第209話キノコちゃ~ん

 ニーナ研究所のとある一角で、少年にも、そして歩く巨大なマッシュルームにも見える一人の青年が、ご機嫌力満開で鼻歌を歌いながらスキップを踏んでいた。


「きっきっきーのこちゃん、かわいーきーのこちゃん、ぼっぼっぼーくの、かわいーきーのこちゃんっ♪」


 彼の名はチュルリ。


 リチュオル国王城内、元呪い課勤務。


 サラサラキラキラなマッシュルームヘアーが自慢の好青年だ。


 チュルリは成人男性にしては身長が低いため、見た目だけは12歳になったディオンとさほど変わらない歳に見えるのだが、実は筋肉ムキムキな金の騎士アルホンヌとは同い年だ。


 こう見えてチュルリはとっくに成人を迎えている立派な男性でもあり、そして好みの女性のタイプが「キノコちゃんみたいなキュートな女の子ー」と答える少し変わった男でもある。


 そして王城の花形課でもある呪い課勤務の時分から……


 いや、チュルリがまだ学生時代の頃から、とある意味(キノコ狂い)でも、永遠の(見た目だけ)天才少年としても、チュルリは周りから一目置かれていた。


 そう、彼はキノコ界の天才児。


 キノコに関しては誰にも負けない知識と愛を持つ不思議な男。


 今リチュオル国で高値で販売されている、 ”マツ・タケコ” とチュルリに名づけられた、香ばしく肉厚でジューシーなそのキノコこそ、このキノコ界の天才児と呼ばれるチュルリが発見し、増殖し、栽培した、このナレッジ大公領の特産品となった高級食材でもある。


 そしてチュルリはベンダー男爵家の庭師であるロイクともキノコを通じて仲良くなり、夜な夜な二人でキノコについて語り合う事が最近の日課でもあった。


 そんな彼が何故ここまでご機嫌かというと……


 第一に、このニーナ研究所に 【キノコ研究課】 という素晴らしい物をニーナが作ってくれたから、という理由もある。


 そんな特殊なキノコ課の課長は勿論チュルリ。


 キノコ課の研究員は、一応庭師のロイクが名前だけ在籍している状態だ。


 つまりチュルリ一人で、毎日思う存分24時間自由気ままに好き放題キノコと戯れ、愛でる事が出来る、超絶ハッピーな生活を送れているという訳だ。


 そりゃースキップだって、鼻歌だって出る訳で……


 今日も、今日とて


 キノコ課の課長となったキノコ界の革命家チュルリは、大大大ー好きな仕事場へと意気揚々と向かっていた。



「はあーい、僕のキノコちゃん達ー、みんな元気かなぁー?」


 キノコ課の扉を開けたチュルリのご機嫌な言葉に、残念ながら返事は返って来ない。


 だがチュルリは自分の愛する人達(キノコ)がそこに居てくれるだけで、それだけで幸せだ。


 今日も愛する人達(各種キノコちゃん達)の今日の状態を確認し、一人一人に挨拶してまわる。


「今日も可愛いねー」「とっても綺麗だよー」「身体付きが豊満だねー」


 と、とてもキノコに話しかけているとは思えない甘い言葉を、チュルリは丁寧にキノコちゃん達に吐いていく。


 勿論、この暗くじめっとしたキノコ課には、あのマツ・タケコもいる。


 芳醇な香りを醸し出すマツ・タケコは、チュルリの憧れのスターといった存在だ。


 一株ずつ丁寧に確認し、マツ・タケコ様にご挨拶(お世話)をして回る。


 これだけの数と、沢山の種類のキノコたちを相手にするなど、普通ならば大変な事だろう。


 けれどそこはキノコ界の天才児。


 その上チュルリはニーナ軍団の一人でもある。


 沢山のキノコのお世話など、まさに朝飯前。


 楽し過ぎて何往復でもしたいぐらい。


 愛でて愛でて愛でまくる。


 チュルリのキノコへの愛はナレッジ大公領に来て益々成長しているのだった。




「よし! ここまでのキノコちゃんたちへのご挨拶(お世話)完了ー! さあ、次はお姫様のところに行こうかなー」


 ”お姫様” とチュルリが呼ぶのは、勿論キノコだ。


 実はあのミラの呪いとの戦いの後、森の中で不思議なキノコを見つけたのだ。


 それはニーナが巨大な杭を打ち込んだ、その杭に咲いたキノコであり。


 ニーナの髪色である亜麻色と瞳のオーキッド色をした、この世界で見た事も聞いた事もない不思議なキノコ。


 そんな ”お姫様” と呼ばれるミニニーナキノコに出会った瞬間、チュルリは自分の運命の相手(キノコ)だと、ビビビッと体に電撃が流れた。

 

