第202話リチュオル国到着

 リチュオル国を目指し、魔獣が多く出現する困難な道をどうにか進み、なんとか歩んでいたラベリティ王国の聖女支援要請団の一行は、途中天使に助けられるというあり得ない幸運にも恵まれたことで、無事に荒れるラベリティ王国を抜け、リチュオル国の端オフショア領へと到着した。


 実はこのオフショア領はベンダー男爵領の隣の領でもある。


 つまり今ラベリティ王国内で探されている ”聖女の指輪” を持ったアランがいるすぐ隣の領となる。


 そんな事は何も知らない聖女支援要請団の一行は入国の手続きをし、国境警備隊の隊長にラベリティ王国の現状を伝えると、隣国の惨状を重く受け止めた国境警備隊長の機転によって、直ぐにリチュオル国の王都へ向けて一報が放たれた。


 この聖女支援要請団の一行が王都へ到着する頃には、この一報によってリチュオル国にはしっかりと聖女要請の内容が伝わっていることだろう。


 警備隊長の素早い行動とリチュオル国の優しさに触れ、ホッとした聖女支援要請団の団長アーサー・ストレージは、オフショア領の宿へと案内される間、第二騎士団長としての何度も足を運んだことのあるこの街の、以前とは違う雰囲気に只々驚いていた。


 何処にでもある田舎町の風景だった街並みは、建物も美しく変わり、行きかう人々も洗礼された衣装を身にまとっている。


 それに宿屋だけでなく、商店までもあり得ない程に増えていて、何よりオフショア領全体が活気に満ち溢れているのだ。


 オフショア領は国境沿いの街という事もあり、確かに以前から旅人の数では賑わってはいたが、アーサーがこの領へと足を運ばなかった二年間の間に、まるで進化でもしたかのように建物も人も何もかもが変わり、自分達の国であるラベリティ王国との余りの違いに、アーサーだけでなく聖女支援要請一団の全員が驚愕していた。



「ハハハッ、ストレージ殿、以前とは街の雰囲気が違い驚いたでしょう?」


 アーサーが馬車の窓から瞬きも出来ずに外をジッと見ていると、案内人である国境警備隊の隊長が穏やかな笑みを浮かべ話しかけて来た。


 アーサーはこれまでの訪問で彼とも何度か顔を合わした事はあるが、以前の張りつめたような様子とは違い、国境警備隊の隊長とは思えない程穏やかな雰囲気を醸し出している。


 国境警備隊の隊長はニコニコとした良い笑顔を浮かべ、それはそれは嬉しそうな様子で街が変わった理由をアーサーに話し出した。


「実は我が領の隣りの領がナレッジ大公領といいまして、そちらの領の発展の影響を幸運にも我が領も頂き、短期間でこれ程までに発展したのですよ。本当にナレッジ大公様には感謝しか有りません」

「ナレッジ大公領……?」

「ええ、ナレッジ大公領はそれはそれは美しい領主夫妻が治める領地です。これまでは領主夫妻がご病気で臥せっていたようですが、お元気になられた途端、ナレッジ大公領は目覚ましい発展を遂げたのです。本当にナレッジ大公領には助けられてばかりです。大型魔獣も殆どあちらの騎士様が退治して下さっていますからねー」

「そ、そうなのですか……それは……羨ましいですね……」


 警備隊長の声色には、妬みや僻みの様なものはなにもなく、ナレッジ大公にはただただ有難いと感謝の様なものしかないようだった。


 それにナレッジ大公領の騎士団のおかげで魔獣も殆ど出なくなったとという話は、ラベリティ王国の今の現状を考えるとアーサーには羨ましくもあり、そのナレッジ大公領の騎士団に応援を要請できないかと思ってしまった。


 そして何より、オフショア領の食事が格段に美味しくなったのだと聞くと、食いしん坊なアーサー自身が羨ましいと思ってしまう程だった。


 ただし……ラベリティ王国内で ”ナレッジ大公領” など今まで聞いたこともなく、アーサーはそんな有名な領があったのだろうか? と不思議がる。


 だがそんな事は警備隊長に向けて勿論口には出せはしない、助けて頂く側の自分たちが相手側の国の情報を知らないなど恥でしかないからだ。


 後で地図を広げてナレッジ大公領をみようと思っていると、「今日の宿に到着いたしました」と促された。


 馬車から降りアーサーが目にした宿は、大国と言われているラベリティ王国でも見かけない程の立派な物で、この領では今まで聞いたことも見たこともない ”ベンダーホテル” という名の宿であった。


 自分が急に田舎者になったような気持ちになったアーサーと、ここまでの旅路でボロボロになった他の聖女支援要請の一団が、立派過ぎるベンダーホテルを見上げ口を開けていると、警備隊長がある人物に気付き声を掛けた。


「あ、ギデオン殿! 今日はこちらにいらしていたのですか?」

「ああ、警備隊長殿、これはこれはお仕事ご苦労様でございます。ええ、私は本日ベンダー領の野菜類をこちらの領へと卸に参りました。数日間はこのホテルに滞在する予定です」

「ああ! ベンダー男爵領の瑞々しすぎるあの野菜達ですね! いやー、アレを食べたらもう他の領の野菜はたべられませんよねー。ベンダー男爵領の野菜は別次元の代物ですからねー」

「そう言っていただけると有難いですね。我が領の職人が喜びますよ」

「いやいや、ギデオン殿の手腕もあっての評判ですからねー」


 警備隊長と笑い合うギデオンと呼ばれた青年は、大商人なのだろうか?


