第262話クラウド侯爵家
「まあ、ではミューちゃん様はリチュオル国からいらしたのですか? 今この国はとても危険な状態ですのに、よくご無事で……」
「はっはっはっ、いやいやいや、ばあや殿、この私の実力があればまったく危険などは感じませんでしたよ。穏やかな旅路。リチュオル国から平和すぎる旅で物足りないぐらいでしたよ。アッハッハッハ」
「まあ、ミューちゃん様はとてもお強いのですねー。本当にお嬢様を助けて頂き有難うございました。お嬢様、宜しいですか、お強いミューちゃん様に助けて頂いたのは運が良かっただけなのですよ。これに懲りてもう一人でで歩くのはおよし下さいね」
「はーい、分かりました」
クラウド侯爵家の娘、フィンレイを助けた人(英雄)となったバーソロミュー・クロウは、お礼をさせて欲しいというクラウド家の願いを受け、王都の中心部にあるクラウド侯爵家へとやって来た。
普通の平民ならば、クラウド侯爵家の屋敷の大きさに驚くはずなのだが、そこはやはり腐っても侯爵家の三男であるバーソロミュー。
メイドや使用人に傅かれようとも当然顔で屋敷に案内される。
そして立派な応接室に通されたバーソロミューは、フィンレイつきのメイド長であるばあやに話しかけられご満悦。
バーソロミューが変わった服装なのは、きっとリチュオル国の平民のふりをしているがらだろう。
話し方や、所作を見れば、バーソロミューが貴族であることは、クラウド家のもの達にも分かってしまう。
変な服装も組み合わせが悪いだけで、単体で見てみれば良い品である事はクラウド家の者にはすぐに分かった。
そしてラベリティ王国が荒れているこんな状態の中、バーソロミューは単身乗り込んできたらしい。きっと物凄い武力があるのだろう。
見た目では分からぬ実力をもつ、ちょっと変わった男。
バーソロミューはクラウド家にそんなふうに見られていた。
あながちそれも間違いでは無いだろう。
「それで……ミューさんは何をしにラベリティ王国へ? 今のラベリティ王国内はとくに観光出来るような場所はありませんでしょうに……」
ディオンと同じぐらいの歳に見えるフィンレイが可愛く首を傾げれば、バーソロミューの顔が自然と緩む。
(ディオン様の奥方にフィンレイ嬢はピッタリでは無かろうか)
と、ニーナがいないところで、ディオンの結婚相手を決める危険な思考回路に陥る。
「実は私はリチュオル国の使者として参ったのですよ。アハハハハ」
フィンレイの可愛さと、ばあやに褒められ気を大きくしたバーソロミューは、本来ならば他言無用なはずの ”使者” の話しを、フィンレイとばあやにスルッと話してしまう。
「まあ、ミューさんは、リチュオル国の使者様なのですか?」
「はい、私は使者なのですよ! むっふん!」
胸を張り答えるバーソロミューは、どれほど危険な事を口にしているか分かっていない。
「実はですね、私はリチュオル国の重要な使者として、ラベリティ国王陛下にお会いしてきたのです」
「まあ……陛下に、ですか?」
「はい、陛下にです!」
ポロポロと秘密を漏らしていくバーソロミュー。
相手がニーナから訪れるようにと言われていたクラウド侯爵家で無ければ、使者が死者になりそうなほどの失態だ。
その上、お世話係のオモルディアとパッセロの話もちゃんと聞かず、待ち合わせ場所にも行かなかっただけでなく、いい大人なのに迷子になる始末。
だが持ち前の運の良さを発揮し、バーソロミューはクラウド家の懐に入った。
その上クラウド家の娘を助けた恩人にまでなっているという不思議な能力の持ち主。
バーソロミューは本人の気付かぬうちに、ニーナが期待する以上の結果を出しているようだった。
流石天然トラブルメーカーと言えるだろう。
「ミューさんは、陛下に直接お会いしたのですか?」
「ええ、勿論! 私はこうみえてもリチュオル国のクロウ侯爵家の息子なのですよ。そして実は元王の補佐官であり、今は世界一の力を持つ聖女様の一の家来であり、補佐官でもあるのです、アッハッハッハー」
「「まあ! ミューさん(ミューちゃん様)は侯爵家のご子息様だったのですか?」」
「ええ、まあ、今日のこの服装ではそうは見えないと思いますが。私はこれでもリチュオル国で歴史があるクロウ侯爵家の者なのですよ」
