第257話楽しい旅路②

 意気揚々とラベリティ王国へと進んでいたニーナ一行。


 ニーナたちは誰にも邪魔されることなく、それはそれは恐ろしい程に旅は順調に進み、遂にラベリティ王国へと足を踏み入れてしまった。


 普通ならばリチュオル国の王都からは早くても数日、いや、数週間は掛かるであろうラベリティ王国への道。


 なのに何故かニーナ達が乗る馬車三台は、たった一日で国境を越え、ラベリティ王国へと着いてしまった。


 魔獣蔓延るラベリティ王国。


 普通ならばラベリティ王国内へ入ることは、恐ろしくて仕方ない筈だ。


 だが、そこはニーナ軍団。


 魔獣が蔓延るなどという誘い文句? は、ニーナ達には楽しみでしかなく……


 特に馬車の先頭を走っていたニーナの瞳は、期待からか美少女らしくキラキラと輝き、普段中々お見せ出来ない年相応の可愛らしい笑顔までもが浮かんでいる。


 楽しみで仕方ない。


 早く魔獣と出会いたい。


 そんなウキウキ感を思いっ切り前面に出した、良い笑顔を浮かべるニーナ。


 ラベリティ王国の現状を知るアーサー達からしたら、まだ魔獣の本当の恐ろしさを知らない初心な少女が、大切な婚約者の故郷を前に胸を弾ませ、ワクワクしている姿に見えるだろうが、実際のニーナは魔獣を前にしたハンターでしかない。


 金目の魔獣は一匹も逃しはしない。


 そんなニーナ思考に気づいている者は……ラベリティ王国の騎士達にはいないようだった。




「ア、アラン様! こ、こ、こ、こんな危険な場所で、きゅっ、きゅっ、休~憩をとるのですか?!」


 そこはラベリティ王国へ入ってすぐの平原。


 だだっ広い野原がひろがる場所に着き、当然のように三台の馬車はピタリと止まった。


「さぁ、ここで休憩を致しますわよー」


「「「わーい!」」」


 聖女ニーナの一声でキャッキャ、キャッキャと騒ぎ出す子供達。


 待ってました! とばかりに、草原を走り回る楽し気な姿。


 どう考えてもその行動は魔獣を呼び寄せているようにしか見えない危険な行為。


 隠れられる物が何もないこの場所で、甲高い子供達の声が響いている。


 その上アーサーなど、魔力の高い人間が複数人いるニーナ達一行。


 こんな場所で休憩を取るだなんて!


 命を無駄に捨てるような行いではないか!


 騎士達の馬車を飛び出したアーサーは、すぐさま自分の主であるアランの下へ駆け寄った。


 魔獣がこちらに気がつく前に目立たない場所へとすぐに移動しなくては!


 焦ったアーサーがアランに話しかけると、アランはニコニコっとしたご機嫌な様子で頷き、何故か準備運動を始めた。


「ア、アラン様、聞いていらっしゃいますか? この場所は休憩には向きません! それに子供達の声は魔獣の耳に届きやすいのです! 子供達には馬車へ戻って大人しくするように声を掛けなければ! って、アラン様、何をして――?」


 アーサーの言葉など聞いてもいないのか、準備運動を終えたアランは指に嵌めていた聖女の指輪を外し、自身の魔法袋へと大事そうにしまった。


 確か聖女の指輪は、この国を守るためにあるもの……


 ラベリティ王国へ着いた途端、指輪を外すだなんて! 


 まさにそれは自殺行為!