 仕立ての良い服をキチっと着こなし、人の良さそうな優しげな笑顔を浮かべている。


 ベンダー男爵領と名が出た事から、この ”ベンダーホテル” もそのベンダー男爵領の関係宿なのだろうとアーサーには理解できた。


 アーサーが二人のやり取りを見つめていると、警備隊長が手招きし、何故かただの商人だと思われるギデオンに紹介を始めた。


「ギデオン殿、こちらの皆様はラベリティ王国からいらした使者様なのです。本日は長旅で疲れた体を休めて頂くため、オフショア領自慢のベンダーホテルへと泊まって頂く予定です」

「ほう……ラベリティ王国の……使者の皆様……ですか……」


 警備隊長の言葉を聞き、一瞬ギデオンの周りの空気がピリリッと弾けた気がした。


 一端の騎士が出す様な威圧が流れた気がしたが、ギデオンはみるからに商人であり、ニコニコとした表情には変わりはない。


 アーサーはきっと疲れによる勘違いだろうと、深くは追及しなかった。


 親交のある警備隊長の紹介ということもあり、ラベリティ王国で第二騎士団長という位の高い地位に就くアーサーだったが、きちんと名を名乗り商人でしかないギデオンに握手を求めた。


 笑顔でそれを受けたギデオンの握手は、商人とは思えない程に力強かったのだが、アーサーはそこでもそれを自身の疲れによる物だと勘違いした。


 そう、すっかりベンダー家での生活に馴染んだギデオンが、ラベリティ王国の王子であるアランの事を、本当の弟のように可愛がっている事をここにいるアーサー達はなにも知らない。


 そしてそんな弟想いのギデオンが、ラベリティ王国がアランにどういった扱いをしたのかを知っている事も、ここにいるアーサー達は何も知らない。


 アーサーと握手を交わしたギデオンが、その笑顔の裏で怒りの炎を燃やしている事も、アーサー達は全く知らないのだ。


 彼らがアランがいるこのリチュオル国に来た理由によっては、ギデオンを含む死ごき部のメンバーがラベリティ王国の相手になるだろう事を、この時のアーサーは何も知らなかった。




 そして勿論……そのアランの側に、ニーナという恐ろしい存在が居る事も……



 この時のアーサーが知る由もないのだった……




「そうですか、遠いところからいらしてくださったのですね。有難うございます。皆様には当ホテルで十分にくつろげる様、精一杯のおもてなしをさせて頂きます」

「いえ、ギデオン殿、我々は明日には王都へ向けて出発致しますので、お気遣いはお気持ちだけで……」

「おや、皆様はすぐに王都へ向かわれるのですか? もしや何かお国で緊急なことでも?」

「いえ、それは……」

「ああ、失礼致しました。こちらのオフショア領も我がベンダー男爵領もラベリティ王国に隣接しておりますので、つい何か有ったのかと心配になってしまいました、申し訳ございません。さあ、さあ、皆様、お疲れでしょう、どうぞお部屋へ、今夜はゆっくりとお休み下さいませ」


 ギデオンは笑顔でアーサー達に頭を下げると、「仕事がありますので」と言い残しホテルを後にした。


 ギデオンの存在感がどうしてもただの商人とは思えず、どこに行くのだろう? とアーサーが直ぐに振り向いた時には、もうギデオンの姿はどこにもなかった。


 そう、ギデオンは何と言ってもあのグレイスの兄。


 魔法を器用に使いこなすあのグレイスの兄なのだ。


 そんなギデオンがアランを思い、一瞬で移動した先はいったいどこであっただろうか。


 勿論この時のアーサーが、ギデオンの行動に気付くはずもなく。


 ただただ優しげな男で不思議な商人だと、そう思っただけなのであった。





☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

グレイス一家のお兄ちゃんギデオン登場です。ハイスペック一家ですからね、ギデオンもすっかりニーナ軍団の一員です。とにかく弟想いのギデオン。アランの事はグレイスやゲルマンと同じぐらい可愛いと思っています。ラベリティ王国の一団が来たことで怒り沸騰中です。長男ギデオンは怒らせると怖い存在でもあると思います。ニーナに似ちゃったかなー。


グレイス家族

お父さん、ガイアス

お母さん、コリンナ

兄、ギデオン

○、グレイス

弟、ゲルマン

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