第242話その頃のラベリティ王国第七部隊騎士団②

「カーターックン オッハヨウ」

「あ、テッドさん、おはようございます。今日も良い天気ですね」


「カーターックン オッハヨウ」

「シバーさん、おはようございます。体調はいかがですか?」


「カーターックン オッハヨウ」

「タイラさん、おはようございます。朝ごはんはちゃんと食べましたか?」


 朝早くから忙しく働くカーターに、爽やか笑顔の隊員達から元気いっぱいの声が掛かる。


 第七騎士団の隊長ジム・アドインが元気を取り戻してからはや数日。


 カーターに妬むような蔑む視線を送って来た第七騎士団の隊員たちは日を追う事に減っていき、最近では皆が皆、優しい挨拶と共にいい笑顔をカーターに向けてくれる。


 特にカーターを目の敵にしていた、テッド、シバー、タイラの3人は、まるで別人になったかのようにカーターに優しくなった。


「テッドさん、ちょっと荷物を運ぶの手伝って貰えますか?」


 カーターがそんな事をお願いしようものなら以前ならば鉄拳が飛んできたはず、だが今は「ハイ カーターックンノ オウセノママニ」とそんな冗談めかしたことを言いながら手伝ってくれる。


 それにカーターが何か些細な事でも困っていると、すぐ隊員の誰かしらが飛んできて手助けしてくれる。


 そして当然顔で「カーターックン ダイジョウブ?」と優しく声も掛けてくれる。


 それも全て団長のジムのおかげだといえる。


 カーターは補佐官としてジムの傍にいる事で、団長であるジムの隊員たちを思う心優しき気遣いをよーく知っていた。


 そうそれにカーターにイジメを仕掛けようとする者がいれば、すぐさまジムが飛んできて、ろくでもないことをしでかす隊員たちに声を掛け説得してくれるのだ。


 暴力ではなく平和的解決。


 ジムと対話をした隊員たちは、必ず心を入れ替え優しい人となる。


 カーターがジムの指示で面会の場から席を外し、ジムと問題隊員たちが話を終えると、「カーターックン ゴッメンネ」と皆が皆謝ってくるのだ。


 これは今までの第七騎士団ではあり得ない事。


 何故なら下っ端隊員であるカーターは、第七騎士団で馬鹿にされる存在だから。


 この隊に配属された理由は隊員たちの鬱憤を晴らすための道具だったのではないかとカーターが本気で疑う程、以前の扱いは酷かった。


 そう、以前のカーターは ”第七騎士団の玩具” 


 きっと隊員達皆もそう認識していた事だろう。


 けれど今は隊員たち皆がカーターに笑顔を向け気遣ってくれる。


 勿論あまりの第七騎士団の変わり様に、ついていけない隊員もまだ多くいる。


 けれどそれも時間の問題だとカーターは思っていた。


 何故ならあのジムを見て心を入れ替えない隊員などいないと信じているから。


 そんなジムの人格の素晴らしさを日々感じ、今日も幸せいっぱいで補佐官としての仕事に励むカーターなのだった。




「団長おはようございます。今朝の朝食はいかが致しますか?」

「ああ、カーター、おはよう。朝食はあとでゆっくりと摂るから気にしなくて良いよ。先に朝の仕事をある程度まとめておきたいからね……」

「畏まりました。でも団長、働きすぎないでくださいね……って、あれ? 団長、なんだか若返っていませんか? 前より肌がぴちぴちしてるような……白髪も……無くなってる?」

「ハハハハ、カーター、それは当然だよ。君が私のお世話をしっかりとしてくれているんだから、毎日とっても体の調子がいい。そう、自宅に居る時よりも体調がずっといい気がする。カーターのお陰でここでの生活はまるで楽園にいるようだよ。全てカーター、君の仕事ぶりのお陰だよ、ありがとう」