 アラン様、何故なのですかー?! と心の中でアーサーは叫んだ。


 そんなポカンと間抜け顔になったアーサーに、「指輪があったら魔獣が来なくなってしまうからね~」と当然顔で答えるアラン。


 いやいやいや、魔獣が集まって来たら困るでしょう! とアーサーが突っ込みかけたところで、少女の悲鳴が聞こえて来た。


「キャー! ニーナ、見て見て見てー! ドラゴンさんがいっぱい飛んできたよー!」


 悲鳴……と言うよりは歓声と取れるシェリーの声が休憩所に響く。


 皆が空を見上げれば、ワイバーンらしき魔獣の群れがこちらへ向かって飛んで来ているように見えた。


 どう見てもワイバーンは自分たちを目掛けて飛んでいる。


 あそこに美味しい餌がある。


 空を飛ぶ複数のワイバーンにはそう見えているようだった。



「あらあらまあまあ、お姉様、残念ながらあれはドラゴンではございませんわ」

「えっ?! 羽があるのにドラゴンさんじゃないの?!」

「ええ、あれはワイバーンですわね~」

「ワイバーン?」


 シェリーをはじめ、この旅について来た子供達が「ワイバーン」の名を聞き首を傾げる。


 平和なリチュオル国内ではワイバーンが現れることは滅多にない。


 なのでワイバーンと聞いても、子供達に恐怖心はないようだ。


 その上皆のアイドル、ディオンとシェリーが空を見上げて喜んでいるのだ。


 危険な魔獣などとは誰も思うはずがないのだった。


「お姉様、お兄様、皆様、ワイバーンはドラゴンさんのお友達と言われている魔獣ですが、鳥とあまり変わりはございません」

「「そうなの?」」

「はい。ですから唐揚げにしたらとっても美味しいのですよ。一匹残らず捕まえてお父様、お母様へのお土産に致しましょう。きっと皆、喜ぶはずですわ」

「「美味しいの?! うん! じゃあ頑張る!!」」

「ええ、頑張りましょうね。ウフフ……」


 ニーナの 「美味しい」 と言う言葉を聞き、ディオンとシェリーのやる気スイッチが入ってしまう。


 美味しい物に目がないディオンとシェリーからすると、ワイバーンはドラゴンのお友達から空飛ぶ唐揚げにシフトチェンジされたようだ。お気の毒である。


「アラン様! この場からすぐに逃げて下さい!」


 ワイバーンの群を見て慌てるアーサーの声掛けに、アランは首を横に振る。


 そして落ち着いた様子でアーサー達にニッコリと笑いかけた。


「アーサー、君たちは後ろに下がって子供達と唐揚げを……いや、ワイバーンを倒すところを見ていてくれればいいよ」

「はっ?」

「ニーナ様が作る唐揚げはとっても美味しいんだ~。今夜は野営でもごちそうになるだろう。私は唐揚げの為にたっぷり運動してお腹を空かせなきゃならないからね。君たちはゆっくり休んでくれていて構わないよ」

「へっ?」


 気が付けばディオン、シェリーだけでなく、アルホンヌやクラリッサもワイバーンのいる方向を向き気合いを入れている。


 そしてアランの従者であり非戦闘員のはずのベルナールまで戦う気なのか、「唐揚げ、唐揚げ」と呟き乍ら腕まくりをし、アランとともにワイバーンの方へと向きを変えていた。


「アラン様ー、ワイバーンを魔法で炭にしないで下さいね。ニーナ様が言うにはすっごく美味しいお肉だそうですよ~」

「ベルナール、大丈夫だ。私は火魔法ではなく剣で戦うからワイバーンを焼き鳥にする予定はない。それよりクラリッサ様の方が危険じゃないか? クラリッサ様の炎は世界一だからね」

「ハハハ、アラン様、安心してください。私はワイバーンごとき炎を使わなくとも倒せますよ。それにグレイスを喜ばせたいですからね。出来るだけ傷付けずに確保して見せますよ。それよりも私はアルホンヌが心配です。アルホンヌ、ワイバーンを砕くなよ」

「あー、だな。せっかくのご馳走だ、力加減、気を付けるぜ!」


 ワイバーンの襲撃を前にして、楽しげに盛り上がるニーナの仲間たち。


 ディオンやシェリーの友人達に至っては、泣き叫ぶこともなく「唐揚げってなあに?」とまた違う話で盛り上がっている。


「ギャッギャー!」


 ワイバーンの鳴き声が、やっとこさ聞こえる距離へと近づいて来た。


 誰か知らぬが、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくるが、それが恐怖からではないことに流石のアーサー達も気が付いていた。


「あー! 早く唐揚げ食べたーい!」


 誰が言い出したかは分からないが、その一言でニーナ軍団の皆が頷く。


 そして……


「ワイバーンの素材は高値で取引出来ますから、なるべく傷つけないで捕獲して下さいませね」


 とのニーナの可愛らしい言葉を合図に、ついにワイバーンとの戦闘が始まった。


 エサとなるのは人間か、それとも魔獣か……


 ニーナ軍団の楽しい旅路は、美味しい旅路にもなるようだった。


「さあ、皆様行きますわよー!」

「「「おー!」」」


 金目(美味しい)の魔獣を前に、笑顔が弾けるニーナ軍団なのだった。




☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

アーサー達、いい加減ニーナの本性に気が付いて貰いたいです。まだニーナがか弱くて可憐な少女に見えています。目が曇っていますね……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る