 自分はこのキノコちゃんと出会う為に、この世界に生まれ落ちた。


 ミニニーナキノコに一目ぼれしたチュルリは、そんな運命の愛を感じたのだった。



 そしてチュルリはニーナにお願いしてお姫様を大事に研究所に運んで貰い、このキノコ課の研究室に連れてきた。


 今のチュルリの仕事のメインは、このお姫様を調べる事。


 ニーナの魔力がたっぷり詰まったこのミニニーナキノコは、ちょっと齧っただけでも魔力が全回復するという優れもの。


 今は万能薬に使えないかと試行錯誤しているが、他の薬草と混ぜ合わせると、他の薬草の効能を押さえ込んでしまう、ちょっとじゃじゃ馬なキノコでもある。


「お姫様の機嫌をそこねちゃだめだよねー」と、チュルリは実験が失敗しても楽しそうだ。


 課長室とは名ばかりの、普通な研究員部屋で今日のキノコちゃん達のレポートをまとめていると、トントトトンとリズミカルなノックの音が聞こえてきた。


「はーい、チュルリいまーす。どーそー」

「ん……」

「あれ、ロイクさん、来てくれたんですかー?」

「……(ロイク頷く)」


 課長室へとやってきたのは、キノコ課唯一の研究員ロイク。


 ロイクは無表情のままチュルリに近づくと、無言のまま何かが入った麻袋を差し出した。


 チュルリが「えー? 僕にお土産ー? ありがとー」と答えると、ロイクはまた無言のままで頷く。


 何だろ、何だろ? とチュルリが好奇心一杯、ワクワクしながら麻袋を開けると、その中にはベンダー男爵家の庭に咲くものと同じ薬草がたっぷりと入っていた。


「あれー? これ薬草ー? えっ? ロイクさーん、これどうしたのー?」

「ニーナ様の……」

「えっ? もしかしてこれ、ニーナ様の魔力の詰まった薬草って事?」

「……(ロイク頷く)」

「えっ、でもニーナ様の薬草はここにもお屋敷にもあるよねー? えっ、でもわざわざロイクさんが僕に持って来てくれたって事は……?」

「森」

「えっ? もしかして森の? あの巨大杭の側から摘んできてくれた薬草なのー?」

「……(ロイク頷く)」

「えっ? ロイクさん一人で? 危険じゃなかったー?」

「金の……」

「アルホンヌ様と一緒に行ってくれたの?」

「……(ロイク頷く)」

「嘘〜! 有難う! ロイクさん、大好きー! これで研究が進みそうだよー! わーい!」

「……(ロイク頷く)」


 思わぬプレゼントが嬉しすぎたチュルリは、ロイクに思いっ切り抱きついた。


 ロイクは無口ながらも、このキノコ課の研究員である事を実は気に入っているようだ。


 ロイクが良く話すグレイスからの情報で、チュルリがお姫様の研究に行き詰まっていると聞いたロイクは、チュルリを助けようとわざわざ森へと足を運んだのだろう。


 そんなロイクの優しさが、チュルリには嬉しく、また同じ植物(キノコ)を愛する者の情熱を感じた。


 この薬草こそ、キノコ課二人の友情の証なのだった。


「ロイクさん、ほんと有難うねー! 僕絶対お姫様の研究成功させるよー」

「金」

「うん! アルホンヌ様にもちゃんとお礼言うからねー! ありがとー」


 チュルリの言葉に頷くと、少し嬉しそうな、そして満足そうな表情を浮かべロイクは屋敷へと戻って行った。


 同じ生き物(※チュルリはキノコのみ)を愛するチュルリを応援したい。


 そんなロイクの優しさがチュルリには良く分かった。


「よーし! 僕、頑張っちゃうからねー」


 この後チュルリの研究は成功する。


 そしてポーションを超える万能薬を作り上げ、ナレッジ大公領に益々の繁栄をもたらすのだが、それはもう暫く先の話し。


 キノコ界の天才児チュルリは、今日もキノコちゃん達を無限に愛するのであった。



☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

ナレッジ大公領のメンバーたちの様子を順番に紹介しています。今回はチュルリとロイクです。ミューちゃんも勿論出ますので楽しみにしていてくださいませ。えっ?別に興味ない?いなくてせいせいする?……えーと……ミューちゃんもそれなりに成長していると思いますので、ちょっとだけ期待してあげてくださいませ。何卒宜しくお願い致します。m(__)m


因みにロイクはグレイスとは普通に会話します。163話でロイクはグレイスを「グー坊」と呼んで可愛がっています。人見知りなロイクが会話するのはグレイスだけですね。流石です。

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