第206話すっかり商業都市クエリ
ナレッジ大公領内にあり、以前はベンダー男爵家の隣町と呼ばれていた、何も無い田舎町だったクエリは、今やすっかり様変わりしていた。
寂れていた商店街は活気を取り戻し、どこにいたのか分からない町人たちはわらわらガヤガヤと現れ、そしてクエリの町全体が旅人を受け入れるに恥ずかしくない程に、美しく輝いていた。
町の入門に書かれ消えかけていた町名も、ニーナの手によって ”クエリ” とハッキリ力強く永久保存で刻まれ、王都に住まう商人が今一番行きたい町と呼べれる程になっていた。
ニーナ軍団の手によって作り上げられた様々な商品が、このクエリの町まで足を運ぶことで、王都で手に入れるより格安で手に入る。
それに王都では品切れ続出となっているプリンアラモードなる、デザート界の王様も、このクエリの町へと来れば、出来たてほやほやスペシャルバージョンデリシャスを好きなだけ食べられるのだ。
絶対行ってみたいリチュオル国の町ナンバーワン! その名はクエリ!!
たった二年足らずの間に、ニーナ軍団の手によってクエリの町はそう呼ばれる程になっていた。
「おう、ガイアスさん、おはようさーん。この前ニーナちゃんが教えてくれたメンチカツ、評判が良いよー! バカ売れだよー!」
「肉屋の店主殿、おはようございます。これで ”肉ゴロコロッケ” に負けない人気商品になりますね。引き続き宜しくお願いします」
「おう! 任せてくれ、王都まで ”ニーナ敵にメンチカツ” の名を響かせて見せるぜ!」
「はい、頼りにしてますからね」
店主に手を振り、ガイアスは次の店へと向かう。
この商業の町クエリをニーナに任されているガイアスは、ハッキリ言って町長以上の立場だ。
どんな商品が売れ、どんな商品が需要があり、そしてどんな商品が客を呼ぶのか……
ガイアスはこれまで王都の商会で蓄えた知識を使い、この近辺の町をマーケティングし、クエリの町をプロデュースしていた。
勿論、町中の建物はニーナの魔法による力技と、町民達の努力にらよって造られたものだが、人目を引く品々を開発した力は、ニーナとガイアスによるものだと言える。
そんなこの町の恩人とも言えるガイアスが歩けば、あちこちから声が掛かる。
普通ならば自分の成果に天狗になりそうなものだが、ガイアスの人の良さは変わらない。
ニーナが目をつけたグレイス一家は、やっぱりどこまでいっても良い人達であるのだった。
「ガイアスさん! おはようございます。この前ニーナちゃんが作ってくれたドレス、王都のお嬢様がわざわざ買いに来てくれたよー」
「服飾屋の店主殿、ご夫人、おはようございます。それは有難いですね。王都にもニーナドレスは卸しているのですが、数に限りがありますからね。ここまで買いに来て頂ければクエリの町も潤いますし、ニーナ様も助かります。店主殿、他にも何か売れましたか?」
「ああ、研究所で作られた新しい生地も売れたんですよ! 新商品だって言ったら目の色が変わってたよ! あはは、貴族のお嬢様でもあーんな面白い顔するんだねー」
店主の言葉にガイアスは笑顔で頷く。
王都では今既製品でありながらも、”ニーナドレス” と呼ばれるニーナが作ったドレスが大人気だ。
この国の王女であるアンジェリカや、王子であるウィルフレッドが、ニーナの作った衣装を来て夜会に出た事も ”ニーナドレス” が王都で話題に登った理由でもある。
その上、あの美しく輝かんばかりのナレッジ大公夫妻が、一度きりの夜会にてニーナが作った衣装を着て登場した。
ただでさえ、目が眩むほど魅力的な夫妻が、すんばらしい衣装を身に纏っていれば、自然と目につくもの……
自分も美しくなりたい!
