第260話楽しい旅路⑤

「はあ、はあ、はあ」


 ラベリティ王国の森の中。


 三人の男達が必死の形相を浮かべ駆けていた。


(早く、早く逃げなくてはっ!)


 彼らの足取りは決して遅いものではない。


 一般人からしてみれば、それこそ人間離れしているといえるスピードだ。


「はあ、はあ、はあ」


 こんなにも息を切らせ走ったのはいつぶりか。


 諜報部隊に所属してから初めての事かも知れない。


 ラベリティ王国の諜報部隊の中でも、エリート中のエリートである男たち。


 これまで誰にも気付かれる事なく王からの命令を遂行し、暗殺を成功させて来た ”氷の心” を持つと呼ばれる三人の男達。


 そんな彼らが今、生まれて初めての恐怖を味わっている。


 それは狩られ立場。


 自分達が追い込まれる立場になるとは、暗殺部隊氷心(アイスハート)に所属する彼らは、昨日までは思いもしていなかった。



「98、99、100! よーし、いっくぞー!」


 遠くの方で、100まで数え切った少年の声が聞こえた。


(来る! 彼が来てしまう! 早く逃げなくてはっ!)


 焦る三人の男達。


 捕まえられないようにと、三者三様に向きを変え、散り散りに逃げ走る。


 ビュンッ!


 風を切る音が彼らの耳を掠めた。


 気がつけばキラキラな笑顔を浮かべた少年が、隣に並んで走っていた。


 物凄い速さで……


「ドドさんつーかまえたー」

「ヒィィッ!」


 眩しい笑顔の少年がむんずとドドと呼ばれた男の腕を掴むと、グイッとあり得ない力で引っ張り、元いた場所へと駆けていく。


「俺はドドさん捕まえたよー」


 可愛すぎる笑顔を振り撒き、キラキラな少年が仲間に自慢する。


「私はララさん捕まえてきたよー」


 すると天使かと見紛う少女が、空中に浮かぶ小さなカーペットから、ララと名づけられた男をポイっと投げ落とす。


「私はゴンを捕まえた」


 自分達の暗殺のターゲットであったはずのアラン王子が、以前とはまるで違う明るい笑顔でゴンと呼ばれた男を皆の前に押し出す。


 ゴンがその場に膝をついたのは致し方ないだろう。


 まさか気弱と呼ばれたあのアラン王子に捕まるとは、思ってもいなかった事だからだ。


「もー! おじさんたちー、そろそろ本気だしてもいいのにー!」


 自分達にドド、ララ、ゴンと名をつけた天使な少女の言葉の刃に、胸が痛くなる。


 三人とも本気も本気、死ぬ気で逃げていたからだ。


 その上 「おじさん」 呼びも微妙に胸が痛む。


 彼らはまだ二十代、おじさんと呼ばれる歳ではないと自分たちでは思っているからだ。


「おじさんたち鬼ごっこのエキスパートなんでしょー? ニーナが言ってたよ。もしかして俺達に遠慮しているのー? 全然本気で逃げて良いのに―」


 輝く笑顔を持った少年の疑問が、彼らの胸を刺す。


 鬼ごっこのエキスパートと呼ばれているが、実際は諜報部隊のエースだ。


 子供に捕まるなんて、恥でしかない。


 その上この少年までも 「おじさん」 呼び。


 グサグサとナイフで身を斬られ、心にも刃が刺さったままだ。


「シェリー、ディオン、彼らの優しさや気遣いを責めてはダメだよ。大人は子供に本気にはなれないんだよ。仕方がないだろう」

「「えー! そうなの~。本気で良いのにー!」」

「ハハハ、そんな風に言ったらだめだよ。彼らは二人に勝たせてあげたいんだ。大人なら誰だってそう思うものなんだよ」

「「えー、そうなの~?」」


 アラン王子の気遣いが胸に刺さる。


 大人が子供相手に本気になるはずがない。アラン王子は本当にそう思っているようだ。

  

 だが実際には自分達は滅茶苦茶本気で逃げていた。


 このまま王都に戻り、ジョンシップ前侯爵にこの未知なる集団のことを報告しなければ! とそう考えていた。


 だが今のところ、彼等との戦いは三戦0勝。


 逃げても逃げても捕まってしまう。恐怖でしかない。


 自分達は諜報部隊のエースだと思っていたのに、実は小さな子供にも勝てない実力だった。


 ドド、ララ、ゴンと名付けられた三人のプライドは、今やズタボロだった。


 いや……


 既にポッキリと折られていると言っても過言ではないだろう。


 消えたい。


 死んでしまいたい。


 だが拘束された際、奥歯に仕込んでいた猛毒はどうやってか解除されていた。


 自分達はこのままこの子たちの玩具にされてしまうのか。


 何という屈辱! 耐えられない!


