第248話苛立つ婚約者

「ディランジュール様、宜しければ西区への視察にご一緒致しませんか? 国民達もディランジュール様を一目でも見る事が叶えば、今の不安な気持ちも落ち着くはずですし、民を思う姿を見せたディランジュール様を尊敬することでしょう。御身に危険がないように私どもペタバイト家の護衛がしっかりと同行いたします。王家の風評を少しでも改善させるためにも、国の未来を担うであろう私達が努力いたしませんと……」


 ラベリティ王国第二王子ディランジュール・ラベリティ。


 金髪、碧眼、どう見ても見目麗しい王子様の中の王子様であるディランジュールは、今婚約者のペネロペリア・ペタバイトと月一用意されている友好を深めるお茶会……つまりデートをしていた。


 ディランジュールの私室ではなく、一般的な応接室でのデート。


 今までも何度も開催されているこのデートだが、一度だって甘い雰囲気になったことはない。


 そもそも庭園を散歩することもなく、お互いに義務的にこのお茶会を行っている時点で、この二人が想い合っていないことは一目瞭然なのだ。


 ディランジュールからすれば口うるさいペネロペリアの事を可愛いなどとどうしても思えないし。


 そしてペネロペリアからしても、顔以外にとりえのないディランジュールのことを愛する事など不可能なのだった。


 只々この国の為、そして父でありこの国の宰相パルダナサール・ペタバイトに頼まれた故に、この婚約を受け入れ、ディランジュールの教育もになっているのだが、余りにも成果の出ない毎日に婚約者になったことを後悔するどころか、苛立つ日々が続いていた。


「はぁ~ん? 西区? なんでこの僕が西区なんかに行かなきゃならないの~? 西区って庶民街でしょう? 貴族がいる北区だったらまだ分かるけどさー。この国の王子である僕が庶民街にいくだなんてあり得ないよ。ペネロペリア、少し考えれば分かる事だろう? 君、ちょっとあったま可笑しいんじゃないのー?」


 長椅子に寝っ転がり鼻をほじほじディランジュールがそう答える。


 今のこの国の現状をまったく分かっていないディランジュールは、何故ペネロペリアが国民に会うよう促しているかも全く理解できない。


 西区は庶民街でもまだ比較的安全な場所。


 南区などは、ほぼスラム化して危険な地区と化している。


 それも全てこの国の危機的状況の中で王族が何も手を打たないからだ、とそう言われているのだ。


 ペネロペリアの父パルダナサール宰相は、私財を投げ売り国民を守り、その上魔獣の出現する魔の森の最前線に立ち今も戦っている為、国民からの支持は厚い。


 パルダナサール宰相のその尊い行いは、国民の多くが知り感謝しているため、パルダナサール宰相の娘であるペネロペリアとの視察は安全であり、ディランジュール自身の支持を集めるにはもってこいなのだが、愚かなディランジュールにはそのことが分からないようだった。


「ディランジュール様……国民達は今、碌に食事も摂れない状況に陥っております。彼らの為に何かしよう……ディランジュール様はそうは思わないのですか?」

「えー、食事ができないならおやつでも食べればいいんじゃない? パンが嫌ならクッキーを食べればいいんだよ。それにしても好き嫌いをするだなんて国民ってほんとっ我儘だねー。食事が嫌だからお菓子を出せだなんて王子の僕より贅沢じゃないか、ほーんと呑気でいられる庶民って羨ましいよねー。僕の苦労を半分分けてあげたいよー」


 余りの愚か過ぎるディランジュールの言葉に、ペネロペリア側の皆が言葉を失う。


 冗談とか場を和ませようとしたとかではなく、ディランジュールは本気で今の国民の現状が見えていないようだ。


 ディランジュールの周りの者を見れば、それを諌める気もない事が分かる。


 ただただ未来の王の機嫌を損ねたくはないと、作った笑みを貼り付け事の成り行きを見守っているだけだ。


 このままではディランジュールが未来の王になる日など来ることはないだろうと、ディランジュールの側近達は考え付かないらしい。


 今が幸せであれば構わない。


 自分達さえ良ければ他はどうなっても構わない。


 ディランジュールの馬鹿王子度が酷くなったのも、そんな彼らが側にいるからだろう。


 ただし、そうしたのもまたディランジュール自身なのだ。


 何故なら気に入らない側近たちのクビを自ら切ったのだから……



「ディランジュール様、このままでは我が国は大変な事になりますよ。魔獣の出現だけが脅威では無いのです。国民感情こそがーー」

「五月蝿いなー! もう、ほんっと無理! ペネロペリア、君との婚約、破棄させてもらうよ!」

「は?」


 立ち上がり不機嫌を隠す事なくペネロペリアの前に仁王立ちするディランジュール。


 アホだアホだと思っていたが、まさかこんな大変な時期にペネロペリアとの婚約破棄を言い出すとは……


 ペネロペリアは驚き過ぎて言葉にならなかった。


「フンッ、そんな傷ついたよーな顔したって今更婚約破棄は~、あー……て、てっかい? そう、撤回しないからね! 僕にはねー、君みたいな口煩い女の子じゃなくって、もっと大人しくって気遣いが出来る可愛らしい子があってるんだ。いっくら君が僕に夢中で気を引きたいからって、お小言みたいな事ばっかり言ってくる子を僕が好きになる訳がないだろう! ちょっと考えたら分かるでしよー?」

「……ディランジュール様……本気で、仰っていますのね……?」


 人気のあるペタバイト家と縁を切る。


 それは王家にとって命取りになるだろう。


 王妃の実家であるションシップ侯爵家はこのラベリティ王国内での最大派閥ではあるが、国民からは嫌われている。


 つまりペネロペリアと婚約破棄をすれば一気に国民感情が悪い方向へと爆発する可能性があるのだが、ディランジュールはその事をまるで分かっていないようだった。



「ふっふーんだ、強がったって無駄だよー。だって僕にはねー、もう次の婚約者候補が決まっているんだからねー」

「次の婚約者候補……?」


 こんな愚か者と婚約したい令嬢などいないだろうが、ディランジュールは勝ち誇ったような笑みを見せた。


「それは聖女さっ!」

「……聖女、様? ですか?」

「そうさっ、ボンッ、キュッ、ボンッな、女神みたいな聖女が僕の次の婚約者なんだ。だから五月蠅い君はもう洋ナシ、分かったら帰ってくれるー。あ、でも、お土産のお菓子は置いてってよ。僕がきちんと食べるからねー」


 シッシッと野良犬を追い払うような仕草を見せるディランジュールを見て、ペネロペリアはもう何も言う気は無くなった。


 どう考えても志高い聖女様がこの王子を相手にするはずはないとは思ったが、口うるさいと言われたので忠告もする気は無い。


 勝手に破滅すればいい。


 愛はなくとも長年婚約者を務めて来たペネロペリアを簡単に追い出すこの王子に、ペネロペリア達ペタバイト家の一行はもう何も言う気は無くなった。


 婚約破棄されて良かった。


 応接室を辞する時、卑しくお菓子に飛びつくディランジュールの姿を見て、ペネロペリアは心からそう思えていた。




☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

ペネロペリア嬢の登場です。宰相の娘です。ディランジュールとは同い年ですかね。白猫のペネロペリア嬢のイメージは茶髪のふんわり美少女ですが、特に容姿の設定は有りません。(笑)

馬鹿王子の婚約者お疲れ様でした。ただそれだけです。

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