第241話少年少女の夜会
「良いか、必ずウィルフレッド殿下の気を引くんだぞ! 我が家の……いや、お前の未来が今夜の夜会の出会いに掛かっているのだからな……」
と、お互いの父親からそんな使命を受けた侯爵令嬢のクローディアとエリノアは、気持ちが重いまま友人と話し込むウィルフレッドの側へと近づいて行った。
クローディアとエリノアの二人の父親が 『娘を王妃に!』 と燃えているのは知っている。
けれどクローディアとエリノアともに、窮屈な生活を強いられるだろう王妃になど、なりたいなどと思ったことはない。
勿論ウィルフレッド殿下と真実の恋に落ち、永遠に添い遂げたいと、そんな気持ちになれば別だが、これまで何度もウィルフレッド殿下と顔を合わせて来た二人は自分達に興味の無いウィルフッドの様子に気が付いていた。
(ウィルフレッド殿下の心の中にはきっと……既に決まった方がいるのでしょう……)
そう気づいていながらも、父の命令とあれば逆らう訳にはいかない。
それにウィルフレッドの妻にならなければ、クローディアとエリノアには家格の釣り合う男子は限られてくる。
コロケーション侯爵家のザカライがその筆頭で、クローディアとエリノアの二人ともそのザカライの事を幼い頃から知っているが、嫌いではないのだがどうしても好きにはなれない。
何というか……あの平凡な見た目でナルシストっぽい性格なのがどうしても苦手なのだ。
そして次に二人の結婚相手として考えられる相手は、ナンデス家の長男、クリス・ナンデスだ。
だけど彼は元宰相の叔父の功績で侯爵家の子供になっただけの存在だと、二人の父親達に舐められている。
なので他国には嫁ぎたくないと思えば、もうウィルフレッドかザカライを選ぶしかない。
選択肢の余りの少なさに自分の立場を呪いながら、トボトボとウィルフレッド殿下へと向かって歩いていくと、クローディアとエリノアの目の前にとんでもなく可愛らしい少女が現れた。
「こんばんはー、私はシェリー、貴女のお名前は?」
「「ひぃっ!」」
天使が舞い降りた?!
と思うほどの超絶可愛い女の子の登場に、クローディアとエリノアともに息を呑む。
侯爵令嬢としてあるまじき声が漏れてしまうが、この少女を見てしまえば仕方がないことだと言える。
天使を見て驚くなという方が無理があるのだ。
それに何と言っても、今夜のシェリーは普段以上に着飾り輝いている。
その上この夜会には美味しい物が沢山ある為、心の底からウキウキしているので普段以上に無駄に輝きまくっている。
それにシェリーと歳の近い女の子が沢山いる。
つまりこれは……兄のディオンのようにお友達を作るチャンスなのだ!
なので破壊力てっぺん超えの笑顔を武器に、シェリーは近づいて来た獲物(クローディアとエリノア)を狩り始めたのだ。
それは流石ベンダー家の長女といえる所業だろう。
「シェリー様、こちらはマイグレーション侯爵家のご令嬢であるクローディア様と、そしてウォーターフォール侯爵家のご令嬢のエリノア様ですわ。お二人とも私達と同い年でいらっしゃいますの、学園に入学すれば同じ学年ですわね」
「そうなんだ! ブリアナちゃんってばすっごい物知りだねー! じゃあ、お友達になれるってことだよね。ねえ、二人とも良かったら一緒に遊ばない? 私、クローディアちゃんとエリノアちゃんとお友達になりたいなっ。えへへ」
ズッキューン!!
クローディアとエリノアはシェリーに微笑まれ、急に胸が痛くなる衝撃を受けた。
痛みで言葉が出ない自分達の代わりに、ライバルともいえるナンデス家のブリアナが二人を天使に紹介してくれた事には只々感謝しかない。
友達になりたいです!
とすぐさま返事を返したいが、クローディアもエリノアも息をするのがやっとで、口をパクパクとするだけで声が出せない。
その上体に熱を持っているのも分かり、頬が真っ赤に染まっている事も感じる。
何かの病気に罹ったかもしれないと思いながらも、どうにか頷き天使に返事を返すと、究極に可愛い天使が二人に抱き着いてきた。
「やったー! お友達になってくれるのー! 嬉しー! クローディアちゃん、エリノアちゃん、ありがとう、宜しくね。あ、私の事はシェリーって呼んでね、ブリアナちゃんもそう呼んでくれていいんだからね。あ、ねえ、ねえ、二人をお兄様に私のお友達だって言って紹介してもいい? きっとお兄様も私にお友達が出来たこと喜んでくれると思うんだー。良いかなー? えへへ」
可愛い!
やばいぐらい可愛い!
