第224話ディオンだドーン!

 リルゲンガ伯爵家の子息オシェイ・リルゲンガは、貴族学園に入学してからというもの同級生達とは距離を取っていた。


 オシェイは幼い頃から無口で表情が乏しく、父親に似た強面の顔が原因なのか 「怖い」 と恐れられ年の近い子供達から避けられていた。


 その上リルゲンガと言う家名が、あの恐ろしい魔獣リンゲルガに似ているという事もあり尚更敬遠されていた。


 それもそのはず、リルゲンガ家は元は家名を持たぬただの平民だった。


 リルゲンガ家の先祖がある日命を掛けて魔獣リンゲルガを倒した事で、その褒賞としてリルゲンガと言う家名と騎士爵位を頂いたのだ。


 その為、今や伯爵位と高位の貴族となったリルゲンガ家なのだが、「元平民の家」とか「魔獣殺し一家」などそんな不名誉な二つ名がリルゲンガ家にはついて回っていた。


 なのでオシェイも幼い頃から家名を揶揄われ、その上笑われてもいたため、ただでさえ自分に近い年頃の子が苦手だったのだが、その事が原因で人嫌いに拍車をかけていた。


 学園でも友人など作る気は無い。


 自分は一人でも問題無い。


 だって今までだってずっと一人だったのだから……


 と、そんな覚悟を持って入学したのに、なんとオシェイと同じクラスに超絶可愛い同級生が現れた。


 その同級生の登場にクラス中の生徒が浮足立っているのが分かる。


 オシェイだって視線が合うだけでドキドキが治まらない。


 それなのに自然と視線が行ってしまい、めちゃくちゃ可愛くって毎日見ていたい! と、そう思ってしまう。


 そう、その同級生こそ人嫌いだったオシェイが初めて気になったといえる人間だった。


 だがその子は……残念ながら男の子だった。


 だけどそれでもとっても可愛いのだ!


 その子の名は、ディオン・ベンダー。


 クラスの皆が最初に覚えたクラスメイトの名前だろう。


 だが、オシェイは顔が怖い。


 その上背も高く、クラスの皆より年上にも見える。


 ディオン君と友人になりたいが、もし怖いと怯えられたら……そんな事になったらオシェイは傷つきすぎて死んでしまうかもしれない。


 なので緩みそうになる顔をどうにか抑え、休み時間の度に教室を飛び出した。


 時折ディオンと視線が合う気がしたが、怖がっているのかもしれないと思うとどうしても話しかけられなかった。


 裏庭へ行き、誰も来ないだろう校舎の陰へと隠れる。


 そして「ディオン君は今日も可愛かった。毎日可愛くなっていく……」と、一人ディオンの顔を思い浮かべたりなんかりしていた。


 もしかしたら視線が合う気がするし、そろそろ「おはよう」ぐらい話しかけても平気かなーなーんてオシェイが頬を染め幸せな未来を夢見ていると、こんな人気が無い場所で何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「おい、お前一年だろう? 喜べお前を俺の舎弟にしてやる。今日からお前は俺の言う事を何でも聞け! いいな、分かったなっ!」

