第240話最年少聖女誕生

「ここにいる令嬢はナレッジ大公家の次女ニーナ・ナレッジ……いや、皆も知っている通り最年少男爵のニーナ・ベンダー嬢だ」


 国王アレクの手によって、夜会が始まってからずっと気になっていた少女、ニーナが貴族たちに紹介される。


 するとニーナの魔法によって記憶があいまいになっている貴族達は勿論戸惑いだす。


 えっ……? 最年少男爵のニーナ・ベンダー嬢?


 あれ? 最年少男爵はナーニ・イッテンダー嬢だと誰かが言ってたよね?


 そんな疑問が沢山沸きながらも、国王の手前空気が読めないツッコミは勿論出ない。


 皆やはりここでも当然顔で頷き、拍手を持って「知ってますけどー」とアピールしてみせる。


 そう、何故か不思議なのだがニーナ嬢に関することで少しでも驚いて見せれば、誰にでもなく負けた気がするのだ。


 そんな貴族達の内心の葛藤などは気にする事もなく、アレク国王の話は進んでいく。


 それは勿論ラベリティ王国からの要請の件だ。


 ラベリティ王国からの要請の内容は ”聖女を支援に送って貰いたい” というもので、そしてその要請の為選ばれたのがこのニーナ・ベンダー男爵だとアレクは皆に伝えた。


 まだ小さな少女を戦地へと送るという心が痛む話なはずなのに、何故か悲壮感はまったく上がってこない。


 なんだかあの子なら大丈夫だよね? と不思議な気持ちになるからだ。


 それにニーナ男爵の父親である麗しの貴公子ナレッジ大公が、それはそれは嬉しそうに娘を見ている。


 娘が聖女として選ばれて誇らしい……と言うよりも、まるでこれから娘が修学旅行へでも行くかの様な、「いってらっしゃい」とお見送りしている様子に見えたりするから摩訶不思議だ。


 きっとナレッジ大公は戦場に娘を送る辛さを隠し堪えているのだろう……


 皆そう思いたいのだが、ニーナの師匠だと紹介されたシェリルやセーラ(&弟子達)の楽しそうな様子を目の当たりにすると、誰もそんな風には思えそうに無いのだった。




「……と言う訳で、まだ幼いニーナ嬢には計り知れない聖女の力があり、現大聖女であるセーラに見出された逸材でもある。その為類まれなる聖女の才能を開花させる理由もあり、そしてニーナ嬢本人のたっての希望もあり、この国の最年少聖女としてニーナ・ベンダー男爵をラベリティ王国へと送る事となった……」


 その後見人として元大聖女のシェリルの名が上がり、一緒に戦地へ赴く旨も伝えられる。


 そして研究家としてベランジェも一緒に行き、突然増殖した魔獣の生態を詳しく調べる。


 そしてその護衛としてアルホンヌやクラリッサの名が上がる。実力的に当然だろう。


 彼らがいればか弱き少女(※ニーナのことです)が他国に遠征しても大丈夫だろうと安心できる。


 何故ならアルホンヌとクラリッサにはそれだけの実績があり、国一番の騎士だと誰もがその強さを疑うことなどないからだ。


 だが本当の意味でこの国で一番の強さを持つ人物の存在に貴族達が気付く事は……一生ないと言えるのだった。




「ではこれから歓迎会と送迎会も兼ねた夜会を行う。皆充分に楽しんでくれ」


 国王アレクの合図で夜会が始まる。


 ラベリティ王国の使者達はアランの側へと移動し、共にリチュオル国の貴族達からの挨拶を受ける。


 そして勿論アレク達リチュオル国の王族にもそれぞれが挨拶を行なって行く。


 だが今日一番大注目されたはずのニーナの下へは、何故か誰も近づこうとはしない……いや、正確には近づきたくても近づけないと言うのが正しいだろう。


 ニーナを含めたナレッジ大公家の面々は、城勤務の騎士達にきっちりかっちり守られている。


 勿論アレクの指示があっての騎士たちの守りなのだが、そこはやはりニーナ教官に襲われた……ゴホンッ、教わった結果の行動力と鉄壁力だ。


 ナレッジ大公家の子供である、ディオンやシェリー、それに一応ニーナもまだ成人前。


 なので挨拶はナレッジ大公のみにしてくださいとの意思表示。


 それも流作業か、アイドルの握手会か? と勘違いするほどの短い挨拶時間。


 だがそんな中、内側から鉄壁な守りを破ろうとする人物が現れる。


 それは勿論可愛いこの二人だった。



「ねえ、ねえ、ニーナ、お城の夜会のごはんだよー! もうお人形さんのふりしてなくてもいい? 私ご飯食べに行ってもいいかなー?」

「ニーナ、あっちの端っこにオシェイくんとデイゴンくんを見つけたー。それにザカライくんもあっちにいたし、俺みんなの所に遊びに行きたい。行ってもいいかなー? こんな夜に友達みんなと遊べるなんてワクワクする。でも今日は空は飛んじゃダメなんだよねー。うーん……じゃあ、何して遊ぼっかなー」


