第231話その頃のラベリティ王国第七部隊騎士団

「団長、おはようございます。今朝の体調はいかがですか?」


 ラベリティ王国第七部隊騎士団の団長補佐官であるカーターは、ここ最近仕事にやり甲斐を感じていた。


 先日第七部隊の団長であるジム・アドインがテント内で倒れた。


 本人は仕事の疲れだと言って医師を呼ぶ事を遠慮していたが、倒れたジムを発見した際カーターが 『死んでいる』 と勘違いをする程ジムの顔色は悪く、仕事疲れとかその程度のレベルではない重病だろうとそう思った。


 そしてその後ジムが意識を取り戻した事に正直ガッカリした。


 別にカーターは団長の死を望んでいた訳ではない。


 ただ団長が居なければ 『今の仕事から解放される!』 そう思ったからだ。


 望まぬ配属で第七騎士団での奴隷のような生活を送る事になってしまったカーター。


 そんな辛く苦しい生活から解放されるかもしれない……と一瞬でそんな期待を持ってしまったが、残念ながらジムは目を覚ましてしまった。


 まだこの生活が続くのか……


 騎士団を辞めるしかないのか……


 カーターはそんな思いを持っていたのだが……


 その日を境にジム・アドインの態度が180度変わってしまった。


 人は死ぬような出来事があると別人になるという話は本当だったようで、目を覚ましてからのジムはカーターに特別優しくなった。


 本当の兄か、年齢的には父かと思える程ジムはカーターのことを可愛がってくれる。


 だから……と言うのは自分勝手な思いかもしれないが、今カーターはとても幸せな毎日を過ごしていた。


「ああ……カーター、おはよう。いつも起こしに来てくれて有難う」

「いいえ、団長、私は補佐官として当たり前の仕事をしているだけです。お礼はいりませんよ。それにしても……やっぱりまだ顔色が優れませんね。どうしましょう、今朝も朝食はスープだけにしておきますか?」

「ああ、悪いがそうしてくれるか? あれから余り食欲がなくってね……」

「団長は働きすぎなんですよ。私に出来ることは何でもおっしゃってくださいね。では、すぐにお食事をお持ち致しますね」

「ああ、有難う……」


 カーターは優しく微笑むジムに向けて元気いっぱいに頷くと、団長のテントを出て食堂のテントへと向かった。


 倒れてからもジムは、体に無理をして仕事をしている。


 食事もあまり取らず夜も眠れないようで、たまに駐屯内を歩いている姿を見かける。


 団長には元気になって欲しい……


 あんなに大っ嫌いで恐ろしかった団長のジムに、まさかそんな気持ちを持つようになるだなんて数日前のカーターには想像も出来なかった。


 食堂用のテントへ到着し、今日の食事の中からスープだけをカップ一杯だけよそる。


 そして温かいうちにジムの下へ向かおうといそいそとテントを出たところで、カーターはグイッと誰かに肩を掴まれた。


「おい、カーターさんよー、最近随分と調子に乗っているようだなぁ? えっ、おい」

「テッ、テッドさん!」

「団長を上手く丸め込んで得意顔かぁ? んー、いったいどうやって取り入ったんだー?」

「シバーさん!」

「金……はおまえじゃ無理だろなぁー、じゃあ体か? その貧相な体で団長を虜にしたってか? ハハハ、カーターさんの特技、是非俺たちにも伝授して貰いたいものだなぁー」

「タイラさん!」


 テッド、シバー、タイラの三人は、以前はジムのお気に入りの団員で他の者達よりあからさまに厚遇されていた。


 だか最近は三人ともまったくジムに呼ばれる事はない。


 以前のように憂さ晴らしをしようとカーターへ近付くものならば厳しく注意される始末。


 なので三人は尚更面白くなかった。


 せっかく第七騎士団に入ったのに力を振るう事が出来ない。


 その上魔獣のせいで王都に帰られないイライラが、今全てカーターへと向かっていたのだった。


「カーターさんよー、ちょっと話をしようじゃないか、俺たちのテントへ来てくれるかぁ?」

「も、申し訳ありませんが、私はこれから団長の下へ朝食を届けに行かなければならないので……」

「ふーん、朝食ねぇ?」


 バシャッという音と共に団長の為に持ってきたスープがカーターの体に掛かる。


 テッド達の手によって無理矢理スープをこぼされ、隊服を汚されたのだ。


 それを見て「あーあー、手が滑っちゃったなー」とケタケタと楽しげに笑う三人。


 ジムが最近朝弱い事に気がついてのこの犯行。


 今の時間ならばカーターを虐めても団長にはバレない、そう踏んだのだろう。


 自分達の代わりに可愛がられるようになったカーターが、三人は憎らしくて仕方なかった。


 そして嫌がるカーターを一人が羽交締めにし、一人が口を布で塞ぐ、そして「顔は殴るなよ」と小さく笑い合うと、最初は自分だとテッドが醜い笑みを浮かべ手を振り上げた。


「何をしている!!」


 カーター絶体絶命の危機! に馳せ参じたのはやっぱり団長のジムだった。


 青白くいかにも病人のような様子なのにツカツカと力強く歩き四人の下に近づいて来た。


「だ、団長、これは違うんです!」

「可愛い後輩を教育しようと思っただけで!」

「ちょっとしたからかいなんです!」


 と焦った三人から言い訳の言葉が発せられる。


 だがジムは三人を押し退けると先ずは心配げにカーターに近付いた。


 そして怪我はないか、火傷はしていないかとまるで幼子を心配する親のような様子を見せる。


 嬉しくってちょっとだけ恥ずかしくって「団長……」とカーターからは感動した声が漏れる。


 それを見た三人は尚更カーターを憎々し気に見つめる。


 そんな三人の感情を感じ取ったジムは、着替えるようにとカーターに声を掛けると、この場からカーターを逃してくれた。


(やっぱり、団長は優しくって素敵な人だ!)