「そうだ! そうだ!」

「舎弟だぞー!」

「や、やめて下さい! しゃ、舎弟とか意味不なんですけどっ!」


 草陰からこっそり声のする方を覗くオシェイ。


 見てみると三年生だと思われる人物達三人が、小柄な一年生らしき人物を囲んでいた。


 その少年には見覚えがあった。


 オシェイの学年で一番小さかった為、偶々目を引いて覚えていたのだ。


 クラスは一年Dクラスでオシェイの隣のクラスの男の子だ。


 名前は確か……デイゴン・チャットボット。


 チャットボット家といえば多分男爵家の息子だろう。


 いつも本を持ち俯いている大人しそうな少年。


 その上とても今年の入学生には見えない体つき。


 だから尚更三年生に目を付けられたのかもしれない。


 だってオシェイも小さくって目を引いたから、デイゴン・チャットボットを覚えていたのだ。


 そんな弱そうに見える者を揶揄う事が好きな馬鹿な学生は必ずいる。


 今は立派に成長したオシェイでさえ、体が小さな頃は「魔獣が来たぞ」と散々揶揄われてきたのだ。


 やっぱり俺が助けに行くしか無いか……


 本当は入学早々喧嘩などしたくは無いけど、同級生をこのまま放ってはおけない。


 ただでさえオシェイは見た目が怖い。


 その上先輩と喧嘩をしたなどと学園で噂になってしまったら、もう絶対あの可愛いディオン・ベンダーとは友人にはなれないだろう。


 だけどやっぱりイジメをそのままにはしてはおけない。


 オシェイが輝く未来を諦め一歩前へと踏み出そうとしたところで、急にポンッと肩を叩かれた。


「ねぇねぇ、アレって意地悪してるんだよねー? 拳をぶつけ合って友情を確かめ合ってる訳じゃないよねー?」


 そう言ってオシェイに話しかけて来た人物は、なんとオシェイの大好きな同級生のディオン・ベンダーだった。


 ディオン君は近くで見れば見るほどキラキラと輝き、可愛いのがよくわかる。


 急な至近距離に驚き、オシェイが思わず「ディオン君!!」と叫びそうになったが、それをディオンの手で塞がれて、すっごく嬉しい。


 そして尚更嬉しい事にディオン君に手を引かれ、その場にしゃがみ込むように指示をされた。


 そして二人で手を繋いだまま、騒いでいる集団を一緒に覗く。


 こんなにも可愛いディオン君と自分が手を繋いでいる。


 その上こんなに側にいるのに、まったく怖がられてもいない。


 それになんだかディオン君ってば良い香りもするような気がするし……


 横顔も超絶可愛い!


 いろんな幸せがオシェイに襲いかかり、自然と頬が熱くなる。


 きっと今オシェイが体温を測ったら40度以上あることだろう。


 そんな興奮冷めやらぬ中、オシェイはやっとディオンは一体いつ自分の側に来たのだろう? と疑問が湧いた。


 オシェイはあのイジメをする集団を見ていたとは言え、周りから警戒を解いていたわけではない。


 それにオシェイはリルゲンガ伯爵家の子としてしっかりと剣術も体術も習っている。


 なのにディオンにポンと肩を叩かれるまで、まったくディオンの存在に気が付かなかった。


 そんな事実にオシェイがやっと気づきディオンの能力の高さに驚いていると、先輩三人組のリーダーらしき人物が、細く折れそうで乙女のようなデイゴンの肩を、力一杯押して地面に転ばせた。


 そう、馬鹿な先輩たちは遂に口だけでなく手を出したのだ。


 ディオンとオシェイはそれをしっかりと目撃した。


「おまえ一年の癖に生意気だ! 俺様の奴隷になるのが名誉だと分からないのか?」

「そうだ!そうだ!」

「生意気だぞー!」


 ワイワイガヤガヤと騒ぎ出す三人組。


 だがデイゴンは本をギュッと抱きしめ、可愛い顔に似合わぬ表情で三人組をギロッと睨んだ。


「僕は、僕は、誰かの奴隷になんかなりません! それに僕は本を大切にしない人は大っ嫌いです! 絶対の絶対に貴方達の言う事なんか聞きませんからねっ!」


 弱虫だと思っていたデイゴンに反論され三人組はカッとなる。


 デイゴンを突き飛ばした少年は怒りを顔に浮かばせると、今度はべデイゴンの胸倉を掴んだ。


 そして手を振り上げ殴り掛かろうとしたところで、目にも止まらぬ早さで何かが突っ込んできた。


「体と体のぶつかり合いだっ! ドーンッ!」


 ディオンは師匠であるアルホンヌに教わった通り、殴り掛かろうとしていた少年に勢いよく体当たりをした。


 何と言ってもディオンは運動神経が良い。


 そして師匠であるアルホンヌに鍛え上げられているので、半端なく強い。


 その上あのニーナに魔法も習っている為、すんばらしいスピードダッシュを出せる。


 何が起きたのかこの場にいる誰もが分からないうちに、「ドーンッ」「ドーンッ」「体当たりだドーンッ」とディオンの声と共に三人組は吹っ飛んでいった。


「はあ、スッキリした。えーと……やあ、こんにちは、俺はディオン・ベンダー。悪い人間じゃないよ」


 アルホンヌ師匠から教わった自己紹介をキラキラ笑顔で行ったディオンを、デイゴンもオシェイも唖然として見つめていたのだった。





☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

オシェイは可愛い物好き。皆様安心してください、貧乏男爵家の物語は学園物BLにはなりません。只々ディオンが目立ってしまうだけなのです。無駄に顔が良いのも罪ですよねー。

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