第229話ベンダー男爵家の夏休みの予定

「あの……オシェイ様はリルゲンガ家のご子息様ですのね」


 ディオンが大公家の子息だった事に気が付いたオシェイは、ニーナに話しかけられた事でどうにか現実に引き戻される。


 隣ではデイゴンがまだ無我の境地に行ったままで、目を瞑り瞑想をしている様だったが、オシェイはそれを助ける気にはなれなかった。


 そしてザカライは真っ赤な顔のままトロンとした表情でニーナを……いや、ニーナだけをただじっと見つめ、聞かれてもいないのに「自分はコロケーション家の子息です……」と呟いている。


 ザカライは話を聞いているようでたぶん聞いていないのだろう……うんうんと頷いてはいるがニーナがオシェイに話しかけている事は分かっていないようだった。


 そんなザカライの様子はオシェイだけでなくこの部屋にいる誰もが分かる程ニーナに夢中だと思える物でニーナを知る面々からは同情が向けられていた。


 可哀想に……


「あの、ニーナちゃんは、我が家を……リルゲンガ家を知っているのですか?」


 オシェイは少し心配げな様子でニーナに問いかける。


 隣ではザカライが「コロケーション家も有名です」と蕩け切った顔で言ってはいるが無視をする。


 そう、リルゲンガ家と言えば……


 魔獣殺しの家。


 魔獣で地位を得た家。


 魔獣の血が流れる一家。


 などなど、そんな悪い噂がついて回る為、”リルゲンガ家”という家名が幼いニーナちゃんを怖がらせたかもしれないとオシェイは心配になる。


 だが、ニーナはそんなオシェイの心配をよそにディオンとよく似たキラキラの笑顔をオシェイに向けた。


 そう、それは正にニーナが森で美味しい魔獣を見つけた時そのものの表情だった。


 ニーナの余りの美しさに直視してしまったオシェイは思わず「うっううっ……」と唸ってしまう。


 鳥肌が立っているのは気のせいだろう。


 そしてニーナをずっと見つめていた被害者Z氏はもっと強烈な刺激を受けたようで、また鼻から血を流し、屋敷のメイドであるシュナに世話を焼かれていた。


 彼の名誉の為に名を伏せ ”被害者Z氏” と呼んだのは神の優しさからだ。


 そしてやはりオシェイの隣で瞑想中だったデイゴンも、可愛そうなことに胸を押さえ、赤い顔で苦しんでいた。


 ベンダー家の末娘の恐ろしさをオシェイはここで感じ取っていた。



「オシェイ様、リルゲンガ家を知らぬ者などこの国にはおりませんわ。初代ご当主の戦いは歴史書に残る程の偉業、身を挺して国を守った……それは立派な事でしたもの……それに代々のご当主の方々も皆様勇敢で立派な方でしたわ。お兄様がご友人としてオシェイ様に惹かれた事も納得できる事ですわ」


 ディオンがオシェイに惹かれた理由は『美味しそうだったから』であってリルゲンガ家の歴代の当主の事はまったく関係ないのだが、盲目的に兄を溺愛するニーナからすれば、流石お兄様! 目の付け所が違う! と尊敬しかない。


 そしてオシェイはと言えば、幼いニーナに認められた事でとても感動していた。


 リルゲンガ家の者は皆体が大きく顔も怖い。


 なので自分と同い年やそれよりも下の子達からは、魔獣でも見るかのような怯えた視線をこれまで向けられてきたオシェイ。


 だが自分よりもずっと幼いニーナがそんなオシェイをまったく怖がらないどころか、素晴らしいと褒めてくれた。


 ディオン君と友達になれて良かった。


 ニーナちゃんに会えて良かった。


 オシェイは今ニーナの言葉に心から感動していた。





「あっ、ニーナ、アレクのおじさんのところに行くんだって? 何か用事があるのー?」


 オシェイの感動をぶった斬るかのように、ウィルフレッドやクリス、そしてシェリーと遊んでいたディオンが急に思いついたかのようにニーナに声を掛けてきた。


 アレクおじさんとは勿論リチュオル国の王、アレクサンドル・リチュオル。


 ウィルフレッドやクリスにはアレクおじさんが誰であるかがすぐに分かった為、ニーナが会いたがるなんてもしかして何か緊急な事でもあったのか? とシェリーに会って緩んでいた顔が貴族令息らしく引き締まる。


 だがオシェイやデイゴンそしてZ氏改めザカライには、アレクおじさんが誰か分からない為、ニーナちゃんは親戚の叔父さんとも仲良しなのかなぁ? とそんな程度の理解だった。


