下さいませ」

「ええ、ありがとうございます、フィンレイ嬢。頂きましょう」


 街で暴れた? とあって、喉が渇いていたバーソロミューは、フィンレイの誘いに遠慮なくお茶のお代わりを貰う。


 そんな中、チラリと婆やと執事へ視線を送れば、二人共眉根に皺を寄せヒソヒソと話している。


 そしてメイドが新しいお茶を準備したところで、婆やがフィンレイに近づき何やら耳打ちをした。


「えっ? 闇ギルドのギルド長が? 我が家に?」


 と、フィンレイが思わず声を上げてしまったが、バーソロミューはそこでオモルディアとパッセロが訪ねてきたのだろう……とは当然気付かない。


 闇ギルドと確かに聞こえてはいるが、バーソロミューからすれば、カルロもオモルディアも何でも屋の店長なのだ。気付くわけがない。


 フィンレイと婆やが「何故、闇ギルド長が?」と話し合っていても、出されたお茶受けをモグモグと味わっているだけで、話に入ろうとはしない。


 ここでバーソロミューが一言 「それは自分の仲間だ」 とフィンレイに声を掛ければスムーズに事は運ぶのだが、残念ながらそういった事にはまったく気が効かないバーソロミューだった。残念。


「お約束がないのだもの、お断りして頂戴。お父様が不在の今、予定がない方とはお会い出来ないわ」


 フィンレイの決定に、婆やも執事も頭を下げる。


 ラベリティ王国の闇ギルドが、かなりの力を持つ組織なのはフィンレイも分かってはいるが、父であるフランク・クラウド侯爵がいない以上断るしかない。


 ただし、次回きちんと面会の予約をしてくれたならば、フィンレイは闇ギルド長に会いたいと思っていた。


 それは、フィンレイが探している ”あの子” の行方を、闇ギルドに依頼し探して貰いたかったからだ。


 ふと ”あの子” を思いだし、影を落としたフィンレイの表情を見て、バーソロミューは何かにピーンときた。


 変な所だけは敏感のようだ。


 自分的に優しいと思える笑顔を浮かべ、フィンレイの憂いを解いて上げたいとバーソロミューはこぶしを握る。


 そう、自分(バーソロミュー)は世界一の聖女であるニーナ様の一補佐官なのだからと、バーソロミューは悲しむ乙女を救いたいと思ったのだ。



「あ~……フィンレイ嬢、話は戻りますが、今日はどうして街中へ?」


 あの子へと意識がいっていたフィンレイが、ハッとしてバーソロミューへと視線を向ける。


 たぶんバーソロミューは自分を笑わせて励ましたいと思ってくれたのだろう、何故か鼻を膨らましヒクヒクと動かしている。


 思わず「フフフ……」と笑ったフィンレイは、あの子の話をバーソロミューにしてみる事にした。


 もしかしたらあの子はリチュオル国へ……と、そんな期待があったからだ。



「はい、実は、私にはいとこがおりまして……」

「いとこ? ですか? フィンレイ嬢のいとこ殿であれば、それはそれは可愛らしい方でしょうねー」


 成人女性でありながら、ディオンと同じぐらいにしか見えないフィンレイ。


 きっとそのいとこも同じようなタイプなのだろうと、バーソロミューは勝手にちびっ子フィンレイを思い浮かべ、フィンレイの方は笑顔で頷いてみせる。


「ミューさん、そうなのですわ。あの子は小さな頃から本当に可愛くって……『フィンねーさま、フィンねーさま』 と良く私の後を追いかけてきて……」


 うんうん。


 バーソロミューはちびっ子なフィンレイがフィンレイを追いかける姿を想像し、ニンマリと笑う。ちょっと気持ち悪い笑みだ。


「それにあの子はちょっと気の弱いところがあって、その上泣き虫で……城に……いえ、あの子の屋敷に私が訪れると、私が帰る時には必ず泣いて……」


 うんうん。


 バーソロミューはちびっ子なフィンレイが泣く姿を想像し、またニンマリと笑う。


 益々気持ち悪い笑みになったが、あの子の話に夢中なフィンレイは気付かない。


「あの子のダークブロンドのサラサラの髪は、手触りがとても良くて……私は泣いて縋るあの子の頭を撫でながら『また会いに来ますからね』と良く言って聞かせたものです……」


