第253話高嶺の花
「クラリッサ殿! 私との手合わせ、どうかお聞き届け頂けないだろうか?!」
リチュオル国王城内。
ニーナの父エリクの護衛として度々王城へと訪れていたクラリッサは、一人の騎士に呼び止められた。
その男の名は、アーサー・ストレージ。
ラベリティ王国第二騎士団長であり、国一番の騎士だと名高い気高き獅子のような見た目を持つ、ごっつい系の男子だ。
自国で自他ともに最強だと認められているアーサーは、その自慢の胸筋を前面に押し出し、リチュオル国の炎の騎士クラリッサに戦いを挑む。
騎士と騎士とのぶつかり合い。
高潔な戦い。
そう見えなくもないが、同じく名高い騎士である金の騎士アルホンヌに手合わせを申し込まない時点でアーサーの下心は見え見えだ。
リチュオル国の王城内で ”高嶺の花” とも称される美しき女性騎士クラリッサ。
その見た目は凛とした美しい赤い花カンナのようでもあり、騎士たちの憧れの的でもある。
ただし、クラリッサの男性の好みは可愛い系だ。
その上初心なところが有れば尚更良い!
どう考えても筋肉自慢しかないアーサーではクラリッサの琴線に触れることなど出来ないのだが、クラリッサのタイプを知らずに試合を申し込んだアーサーは、己の見た目の良さもあって自信ありげだ。
クラリッサにはまったく利点がないため、忙しいことを理由にお断りをしようとしたところで、とっても可愛らしい笑い声が響いてきた。
「ウフフ……まあまあ、アーサー殿は私の騎士をご所望ですの?」
「ニーナ様!」
「聖女様?!」
クラリッサと向かい合うアーサーの背後に突然現れたのは、アランの婚約者であるニーナ・ベンダー。
その後ろにはニーナの補佐官ファブリスもいる。
騎士でありながら少女に背中を取られ、声を掛けられるまで気付きもしなかったのだが、そこはクラリッサに夢中だったからだろうと自分を納得させるアーサー。
だが何故かニーナの可愛いはずのその笑みを見ていると、ゾクリとし背中に悪寒を感じた。
それに世間では獅子と例えられるアーサーなのだが、ニーナに前では何故か小さな子猫にでもなったかの様な不思議な気持ちになる。
きっと主君(アラン)の婚約者だからだろう、とまた都合よく自分を納得させるアーサーはニーナの子供らしくない様子に気付きもしなかった。
愛娘とも呼べるクラリッサ可愛さに、少女仮面をすっかり脱ぎ捨てているニーナは「ウフフ……」とまた可愛らしく? 微笑むと「グレイス」と小さな声でアーサーが知らない誰かの名を呼んだ。
するとどこからでもなく一人の青年がニーナの前に現れた。
手には箒を持ち、服の上にはエプロンと、頭には何故か三角巾を付けている。
この青年は掃除夫だろうか?
アーサーはグレイスを見てそんな感想を思い浮かべる。
そして何故下働きの青年がこの場に? と首を傾げていると、ニーナが美しく可憐な笑顔を浮かべたまま、アーサーをジッと見つめていることに気が付いた。
そのニーナの視線が……瞳が……何故かとても恐ろしい。
クラリッサとの戦いに勝ったらデートを受けて貰おう! と、そう思っていた下心をまるで見透かしているかのような眼差しだ。
いやいやいや、無垢な瞳に対し、大人の事情がそんな気にさせるだけ。
ニーナ様はまだ幼い子供ではないか。
自分のあり得ない恐怖心にアーサーは頭を振るい蓋をする。
そんなアーサーの姿をジッと見つめていたニーナは、その掃除夫らしき下働きの青年の名を再び呼びクラリッサの横へと歩み寄らせた。
「グレイス、クラリッサの代わりにアーサー殿のお相手をしてさし上げて頂戴。普段通り、貴方の得意な ”やり方” で戦って差し上げれば宜しいわ」
「普段通りですね。はい、畏まりました。アーサー様、宜しくお願い致します」
「えっ? いや、しかし君は……」
アーサーはニーナの提案に勿論戸惑う。
ラベリティ王国一の騎士の相手をただの掃除夫が出来るはずがない、そう思ったからだ。
だが照れ合うように見つめ合うクラリッサとグレイスの姿を見て、恋多き男であるアーサーは何かを察した。
グレイスを倒さねば!
クラリッサ殿は手に入らぬ!
アーサーの第六感がビッビッとそう告げていた。
「フフフ、と言う訳でアーサー殿、クラリッサと戦いたいのならば、先ずはこのグレイスを相手にして下さいませ。クラリッサはこの国の高嶺の花、そう簡単には手に入れられないのですよ。ウフフ……」
「はい……承知致しました。グレイス殿、私アーサー・ストレージ、本気で行かせて頂きます!」
「はーい、宜しくお願いしますねー」
のほほんとした返事を返すグレイスに、アーサーは少しだけムッとする。
きっとこれも彼の作戦なのだろう。
強さでは敵わないと見て心理戦に持ち込もうとしているあたり、したたかな男だと見た。
クラリッサ殿の心も、そんな戦略で手に入れたのかもしれない。
訓練場にてグレイスと向かい合うアーサーの手に自然と力が入る。
いかん、落ち着け、平常心だ!
