第210話毒薬? いいえ、美味しいお茶(のはず)です。

 前話と同じく、ここはニーナ研究所。


 もじゃもじゃ頭がトレードマークで、背高のっぽなある一人の男性が、今日もある実験を繰り返し、室内を異様な空気で充満させていた。


 その人の名は、チャオ。


 もじゃもじゃ頭は実は鳥の巣ではなく、生まれつきのくせっけ、天然パーマだ。


 面倒くさがり屋なチャオが、幼いころから髪の手入れを怠った結果、熟成された秘伝のたれのように、チャオだけしか作ることが出来ない ”天然実験爆破系” の髪型になった。


 そんなチャオはペンを髪の中に隠し、自分の頭を筆箱代わりに使っている。


 それと共に、綺麗好きなニーナには内緒だが、ちょっとしたオヤツでもある ”飴ちゃん” を髪の中に隠し、常備したりなんかもしている。


 そう研究家として、いつでも研究内容をメモできるように、髪の毛をポケット扱いしながら、飴ちゃんを時折口に入れ、チャオは今日も楽しい実験を行なっていた。




 ひょろひょろっと伸びた、自慢の細く長ーい腕を組み「うーん……」と唸っているのは、汚物を出したいからではなく、出来上がった実験結果に満足していないからだった。


 そう今チャオは、セラの森にある色々な薬草を使い、新しいお茶を生み出そうと奮闘している。


 ニーナがグレイスの為に作り上げたグレイス茶こと、スッキリ茶は、セラニーナが作り出した茶葉、ハジキ茶に負けず劣らず貴族の御婦人方の間で大人気となり、王都では中々手に入れられない高級茶葉となっていた。


 そんな中、チャオに任された研究は、その二つのお茶と並べるだけの有名茶葉を作り上げる事。


 もとより呪いや研究が大好きだったチャオだが、実は何よりもお茶タイムが好きであり、優雅な時間を満喫するのが大好きという男でもあった。


 食べる事よりも、飲むことが好き。


 背がのびた理由は、お茶と牛乳にあるのでは?


 研究者としては無駄に背が高いもじゃもじゃ頭の青年チャオは、今日も蒸せる程のキツイ香りを部屋(研究室)中に漂わせながら、色んな薬草と格闘していたのだった。


「よー、チャオー、順調かー?」

「おー、エクトルさん! 何? 何? 俺の事心配して来てくれたのー?」

「おお、今日はグレイスが休みの日だろう。だからニーナ様に頼まれてこっち(研究所)の飯を作りに来たんだー」

「あっ! そうか、今日はグリグリ休みかー、すっかり忘れてたぜー」

「チャオ……お前また部屋にこもってたんだろう? ちゃんと風呂入ってるのか? ニーナ様に追い出されるぞー」

「大丈夫、大丈夫、前より全然綺麗にしてるって、それよりさー、エクトルさん、このお茶ちょーっと味見してみないか? 何かが足りない気がするんだけどさー、それが何か分からねーんだよ。プロの舌でちょーっと調べてみてよー」

「……何か……ねー……」


 エクトルは実験台の上にある、ドブ色に輝く? お茶らしき物体に視線を送った。


 チャオはこの国で有名な研究家であり、お茶好きらしいのだが……


 お茶を作る事に関してだけは才能が無いのではないかと、エクトルは睨んでいる。


 まずここ! チャオの研究室の匂いが酷い。


 エクトルは何度かこの研究室へ訪れているので、この匂いにはどうにか慣れたこともあり、無事チャオの部屋へと入ってこれたのだが、チャオが作った新しいお茶らしきものの匂いが漂うこの部屋は、普通ならば気を失うか、嘔吐するレベルの悪臭部屋だ。


 実はニーナに鍛えられたおかげで、この料理人のエクトルも体の使い方が成長していた。


 ある程度の匂いをシャットアウトするのはお手のもの。


 香ばしい香りも人によっては悪臭になる為、料理人のエクトルの嗅覚、味覚は、この世界一とも言えるレベルになっていた。


 だが、チャオのお茶は、その鍛え上げられたエクトルの嗅覚、味覚の耐久性を、有に超える威力がある。


 チャオ本人は味見と言って自分の作ったお茶を気軽に口にするが、果たしてこの試作品に耐えられる者がこの世界にどれほどいるか……


 きっとチャオは幼い頃から不潔な……いや、自分なりに免疫をつける生活を送っていたのだろう。


 ベンダー男爵家のファミリーの中で、毒や薬に強い内臓を持ち合わせているのは、闇ギルドで鍛え上げられたファブリスでもなく、一国の王子として毒に耐性を付けられたアランでもなく、実はチャオなのではないだろうかとエクトルは思っていた。