 表情には出さず心の中で血の涙を流していると、氷心(アイスハート)の三人が一番恐れる鬼役の少女が近づいてきた。


「お兄様、お姉様、鬼ごっこに飽きてしまわれたのですか?」

「「ニーナ」」

「「「ヒィィ!」」」


 兄姉に向ける鬼の少女の優し気な笑顔が何故か怖く、大人のプライドとか体裁とかはもうどうでもよく、体が自然とブルブルと震えてしまう。


「ニーナ様、実はこの三人が子供相手では本気を出せないようでして……シェリーとディオンが少しつまらなくなってしまったそうなのです……」

「まあ、そうなのですか……彼らは本気を出せないのですね~」

「ええ」


 いやいや、アラン王子。我々は本気で逃げていましたから! 嘘つかないでー! と、氷心の三人は思わず突っ込みそうになってしまう。


 だがそこは、己の矜持と、ラベリティ王国の諜報員としての使命から、絶対に口を割ることはない。


 何も話すものか! というよりは……子供相手に本気になり、尚且つ負けたなど絶対に言いたくはない、それが本音だ。


 そんな彼らの前で鬼の少女が頬に手を置き 「そうですわね~」 と可愛らしく首を傾げる。


 だけど何故か氷心の男たちにはその姿が何よりも恐ろしく。


 自分たちが狡猾な獲物に狙われている、小さな生き物のような存在だと感じていた。


「では、ゲームを変えましょうか。そうですわねー、彼らたち三人にはこれまで通り逃げてもらい、捕まえる鬼側は一人といたしましょう」

「「オジサン三人を一人で捕まえるの~?」」

「ええ、お兄様、お姉様、その通りですわ。それでこのおじ様たち三人を捕まえた速さで競うのです。どうでしょう? お兄様、お姉様、少しは楽しめそうですか?」

「うん! 楽しそう! 俺、本気出すよ!」

「私もー、ビュンビュン飛ばすからねー!」

「ニーナ様、それは楽しそうですね。三対一なら彼らの手加減も気にならないでしょう」


 手加減。


 手加減される側は自分たちの方だと、流石に氷心の三人にも分かっている。


 だが三対一で有れば一人ぐらい王都に逃げ帰り、ションシップ前侯爵にこの恐ろしい一行の報告が出来るのではないか? と彼らにそんな希望が生まれる。


 だが……


 その希望は一瞬で打ち砕かれた。


「三対一の戦いかー。だったら俺も参加しようかなー」


 金の騎士アルホンヌが参戦を申し出て、氷心の三人は凍り付く。


「ふむ……面白そうだな。では私も参加しよう。グレイス、私を応援してくれるかい?」

「はい、勿論です、クラリッサ様。頑張ってくださいね!」


 炎の騎士クラリッサも参加を申し出て、全身を燃やされるのではないかと、氷心の三人は震えあがる。


「わ、私も参加します! シェリーには負けられません!」


 アラン王子の側付きであるベルナールも手を上げる。この男相手に負けたとしたら、自分達の恥でしかない。でも……やっぱり少しだけ心配だ。


「では、私も参加します。勝利を我が主ニーナ様の捧げましょう」


 自分たちと同じ雰囲気を持つ、陰のある男がニヤリと笑う。


 この男には全く歯が立たない……


 自分たちとの実力の差を、闘志を燃やす男の目を見て分かってしまった。


「まあまあ、こんなにも沢山参加すると逃げる方も大変ですわねー。ドドさん、ララさん、ゴンさん、遠慮はいりません。本気を出して宜しいですわよ。皆負けず嫌い、きっと一度では決着はつきません。貴方達には一日中逃げて貰わなければならないでしょう。どうぞ本気でお相手してくださいませね……オホホホホ」


 つまり……自分達氷心の三人は、一日中彼らの狩りの練習相手に成れという事だろう。


 それも彼らが満足するまで永遠に……


 許してください!


 逃がしてください!


 見逃してください!


 そう叫びたかった氷心の三人だったが、彼等には縛るものがあり、その言葉は声には出せなかった。


「フフフ……では、一番は誰からにいたしますか?」

「「「はい、はい、はーい!」」」


 楽しそうに手を上げるニーナ一行を前に、氷心の三人に微かに残っていたプライドは、チリとなって消えていったのだった。


 



☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

二月が始まりました。今月も宜しくお願い致します。

えーと……氷心の三人は二十代後半です。ベルナールと歳が近いです。三人には本当の名があります。次の章で出せるかな。え、興味ない?そうですよねー。

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