「だ、団長……っ!」


 尊敬しているジムに感謝し褒められ、カーターは目頭が熱くなる。


 ジムのお陰で働きやすく幸せ過ぎる職場となったことを、カーターこそ感謝しなければならないのに、ジムはカーターのお陰だと労ってくれる。


 どうにか涙をこらえたカーターは届いたばかりの手紙をジムに差し出す。


 だがそこでも「ありがとう、カーター」と声を掛けられると、我慢していた涙が一粒零れてしまった。


 そしてそれが偶然ジムの手の甲に落ちた時、ジュッと煙草を押し付けたかのようにジムの肌を焼いたのだが、目元が涙で歪んでいたカーターが気付くことは無かった。


「……つっ!!」

「だ、団長、ど、どうしましたか?」


 痛みの衝撃で思わず声が漏れたジムを見て慌てだしたカーターに、ジムはどうにか笑顔を張り付け、痛む右手をサッと隠す。


「あー……いや、手紙を開けようとして紙で少し手を切ってしまった様だ……」


 と、どうにか誤魔化してみるが、身を焼く焦げ臭い臭いが部屋に充満する。


 ただ残念なことにカーターは涙を流したことで鼻も詰まっていた。


 なので不幸中の幸いか、ジムは怪しい姿をまだカーターに気付かれることは無かった。


 ただしそれは、カーターにとっても不幸中の幸いであったことは確実だった。



「そ、それは大変です! 団長、直ぐに消毒薬をお持ちしますね!」

「ハハハハ、カーター、これぐらいかすり傷だよ、なんの心配もいらない。あー……それよりテッドに声を掛けて来てくれるかな?」

「テッドさんにですか?」

「ああ、指導が必要な新人が居ればここにすぐに連れて来て欲しい……テッドにはそう伝えてくれると助かるな」

「は、はい、畏まりました。すぐに行ってまいりますね」


 そう言って駆け出しテントを出ていくカーター。


 大したことはないと言われてもやっぱりジムの事が心配なので、ついでに消毒薬も取って来ようとそう考える。


 そんな心配性なカーターの姿が見えなくなると、ジムはすぐにただれた手の甲を確認する。


 清らかな心を持つカーターの涙は、ジムの体には毒薬に等しく、たった一滴涙が落ちただけのその部分は、あっという間に広がっていき、気が付けば手の甲全てが火傷したような状態へと変貌していた。


「フフフ、ハハハハ……あのカーターは良い隠れ蓑だが、恐ろしい存在でもあるな……」


 何故か嬉しそうにそう呟くジム。


 そして手の甲をうっとりと見つめながらまた呟く。


「力を付けて絶対にカーターのような存在も飲み込めるようになってみせる……」


 嫉妬や妬みの悪感情だけでなく、カーターのように純粋な心までをも飲み込める存在。


 それこそが今、ジム・アドインこと、ジギスムント・ナンデスの怨霊が目指すところの様だった。






「タイチョウ テッド オウセノママニ ヤッテマイリマシタ」


 ニッコニコの笑顔を付けたテッドがジムのテントにやって来た。


 そして一人の隊員をポイっと床に投げ捨て「オオセノママニー」と良い仕事してきまたよとジムにアピールする。


 投げられた隊員は不服顔。


 先日カーターにわざと肩をぶつけただけで、「ハンセイシマショウ」とテッドに注意を受けたからだ。


 その上今日は朝早くから団長の下へと無理矢理連れてこられた。


 これはいい機会だ団長に言いたい事を言ってやろう!


 そう思いキッと団長を睨めば、何故かいい笑顔を向けられた。


 そしてジムに「君も良い子になろうか……」と話しかけられた瞬間、その隊員は考える事が出来ない存在へと変貌していた。


 そう、まるで ”動く死者” となったかのように……





「ふむ……リチュオル国へと聖女支援を要請したのか……」


 すっかり元通りとなった右手を使い、ジムは届いたばかりの手紙に目を通す。


 傍では先程の隊員が心を入れ替えたようで、ニッコニコ顔でカーターの手伝いをしている。


 そんな様子を眺めながら、ジムは口元に醜い笑みを浮かべる。


 聖女。


 それはジムが、いや、ジギスムントがいずれ必ず対峙しなければならない相手だと、そう思っていたからだ。


「クックック……力を付けて聖女ごと飲み込んで見せよう……」


 そう呟いたジムの瞳の中には、蠢く何かの強い憎しみが見て取れたのだが、残念ながら仕事に忙しいカーターがそれに気付くことは無いのだった。





☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

ジムとカーター君の登場です。今のところ半分位の隊員が良い子になっていますかね。早くニーナと出会わせたいですが、もう少し先の話になりそうです。

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