 友人として味見はしてあげたい、だが、それは命懸けになるだろう……


 エクトルはニーナから貰ったポーションを手元にそっと置くと、友情という篤い覚悟を決めた。


「よしっ! 俺は味見(毒見)をするぞ! チャオ、もし俺に何かあったら、すぐにこのポーションを俺の口に入れてくれ!」

「あはは、エクトルさんのジョークうけるー! 大丈夫だって、ただのお茶だし、研究所で作ってるからって毒薬じゃないってばさー。それに俺も味見したけど、そんな不味くなかったって、だから何が足りないか気軽に評価してくれていいから、だってこれまだ研究途中なんだからさー」


 あははは~と楽しそうに笑うチャオの横で、エクトルは死を覚悟した表情を浮かべていた。


 そしてドブ水……ではなく、チャオの作り上げたお茶を、勇気を出し一気に飲み込んだ。


 ゴクリゴクリと、音を立ててドブ水はエクトルの体の中へと入っていく。


 見た目も香りも最悪だったのだが、味は不思議とそれ程悪くは無かった。


 なんだー、良かった、どれ程酷いものかと思ったけど、ちょっと苦笑いお茶って感じじゃないかー。なんだ、なんだ安心したよー。


 と、エクトルが安心し気を許した瞬間、体の内臓全てに炎でも灯ったかのような、急激な熱が押し寄せ、胃にドグドグと激しい痛みまでも襲ってきた。


 体中の穴という穴から汗が吹き出し、目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは涎が溢れ出る。


 声にならないエクトルの声が「ヒーヒー」と研究室内に自然と漏れる。


「こ、これは……毒……なのか……」


 とエクトルがどうにか言葉を発すると、何かを感じた呑気なチャオが、ニーナのポーションをエクトルの口元に押し込んできた。


「エクトルさん、やっぱり熱いー? 熱かったー? 実はさ―このお茶、灼熱草使った冬に体がぽかぽかするためのお茶なんだー。味は悪くないと思うんだけどさー、見た目がちょっとだけ微妙だろう? せめて灰色じゃなくって、赤とかオレンジ色だったら良かったんだけどさー、なんつーか、一週間前の夕飯みたいな色してんじゃん? 流石にこれは改良が必要かなーって思ってるんだけどさー、中々なー、難しいんだよなー。なんで、料理人としてなんか良い案あったら遠慮なく言ってくれ、どんな些細な事でも構わない。俺、エクトルさんの舌も信用してるからさー、ハッキリ言ってくれて良いんだぜっ」


 ポーションを飲みきりどうにか落ち着いたエクトルは、もうこのお茶は、味とか見た目以前の問題だと思っていた。


 いっその事チャオは毒薬を作り、闇ギルドで売った方がいいのではないか? とエクトルは本気でそう思ったのだが、あのニーナがそれを許すはずもなく、エクトルはどうしようかと考えた。


「ゲホッ、ゴホッ、あー、チャオ、灼熱草はちょーっと刺激が強すぎるんじゃないのかなー、確か灼熱草って、気付薬に使う薬草だよなー? それに体を温めるなら生姜とか柚とか他にも色々とあるだろう? もっと体に優しい植物を使った方が万人受けすると俺は思うぞ……まあ、お茶で人を殺したいなら別だけどな……」

「あー、そっかー、体に良いものか〜なるほどねー」


 分かったのか、分かっていないのか。


 エクトルの言葉を聞いたチャオは、もう自分の世界に入り込んでしまった。


 次に頼まれてチャオの下へ来る時は、絶対に毒に強いファブリスを連れてこよう。


 それとニーナ様には、チャオには別の飲み物(やっぱり毒薬?)を作らせた方が良いのでは? とそう進言しよう。


 真剣な顔で薬草達と向き合っているチャオの肩をポンッと叩くと、エクトルは屋敷へとどうにか無事に戻って行った。


 そう、生きていて良かったと実感しながら……


 チャオの危険な研究はまだまだ続くのだった。




☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

今日はチャオとエクトルのお話でした。二人は仲良しです。綺麗好きなエクトルは腐った物でも平気で口にするチャオの事が心配です。三秒ルールどころか三週間ルールがあるチャオ。彼の内臓は世界最強の代物だと思っております。はい。

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