第256話

 リチュオル国の王都を出発したニーナたち一行。


 ラベリティ王国へ向け、順調に田舎道を進んでいた。


 そう……


 それは想像を絶する物凄い速さで……




 そんな中、ニーナたち一行を乗せた一台の馬車の、とある馬車の中だけに、それはそれは重苦しい空気が流れていた。


 それはラベリティ王国からやって来た、アーサー率いる聖女支援要請の一行だ。


 危険な旅路もリチュオル国の大軍がいれば何も怖くはないと、大船に乗った気持ちでいたのだが、王都の境で頼りの兵士や騎士達は手を振り笑顔で離れて行ってしまった。


 今現在、ラベリティ王国へ向かう馬車はたったの三台のみ。


 騎馬隊どころか、歩兵隊さえもついて来てはいない。


 聖女一行の先頭を走る馬車は、アラン王子と聖女ニーナ様を乗せた重要人物用の馬車だ。


 アルホンヌ、クラリッサと、頼りになる騎士は付いてはいるが、普通ならば王子と聖女が乗る馬車は一行の後方に構えていなければならないはず。


 なのに何故。


 嬉々として先頭を進むのか、アーサー達にはまったく理解出来ない。


 そんな重要人物入りの馬車の後、二番目に続くのが騎士であるアーサー達がぎゅうぎゅうづめで乗る輸送用の大型馬車だ。


 それは貴族が使う送迎用の優雅な馬車ではなく、騎士や兵士がよく使う大人数で乗れる馬車。


 本来ならば自分達こそが先頭に立ち、皆を守るべき立場にあるのだが、何故か聖女がそれを良しとはしなかった。


「貴方達はまだまだ弱い……コホン、失礼、貴方達はまだ長旅の疲れも取れていないのですから、気負わなくて良い場所にいるべきなのですわ」


 これはきっと聖女様の優しい心使いなのだろう。


 アラン王子がボソリと「前にいたら邪魔ですからねー」と呟いた言葉は、聖女の優しさに感動するアーサー達にはまったく届いていない。


 そして最後を走るのは、聖女様の兄姉と、その友人が乗る子供だけの馬車。


 これから魔獣が溢れるラベリティ王国へ行くというのに、笑い声が響くとても楽しそうな馬車がしんがりなのだ。どう考えても可笑しいだろ!


 もし後ろから魔獣が現れでもしたら……子供達が真っ先に襲われてしまう。


 あの可愛い天使兄姉が、魔獣の餌食になるだなんて……想像するだけでも恐ろしい。


「団長」


 だが、果たして自分の実力で、大勢の子供達を守りながらあの魔獣たちと戦う事が出来るだろうか……


「アーサー団長」


 それだけではない、アラン王子と聖女様のことも自分達が必ず守らなければならない。


 特に聖女ニーナ様は、まだ幼く、か弱い。


 恐ろしい魔獣を目にしたら、泣くどころか気を失ってしまうかもしれない。


 倒れた聖女様を守りながら戦う。


 それは自分たちの実力では不可能ではないか。


「アーサー団長ってば!」


 ギリギリと胃が痛み出す。


 握る拳に自然と力が入る。


 聖女様を必ず国へ連れて行かねばならないが、果たして自分の力量でそれが出来るだろうか。


 ラベリティ王国一の騎士。


 そう呼ばれる男、アーサー・ストレージは、今、決意を胸に覚悟を決めていた。


 聖女様は絶対に俺が守る!! と……


「アーサー・ストレージ団長ってばっ!!」

「ゲフッ!」


 アーサーの部下の容赦ない突っ込みが、アーサーの脇腹にクリーンヒットした。


 何度声を掛けても瞑想をやめないアーサーに、気の長い部下もいい加減堪忍袋の尾が切れたようだ。


 涙目になって身悶えているアーサーを気遣う事なく、部下はアーサーに話しかけた。


「団長! この馬車、速度、可笑しくないっすか?!」と……


 同じ馬車に乗る他の部下達も、アーサーに話しかけた部下の言葉に頷いて見せる。


 それを見て、アーサーもやっと視線を外へと向けた。


 窓から見える景色は美しい。


 リチュオル国の田舎町は、長閑で平和で穏やかだ。


 ホッコリとしたアーサーは、現実から目を逸らし……たかった。


 だが車窓から見える景色が、凄い速さで馬車が走っている事実を見せ付ける。


 その上、異常なほどに揺れのない馬車を実感させる。


 アーサー達は訳も分からないまま、ただただ無言で外の景色を眺め続けた。


 