 ニーナは大好きな兄へと優しく頷くと「そうなのですわ」と微笑んでみせた。


 そしてアレクに会いに行く理由をディオンに話し出した。


「実はお兄様が夏休みの頃にアランの地元へと皆で行こうかと考えていますの……」

「「えっ! ニーナ、本当?! アランのお家?」」

「「えっ……? それは大丈夫なのですか?」」


 シェリーとディオンが喜び、ウィルフレッドとクリスが心配し表情が強張る。


 アランの地元といえば、勿論それはラベリティ王国のことだ。


 ウィルフレッドとクリスはアランの事情を大体聞いているし、今現在の荒れに荒れているラベリティ王国の様子も理解出来ている。


 それなのにニーナはまるで夏休みの家族旅行で田舎に帰るぐらいの気軽さで、ディオンやシェリーにアランの地元に行くと話をした。


 どう考えても絶対に危険だと思うのだが、ニーナはまた笑顔で頷き、ディオンとシェリーは「やったー!! アランのおうちだー」と喜んでいる。


 まあニーナがいればディオンやシェリーに危険があるとは思えないが、王位奪還を行いに行くと分かっているウィルフレッドとクリスには不安しかない。


 クーデターの話をこれ程楽し気にする人物などこの三兄姉妹ぐらいだろう……


「もうすぐアランのお家からお手紙が届くはずですの……」

「「そうなの?!」」

「「そうなのですか?!」」


 ディオンとシェリーの二人と、ウィルフレッドとクリスの二人の表情と声色は正反対。


 それは当然であのラベリティ王国の使者がこのリチュオル国へとくるのだ、ニーナが言うように「お手紙」と呼べるような気軽な手紙ではない。


 どう考えても国書だろう。


 だけどベンダー男爵家の子供たちにとっては旅行へのお誘いの手紙同然だった。


「それでですね、ピクニックを兼ねながらアランのお家まで皆で旅行に行きたいと思っておりますの。ですのでその許可をアレクに取りに行こうかと思っておりますのよ。まあ、私以外他にこの国からアランのお家へ行かせられる者などおりませんでしょうしねー、きっとアレクも快く許可をだしてくれるでしょう、ウフフフ、楽しみですわー」


 ウィルフレッドとクリスはニーナのその笑顔を見てゾクリと身震いをし、無意識で自分の体を抱きしめた。


 ニーナが怒っている……とそう感じちょっとだけ恐ろしくなったのだ。


 それはラベリティ王国の王族に同情心が湧くほど、ニーナを怒らせたらどうなるかをウィルフレッドもクリスも分かっているからだろう。


 自分達は絶対にニーナの敵には回らないようにしようと、ニーナの笑顔を見ながら二人はそう決意していた。


 それはこれから国を支えていくであろう二人にとっては正しき判断だといえるろう。


「夏休み、家族旅行だー! やったー!」

「私、旅行なんて初めてだよー、ニーナ、お兄様、楽しみだねー!」

「ウフフ、お兄様、お姉様、楽しみですわね。アランの地元は今沢山の魔獣が出ているそうなのですのよ。きっととびきり美味しい魔獣もいるはずですわ。皆で沢山捕まえましょうね」

「「うん! やったねー!! 魔獣食べ放題だー!!」」


 魔獣が沢山いるという話に喜ぶベンダー三兄姉妹。


 その姿に三人を良く知るウィルフレッドとクリスには苦笑いが浮かんでいる。


 だが、オシェイ達三人には旅行話にはしゃぐ可愛い三兄姉妹しか映っていない。


 魔獣退治など、そんな言葉は耳に入っていなかった……いや聞き間違いだと脳が勝手に変換したのかもしれない。


 何故なら今ベンダー男爵家の三兄姉妹は今日一番の輝きを放っていたのだから……


「あ、そうですわね、もし宜しければお兄様のご友人方も一緒に来られますか?」

「「えっ?」」

「「えっ?」」

「アランの地元へ行くことは社会勉強の一環にもなりますし、将来の為に力を付ける良い機会にもなるはずですわよ……」


 ニーナの言葉に固まるディオンの友人たち。


 家族旅行に僕達がついて行っても良いの? とそんな疑問が顔に浮かんでいるものと、命がけの旅では無いのか? とそんな疑問が浮かぶものに分かれていた。


 なので「行ってみたい……」そう答えたウィルフレッドの顔はとても真剣で……


 そして「僕、行きまーす!」と答えたザカライの顔はだらしない程に緩んでいたのだった。





☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

ディオンのお友達のお話もこれにて一旦終了です。次話はアーサー君が再登場です。えっ?アーサーって誰かって?それはシェリーにライオンさんと呼ばれた男です。宜しくお願いします。

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