もう可愛過ぎて倒れそうだ。
だがそう思いながらも、クローディアとエリノアには侯爵令嬢としての立場と意地と矛先がある。
なので大勢が集まる夜会の場で倒れる訳にはいかないと、どうにか踏ん張り頷くだけでシェリーに 『オッケー』 の意志を伝える。
そんな二人の気持ちが痛いほど分かるであろうブリアナが、二人の背中をそっと支えてくれている事にはまたまた感謝しかない。
なのでクローディア、エリノアともに、消え入りそうな声で「ブリアナさま、ありがと……」と感謝の気持ちを絞り出す。
だけどその努力をあざ笑うかのように、今度はシェリーがギュッと手を握ってきて、心臓まで握られたような衝撃を受けた。
だめだ……
もう死にそう……
あまりにも幸せ過ぎて天使の住む世界がぼんやりと見えだした二人の、本当の試練は実はこれから始まる。
そう、激しく鳴る心臓にまるで鞭打つかのように、もっと大きな衝撃がもう間もなくやって来るのだ……
「クローディアちゃん、エリノアちゃん、見て見てアレが私のお兄様だよー。お兄様ー!!」
そうシェリーに声を掛けられ、クローディアとエリノアはクラクラと眩暈がする目をどうにか開き、シェリーが手を振る先へと視線を送る。
するとここまでどうにか耐えていた二人に最終兵器ともいえる攻撃が襲い掛かった。
そう、それは勿論ベンダー家のもう一人の天使、ディオン。
無意識に令嬢を虜にするベンダー家の長男が瀕死のクローディアとエリノアに向かって微笑んだ。
「こんばんは、シェリーの兄のディオンです。シェリーとお友達になってくれたの? 有難う。シェリーも可愛いお友達が出来て良かったね」
「うん!」
シェリーの兄ディオンの浮かべる笑顔を見てクローディアとエリノアの心臓が独りでに踊り出す。
ドンドコドンドコと五月蝿く鳴っているのは夜会の音楽ではなくどうやら二人の心臓のようだ。
気を失いかけているクローディアとエリノアに気付くはずもなく、シェリーがディオンの前に二人を引っ張り出す。
そして「私のお友達のクローディアちゃんとエリノアちゃんでーす! えへへ」とドヤ顔でディオンに二人を紹介する。
そんな二人の目の前でキラキラ輝くディオンが「宜しくね」と笑顔を遠慮なくお見舞いし、もう何をどうしていいのか分からなくなるクローディアとエリノア。
助けを求めるかのように周りを見渡せば、自分達と同じように真っ赤な顔で空気を咀嚼している少年少女達が沢山いた。
その中には王子のウィルフレッドや、王女のアンジェリカ、それに苦手なザカライもいたが、ディオンの笑顔を見てしまえばそんな事はどうでもいいと思えてしまった。
「あ、そうだ、クローディアちゃん、エリノアちゃん、これすっごく美味しいかったから食べてみてよ」
そう言ってディオンが一粒のチョコレートをクローディアとエリノアの口に「あーん」と言って入れてくれる。
悶絶している二人を見て(やっぱり美味しいよね)とディオンは満足そうな笑みを浮かべると、今度は「ブリアナちゃんも食べるでしょう?」とベンダー家兄姉に多少の耐性のあったブリアナにも攻撃を仕掛けた。
勿論ブリアナもここで命を落とす。
今宵の夜会に参加した可哀想な女の子たちは、一瞬でディオンの魅力に落ちてしまったのだ。
流石ベンダー家の長男ディオンだ。
末恐ろしい逸材だろう……
「どう、美味しいでしょう? このチョコレートは妹のニーナが作ってくれたんだよ」
ニーナというのが誰なのかも、そして貰ったチョコレートの味もよく分からなかったが、クローディアもエリノアもそしてブリアナも、今日のこの出会いが人生で一番幸せな瞬間だと感じていた。
「あー、お兄様、みんなは私のお友達だよー。私が食べさせてあげるんだからー」
そう言って今度はシェリーが皆の口に「あーん」と言って別のチョコレートを入れていく。
すると周りにいる少年達も口を開け、雛鳥のように順番を待ち始めた。
天使に夢中なのはどうやら自分達だけではないらしい。
結婚とか攻略とかそんな小さな事は今日はどうでもいい。
とにかく天使との時間を今は楽しもう!
父親達がニーナにお仕置きされトイレに駆け込んでいることなどまったく知らなかったが、ウィルフレッドとの政略結婚などどうでもいいと、クローディアとエリノアはそう思えていた。
「あ、あとでみんなで中庭で遊ぼうか?」
「うん、お兄様、大勢いるし鬼ごっこしようよー、きっと楽しいよ」
「うん、そうだね。鬼ごっこは食後の運動にちょうどいいよねー」
鬼ごっこが何かは分からなかったが、少年少女はベンダー家の兄姉の提案にただ笑顔で頷いた。
そう、「シェリーとディオンといられるならばなんでもオッケーでーす」と皆緩みまくりな笑顔全開だ。
ただしこの後、少年少女達はこの可愛い天使たちの恐ろしい実力を知る事になる。
鬼ごっこ……
それはベンダー家の騎士でも悲鳴を上げる程の遊びだからだ。
天使は凄かった。
今宵の夜会でまだ年若き少年少女たちの一番印象に残ったことは、どうやらそれ(鬼ごっこ)だったらしい。
徐々にリチュオル国に増えるベンダー家の被害者達。
いつの日か彼らの心に平穏が戻る事を祈りたいものだ。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
シェリーとディオンのお話でした。オッサンたちの話の後はやっぱり可愛い子達の話に限ります。ですが次回はまたあの騎士団のお話です。カーター君、頑張ってるかなー。
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