「「まあ……」」
フィンレイとばあやが驚く姿を見て、ご満悦なバーソロミュー。
やはり自分の平民コスは完璧だったと自画自賛だ。
「あ~、ところで、フィンレイ嬢は何故あのような場所へ? 侯爵家のご令嬢が一人であのような場所にいるなど、リチュオル国ではあり得ないのですが?」
バーソロミューの質問に、フィンレイの顔が引きつる。
何故なら隣にいるばあやの顔が般若のように変わったからだ。
空気が読めない男はどこに行ってもやらかすようだ。
そんなバーソロミューはもう一つ爆弾を落とした。
「それにあの足蹴りも中々のものでしたねー。私には武人の知り合いもおりますが、それに匹敵する美しい蹴りでしたよ。いやー……私が助けに入らなくてもフィンレイ嬢ならばあの者たちを一人で倒せたでしょうな。アーハッハッハッハ」
バーソロミューは助けに入ったつもりだが、実際フィンレイが一人で悪者たちを倒しているので既に記憶が間違っている。
目の前では小さな体をもっと小さくするフィンレイと、顔が物凄いことになっているばあやがいる。
そんな事に気が付かないバーソロミューは、屋敷のお嬢様であるフィンレイを褒めたたえた事で、いい仕事したな俺! 的な優越感に浸っていた。
「お嬢様……」
「は、はい……」
「ミューちゃん様が仰る足蹴りとは一体どーいう事でしょうか?」
先程までの春の日差しのような朗らかな声とは違い、ドスがきいたような低い声で話し出したばあやにバーソロミューは驚く。
まるで自分の祖母が目の前にいるかのような錯覚だ。
「……だって……」
「だって、じゃございませんでしょう!」
しょぼんとしながら答えるフィンレイはまるで小動物のようだ。
だがバーソロミューにはそんなフィンレイの姿が、祖母に怯える自分自身に見えた。
「ばあや殿、そんなに怒らないで上げて欲しい。フィンレイ殿にはやむを得ない事情があったのだ!」
バーソロミューの声を聴き、客人の前だとばあやの怒りは少しだけ……ほんの少しだけ収まる。
だがお小言だけは収まりそうになかった。
「お嬢様、そんなお転婆ですから行き遅れになるのです……もういい加減落ち着いて下さいませ。お嫁に行けなくなりますわ」
「行き遅れなんかじゃないもん、私に見合う男がいないだけだもん……」
まだ成人前にしか見えないフィンレイが行き遅れ?
ラベリティ王国の結婚年齢は低いのだろうか?
口を尖らし、ばあやのお叱りに耐えるフィンレイにバーソロミューは聖女の補佐官として手を差し伸べた。余計なお世話なのかもしれないが……
「いやいやいや、ばあや殿、フィンレイ殿はまだ若い、行き遅れなどということは無いだろう」
うんうんと頷くフィンレイ。だがばあやはそんなお嬢様に呆れた顔を見せた。
「ミューちゃん様、お嬢様はこう見えて二十歳をとうに過ぎておりますのよ」
「えっ? ええええっ?!」
どう見てもディオンぐらいにしか見えないフィンレイ。
正確な歳は言わないが、どうやら二十三、四、クラリッサと変わらぬ歳のようだ。
ディオンの嫁に……というバーソロミューの思惑はここで消えた事で、ある意味命拾いしたともいえる。
「お嬢様もいい加減お相手を決めませんと……旦那様もお困りになられますよ」
ばあやの心配はもっともで、貴族の令嬢であればもうとっくに嫁に行っていても可笑しくはない年齢だ。平均結婚年齢は二十前後なのだから……
フィンレイは侯爵令嬢。その上これほどの可愛さならばいくらでも申し込みはあったはずなのだ。なぜ結婚していないかバーソロミューには意味が分からない。
「私は、自分より弱い男とは結婚いたしません!」
プイっとそっぽを向くフィンレイ、やはりそんな姿は二十歳過ぎには見えないが、ばあやはお嬢様の我儘にため息を吐く。
「それに……私はあの子を見つけるまでは……クラウド家を出る気は無いわ……」
そんな言葉をフィンレイが吐いたと同時に、部屋の扉を叩く音が響いたのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
やっとクラウド家の続きです。次話もクラウド家になります。宜しくお願い致します。
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