 ニーナが目に入れても痛くない程愛する兄と姉であるシェリーとディオンは、初めての夜会に興奮中。


 二人とも心臓に悪いほど可愛いし、体に響くほど良い笑顔だ。


 そう、シェリーもディオンも初めて見る料理や、初めての夜遊びに無駄に笑顔が爆裂中。


 普段以上に無駄にギラつく危険なシェリーとディオンの姿を見てしまった可哀想な貴族達は、胸を押さえ救護室に運ばれる始末。


 けれどニーナからすると、そんな兄姉の姿も可愛くって仕方ない。


 なのでお願いされれば断る選択などニーナにはないのだった。



「お兄様、お姉様、今日は大勢の貴族がおりますから私から離れてもお行儀よく致しましょうね」

「「うん!」」

「お姉様とお兄様がゲルマンと必ず一緒に居ると約束して下さるならば、お料理のところに行ってもお友達のところにも行っても構いません、大丈夫ですわ……ですが何かあったらすぐに私を呼んで下さいませね。どんな小さな声でもニーナはお姉様、お兄様の声は聞き逃しません。王城内ですので危険は無いとは思いますが、もし何かされでもしたら……このニーナがその者を消し去りますので安心してくださいませね」

「「うん、分かったー、いい子にする。ニーナありがとう!」」


 微妙に恐ろしい会話を行いながら、ニーナは「ヒャッホー、やったー!」と喜ぶ可愛い兄姉を笑顔で見送る。


 美味しい食事を前に「大人しくしていなさい」と言っても、貧乏だったベンダー家の子供であるディオンやシェリーには無理な話である。


 なのでゲルマンにしっかりきっちり二人の事を頼み、ニーナは父エリクに挨拶を行っている貴族達の輪の中へと入って行く。


 暫くすればニーナ・ベンダー男爵の事など誰も彼もが薄らぼんやりとしか思い出せなくなるのだが、ラベリティ王国の一団の為にもここは聖女であるニーナがしっかりとリチュオル国の貴族達と彼らの顔繋ぎをしておかなければならない。


 そう、アランが王となるその時までに、リチュオル国との友好関係は強靭なものにしておきたい。


 その為にニーナは普段以上に恐ろしい……いや、年相応の可愛い笑顔を貴族たちに振り撒きまくったのだった。







「ち、父上、あの方が、あのニーナ嬢が、私の、私の運命のお相手なんですよー! はわわあー、今日もニーナちゃんは美しいー!」

「うっ、そ、そうなのか……」

「はい!」


 今宵の夜会に親子で参加している五大侯爵家の一つ、コロケーション侯爵親子。


 息子のザカライはニーナと運命的な出会いをしたあの日、コロケーション侯爵に早速 「ニーナと絶対に結婚する!」 と伝えた。


 出来れば王女アンジェリカをザカライと結婚させたいと目論んでいたコロケーション侯爵だったが、ナレッジ大公家の娘であれば、「まあ良いだろう」とそんな軽い気持ちでザカライの願いに頷いた。


 そして今宵の夜会にて、未来の娘になるかもしれない幼いニーナを一目見て、コロケーション侯爵は何故か背筋に冷たい汗が流れた。


 ナレッジ大公家の子供達に視線を送り『上手く縁を結び、王家とも今以上に懇意になってみせよう……クックック…… 』と、ほんのちょっぴり、本当にちょびっとそんな欲を想い描いた瞬間、何故か体中にゾクリと寒気が走った。


 近くにいた他のライバル侯爵達の様子を伺えば、皆が皆コロケーション侯爵と同じように極寒にでもいるかのように小さく震えていた。


 もしかして会場の空調が壊れてしまったのか? と希望的観測を持ってみたのだが、気がつくと聖女だと紹介されたあのニーナ・ベンダー嬢に笑顔で見つめられていた。


 その笑顔とは裏腹に、ニーナ嬢の目がまったく笑っていないように見えてゾクゾクとする。


 ニーナ嬢はたった8歳の少女なのだが、まるで血に飢えたドラゴンのように見え恐ろしくて仕方がない。


 息子のザカライが「今日のニーナ嬢もスペシャル可愛いー!」と隣で叫んだ言葉に、どうしても素直に頷けない。


 ナレッジ大公家に手を出そうものなら容赦はしない!