とそう思った矢先「では、手合わせお願いしまーす」と頭を下げてきたグレイスを見て、アーサーは我を忘れそうになった。
アーサーを馬鹿にしているのか、グレイスはエプロンとズキン姿のままはたきを持って構えていたからだ。
相手の作戦だと分かっていても、アーサーは思わず突っ込んでしまった。
「君、ちょっと待ってくれ、まさかその恰好のままこの私と戦う気かっ?!」
ニーナの作ったエプロン、ニーナの作った頭巾、ニーナの作ったはたき。
その威力を知らないアーサーが突っ込みたくなる気持ちは分かるのだが、普段騎士と戦う通りの服装(装備)をしているグレイスには意味が分からなく、きょとんとした顔になる。
それがまたアーサーの怒りに火をつける。
怒り狂うライオンのようだ。
そんな殺意を物ともせず、ポンッと手を叩いたグレイスはエプロンのポケットへとはたきをしまうと、今度は先程の箒を取り出した。
「すみません、アーサー様は箒の方がお好きなのですね」
グレイスは騎士たちから箒とはたきでは剣とぶつかる時の音に違いがあることを聞いていたため、アーサーが箒好きだと勘違いをした。
だがそれは火に油を注ぐ行為。
アーサーは怒りから血管が切れそうなほど醜い笑顔となっていた。
「君は……どこまでも騎士であるこの私を愚弄するらしいな……」
「……えっ?」
平常心だと己に言い聞かせていたはずのアーサーは、今や獲物を前に待てをさせられている飢餓状態のライオンのようになっていた。
「それでは、始め!」
二人の様子をうかがっていたクラリッサが戦いの火ぶたを切る。
獰猛な獣のような姿となったアーサーは一撃でグレイスを仕留めようと、一気に間を詰め剣を振るう。
「わあ、ゆっくり攻めてきて下さるだなんて、アーサー様はお優しいんですね」
ニッコリとグレイスは笑うと、箒でアーサーの剣をくるりと回していなす。
その感覚がまるで風の精にでも剣を遊ばれているかのようで、アーサーの顔には驚きが浮かぶ。
一手、一手、アーサーは気合を入れて本気の一撃をグレイスへと向けるのだが、ひょいひょいっと箒で全てを軽く受け流されてしまう。
「グレイス、そろそろベランジェ達が図書館から帰ってきますわ。手合わせを終わりにいたしましょう」
ニーナの声掛けに「もうそんな時間ですか? 畏まりました」と答えたグレイスは、箒の柄の部分をくるりと回すと、穂先をアーサーへと向け攻撃を仕掛けて来た。
その素早さにアーサーはたじろぐ。
右左とどうにか避けるが、足がもつれ重心が後ろに掛かる。
アーサーがズテンッと後ろへ転んだ瞬間、グレイスの箒の柄がアーサーの首元に置かれていた。
「勝負あり! 勝者グレイス!」
クラリッサの声が訓練場に響く。
アーサーは汗だくだくで、息も激しい中、グレイスは涼しい顔で手を差し伸べて来た。
「アーサー様、有難うございました。お陰でクラリッサ様に少しだけカッコいいところが見せられました……えへへ」
ちょっとだけ頬を染めそんな事を口走った青年を、アーサーは何故か可愛いと感じ、胸がキュンッとなる不思議な感覚を芽生えさせた。
それは生まれて初めてアーサーが持った、不思議な感情でもあった……
「アーサー殿……」
手を握り合い見つめ合うアーサーとグレイスの間に割り込むかのように、ニーナから声が掛かる。
その立ち姿は聖女と呼ばれるにふさわしいほど凛然していて、幼い子供には全く見えなかった。
「アーサー殿、私の家族と手合わせをと望むのならば、もう少し己を鍛えることをお勧めいたしますわ」
「……聖女様……」
「そうですわね。先ずは我がナレッジ大公領の騎士たちと同じ訓練を受けてみてくださいませ。いずれ貴方はアランを守るべき人間になるのです。ここで現を抜かしていてはなりませんことよ……」
「……はい、聖女様、このアーサー・ストレージ、そのお言葉胸に刻ませて頂きます……」
「ええ、貴方がアランの剣となり盾となることを期待しておりますわ」
「はっ、必ず成しえてみせまする……」
アーサーは未来の王妃になるだろうニーナに深く頭を下げた。
自国が苦しんでいる最中、女に現をぬかすな。
己の主を守れ。
と、遠回しに指導されたと感銘を受けていた。
「この私が、アラン様を必ずお守りいたします!」
拳を胸に置き、ニーナの背にそう誓ったアーサーは、これ以降、女性(・・)に色目を使うことは無くなった。
ただし、このグレイスとの戦いで違う方面に目覚めたかどうかは……彼のみぞ知る事なのだった。
☆☆☆
こんにちは、白猫なおです。(=^・^=)
グレイスのはたきは羽根の付いたふわふわな物です。そして箒は魔女っ子が乗り物にする、そんな箒です。あとグレイスの武器にはフォークとナイフ、それと包丁があります。それらは切れ味が良すぎるので訓練時は使いません。本気の戦闘の際使います。後はファブリスからの指導時ですかね。すっかり強くなったグレイスでした。
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