 うんうん。


 ちびっ子なフィンレイ嬢はダークブロンドの髪なのか……それはきっと美しい子だったのだろう。


 目の前にいるフィンレイのピンク色のツインテールの髪を、ダークブロンドに置き換え、ちびっ子フィンレイを想像するバーソロミュー。


 ここまでくればいい加減何かにピーンッときて欲しいが、そこはバーソロミュー、まったく気がつかない。


「実はあの子と私には血の繋がりが無くて……あの子の母親は私の母のメイドだった事が縁で、我がクラウド家の養女になって嫁いでいったのですけれど、今になって思えば、あの子の母が亡くなった時に我が家で引き取るべきだったと……今更ですが後悔しております……」

「いとこ殿の母上がお亡くなりに……それはまた、小さな子にはショックだったでしょうね……」

「ええ……」


 頷くフィンレイを見ながら、ちびっ子なフィンレイが、母を亡くし泣く姿を思い浮かべるバーソロミュー。


 そう言った思い込みは相変わらず得意なようだが、大事な事には本当に疎い様だった。


「そしてあの子が数年前、病気で亡くなりました……」

「なんとっ!!」


 ちびっ子フィンレイが弱る姿を想像し、胸が苦しくなるバーソロミュー。


「ですが、先日、あの子が生きていると……そんな情報を掴んだのです」

「なる程! フィンレイ嬢はそれで街へ出たと?」

「ええ、あの子の情報が少しでも掴めたらと……そう思っていたのです」


 泣きそうな顔になるフィンレイを見て、バーソロミューの英雄症候群に炎が灯る。


 ちびっ子なフィンレイはきっと泣いている!!


 普段ディオンやシェリーの可愛さを存分に味わっているバーソロミューは、ちびっ子なフィンレイの為に、そして目の前のフィンレイの為にも、何か手助けしたい! と気合いスイッチを入れてしまう。


「フィンレイ嬢! では、この私も手助けを致しましょう!」

「ミューさん!」

「このバーソロミュー・クロウにはリチュオル国にもラベリティ王国にもツテがある! フィンレイ嬢、いとこ殿の事はこの私にお任せ下さい!」

「まあ、ミューさん! ありがとうございます!」


 バーソロミューのいうツテとは、勿論 ”何でも屋” のカルロとオモルディアの事だ。


 あの二人に相談すれば人探しなど簡単だと、他力本願上等でフィンレイに胸を張る。


「それで、フィンレイ嬢、その子の、いとこ殿のお名前は?」

「ええ、私のいとこの名前はアラ――」

「お嬢様!!」


 執事と共に闇ギルド長に面会を断りに行ったはずの婆やが、ノックもせずに部屋へと飛び込んで来た。


 そして蒼白な表情のままフィンレイの前に膝をつくと、震える手に持った手紙を無言のままでフィンレイに差し出した。


「……嘘……」


 小さな呟きと共に目を見張るフィンレイ。


 そしてハラハラと涙を流しながら、手紙をそっと開く。


「ああ! アラン! やっぱり生きていたのね!」


 手紙を開け、中を確認したフィンレイは、探していた ”いとこ” からの手紙をギュッと抱きしめた。


「えっ? アラン? ええええっ??」


 涙するフィンレイの姿に、ただ一人状況が飲み込めないバーソロミュー。


 そんなポカンとした間抜け面を浮かべるバーソロミューの前で、フィンレイと婆やは涙を流し、喜び合ったのだった。





☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

投稿遅れて申し訳ありません。前話の続きです。宜しくお願い致します。

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