第258話楽しい旅路③
ジュワ~。
ラベリティ王国の平原に広がる香ばしい香り。
ジュワ、ジュワ~。
油の中にワイバーンだった物が投入されるたび、我慢し難い美味しそうな香りが平原に広がっていく。
アーサー率いる第二騎士団の面々は呆然としながらも、その人を引き付けて仕方ない香りを只々嗅いでいた。
食欲をそそるその香りは、普通の精神状態であったならば喜べるものだっただろう。
ただ、今の彼らは現実を受け止めきれないでいた。
ジュワ、ジュワ、ジュワワワ~。
「さあさあ、皆皆様、間も無く第一陣の唐揚げが上がりますわよ。きちんとお席に着いて準備して下さいませね」
「「「はーい」」」
休憩所に設けられた長テーブルに、大人しく座る子供達。
ワイバーンの唐揚げを揚げているのは料理上手なニーナとグレイス。
そしてその横ではシェリルやクラリッサ達が、食卓の準備を始めている。
もうどこからどう突っ込んでいいのか分からない。
一体その釜はどこから出て来たのか?
それにこれ程の人数が座れるこの長テーブルは、どこにどうやって準備していたのか?
たっぷり使っているその油も、一体どうやってこの旅路に持って来たのか、意味がわからない。
だが何よりも先ず理解出来なかったことが、あのワイバーンの襲撃だ。
死を覚悟したアーサー達の目の前で、何故か余裕綽々な様子で戦いが始まった。
先ず初めにワイバーンへと向かって行ったのが、リチュオル国が誇る二人の騎士。クラリッサとアルホンヌだった。
「「唐揚げー! 覚悟ーーー!」」
意味不明な掛け声と共に、人間ではあり得ない飛躍を見せワイバーンに向かったクラリッサとアルホンヌ。
炎の騎士クラリッサは剣に魔力を宿し、一刀両断バサリとワイバーンの首を落した。
そしてアルホンヌはといえば……剣を使うことなく、狙いを定めたワイバーンの目の前へと飛ぶと、その拳に力を籠め、ワイバーンの頬を勢い良く殴っただけだった。
その瞬間、ワイバーンのクビは木っ端みじんに砕け散り、体までもボロボロになってしまったワイバーン。
なんて可哀想な最期だろうか……
そんな同情まで湧いてしまうワイバーン生の終幕。
憐れなワイバーンの欠片が地面へと落ちていくと、ニーナ軍団の仲間たちから「あ~あ~」と残念がる声が上がった。
「アルホンヌ! 注意したのにっ!」
「わりー、ちょっと力加減間違えただけだよ! 弱い個体だった気がするし~」
「それはいい訳だろう!」
まだ空にはワイバーンが居るというのに、姉弟げんかのような物を始めるクラリッサとアルホンヌ。
そんな二人を尻目に、笑顔で空へと飛び出したのはディオンとアラン。
素早い動きで剣を振るい、ワイバーンを倒していく。
ディオンのまだ幼い体に、そしてアランの騎士よりも細いその体に、一体どれほどの力が宿っているのか、二人はまるで背に羽があるかのように、「肉肉肉~」と何かを叫び、軽やかにワイバーンを切り落とす。
そして後方からは、天使と呼ばれるシェリーの魔法。
風の刃を使い、ワイバーンを攻撃していく。
美味しい獲物を無駄にはしたく無いと、シェリーの風魔法にはブレは無く。
ただただワイバーンの首元を狙い、鋭い刃を向けていた。
「唐揚げくーん。沢山ゲットー!」
手を叩きワイバーンを落とした事に喜ぶ可愛らしいシェリーの横で、赤い顔になり「ふんぬ、ふんぬ」と力を入れて魔法を使っているのはベルナールだ。
残念ながらベルナーの風魔法にはシェリーほどの威力はなく。
放つ風の刃がワイバーンへと届かない。
どうにか届いたとしても、ワイバーンの体を掠める程度。
それを見たシェリーが手伝いを申し出るが「シェリーには負けませんから!」と幼い少女に向かいライバル宣言をする困った大人。
そんな大人気ないベルナールだったが、どうにか一体のワイバーンを倒すことが出来た。
ただしドヤ顔をシェリーへと向けた先には、シェリーが倒した複数のワイバーンが重ねられており、ベルナールはガックリと膝をついていた。