と、王都にあるナレッジ大公領の品を置く店(街の便利屋)にはすぐさま問い合わせが入った。
それも物凄い数だ。
ガイアスの妻コリンナとメイドのザナが、ニーナの指導でドレスなどの衣装を作れる様になってはいるが、それでも王都に卸せる数には限りがある。
だったら品ぞろえがあるナレッジ大公領に直接足を運んでしまおう! そう思う者達が増えたおかげでクエリの町は大賑わいだ。
守銭奴ニーナはウハウハなことだろう。
「ガイアスさん、おはようさん。ニーナちゃんが考案したお勉強セットまた注文が入ったよー」
「文房具屋の店主殿、おはようございます。承知しました、後でまたお勉強セットの在庫を屋敷から持って参りますねー」
「あんだって? 焼酎が財宝だって? ガイアスさん、あんた、飲み過ぎはダメだよー、コリンナさんが心配するよー。体には気をつけなよー」
「……」
店主にはまったく話が通じなかったので、ガイアスは後でファブリスに通訳を頼もうと、老婆に手を振ってまた道を進んだ。
クエリの町、唯一の文房具屋? の店主である老婆も、ガイアスが飲み過ぎを気を付けると手を上げて返事をしたと思ったのか、同じ様に手を振って返した。
クエリの町で販売しているニーナの作った子供向けのドリルは、楽しく勉強出来るとあって、子供を持つ親だけでなく、子供達自身にも大人気だ。
特に魔獣計算ドリルは数字に強くなるだけでなく、魔獣の名前も覚えられ、その上魔獣の価値まで勉強出来るとあって、王都では売れに売れている。
ドリルには毒草バージョンもあり、やはりそちらも人気だ。
ただ、ベランジェが作った魔獣の糞バージョンドリルだけは、貴族の親には敬遠され、ある一部の者にしか売れていないようだ。
まあ、そこは仕方がないだろう。
暇で暇でしょうがなかったクエリの町の商店が、この国で話題に上がる程の大繁盛店となった事で、文房具屋の老婆の腰も伸び、すっかり元気になっていた。
ただし、耳が遠いのだけは相変わらずのようだった……残念である。
「あらっ! ガイアスさん! 良い所に! ねえ、ねえ、ほら、先日お話した、私の妹の娘のお友達の従姉妹の子の事なんだけどねー、やっぱりあなたの息子さんのギデオンさんにお似合いだと思うのよー。一度でいいから二人の顔を合わせて見ない? ギデオンさんだって会えば絶対気にいるはずよー! だってあの子とっても可愛いもの! それにガイアスさんだってあの子の笑顔を一目見れば娘にしたいってお――」
「郵便屋の店主殿、お気持ちは有り難いのですが、息子は今仕事が楽しいようで、結婚する気は無いようなのです」
「ダメダメダメー! そんなのだめよー! 男が一人前になるなら結婚して世帯を持たなきゃ! 通用しないわ! それにギデオンさんだってもういいお年頃でしょう? 一度会って見てから決めても――」
「ニーナ様なのです?」
「……えっ?」
「息子の理想の女性はニーナ様なのです……」
「えっ? あの、ニーナ……ちゃん?」
「はい」
ギデオンの理想の女性がニーナだと聞いて、お喋り店主は押し黙る。
あんな摩訶不思議な生き物と同レベルの女性など、この町で見つかるはずがない、そう思ったからだ。
ガイアスが「では……」と言って離れて行く後ろ姿を、店主はボーっと見つめた。
仕事が出来る年頃男子であるガイアスの息子達三人はこの町でも大人気で、どうにか妻になりたいと望む女の子達が多い。
ガイアスの息子達の理想はニーナらしい。
そんな噂がこのクエリの町で広がるのはもう間も無くの事だろう。
ガイアスはそれを想像し、クスリと楽し気に笑うと、また別の店へと足を運んだ。
息子達がニーナ様を敬愛しているのは確かな事。
どんな噂が流れたとしても、間違いではない。
この町の発展と共に、色々と楽しんでいるガイアスは、今やすっかりニーナ軍団の一員らしくなっているのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
今日から六月ですねー。いやー……一年が早い早い。あっと言う間ですよねー。
さてさてクエリの街と共に、ガイアスさん登場です。町にもニーナとの生活にもガイアスさんはかなり馴染んでいます。心臓に毛が生えたようです。良かった、良かった。
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