 益々ジムに尊敬の念を抱くカーター。


 ジムが三人のどす黒い感情を感じ口元を緩めた事には気付かない。


 そしてカーターの姿が見えなくなるのを確認したジムは、団長らしい憮然とした態度で三人と向き合った。


「おまえ達何故こんな事をした、団員同士の暴力行為は処罰対象だぞ、これは愚かすぎる行為だ!」


 グッと押し黙る三人。


 カーターを殴ってから脅せば、虐めをしてもバレないだろうとそう思っていた。

 

 何故なら今までそれで通っていたからだ。


 団長のジムこそ率先して虐めの指導をしてきた本人だ。


 そんな思いからか三人の鬱憤は爆破した。


 それこそがジムの待っていた事だともしらずに……


「団長は変わられました! 全てあのカーターのせいです! お願いです目を覚まして下さい!」

「そうです! あんな低レベルな男は団長に相応しくありません! この第七部隊から追い出すべきです!」

「団長には我々がいるではないですか! 以前のようにもっとここでの生活を楽しみましょう! せっかく王都から離れているんだ自由に活動するべきです!」


 三人の言葉を聞きジムはニッコリと微笑む。


 ジムは今、テッド、シルバー、タイラの三人から強い欲望と妬みを感じていた。


 これこそジムが欲しくてたまらなかった悪感情。


 だからこそこの感情を育てるためにカーターを目立つほど可愛がり皆に見せ付けてきた。


 ジムは優し気な笑顔のまま先ずは三人のリーダー格であるテッドに近づくと、耳元でそっと囁いた。


「私に一番大切なものは君たちなんだよ」と……


 その瞬間ジムの口元から針のような舌が飛び出し、テッドの耳へと突き刺さる。


 ゴギュゴギュと変な音がし、テッドがぶるぶると震えだし、擬音のような声を漏らす。


 それを聞いた他の二人は腰を抜かし、地面に尻餅をつく。


 そして尻を引きずりジムから逃げようとするが、次はシルバー、その次はタイラと、たった数秒のうちにジムは三人の悪意を飲み切ってしまった。


「フフフ……とても熟成されて美味しい食事だったよ……君たちには感謝しかない、有難う……」

「「「ハイ、ダンチョウノオッシャルトオリデス」」」

「これからはカーターに優しくするように……彼は私の良い隠れ蓑だからな。それから他に美味しそうなモノがいたら私のところへ連れて来てくれ……満足できる食事は私を強くしてくれるからな……」

「「「ハイ、ダンチョウノオッシャルトオリデス」」」

「うむ……皆、良い子だ……」

  

 テッド、シルバー、タイラの三人はその日から素直で可愛い良い子に生まれ変わった、そして他の団員が驚くほど真面目になったらしい。


 ただし……


 彼らの心臓がきちんと動いているのかは、誰にも分からなかった……


 そう、それは本人達でさえも……






「団長! お帰りなさい!」


 急いで着替えを済ませたカーターは団長のテント内で仕事をしながらジムの帰りを待っていた。


「カーター、ただいま。色々と有難う……君のお陰で彼らとじっくりと話し合えたよ」


 そう言ってカーターの頭をポンポンとジムは撫でてくれた。


 やっぱり本当の兄か父のようだ。


 それにカーターに心配をかけないようにと、優しい言葉を掛けてくれた。


 そんなジムにカーターは益々惹かれていく。


「あれ? 団長、なんだか顔色が良くなりましたか? 朝よりずっとツヤツヤしているような……」

「ああ、あの三人と熟した食事を済ませてきたからねー。それにカーター、君のお陰だ」

「わ、私ですか?」

「ああ、君が傍にいてくれると他の団員たちにいい影響を与えてくれる。引き続き私の補佐をしっかり頼むよ。あの三人も良ーく分かってくれたからね……」

「は、はい! 団長、頑張ります!」


 ニッコリと笑ったジムの笑顔はカーターには優しげに見えたが、それはそれは恐ろしいものだった。


 ラベリティ王国の第七部隊騎士団。


 彼らが他の騎士団とは一味違うと言われるようになるのは……


 もう間もなくのことだった。






☆☆☆






こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

この章最後のお話です。宜しくお願いします。

ちょっと長くなってしまいました。カーターは仕事が楽しくって仕方ありません。ジムが優しいので超絶幸せです。そしてジムも……カーターがいるので助かっています。第七騎士団が皆可愛くって良い子の団員だけになる日がくるのが楽しみですねー。

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