「ううう……また負けた~……」
戦いがあっという間に終わると、すぐさまワイバーンの解体が始まった。
一般的な補佐官だと思っていたファブリスとグレイスが、勝手知ったる様子でテキパキと動き出す。
「ニーナ様、倒したワイバーンは全てこちらに集めました」
その声を聞いた途端、ニーナに可愛らしい笑みが浮かぶ。
「では、一気に解体してしまいましょう。ファブリス、グレイス、魔法袋の準備は宜しいかしら?」
「はい、勿論です」
「カルロ、ギルドでは何体分のワイバーンが必要かしら?」
「はい、ニーナ様、ワイバーンの肉はそれ程要りませんが、皮と骨と血を出来る限り頂きたいです。これ程無傷な皮は中々手に入りません。ええ、ええ、頂いたものすべて高値で買い取らせて頂きますよ」
「まあ、オホホ、流石カルロですわね。では貴方も魔法袋を準備して頂戴」
「はい、畏まりました。有難うございます」
返事を聞いた途端、ニーナが食事に来たはずがお亡くなりになってしまったワイバーンに魔法を掛ける。
すると見えない刃物でもあるかのように、空中にてワイバーンが捌かれていく。
血の一滴さえも無駄にはしないとニーナの魔法は言っているようで、空中に浮かぶワイバーンは、あっという間に捌かれていき、その姿をワイバーンだった物へと変貌させる。
そして三人の男が構える魔法袋へと、その物たちは順序よく収納されて行く。
これこそまさに神の魔法。
ニーナの金目のものへの執着は、ここに来て物凄い力を発揮していた。
「オホホ、お父様とお母様への良いお土産が出来ましたわね。さあ、次はこちらで唐揚げパーティーを致しますわよ」
「わーい! 唐揚げパーティーだー!」
目の前の現実離れした魔法に、ニーナ軍団の誰も驚く事はなく、それがさも当たり前かのように受け入れ、唐揚げパーティーを喜んでいる。
もしや聖女様は……
途轍もない魔法使いなのでは……?
アーサー達ラベリティ王国の騎士達がそんな事実にやっと気が付いた側では、子供達がご馳走を前にはしゃぎ回る。
「唐揚げ〜」
「唐揚げ〜」
「唐揚げ〜」
ニーナとグレイス、そしてファブリスが、ワイバーンだった肉を唐揚げ用に切り分け、味付けを始めた。
「塩とお醤油味。今日は二種類で宜しいでしょう。あ、子供達の為に野菜たっぷりのスープとサラダも準備致しましょうね」
「はい、ニーナ様」
着々と進む唐揚げパーティーに向けての準備。
先程までのワイバーンとの戦いなどまるで昨日の事かのように、皆寛ぎ穏やかな表情を浮かべている。
「だ、団長……なんだか俺、魔獣がちょっとだけ可哀想になって来ました……」
誰が言ったか分からないその言葉にアーサーは無言で頷く。
「そうか? 俺は魔獣が美味そうな肉にしか見えなくなってきたけど……」
これまた誰が言ったか分からないその言葉に、またアーサーが頷いている。
「あの……団長。あの人たち……人間ですよね?」
残念ながら誰が言ったか分からないその言葉に、アーサーは今度は頷くことは出来なかった。
「さあ、さあ、皆さまー、唐揚げが出来ましたよー」
「わーい!」
ただし、ワイバーンの唐揚げはこの世のものとは思えない程に美味しかった。
またワイバーンが来ないかな。
少しだけ心が強くなったアーサー達は、いつのまにかそんなことを願うようになっていたのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
二話でおさめたかった唐揚げ話が三話になってしまいました……ラベリティ王国にいるあの方のお話はもう少し先になりそうです。お待ちくださいませ。
アーサー達も少し成長しました。もう色々考えるのが無駄だと気付いたようです。
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