「ニーナ様、この速さならば明日にはラベリティ王国へと入りますね」

「ええ、アラン、やっとあなたの故郷、ラベリティ王国に入りますわ。ウフフ……きっと沢山の魔獣と会える事でしょうねー。楽しみですわ。それにアラン、貴方の修行の成果を披露出来そうですわね」

「はい、頑張ります」


 先頭を走るニーナ達の馬車の中は、実に穏やかだ。


 早くラベリティ王国へと入りたいニーナが、チョチョイのチョイと魔法を使ったお陰で、村人達が振り返る間もない程の速さで三台の馬車は走っている。


 ラベリティ王国の魔獣を早く捕まえたい。


 きっと珍しい大型魔獣がわんさかいる事だろう。


 目が金色になったご機嫌なニーナの魔法に、遠慮などという配慮は全くない。


 とにかく早くラベリティ王国へ着かなくては!


 今のニーナの脳内は、ただただそれだけだった。


 周りの困惑など、気にもせずに……




「ニーナ様、ラベリティ王国へ入ったら森の中で野営ですよねー? ふへへ、楽しみですねー」


 ご機嫌なベランジェの問いに、同じくご機嫌なニーナは笑顔で頷く。


 その笑顔ならば年相応に可愛らしくみえるのだが、残念ながら魔獣の事を考えている笑顔なので、アーサー達に披露出来る事は今の所ないだろう。

 

 いや、ラベリティ王国へ着いたならば、きっとニーナはずっとこの笑顔だ。


 キラキラ輝く可愛い笑顔で魔獣を瞬殺するニーナ。


 アーサー達が恐怖を感じることは確実だろう。


 同情しかない。



「オホホ、ニーナ様、早くラベリティ王国内に入りたいですわねー。ニーナ様が大好きな魔獣がきっと沢山出て来ますわ。私もとっても楽しみです」

「俺も、遠慮なく暴れられるぜ。ニーナ様の魔法袋を一杯にしなくちゃなっ!」

「ええ、私もニーナ様の為に力の限り魔獣を倒し続けます。きっと魔法袋が足りなくなりますよ。ニーナ様楽しみにしていてくださいね」

「ウフフ……まあまあ、貴方達、嬉しい事を言ってくれるのね。有難うございます、私、益々楽しみになって参りましたわ。それに、何だか気合いも入ってきました。皆様、我がナレッジ大公家の為に多くの魔獣を倒しましょう。絶対に一匹も取り逃がしません事よ!」

「「「「はい! 勿論です!」」」」


 弟子達の言葉を受け、残念な事にニーナに益々気合いが入ってしまった。


 風を切る音を立て、スピードを上げる三台の馬車。


 それはとても普通の馬車とは言い難く。


 世にも奇妙な、気味の悪い馬車の集団となった。


 そうこの後……


 リチュオル国の王アレクサンドル・リチュオルと、若き宰相ライム・サイダーの下へ、緊急連絡が届く事になる。


 呪いの塊が三つ、ラベリティ王国へと向かう街道に現れたと、そんな緊急連絡が国境付近の警備隊から入って来るのだ。


「ニーナ様……もう、ほんと、頼みますよ~……」


 アレクとライムはそう呟き頭を抱えた。


 ニーナ達の楽しい旅路は、本人の気付かぬところで周りに沢山の影響を与えているようだった。




☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

さあさあ、やっとラベリティ王国へ入りますよー。でも暫く楽しい旅路の話です。お付き合い下さいませ。

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