 ニーナ嬢の笑顔はそう言っているかのようだった。



「父上、早く早く、ニーナ嬢に結婚のご挨拶をし(死)に行きましょうよー!」

「あ、いや、えーと……ザカライ……、ニーナ嬢は、ほら、すっごく忙しそうだ。だからなんていうか、挨拶はまた今度でいいのではないだろうか? ん、ん、ほら、あちらにいるのはお前のお友達じゃないのか? 先ずはそこへ行った方がいいんじゃないかと父は思うぞ」

「えっ? あ、本当だ、ディオン君とシェリーちゃんがいる。もしかして食事を摂りにいったのかな。じゃあ父上、私はまずは二人に挨拶をして来ます。あ、良かったら父上も一緒にどうですか?」

「えっ? あ、う~ん、そうだな……どうしよっかなー」


 ニーナ嬢よりも先に兄姉に近づいてみるか……とコロケーション侯爵はそう考える。


 この異常な寒気ももしかしたら気のせいかもしれないし、ナレッジ大公家の子供は聖女と認定されたニーナ嬢よりも兄姉のほうが扱いやすいかもしれないしな。とそんな危険な思考を持ってしまう。


 そして息子ザカライに促され、欲を顔に浮かべながら一歩歩み出したコロケーション侯爵。


 その瞬間、背後に寒気どころではなく、本気の殺意をビッビッと感じた。


 殺される!


 そう感じ振り向いてみれば、美しい笑顔を浮かべたニーナ嬢と目があった。


 コロケーション侯爵は体中の穴という穴から色々なものが吹き出し始める。


「あ”、あ”あ”、あ”あ”……」

「父上? どうしました?」


 ザカライが問いかけると一瞬恐怖が軽減される。


 コロケーション侯爵は今が逃げ時だと、そう察知した。


「ザ、ザカライ……わ、私は、あの、国王陛下に、そう! 陛下にご用があるらしい……」

「へ?」

「おおおおおおお友達のところへはおまえ一人で行きなさい! 父はここから早急に離れなければならない」

「えっ、でも、父上は以前ナレッジ大公家と縁を作れと仰っていましたよね?」


 ザカライのその言葉でコロケーション侯爵の周りの温度が一気にまた冷たくなったように感じ、意識しなくともガタガタと震えがおきる。


「父上?」


 首を傾げる息子のザカライに、コロケーション侯爵は「そんな事は言っていない」と高速で首を横に振り、思いっきりある人物にアピールする。


 そして心の中でとある人物に向けて誠心誠意の謝罪を行った。


 ナレッジ大公家を利用しようなどと二度と思いません! どうかお許しを!


 そう神に祈った瞬間、やっと寒さは飛んで行き、コロケーション侯爵はどうにか息が出来るようになった。


 九死に一生を得る。


 コロケーション侯爵は戦地から命からがら戻ってこれた、そんな一兵の気持ちになっていた。


「ザ、ザカライ。ナレッジ大公家のお子様方とは普通に、普通に仲良くして来なさい! 父はちょっとあちらへ、ご、ご挨拶に行ってくるからなっ、うん」

「えっ、はい? 分かりました。では私はディオン君達と遊んで来ます。父上、頑張って下さいね」

「あ、うん、うん、まかせなさい。ザカライはくれぐれも普通に、ふつーに仲良くするんだぞ!」


 コロケーション侯爵は「はい」と笑顔を浮かべたザカライをどうにか見送ると、何気ない顔をしてダッシュでトイレに駆け込んだ。


 そしてそこにはライバルとも言えるマイグレーション侯爵とウォーターフォール侯爵の姿もあり、お互いに顔を見合わせると、無言で個室へと飛び込んだのだった。


 ナレッジ大公家には近づいてはならない。


 マイグレーション侯爵もウォーターフォール侯爵も、そして勿論コロケーション侯爵も、それを強く感じた夜となったのだった。






☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

今回のお話、ちょーっと長くなってしまいましたー。すみません。


さてさてザカライ君、すっかりニーナに夢中です。夜会ではアランとの婚約の話は出ていないのでザカライの初恋はまだまだ続きそうですね。頑張ってー。

まあ、初恋は実らないと言いますからね。ザカライ君の成長に多いに役に立ってくれる恋となる事でしょう。たぶんね。

適当な作者ですみません。ザカライ君ごめんよ。てへっ。

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